メリッサと後継者
エルフの町から少し離れ、ここは交易都市。
王都程ではないが、大陸内でも有数の大都市である。商業、交易、交通の中心地。王都や隣国を繋ぐ場所。エルフの町とは比較にならない程の大きさ。背の高い建物が多く建ち並ぶ。
はぁ~観光だったら楽しそうなのに~
お母さんがズンズンと歩を進める。それに付いていく俺。
さらにフレアとホーリー。一応、護衛。
そこは高い壁と門に囲まれ、門番が立つ立派なお屋敷だ。
その門番とお母さんは一言二言と言葉を交わす。
そして通されたその一室。広い部屋だと思うんだが……酷く狭く感じる。本、本、本の山。高い天井までの本棚には本がギッシリと詰まっている。部屋の壁は見えない、全て本棚だ。しかも本棚だけでは足りず、大量の本が至る所に高く横積みにされていた。
もちろんその重厚な仕事机の上にも本は積まれている。そしてその積まれた本の向こう側にエルフの彼女はいた。
「久しぶりだね、セレスティ」
お母さんよりも年上なのは分かるが、エルフの年齢はハッキリ言ってよく分からん。
「久しぶりです。お祖母様、お元気でしたか?」
お、お母さんのお祖母ちゃんかよ!!? そんな年齢には全く見えねぇよ……お母さんの姉妹と言われても俺は信じちゃうくらい若く見える。
お母さんの祖母であるメリッサ。彼女は鼻で笑う。
「お前は私の事を気にしていたのかい?」
「いえ。ただの社交辞令です。お祖母様がどうなろうが私には関係の無い事なので」
お母さんは冷たくそう言い切った。
「……ここに戻ってきたわけではないみたいだね」
「当たり前です。でもお祖母様は私がここに来た理由を知っているのでしょう?」
「いや、知らないね。この家を出た時点で私はお前に何の興味も無い」
「そうでしょうね。でもそれが商会に関係する事なら話は別です」
「商会に関する全てはマチアスに任せている。そっちと話をすればいいじゃないか。私は随分と前に商会の代表を降りたんだ」
「違いますね。確かに現代表はお父様ですが、今でも全ての実権はお祖母様が握っています」
「何でそう思うんだい?」
「それが私の知っているメリッサという人物だからです」
メリッサは俺を一度だけチラッと見るがそれだけ。
「……まずは話を聞こうじゃないか」
お母さんがこれまでの経緯を話す。そしてその上で自分の考えを伝える。
「最初のギルド加盟の条件、あれはお父様が設定したものです。場合によってはここに連れ戻す事が出来ますから」
事前に聞いた情報。お母さんとお父さんの結婚を激しく反対したのはメリッサだ。そのメリッサに逆らう事は出来なかったが、内心ではお母さんを手元に置きたかったのは父親のマチアス。
お母さんは話を続ける。
「でもギルドの決定が覆りました。誰が圧力を掛けたかは分かりませんが」
お母さんはチラッと俺を見る。
いや……俺も知りたいんだよ……その謎の後ろ盾。王国に関連した地位の高そうな野郎だとララ。もしくはレオの主人の可能性。
ただレオの命を助けただけで、その主人がそこまでしてくれるのか? そしてその主人は商工ギルドに圧力を掛けられる程に大物なのか?
「それでドミニクスは焦ったんでしょう。後継者の事で」
モア商会は設立当初から同族経営の商会だった。
しかし一人娘のお母さんが家を出た為、現在では後継者不在。正式な後継者の決定はされていないものの、次期の後継者としては副代表であるドミニクスという男の名前がある。
ただしドミニクスは血縁者ではない。
血縁の後継者が不在の為、ドミニクスとしては自分が次期の後継者だと思っていたわけであるが……そこに新進気鋭の商会として俺が登場、しかも商工ギルドへ影響を与える程に強力な後ろ盾があり、さらにお母さんが関わっているとなれば……モア商会の次期代表として俺、もしくはお母さんの名前が挙がる可能性をドミニクスは考えた。
だから俺を殺し、可能性を一つ消せるならば……そうお母さんは推察している。
メリッサは言う。
「お前自身は戻って来る気が無いようだからね。ユノにその気があれば受け入れてやっても良いとは思っているんだ。あの娘は頭も良い。立派な経営者になるだろう。だがそのユノも王立騎士団に入団していて商売に興味は無いらしい。次期後継者として誰の名前が挙がると言うんだ? まさかそっちの娘の名前が挙がるとでも?」
メリッサの値踏みをするような視線が俺に向けられた。
「ドミニクスはそう考えたのでしょう」
「馬鹿馬鹿しい。素性の知れない他人をここへ迎え入れてどうする?」
「シノブは私の娘です」
「娘? お前の娘はユノ一人だけだ」
家を出た者には興味無いと言いつつも、きっと情報だけは色々と集めている。そして全部を知った上で静観している。それがメリッサという人物。
お母さんの背後で見えない炎が燃え上がっているのを感じる!!
