結論と解雇
中庭に転がる暗殺者二名。まだ目を覚まさず。
ここはヴォルフラムとフレアに任せて、俺は一人で城の中へと踏み入る。
アルタイルは記憶を読み取ると言っていた。なら俺の秘密を知っている。
「知らない」
そんな俺の考えを読み取ったのだろう。男と女の二つの声が重なる。
「うおっ、びっくりさせないでよ」
「……ここは私の住処だ」
「そうだけど、でも知らないってどういう事? 相手の記憶が読み取れるんじゃないの?」
「何か秘密があるようだが……施錠がされている。それを自身がやったのか、別の誰かがやったのかは分からないが」
「気にはならない?」
「私にとっては、どうでもいい事」
「だったら、私も助かるけど。それとアルタイルに聞きたいの。中庭の二人の事なんだけど」
「……スヴァル海商を調べろ」
アルタイルがあの二人の記憶を見たのか? それでスヴァル海商が関係していると?
「……アルタイルって、見た目は怖いけど優しいよね? わざわざ教えてくれるんだから」
「……」
「それとこのお城だけど、町の住人に迷惑を掛けなければこのまま使えるように提案しとくよ」
「そうか」
「ねぇ、アルタイル」
「……」
「アルマの部屋に飾ってあった花。生花だったよ」
死後、かなりの経過はあったのに。
やはりアルタイルは優しい。
★★★
ビスマルクの結論。それは住民達に全てを説明した上で、アッキーレの処分はその住人達に任せる事。
その説明を信じるのか、信じないのか、アッキーレをどうするのか、それは俺達が踏み込む部分ではない。その地で生きる者達の問題だ。
俺達が出来る事はただ真実を伝えるのみ。それだけ。
ちなみに暗殺者二人の処遇だが……
ビスマルクが引き受けてくれるらしい。と、言うのもビスマルクが国境警備隊の隊長だった時の部下が、今ではそこそこのお偉いさんだったりする。
そこに引き渡し、色々と調べてくれるらしい。スヴァル海商が関連しているなら、狙いは俺だろうから。
そしてエルフの町に戻り数日。
再びビスマルクとリコリスが俺の店を訪ねるのだった。
★★★
「今回は助かった。ありがとう」
ビスマルクは頭を下げる。それに倣いリコリスも。
「その代わり、私に何かあったら今度はビスマルクさんが助けて下さいね」
俺は笑った。
「もちろんだ。お前が何処にいても助けに行ってやるぞ」
ビスマルクも笑う。
「でも本当に酷い事件でしたわ」
「あれからアッキーレはどうなりましたか?」
ビスマルクとリコリスだけ後処理の為に少しあの町に留まっていた。
「ああ、それなんだが……」
精神が崩壊したようなアッキーレ。最初は軟禁状態だったが、そこから抜け出してあの城へと向かった。しかし戻っては来なかった。
以後にどうなったかは誰も知らない。
「それとアルタイルだが、そのまま城に落ち着けるみたいだぞ」
元々、廃墟であった城でもあるし、大量のアンデッドを操るアルタイルと敵対したくないというのが本音だろう。摩擦が起きないのであれば放って置いて良いという判断。
そして暗殺者二人への取り調べ。
「あっさり認めたんですか? スヴァル海商から私の暗殺を依頼されたって?」
「そうだ。ただ相手が四大商会のスヴァル海商だからな。事は簡単に進まないだろう」
暗殺者二人は、スケルトンに紛れて俺を暗殺するつもりだったらしい。でも簡単に口を割るような相手を、あのスヴァル海商が使うのか? それに何で俺を? 俺がわざとスヴァル海商に商品を卸さないからか?
しかしそれだけで暗殺まで計画するなんて考えられない。まだ目的がハッキリしない。
とりあえず今は警戒しつつ、情報収集するしかねぇな。
そして……
「これから二人はどうするつもりですか?」
「決めていない。元々、目的地など無く大陸中を周っていただけだからな」
「だったら。ねぇ、シノブ、何か仕事が無いかしら?」
「仕事?」
「ええっ、全くお金が無いのよ。そういう時は川で魚を取ったり、山で茸を採ったりしているのだけど、わたくしサバイバルって好きじゃないのよね」
「そうだったのか……」
寂しそうに呟くビスマルクだった。
「仕事だったら、もちろんあるよ。むしろ出来るならお願いしたいくらいなんだけど、ヴイーヴルさんとユリアンを手伝い。二人にはガララント石の運搬を頼んでいるんだけど、道中が危なかったりするんだよ。二人だけでも戦力的には充分なんだけど、そこにビスマルクさんとリコリスが加われば絶対安心でしょ」
「ねぇ、パパ。良いんじゃない? 分からない所で働くよりもシノブの所なら安心だわ」
「そうだな。シノブ、仕事の斡旋も頼めるか?」
「もちろん!! そして私のお店を手伝ってくれる人には感謝の意味も込めて、はい、プレゼント」
カップ一式ティーセット、それを差し出した。
「うわーうわーシノブ、これ、貰って良いの?」
「これでしっかり働いてって事だから。貰ってくれないと私が困る」
「ねぇ、パパ、良い?」
「……ありがたく使わせてもらうぞ」
