竜殺しの悪魔と真の問題
本日の髪形は、っと。
たまには自分でやってみるが、うん、不器用。明日はお母さんかお姉ちゃんにやってもらおう。
前髪を、おでこを出すよう横に流して留めるだけ。髪留めは星をモチーフにした黄色い物を使う。まぁ、こんな感じで良いか。
それとコレ。
胸に下げられたペンダント……ではなく笛。これ、どー見ても体育教師が持つ笛、ホイッスルなんだけど……銀色をした金属性のそれはアバンセからの贈り物。
友達へのプレゼントという事で貰った。この笛を吹けば、どこにでもアバンセが駆け着けるらしい。
貴重な物らしいので、服の内側にしまっておこう。決して糞ダセェ、とか思っているわけではない!!
そして今日も元気に……
「いってきま~す」
教室に向かう、廊下を歩く、そして周りの視線が突き刺さる。
小声で何を言っているかハッキリとは分からない。けど多分、俺の事。
「……あいつが……」
「アバンセ……」
「……殺し……」
「……竜……本当に……」
「でも……あんな……」
「俺は……見た……本当……」
「名前……」
「……悪魔……」
「異変……原因……」
「やっぱり……竜の山……」
「……隣……」
「シノブ」
やっぱり俺じゃん!!
所々に不穏な単語が聞こえる。そこに混じる俺の名前。
そして教室に入ると……
「おっ、来たぞ。竜殺しの悪魔シノブ」
「何だよ、それは!!?」
「シ、シノブちゃん、おはよう」
「おはよう、リアーナ。ごめんね、思わず叫んじゃったよ」
「シノブちゃんは時々男の子みたいな時があるよね。たまに『俺』とか言ってるし」
「まぁ、たまにはね。そういう気分の時ってあるよ」
「なにそれ?」
リアーナは笑う。
「それより何、竜殺しの悪魔って? 私、いつの間に竜殺しの悪魔になってたの?」
「昨日。それで今日確定したよ」
「うへぇ……」
何か色々と尾ひれが付いた結果、10歳にして竜殺しの悪魔の称号を手に入れてしまったようだ。
★★★
さて今日の授業はグループを組んで、剣技での対抗戦。そこで雑魚の俺は、っと。
「リアーナ、また組んでー」
「うん。頑張ろうね」
「ねぇ、私とリアーナをそっちに入れてよ」
「えっ……普通に嫌だけど?」
断られる。
「何で?」
「シノブが居るってだけで一敗確定だし、シノブがいるグループって絶対負けるし」
「……後で吠え面かくなよ」
「リアーナだけなら良いよ」
「私はもうシノブちゃんと組んでるから……」
「ごめんね、リアーナ……今日も入るグループが見付からない」
「う、うん。でもきっとまた先生が決めてくれるよ……」
運動系統が絡む授業では、俺はいつも村八分だぜぇ……
しかし……
それは次の魔法の授業での事。
「さてこれからみんなにはグループになってもらいます。魔法とは何なのか、魔法陣とは何なのか、詠唱とは何なのか。それをグループで考えて、後で発表してください」
先生の言葉を聞いて……ふふっ、俺の時代が来たようだな……確かに運動は苦手だが、勉強となりゃそりゃもう俺の得意分野!! 魔法の実技だと役立たずですけどね。
「シノブ!!」
「シノブ、俺とグループ組もうぜ!!」
「ねぇねぇ、シノブ、私とグループ組まない?」
「こっちに入れよ!! シノブ!!」
「シノブが私達の所に入ってくれると嬉しいな~」
ふっ、シノブ、シノブの大コールよ。
「とりあえず私とリアーナは一緒ね」
「うん」
「ねぇ、私達をシノブの所に入れてよ」
「えっ……普通に嫌だけど?」
断る。
「何で」
「おんどれ、剣技の授業の時に入れてくれなかったやろがい!!」
「ひー!!」
そして結局は……
「先生!! 私達のグループは私とリアーナだけで大丈夫です!!」
「えっ、二人だけで?」
「もちろん!!」
目立ちてぇんだよ!! グループの人数が多かったら俺の頑張りが埋もれてしまう。俺にはリアーナだけが居れば良いんじゃい!!
「ねぇ、リアーナ。魔法って何が必要だろうね?」
「まずは魔法陣でしょう? あとは魔法の詠唱と魔力だよね」
「あのさ。魔法陣を私達で創れないかな?」
「えっ!!?」
俺達が使っている魔法は誰かが創った物。その技術の秘匿性からその方法は分からないが、数年に一つ二つのペースで創られている。
「そ、そんな事、出来ないよ。だって魔法って国の偉い人とかが創るんだよ?」
「とりあえず詳しそうな友達がいるから聞きに行ってみようよ」
人より長く生き、聡明で博学。しかも国やそれに類する研究機関などに興味は無く、それらからも影響を受けない存在が近くにいる。
そう、アバンセだ。
「放課後、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
そんな感じで放課後、東の森にさっそくアバンセを笛で呼び出したみた。
ピー
うわーやっぱこれ完全に体育教師が持つ笛じゃん。なんか音も凄く安っぽいしー
「シノブちゃん、それは?」
「その友達を呼ぶやつ」
ピー
すると東の森に黒い影が落ちる。見上げばそこに不死身のアバンセ。
「ギャーーーッ!!」
「落ち着いて!! 友達だから!!」
「食べられちゃうぅ!!」
「食べられない!!」
降り立つ、アバンセ。
普通なら小便チビッて引っくり返るレベルの怖さだぜ。
「さっそく呼び出してくれたか。嬉しいぞ、シノブ。そっちの娘は?」
「私の友達のリアーナ」
「シノブの友達なら俺の友達でもあるな。アバンセだ」
「アバアバアバ」
アバアバ言ってる……
「ねぇ、アバンセ。小さく変身したり出来ないの? リアーナ怖がってるから」
「ふむ。これでどうだ?」
「あらやだ、可愛い。いつもこれで良いのに」
抱えられるヌイグルミみたいになってやがる。
「いや、俺にも威厳が」
「友達に威厳見せてもしょうがないでしょ。ね、リアーナ、これなら大丈夫だよね?」
「こ、これが不死身のアバンセさん……ですか?」
「そう。俺がアバンセである」
「これだけ小さければ飛んで来ても人目には付かないよね」
「今日は目立たないよう会う直前まで魔法で姿を隠して飛んで来たのだぞ。俺もたまに使うが人の創った魔法とは便利なものだな」
「それ!!」
「それ?」
「今日はその魔法の事を聞きに来たんだよ!!」
魔法とは何か?
