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病院と竜の血

 父親であるマイス。

 その仕事は前世で言うなら警察官。朝まで帰らない事も多い。今日もそうだった。


 知らない男の声とセレスティの声。

 ベッドから上半身を起こす。部屋の中はまだ暗く、夜が明けていない。こんな時間に誰が……

「お母さん? どうしたの?」

 薄暗いランプの下でも分かる。セレスティの青ざめた表情が。

 そして一人、知らない男がそこにいる。年齢的にはマイスと同じくらいだろうか。

 セレスティは膝を付き、俺の体を抱きしめる。

「ううん。何でもないの」

 ……この様子のセレスティが何でもないわけあるか。

 その俺の後ろから。

「デルスさん? こんな時間にどうして……」

 それはユノだった。ユノはこの男を知っているらしい。

 ん……でも……よく観察して見れば……コイツの来ている服……マイスと同じ物だ……もしかして同僚か? だからユノも知っているのだろうか。

 その瞬間。

「……お父さんに何かあったの?」

 考える間も無く、俺はその言葉を自然と口にする。

 ユノがその言葉に息を飲むのが分かった。

「……シノブ。ヴォルと一緒に待っていて」

「お母さん」

「大丈夫だから」

 そう言ってセレスティは俺から離れた。

「ユノ。ユノはお母さんと一緒に来て。ヴォル。シノブをお願いね」 

「分かった」

「シノブ。眠たくなったら寝ちゃって良いからね」

 そう言ってユノは微笑みながら俺の頭を撫でる。もちろんそれが作った笑みである事は俺にも分かる。

「……分かったよ。ちゃんと留守番してる」

「うん。良い子」

 そしてセレスティとユノはすぐに身支度を整え、急いで家を出るのだった。

「……ヴォル。何か分かる?」

 ヴォルフラムは人間やエルフよりも鋭敏な感覚を持っている。特に鼻。

「それは……」

 ヴォルフラムの態度でも分かった。これは何か悪い事。

「いいから教えて」

「……濃い血のニオイがする」

「濃い……」

 考えられるのはマイスが大怪我をした可能性。

 ……

 …………

 ………………

「よし、私はもう充分に留守番した」

「いや、まだそんなにしてない」

「いいから、ヴォル、行くよ」

「分かっているけど一応聞く。どこに?」

「分かっているだろうけど一応答える。お父さんの所」

「怒られる」

「うん。お願い。一緒に怒られて」

「分かった」

 即答。

「大好き」

 俺はヴォルフラムをギュッと抱きしめた。その尾がパタパタと嬉しそうに動くのだった。

 すぐに着替えて、その背に乗り込む。そしてお互いの体を紐で繋ぎ縛る。

「ヴォル、匂いで跡を追えるよね?」

「もちろん。しっかり掴まれ。全速力で行く」

 外を出歩く人の姿は見えない。夜の町をヴォルフラムが走り抜ける。まるで稲妻。一瞬で流れていく周りの景色など全く認識出来ない中、俺はヴォルフラムの体へと必死に掴まる。少しでも油断して力を緩めたら、紐で縛ってあるとはいえ、そのまま投げ出されてしまう。

 そしてヴォルフラムは飛んだ。その跳躍力で軽く二階建ての建物の上へと飛び乗る。そしてそのまま屋根の上を駆け、跳ねて行く。

 わぁぁぁぁおうっ!! ジェットコースターなどと比べ物にならない程の怖さやで!! ちょっとチビったような気もするけど、待ってろ、マイス!! すぐに俺が助けてやるからなぁぁぁぁぁっ!!


