お風呂と血のニオイ
「どうしてお姉ちゃんが……」
「リアーナが教えてくれたの。授業中にシノブがテトと決闘の話をしていたから心配だって」
リアーナはエルフの女の子。同じクラスの仲良しで、俺が苦手な授業ではいつも応援をしてくれるとても良い子である。
リアーナは放課後、わざわざ家の方を訪ね、家に居たユノに決闘の事を伝えていた。そしてその話を聞いたユノは俺を迎えに行く途中、テトの魔法使用を知った先生達と合流したとの事だった。
「まったくシノブは……ほら」
ユノは手櫛で俺の乱れた髪を整え、ハンカチで顔の汚れを拭う。
「それにボロボロの傷だらけじゃない」
「大丈夫。そんなに痛くないから」
確かに服はボロボロで所々が破け、手や膝、所々に擦り傷が。殴られ赤くなっている所もある。
「先生、こっちで一緒にテトにも回復魔法を掛けます。テトもこっちに来て」
先生三人に魔法を使った事でガッツリと説教をされるテト。そのテトも体中が傷だらけだった。
まぁ、俺も相当喰らわしてやったからな。お互いに無傷で済むわけが無い。
「……」
ムスッとしつつも先生がいる手前、言う事を聞くテト。
そして並んだ俺とテトに向けて、ユノは魔法を使う。手をかざし、詠唱だけで、それは魔方陣を必要としない魔法。
魔方陣はユノの目の前、宙を浮いたように出現した。そこから流れ出た光が俺とテトの傷を治していく。
傷が治ると……
「じゃあ、シノブもテトもそこに並んで立ってて。ヴォル。ヴォルもこっちに来て並んで」
「俺もか?」
三人並んで……
ゴッ
「ギャンッ」
ゴッ
「うぐっ」
ゴッ
「お、お姉ちゃん?」
脳天にユノのゲンコツが落ちる。
そして先生達が気付く。
「落とし穴にロガリーとトトイッセンが落ちてる!!?」
「シノブ?」
「違うよ、お姉ちゃん。あれは二人が勝手に落ちて……」
ゴッ
「痛いっ!!」
ちなみに帰宅後、セレスティ……母親にもメチャクチャ怒られた。
★★★
お風呂……最高でございます。
大好きなアニメでも言っていたが、風呂は命の洗濯とよく言ったものよのぉ~
「ほら、シノブ。頭流すよ」
「はーい」
それもユノと一緒なら尚更な!!
その体はまるで絵画や彫刻のよう、作られたような美しさだった。手足は長く、引き締まった腰回り。しかし女性として柔らかい肉付きでもあり、実に均整が取れていた。さらに白い肌が微かに上気をして桃色に見える様子は実に魅惑的。
そして目の前でユノの乳房が揺れる……俺もあれくらいのサイズになるのかな……最近ちょっと膨らみ始め……てもいねぇよ、畜生。
昔は生まれ変わった自分の体や、成長したユノの体でムフフフフだぜぇ……と正直エッチな事も考えいたんだが、慣れてしまうと欲情はあまり感じなかった。それにユノに対しては自分の娘みたいな部分もある。家族に対して性的なものはあまり考えられない。
とはいえ、嬉しいけどな!!
二人で並んで湯舟に浸かる。
「……魔法を使えない事を笑われたから?」
「ん?」
「決闘」
「あーうん。それもあるけど、テトとは元々仲が悪いんだよ。人間の私の方が頭良いから気にいらないみたい」
前世にも、この世界にも、どこにでもある。人種や種族による優劣。もちろん現実としてその差異は確かにある。
しかしその差異だけで個人の優劣は決定をしない。それも現実。
テトは人間よりもエルフの方が優れた種族だと思っている節がある。だから勉強などで俺に負けるのが気に入らないのだろう。
「……」
ユノの少し寂しそうな表情……ああ、また言ってしまったか……
俺は自分を『人間』と言ってしまう事がある。エルフとは違うのだと。
しかしユノにとってそれは『人間のシノブは、エルフである自分達を本当の家族と思っていないのでは?』と感じる時があるらしい。そんな話をセレスティから聞いた事がある。
馬鹿馬鹿しい。
血の繋がりも大事だろう。だけどそれだけが家族じゃない。
俺にとってはマイスが父親であり、セレスティが母親であり、ユノが姉であり、これを家族と言わないで何と言う?
