時間の進み方と誘拐
光る岩の天井と、光る岩の壁。そのおかげで迷宮内なのに灯りの心配が無い。めっちゃありがたいが、これもガララントの力らしい。
俺達に、この迷宮を進む者の為に。おちょくってやがんな。舐め腐ってやがる。
迷宮内の作り変わりには一定の法則があるようで、それを見極めながら一日一日、少しずつ少しずつ深い所に潜って行く。
一日のうちに数時間探索したら町に戻る生活。
町では迷宮探索で得た品物を買い叩かれつつ換金して日々を過ごす。そして合間には修行である。主にリアーナとロザリンド。
断続的な金属音。火花が散るかのような激しいロザリンドの剣戟。俺の目にはその動きがハッキリとは見えない。これが人の出せる速さかよ?
しかしその全てを受け止めるビスマルク。
「もっと攻撃を工夫しろ。それじゃいつまで経っても私に一撃を入れる事なんて出来ないぞ」
そのビスマルクにはまだまだ余裕がある。
さらに激しくなるロザリンドの攻撃だが、ほんの一瞬の隙間。ビスマルクの一撃がロザリンドを弾き飛ばす。
「正統な剣術だ。正統がゆえに攻撃が読み易い」
「……正統な剣術を……捨てろという事ですか?」
「違うな。それを軸にして発展させろという事だ。例えばだ、お前の剣術は水中でも使えるものか?」
「……いいえ」
「だがそういう状況が来るかも知れないぞ。だからこそ状況を見極め、勝つ為の、そして生きる為の工夫をするんだ。あらゆる状況に対応し、その状況でさえ利用しろ。お前の死が仲間の死に繋がる事だってあるんだからな」
その隣では……
「ハッ!!」
リコリスの一撃。手甲に守られた拳がリアーナを狙う。
しかしそれを受ける事無く、リアーナは後ろへと飛び退いた。そして飛び退きつつ魔導書を取り出し、炎の煙幕を張る。
リコリスの鋭い蹴り上げが炎を断ち割るが、既にリアーナの姿は無い。
離れている俺には見えていた。
リアーナはハルバードを使い、棒高跳びのようにして炎とリコリスの頭上を飛び越えていたのだ。
リコリスの背後を取り、これで試合終了。
ビスマルクは相当に強く、リアーナとロザリンドはそのビスマルクに稽古を付けて貰っていた。そして手の空いている方がリコリスと稽古。
リコリスも父親と同じく体術主体の戦い方。マルカに近いが、ハッキリ言ってマルカより数段強い。ビスマルクの教育の賜物か。まぁ、それでもリアーナとロザリンドの方が強いみたいだけど。
しかしスゲーなビスマルク。
リアーナもロザリンドも相当に鍛えられていたと思ったが、やっぱりまだまだ世界は広い。
「ビスマルクさん。ビスマルクさん、かなり強いと思うんですけど、ここに来る前には何をやっていたんですか?」
「ああ、まだシノブ達には言っていなかったな。私は王国の国境警備隊だったんだ」
「王国の国境警備隊って……めっちゃエリートじゃないですか」
武器を手にする職業、その中でも超超超エリートと言われるものが二つある。
一つは王国騎士団。王都、そして王族を護衛する盾となり、時には圧倒的破壊力で敵を貫く剣にもなる。武器を手にする者にとっては憧れであり、夢の世界とも言えるんだろう。
そしてもう一つが国境警備隊。隣国と争いの歴史がある。今は友好的な関係を築いているとはいえ、国境を守る事は王国を守る事と同意だった。
だかこそ国境警備隊には真の猛者しか配属されない。その戦闘能力は王国騎士団に勝るとも劣らないのだ。
「それが何でこんな所にいるんです?」
「そうだな。十年程前だ。私の妻が病で倒れたのは」
「それ、私達が聞いて良い話なんですか?」
「構わんさ。もう心の整理も付いている」
それは十年程前の話。
ビスマルクの奥さんはリコリスを産んだ。しかし産後の肥立ちが悪く、病に倒れてしまう。
回復魔法も万能ではない。回復魔法は対象者の自然治癒力を促進させるもの。代謝力の落ちている奥さんにさほどの効果は見られなかった。
しかし効果があるとされる薬の噂をビスマルクは知る。
希少である薬を求めて、ビスマルクは赤子のリコリスを連れて、ある屋敷を訪れた。この屋敷の主人が薬を所持していると聞いたから。
「騙された……って事ですか?」
「そうだな。屋敷の地下に連れられて、ここに閉じ込められた。あの時、少しでも何かに警戒していればと今でも思うんだが、当時は薬の事で頭がいっぱいでな。リコリスには悪い事をした」
「そんな事ないよ。お父さんはお母さんを助けたかっただけだから。私は悪いなんて思った事ないよ」
リコリス、良い子やで……
「でもこれで分かった。屋敷の下に竜の罠があった理由。ガララントは外の誰かを使って、ここに人を閉じ込めているんだ」
屋敷の主はガララントの協力者って事だ。
……ん? ちょっと待て。ちょっと待てよ。ビスマルクが閉じ込められて約十年。
「ねぇ……シノブちゃん」
リアーナとロザリンドの深刻そうな顔。俺と同じ事に気付いた顔。
「ロザリンド。屋敷の資料を覚えてる?」
「ええ。三十年前には既に空き家だったはずよ」
「……どういう事だ?」
ビスマルクも怪訝な表情を浮かべる。
「私達は廃墟となった屋敷の地下からここに来たんです。三十年以上は誰も住んでいなかったはずです」
「いやしかし、十年前には確かに人がいたぞ」
「その屋敷の正確な場所は覚えていますか?」
同じ屋敷とは限らない。ガララントに協力する存在が複数いる可能性もある。そう思ってビスマルクに地理的な事を聞いた結果。
「やべぇ……同じトコだ……外と中で時間の進み方が違う……」
ここでの十年は外の世界での三十年相当。
「よし、皆の衆、飯が出来たぞ。大した料理も出来ちゃう系男子の僕の……どうした? 何かあったのか?」
そこに登場、タックルベリー。料理は当番制である。
「大して料理も出来ない系の私から驚愕の真実を教えてあげるよ。やべぇ」
「全く分からん」
★★★
ここに来て二十日。単純予想で外の世界では六十日が過ぎている。
俺達が姿を消したんだ。かなり問題になっている事が予想される。これで王国や学校が動き出して、外から解決してくれれば良いんだが……
とにかく一刻も早くガララントを倒すしかない。
今日も今日とて迷宮を進む。
そして戻る。
そんな繰り返しのある日である。
深夜。
……おしっこ。
少し離れた位置のトイレへ向かう。
はぁ……全くいつガララントの元へ辿り着けるやら。ガララントの元に辿り着ければ倒す事も可能なのに。
俺の察知能力では気付かない。
後ろから伸びた何者かの手が俺の口元を押さえた。胴体にも手を回される。
誘拐!!?
口元を押さえる手を噛む。そして一瞬だけ自由になった口で叫ぶ。
「いごろっ!!!!!」
むぐぐっ
またすぐに口を塞がれた。
そして俺はその場から連れ去られるのだった。




