スケルトンと異様な存在
荒れてはいるが広い山道。緩やかな坂を上ると城門が見えた。
元は木製の大きな扉が備え付けられていたのだろう。今は朽ち落ち、簡単に中へ入る事が出来る。
ビスマルクの話では城門を超えたと同時に大量のアンデッドが襲い掛かる。人や獣の骨が、肉も腱も無いのに動く。スケルトンと呼ばれるアンデッド。
……対アンデッド魔法を使える仲間がいない。それが悔やまれる。
フレアもホーリーも魔法自体は使える。しかしフレアは身体強化と防御魔法に能力を全振り。ホーリーは回復魔法と防御魔法に能力を全振りという偏りっぷり。他の魔法が使えない。
獣人やドワーフも魔法は苦手らしく、下位の簡単な魔法しか使えない。
まぁ、スケルトン程度なら骨ごと砕いてしまえば問題は無い。上位のアンデッドなら、最終的に俺が相手をすれば良いしな。
「じゃあ、行くよ」
★★★
剣と盾を備えた人型のスケルトンが襲い来る。しかし事前に掛けられたフレアの物理攻撃防御魔法が強過ぎる。スケルトン程度の打撃など体に当たっても押された程度にしか感じない。
「凄いですわ、フレア!! 防御する必要が全く無いんですけど!!」
リコリスは無造作にスケルトンの大群の中に飛び込む。と同時にスケルトンが四方八方に砕け飛ぶ。
フレアはニコッと笑って答えた。
「リコリス!! 油断するんじゃない!!」
ビスマルクの一撃で何体ものスケルトンが砕け散る。
「姐さん!! このままイケるんじゃないっすか!!?」
ミツバの鎖に繋がれた巨大な戦斧が、次々にスケルトンを薙ぎ倒していく。
「やる事ない」
「まぁ、ヴォルは護衛だから。言っとくけど私、子猫に惨殺されるぐらい貧弱なんだから気を抜かないでよ」
「確かに。風で揺れた小枝に当たって死にそう」
「植物に……」
「二人とも無駄話をするな!!」
と、ビスマルク。
「怒られた」
「ヴォルのせい」
「リコリス下がれ!! 先行し過ぎだ!! ミツバ、左側に敵が寄っている、そっちを頼む!!」
ビスマルクの的確な指示が飛ぶ。元ではあるが国境警備隊隊長、それは王国でも有数の指揮官であるのと同意。間違い無ぇ。
城門の中に広がる中庭を進んでいく。そして城の中に入ろうとした時。
その巨大な火球に、最初に気付いたのはビスマルクだった。
「フレア!!」
そして叫ぶ。
フレアも気付いた。見上げた先、頭上から巨大な火球が落ちて来る。フレアは反射の域で防御魔法を頭上に展開させる。
ドズゥゥゥゥゥッン!!
火球は魔法の障壁にぶつかると同時に大爆発。炎を辺りに撒き散らし、スケルトン達を一瞬にして灰にする。
うおっ、何だこれ、一体誰が……
「姐さん!!」
ミツバが俺の前に飛び出した。そして次の瞬間、そのミツバが衝撃音と共に吹き飛ばされる。何何何、ど、どうし……
「シノブ!!」
ヴォルフラムが俺の襟首を咥え、その場から飛び退いた。
そして俺が今までいた位置にビスマルクが突っ込む。繰り出されたビスマルクの一撃。その場から人影が飛び退いた。何者かがいる。
そいつが俺を狙ったのだ。
人影はその場から逃げ出すが……
「逃がしませんわ!!」
人影をリコリスが追う。
そのリコリスを次の火球が狙う。
再びフレアの防御魔法、そして大爆発。その隙に人影は逃げ切られてしまう。
そしてどこから現れるのか大量のスケルトンが追加。
「シノブ、退くぞ」
「もちろん」
俺達は城の外へと出た。
「ねぇ、ビスマルクさん、前の時はスケルトンだけだったんですよね?」
「ああ、そうだ。それ以前に住人も何回か城の中に入ったが、現れたのはスケルトンだけだと聞いている」
侵入者の強さによって、敵のレベルも変わっているとか?