 エルフの町の中でも学校と同じくらいに立派な建設物。それが病院。

 前世と同じように疾病や疾患を抱えた人に対し医療を提供したり、病人を収容するなどの機能は同じだが、最大の違いは回復魔法を使える医者が居る事。

「ヴォル。出来るだけ小さく」

「分かった」

 するとヴォルフラムは産まれたばかりの子犬サイズへと変化する。

「いつもその姿の方が可愛いのに」

「ここまで小さくなるのは疲れるから嫌だ」

 人の気配に鋭いヴォルフラムを先頭にして病院の中に忍び込んだ。そしてヴォルフラムがニオイを追ったその病室を覗き込む。そこに居たのは、やはりマイスだった。

 寝かされたベッドからは血が滴り落ち、床には血溜まりが出来ていた。何人もの医者が幾重にも回復魔法を掛けてはいるのだが……

「ダメだ……血が足りない」

「もう体力も魔力も残っていない……もたないぞ」

「でもこれ以上の回復魔法を使える者はこの町にはいません!!」

「しかし……このままでは……」

 魔法の効果が大きければ大きいほど魔法陣は複雑になり、必要とする魔力量は多くなる。つまり並大抵の魔力量の回復魔法ではマイスを救えないのだ。

「マイスは……夫は助かりますか?」

 悲痛な表情を浮かべるセレスティもそこにいた。

「……心臓を含めて内臓に致命的な損傷があります。今は魔法で無理矢理、命を繋いでいますが……この損傷を治すには高次元の回復魔法が必要となります。ただその魔法を使える者は世界でも数えられる程度しかいません」

 もちろんその数人がここにいるわけが無い。

「ユニコーンの角……もしくは……アバンセの血があれば……あの竜の血液は薬にもなります。ただ非常に貴重な物ですし、今すぐ手にするのは不可能かと……」

 医者の言う、不死身のアバンセ、その血液。

 聞いた事がある。


 世界の頂点に君臨する5人の竜。

 そのうちの1人。

 凄まじい生命力から不死身のアバンセと呼ばれていた。

 竜の山と呼ばれる頂きに彼はいる。その体から溢れた生命力は、山から流れ出て麓に大森林を作り上げた。すなわちこのエルフの町のある森を。

 そう不死身のアバンセは近くに存在する。

 生命力に溢れたアバンセの血液は最高級の回復薬にもなる。同じく回復薬として使えるユニコーンの角より手に入れられる可能性は高いが……

 アバンセが住まう竜の山は険しく、そう簡単には登れない。何より、その生命力に惹かれ、竜の山には様々な魔物が存在していた。簡単に入れる所では無いのだ。

 付け加えて言うなら不死身のアバンセは5人の竜の中で最も気性が荒く、残忍。その口から吐かれる炎はこのエルフの町など一瞬で灰にするとも聞いていた。

 その竜から血液を採取するとか絶対に無理。


 しかしその必要は無いぜ!! 俺がいるんだからな!!

 俺は病室へ飛び込んだ。


「お母さん、安心して!!」

「シノブ!!? どうしてここに……」

「お父さんはもう大丈夫だよ!! 私が……」

 ……ユノがいない。

「家で待ってなさいって言ったでしょう!!」

 言いながら、病室の外へと連れ出される。

「ねぇ、お姉ちゃんは?」

 嫌な予感がする。

「シノブ。良い子だから家に戻って。お父さんは大丈夫だから」

「……ねぇ、お母さん」

「……」

「私、自分で言うのもなんだけど良い子だと思う。心配させちゃう事もあるけど、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも大好きだし、勉強だって頑張ってるし。だから私を信じて欲しいの」

「……」

「お姉ちゃんは竜の山に行ったんだよね? 不死身のアバンセに会うために」

「……ええ。そうよ」

 何で……どうして、セレスティはユノを行かせたんだ? 不死身のアバンセに会いに行くなんて、死ぬ事と同じだろうが……いやいや、その話は後だ。

 俺は病室に再度飛び込み、医者を問い詰める。

「先生、お父さんはどれくらい生きていられるの!!?」

「それは……」

「早く答えて!!」

「日の出くらいまでが限界だと思う」

 時間が無ぇぞ!!