「やったぁ、ありがとう、シノブ!!」
嬉しそうで何よりだぜ。
★★★
レオにスヴァル海商の情報収集を頼んでいた、その約一ヵ月後。
「シノブ様。スヴァル海商は今、派閥争いで二つに割れています」
現代表のオウラー・スヴァルと、副代表であるジャンスという男の間で海商の代表権を争っているらしい。
スヴァル海商は三代続く同族経営の商会だ。その三代目であるオウラーは基本的に他の商会とのバランスを重視し、物事を進めるにしても周囲の意見を汲み上げ、出来るだけそれに沿う。言うなれば穏健派だろうか。しかしその反面、配慮や根回しに時間が掛かり、出足が少し遅い。
対してジャンスは過激派と言えるかも知れない。独断即決、即行動。強引に進めて、後で帳尻を合わせる。スヴァル海商を大商会に押し上げた功労者でもある。
その二人が今、対立しているのだ。
暗殺され掛けた経緯はレオにも説明してある。
「もしスヴァル海商に私を暗殺する目的があるなら、まだ発表していない例の技術を横取りする為だと思うの」
それは武具等に二つの魔法陣を付与する技術。
これはまだ研究中で商品化はしていない。そしてそれを知るのはうちの商会関係者以外ではオウラーのみ。
「私もそう思いますが、その為の手順もあるでしょう。それに派閥争いをしている最中にシノブ様の暗殺を実行する利点を感じません」
「だよね。次に、私の暗殺を片方が依頼して、失敗したらその責任を相手に押し付けて失脚させる計画とかは?」
これなら暗殺者達が簡単に依頼主の名前を出したのも納得出来るが……
「相手を失脚させる事に成功しても、スヴァル海商の名前に大きな傷が付きます。考えられません」
その通り。俺を暗殺する事と、相手を失脚させる事、この二つの計画が微妙に繋がらない。目的がハッキリしない。
しかし16歳の俺が暗殺対象って、ちょっと凄くない? ホントありえなくない? ビックリしちゃわない?
それと話を聞かなきゃいけない人がいる。
俺達はあの町までサンドンの瞬間移動装置で向かった。
最初にビスマルクが訪ね、準備をして出発するまで二日間。その間に暗殺者は先回りをしたのだ。移動に飛竜を使えば可能な距離ではあるが、それでもすぐ出発しないと間に合わない。
つまり身内に近い所から情報が漏れたという事。
★★★
この応接室にいるのは俺、そして嘘発見器でお馴染みのキオ、そしてミツバ。
その三人の目の前に一人のドワーフがいた。ミツバの工房で働くダグライダという男。
「何か話があると聞いたんだが」
「単刀直入に聞きます。ダグライダさん、私の情報を誰かに渡していますね?」
「何の事か分からない」
憮然とした表情でダグライダは言う。
「……う、嘘です……」
キオの左目が輝く。
「俺が嘘言ってるって事か!!?」
ダグライダは恫喝するようキオに大声を浴びせた。ビクッと体を震わせるキオ。
「ダグライダ、てめぇ、こっちは分かった上で聞いてんだよ。ふざけんじゃねぇぞ」
それ以上の威圧感でミツバは言う。ミツバにしてみれば自分の工房から情報が漏れたなど許せる事では無かった。今すぐにでもブン殴りそう。
その様子にダグライダは慌てる。
「ダグライダさん、ここ一ヶ月くらい、お金の使い方がかなり荒いですよね? うちは他の工房よりお給金は多くしてありまけど、それでも足りない額だと思います。どこから工面をしているんですか?」
「嘘を付くんじゃねぇぞ。よく聞け。姐さんは殺されかけたんだ。その片棒を担いでいるんなら、俺がてめぇを先に殺す」
「……知らなかったんだよ……俺はただシノブの行動を逐一知らせろって言われただけで……相手は分からなかったが、まさか殺すとか、そんな話だとは思わなかったんだ!!」
「てめぇ、この野郎!!」
ミツバが思い切りダグライダを殴り倒す。そして殴り倒したダグライダを蹴り飛ばした。
「金が欲しいから仲間を売ったのか、この糞野郎が!!」
「ちょーっと!! ミツバさん、止めてってば、キオも怖がっちゃうから!!」
殴る蹴るのミツバを、俺は後ろから飛び付き止める。
「でも姐さん」
「殺すとかそんな話は本当に知らなかったんだと思うよ。フレア、ホーリー」
応接室の外、戸の前で控えていた二人が応接室の中に。
「ダグライダさんをお願い」
「はい」
二人がダグライダを抱き起こす。そして肩を借りて応接室を出ていくダグライダに俺は言う。
「ダグライダさん。あなたをこれ以上、雇う事は出来ません。残念ですが解雇になります」
「……」
何も言わずにダグライダは応接室を後にするのだった。
「姐さん……すみません。俺の工房の者が……俺の責任です」
「工房の人の責任はミツバさんの責任、ミツバさんの責任は私の責任、気にする事じゃないよ」
「しかしそれじゃ周りに示しが」
「知らん!! ここは私の商会、私がルール!! 私が気にするなっつってんだから気にしないの!!」
俺はミツバの言葉を遮る。
「……ありがとうございます」
ミツバは静かにそう言うのだった。