分からん。
★★★
ここは自由に使って良いと用意された空き家だ。
「二人の方はどうだった?」
「はい。特に目ぼしい話は何もありませんでした。ビスマルク様から聞いた話以上の事は何も。ただ連れ去られたアルマ様ですが、病弱な方だったらしく、町の住人の方もあまりその姿を見た事は無いそうです」
「そ、それと私が聞いた感じでは、嘘を言っているような人はいませんでした、はい」
特に収穫は無しか。
「しかし大きな問題が出て来たな」
ビスマルクは言う。それは……
「私が狙われたのか、一番弱い者が狙われたのか」
あの時、先行していたリコリスではなく、わざわざみんなの中心に近い俺が狙われたのだ。この二つの違いで、問題の本質がガラリと変わる。
「シノブ様自身に襲われる心当たりは?」
「誘拐される可能性はあるけど、いきなり命を狙われる心当たりは無いなぁ」
「誘拐される可能性が凄いですわ」
「商会の代表がこんな可憐な美少女だしねぇ」
「自分で言うのがシノブの凄い所」
「ヴォルは褒めてんの? バカにしてんの?」
「でも姐さん、状況が分からないんじゃどうしていいか……」
もし連れ去られたアルマが生きているなら、少しでも早く助け出した方が良い。
「明日は全員で行ってみるよ。現状はそれしか出来ないしね」
進むしかねぇ。
★★★
城門を超えると同時。大量のスケルトン。
アンデッドと言えば夜のイメージだが、このスケルトン、真っ昼間から現れやがるぜ。
それに対応するのはリコリスとミツバ。
「とりゃぁぁぁぁぁっ!!」
リコリスの突きと蹴りがスケルトンを粉々にして砕き飛ばす。圧倒的な手数と速さ。
「リコリス!! あんまり離れるんじゃねぇよ!!」
言いながら戦斧を振り回すミツバ。スケルトンを同時に何体も破砕するのだった。
二人の役割はスケルトン対応。
「……」
キオの左目、カトブレパスの瞳が発動していた。輝く瞳が周囲を見回す。役割は索敵。
危ねぇ奴が最低二人いる。火球魔法を使う奴と直接攻撃をする奴。その二人を見逃さないようにただそれだけに集中していた。
そのキオに襲い掛かるスケルトン、その前にフレアが立ち塞がる。それは防御魔法。手の先に小さな魔法陣が生まれ、それがそのまま盾の役割を果たすのだが、フレアはその盾を使いスケルトンを殴り飛ばす。
フレアの役割はキオの護衛と同時に魔法を使う奴が現れたらそいつの対応。
そして全体を見つつ攻撃に加わるのがビスマルク。全体を見つつ防御に加わるのがホーリー。
ちなみにビスマルクには直接攻撃を使う奴が現れたらそいつの対応も頼んである。
いつも通り、ヴォルフラムは俺の護衛ね。
スケルトンの溢れる中庭を進んで行く。
そしてもう少しで城の中という所で……
「……い、いました……城壁の上からです」
相手に攻撃されるよりも先にキオはその姿を捉える。さすがキオ、カトブレパスの瞳の索敵能力は凄いな。
「フレア、見える? 見えたら追って」
俺の言葉にフレアは頷いた。頷いたと同時にその場から飛び出す。
「リコリス、フレアと一緒に行って」
「分かりましたわ!!」
そのフレアをリコリスが追う。この場で動きが軽いのはフレアとリコリス。二人は身体強化した体で城壁を垂直に駆け上がった。
入れ替わるようにキオの護衛にはホーリー。
「ヴォル、ミツバさんの手伝いをお願い」
「任せろ」
リコリスの穴を埋めるのはヴォルフラム。その突進でスケルトンが人形のように吹き飛んだ。
「シノブ様もこちらへ」
俺もキオと同じく、ホーリーの傍へ。
「も、もう一人、向こうからです!!」
キオが視線を向ける先、その視線の先を追い、ビスマルクはすでに駆け出していた。ビスマルクの鋭い一撃。その一撃を寸前で避けるのは、深くフードを被る存在だった。その手に握られているのは短剣。
「今度は逃げられると思うな」
ビスマルクの低い声。周りを気にせず本気になったビスマルクから逃げ出せるのか。逃げ出せないと思ったのだろう。フードは静かにビスマルクと対峙していたのだ。
そしてその隙に俺とキオとホーリーは城の中に入り込んだのだった。
★★★
「キオ、大変だろうけど、カトブレパスの瞳は常に発動させてて」
「だ、大丈夫です、じ、実は特訓をしていまして、まだまだ全然大丈夫です!!」
「シノブ様、どうなさいますか?」
「行ける所まで行くよ。危ないと思ったら即離脱って事で」
辛うじて残る、腐った木製の扉。城の中に入るとそこは広いロビーだった。崩れた建物の隙間から光が差し込み、城の中は明るい。
外の喧騒とは変わり、城の中にアンデッドの姿は見えなかった。
そして正面には巨大な階段。
その階段の上からだった。
「……騒がしい」
それは男と女の混じった声。二つの声が重なっているように聞こえた。一歩一歩とそれは階段を降りて来る。
「シノブ様、キオ様」
ホーリーが俺達の一歩前に。
異様な存在だった。
全身はもちろん、顔面まで包帯でグルグルに巻かれている。人の形をしているが、よく観察すれば歪な姿に気付く。右腕と右足が太く、左腕と左足が細い、そして左胸だけ膨らんでいる。乳房だろうか。
つまり右半身が男で、左半身が女性のように見えるのだ。
そしてその相手の眼前だった。
ボンッと爆発が起り、炎が散った。
「と、止まりなさい!! そ、そそ、それより近付くと今度は当てます!!」
キオが精一杯に威嚇する。
おおっ、あの引っ込み思案のキオが自ら!! 成長しておる!!
さらに相手の周囲で続け様に爆発が起る。
「ほ、ほほ、本気ですからぁ!!」
声が裏返っておりますけどね。
「……ここは誰にも使われない廃墟だと思ったが」
男女が混ざる不思議な声でそれは言う。
「あなたが来るまでは。あなたは何故ここに?」
「……住処として」
「ここに女の子がいるでしょう? 名前はアルマ・アンチェロッティ。歳は十二歳」
「ああ」
「あなたが連れ去った子を返して欲しいの」
「そんな娘はいない」
「……?」
何言ってんだ、こいつ? なんか話が噛み合わない。
その存在は言葉を続ける。
「だが……娘の亡骸なら持ち帰るが良い」
「……酷い……」
キオが小さく呟く。
「……シノブ様。ここは私が」
ホーリーが前に進み出た。唱えるのは防御魔法。しかしホーリーも防御魔法を武器として戦う。
「……実に騒がしい事だ……」
包帯だけの腕が静かにこちらへ向けられるのだった。