「ヴォル!!」

 病室から飛び出す。

「シノブ!!」

「お母さん、絶対に大丈夫だから!!」


「今度は何処に?」

「竜の山。お姉ちゃんを追って!!」

 ユノをアバンセに会う前に連れ戻し、マイスを助ける。時間的にも充分可能だ。

 俺はそう思っていたのだが……

 森の中を走りながらヴォルフラムが言う。

「シノブ。ユノに追い付けない」

「何で!!? ヴォルの足なのに?」

「ユノの匂いと一緒に、母さんの匂いもする」

「アデリナさんの? お姉ちゃんはアデリナさんに乗ってるって事?」

「多分。そうなると俺の足では母さんに追い付けない」

 そんな……アデリナさんだってアバンセの恐ろしさは知っているはず……

 既に大森林を抜けて、竜の山のすぐ麓。

 ここから先は魔物の巣窟でもある。

「ねぇ、ヴォル。この先に行ける?」

 その言葉にヴォルフラムの体が膨れ上がった。牛や馬よりも一回り二回りも大きな体。しなやかに引き締まった美しい姿の狼。これがヴォルフラムの真の姿。森の主の血を引き継ぐ者。

「もちろん」

「お願い」


 密集する木々の間を滑らかにすり抜ける。険しい急勾配を跳ねるように駆け上がる。夜の闇の中、道無き場所をヴォルフラムは駆け進む。

 俺はただ必死にその体に掴まるだけ。

「シノブ。魔物が出て来た。少し荒くなる」

「これ以上に!!?」

 ヴォルフラムは凄まじいまでのスピードを一瞬で殺して急ストップ。

 うぉぉぉぉっ

 次の瞬間、横へと飛び跳ねる。

 ふぐぐぐぐっ

 木々を蹴り上げ、三角跳びのようにして空を舞う。

 ひゃぁぁぁっ

 そしてクルクルと回転し、遠心力を利用して空中で動きをコントロールする。

 うほぉぉぉっ

 相当な高さからの急降下、着地と同時に一瞬でトップスピード。

 はふぅぅぅっ

 再び駆け出す。

 す、すまん!! ヴォル!! 確実にちょっとオシッコ漏れた!!


 意思疎通の出来ない動物。その中で特に力が強く凶暴なモノを魔物と言う。

 だからヴォルフラムに見た目は似ていても、こいつ等は魔物だ。

 駆けるヴォルフラムに併走する複数の狼型魔物。走りながら俺達に攻撃を加えてくる。牙が爪がヴォルフラムの体を傷付ける。全てを避ける事は無理だ。

「ごめんね……ごめんね、ヴォル……後でこいつ等、犬鍋にしてやろうね……」

「作れるのか?」

「丸ごと鍋にぶち込む」

「不味そう」

 襲い来る魔物を振り切るように竜の山を登っていたのだが、その魔物の姿が急に見えなくなる。

「ユノと母さんの匂いがする。近い。それと……正直に言うと怖い」

「アバンセも居るんだね?」

「そう」

 もうこの時点で、ユノを連れ戻すのは無理だ。こうなったらアバンセを倒してユノを助ける。そして竜の血でマイスを助けるしか無い。

「安心して。私が居れば大丈夫だから」


 駆け上がった先にユノは居た。

 剣を構えるユノ。その隣にはアデリナ。

 そして……巨躯の体。

 月明かりの下で見えるのは赤黒い鱗に覆われた体。鱗一枚一枚が人一人分もの大きさがあり、手足から見える鋭い鉤爪はさらに巨大。畳まれた翼は広げられたら視界全部を覆ってしまう程になるだろう。長い首、その凶暴性を伺わせる顔には、俺と同じ赤い瞳。巨大な口からは鉤爪と同じように鋭い牙が見えていた。その姿は元の世界で言う大型恐竜だが、その恐竜でさえ一口で噛み殺せる程に巨大なのだ。

 これが……不死身のアバンセ……

 さすがの俺も息を飲み込むのだった。

 怖ぇぇぇぇぇっ

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