「違います。シノブは間違い無く私の娘です」
「血の繋がらない他人など、ここには必要無い」
「あのーちょっといいですか?」
二人の視線が俺に向けられた。
「私としては自分で好き勝手したいのでモア商会に関わるつもりはありません。なのでもし、万が一にもドミニクスさんが私達に関わっているようなら止めさせて欲しいんです」
「ドミニクスが本当にお前を殺そうとしたと? 何処の生まれかも分からない、捨てられたお前自身にそれだけの価値があると思うのか?」
「お祖母様、それ以上言うなら許しませんよ」
「どう許さないんだい?」
許さなければ、どうするか……俺がお母さんを代弁してやるぜ!!
「今、この場であなたの喉笛を喰い破ります!!」
「えっ!!?」
「そしてその首を掲げて、ドミニクスさんを冥土にブチ込みます。だよね、お母さん!!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、シノブ、お母さんそんな事言ってないでしょ!!」
「そうなの? じゃあ、私がやる?」
「だから!! そういう事を言ってるんじゃないの!!」
そのやり取りを見て、メリッサは吹き出す。
「ふふっ……はははははっ、セレスティ、なかなか面白い子じゃないか」
「……面白いだけではなく、本気もちょっと入っていますので。お祖母様も気を付けて下さい」
「ちょっとじゃなくてかなり」
俺は小さく呟くが……
「シノブ」
聞こえてたわ……
お母さんがメリッサへと向き直る。
「でももし……シノブに何か危害があって、それにモア商会が関係していたなら……私はどんな手を使ってでも……誰の力を借りてでもモア商会を潰し、シノブを守ります。ドミニクスにもそう伝えて下さい」
メリッサの事だ。俺達の事は調べてあるだろ。パル鉄鋼を扱っていた事から、俺と轟竜パルとの繋がりも頭に入っているはず。
つまり俺達と敵対すれば謎の後ろ盾と轟竜パルが出て来る、お母さんはそう脅しているのだ。
「……心には留めておくよ」
★★★
「ねぇ、お母さん。本当にあれだけで良いの?」
「良いの。シノブもお母さんもモア商会には関わらない事は伝えたから。彼女にとっては商会が全て。その商会に火の粉が掛かるような事はさせないはず。後は抑えてくれるはずよ」
俺達は早々にメリッサの所を後にする。あの屋敷はお母さんに取って居たくない場所。
「セレスティ様。メリッサ様はシノブ様の暗殺を事前に知らなかった可能性はありますが、一連の流れを追っていれば、ある程度の事は予想が出来ます。でしたらわざわざ出向かなくも良かったのではありませんか?」
ホーリーの当たり前の質問。
暗殺計画を事前に止められなかったかも知れない。しかしホーリーの言う通り、その後には全てを把握していたはず。ドミニクスも抑えられるはず。
「……あの人は、別に止めるつもりも無かったのよ」
「……どういう事でしょうか?」
ホーリーは少しだけ眉をひそめる。
「シノブが暗殺されて、その責任はオウラー・スヴァル。モア商会に何も不利益は無い。だから止める気も無い。だけど今回の話で、場合によってはモア商会が損害を受ける可能性が出て来たから天秤に掛けたのよ。シノブの暗殺を見逃す事と、ドミニクスを抑える事、どちらがモア商会にとって得なのかをね」
「ねぇ、やっぱり始末した方が良かったんじゃない?」
「始末とか言わないの。それじゃあの人と一緒な感じになるでしょ?」
「はーい」
「大丈夫だとは思うけど……二人とも、シノブをお願いね」
「はい」「はい」
お母さんの言葉に、フレアとホーリーは同時に頷くのだった。
しばらく後、オウラーは嫌疑不十分で釈放された。しかし釈放された頃には有能な人員はジャンスにほとんど引き抜かれ、スヴァル海商はボロボロの状態であった。ここから立て直すのは相当に大変だろうな……
★★★
それから平穏に仕事して食べて寝て遊んで、前世では無職だった俺が充実した毎日を!!
そして時は過ぎて……
シノブは18歳になりました!!
あの幼かった顔付きは変わり、そこには大人の、凛とした女性の顔がある。背は伸びて、胸も大きくなる。その均整の取れた体付きは男性にとっては酷く魅力的に見えるだろう。
赤く燃える瞳に、白く流れる髪。そして透けるように透明な肌。その美しさはどこか浮世離れしていた。
女神アリア様の妹……今ならそう言えるんじゃないか?
……
…………
………………なんてな!!
「ふざけんな!!」
叫ぶ。
「それ毎年」
ヴォルフラムは呆れたように言う。
「ヴォル!! 私は去年より大きくなった!!?」
「いや、変わってないけど。去年も変わってなかったし」
「おっぱい!! 無いじゃん!! 全く!! 無いじゃん!!」
身長も伸びなければ胸も大きくならない……全く成長してねぇんだよ!!
前世で言えば、完全に俺は小学生だろ!! これが合法ロリ!!?
そう見た目は子供そのものなのである。
アリア様よぉ……設定を間違えているんじゃねぇかぁ?
……まぁ、来年も再来年も同じような事を言うんじゃないだろうか。これからも穏やかな毎日が続いていくんだろう。
そう思っていたんだけどな。
日常は突然に崩壊するのである。