「いやさ、私達で魔法を創れないかと思って」
「無理だな」
アバンセは即答。そして続ける。
「『魔法を生み出す』……それこそが神々の手、悠久の大魔法使いララ・クグッチオの能力だからな」
「そ、そうなの? でもそんなの教科書に書いてない……ララの名前は昔話で読んだ事あるけど……まだ生きてるんだ……」
歴史書に登場する古の大魔法使い。
今だに魔法が創られているという事は、まだ生きているという事。技術と同じく、その存在自体も秘匿されていると考えるべきか。
そもそも俺も調べてみたが、神々の手に関する文献は皆無。無数の歴史書の中にも数えられる程度にしか存在しないし、それも詳しくは記載されていない。
「ララに会う事が出来れば、もっと色々と聞けるんだけど。アバンセはララと直接会った事ないの?」
「無い。俺より遥かに長い年月を生きているし、俺が生まれた時にはもう魔法は世界に浸透をしていた。俺に魔法を教えてくれたのはヤミなんだが、ヤミならもっと魔法の事を詳しく知っているかもな。ララの話もヤミに聞いたんだ」
「それってもしかして、麗しの水竜ヤミ?」
「そうだ」
世界の頂点に君臨する5人の竜。
そのうちの1人。
「……ねぇ、リアーナ、今日の話は誰にも話さない方が良いかも。私達は魔法って国が創るものだと思っていたでしょ? でも実際に創っているのがララなら、国はそれを隠している事になる」
それを隠したい者達は俺達をどうするか? 場合によっては口封じに殺される事もあるんじゃないか?
「だからさ、わざわざ国が隠しているような事を発表したら、私達自身に危険があるかも知れない。だから今の話は秘密ね」
「……えっ?」
「リアーナ?」
「う、うん。分かったよ。シノブちゃんがそう言うなら誰にも話さない」
「どうしたの?」
「えっと、何か凄いなって……私には話している事全部を理解出来ないし、アバンセさんと普通に話しているし……」
「確かにシノブは年齢の割に聡いな。大人と話しているような感覚があるぞ」
まぁ、実際に精神年齢は大人なんですけどね。
「学校では早熟の天才と呼ばれてますから」
「竜殺しの悪魔とも呼ばれているよね?」
「何だそれは?」
「アバンセさん、それはね」
「いやいや、余計な事は教えなくていいから」
★★★
「……と私達が調べた事はこれで全部です」
新しい魔法を創るのは諦めた。代わりに通常魔法、詠唱魔法、無詠唱魔法、それぞれの特徴とか、魔力使用量の差異とか調べて発表してみたが……ダメだ。誰も付いて来てねぇ……ちょっと難し過ぎたか。ポカーンとしてやがる。
先生だけが驚いた表情で言う。
「二人だけなのに実によく調べたのね……それに詠唱魔法と無詠唱魔法についてはまだ詳しく教えていないのに、その魔力量の違いまで……先生ちょっと感動しちゃったよ。はい、みんな拍手」
「ありがとうございます!!」
パチパチパチパチ
称えろ、ふふっ、俺様達をもっと褒め称えるがよい!!
「それ本当にシノブとリアーナの二人だけでやったのか?」
テト、てめぇ。
「誰かに手伝って貰ったんじゃないのか?」
「違うよ!! これはちゃんとシノブちゃんと話を聞きに行ったり調べたりしたんだから!!」
「ほらやっぱり。話を聞きに行ったって事は誰かに教わったんだろ? 自分で調べてない」
「馬鹿な事を言わないで。知らない事について自分の行動で得た知識なんだから。聞きに行ったって、本を読んで調べたって、それは同じ事でしょ?」
「でもやっぱりズルくないか?」
「テト、あんた馬鹿なんじゃないの? もっと下のクラスからやり直したら?」
「何だって!!?」
「こらっ、二人とも喧嘩は止めなさい!! テト、シノブに謝りなさい」
「何で俺が!!?」
「最初に言ったのはテトでしょう?」
「……」
「テト」
「……ごめんなさい」
「聞っこえませ~ん」
「シノブ」
「ごめんなさい。調子に乗りました」
テトがアホみたいに睨んで来るが無視だ、無視。相手に出来んわ。
しかし真の問題はその後に起こるのであった……
★★★
放課後。
リアーナが泣いていた。
「ごめんね、シノブちゃん……」
「なんで謝るの? リアーナ悪くないじゃん」
「でも……」
それは一冊のノートだった。切られ、破られ、落書きをされグシャグシャにされていた。俺とリアーナが魔法の事について調べて纏めたそのノート。
リアーナに預けていた。
「ごめんね……」
俺は拳をギュッと握り締めるのだった。