よし、ここで一発、俺がこの落ち込んだ空気を変えてみせようじゃねぇか!!
この世界にはモーモという、とても桃と似た果物がある。
「お姉ちゃん」
「ん?」
湯の上にお尻だけを突き出す。
「モーモ」
「可愛いけど」
ピシャリッ
お風呂場にお尻を叩くなかなか良い音が響くのだった。
★★★
朝、学校に行く前。
セレスティが俺の髪を編んでいた。
背中の真ん中まで伸びた長い髪。ストレートでそのままの時もあるが、セレスティやユノが色々とオシャレに纏めてくれる事も多い。
今日はまず後ろでビシッと三つ編みを作り、あえてそれを崩し緩くする。そして捩じり丸めながら低めの位置にお団子を作る。
うむ、今日も当然カワイイのである。
教室に入り、一番最初にリアーナを探す。
「おはよう。昨日はありがとうね」
「シノブちゃん!!」
「リアーナのおかげで大変な事にならないで済んだよ」
「大丈夫だったの?」
「うん。決着は着かなかったけどね」
「もうっ。危ない事はダメだよー」
優しそうな顔をした可愛いエルフのリアーナ。気の弱いようにも見えるが、実は芯が強い女の子である。俺の一番の友達。
「うん。お母さん凄く怒ってたし。しばらく止めとく」
「しばらくじゃないよー、ダメなんだって」
俺はアハハッと笑うのだった。
さて。これは魔法の授業。魔法には三種類の方式が存在する。
『通常魔法』
各人が持つ魔力、そして魔道書などに描かれた魔法陣と呪文の詠唱を必要とする。
『詠唱魔法』
通常魔法の上位方式。
描かれた魔法陣を必要としない代わりに、より多くの魔力を必要とする。
『無詠唱魔法』
最上位の方式。
魔法陣も詠唱も必要としない。ただ魔力消費量が極端に多く、実用的には使えない方式である。
ちなみに昨日、ユノが使った回復魔法は詠唱魔法になる。
ユノはこのエルフの町の中でも魔力保有容量が多く、すでにいくつかの詠唱魔法を覚えていた。ちなみに剣も弓も相当のものであり、俺にとっては自慢のお姉ちゃんだ。
★★★
授業が終わった後、先生に呼び出される。テトと共に。
やっぱり昨日の事だろう。
「さて二人とも。何で呼び出されたか分かるよね?」
普段は温厚で優しく美人な先生だが、怒ると非常に怖い。
隣に立つテトは不貞腐れたように黙っているが、これは絶対に早く謝った方が良い!!
「先生、本当にごめんなさい。もう二度とあんな事が無いように気を付けます」
俺は頭をビシッと下げる。
『ありがとう』と『ごめんなさい』と『お腹痛い』、これは魔法の言葉、これさえ言えれば大抵の問題は乗り切れるぞ!!
「テトは?」
先生の言葉にテトは……
「……シノブがムカつく」
このバカァァァン、そういう事は俺本人にだけ言えよ、先生のいるトコでそんな事を言ったら面倒臭い事になるだろうがよぉ。
「どうして? シノブが何かしたの?」
「先生、やっぱり拳で決めるしかないよ」
「シノブは静かにしてて」
「はい……」
先生、怖いわぁ。
「……俺の方が剣も弓も魔法も強いのに……勉強だって頑張ってるのに、いつもシノブの方が人気ある」
「ブフーッ」
「シノブ!!?」
吹き出すわ!! 思わず吹き出して笑っちまうわぁ!!
コイツお子様過ぎるぅぅぅぅぅっ!!……まぁ、実際にお子様なんだが。
確かに今の俺は友達が多い。女子はもちろんの事、元が男だったせいだろう。男子とも仲が良い。それが気に入らないと言う。
実に子供らしい。子供らし過ぎて慈愛の目で見詰めちゃうぜ。
「先生、先生、ちょっとこっちで良いですか?」
先生を連れて、ちょっとテトから離れる。
「どうしたの?」
「先生も話を聞いて分かると思うんですけど、テトが子供なだけなんですよ。成長すればそのうち治まります。それまで私が上手く相手をしますから、あまり心配しないで大丈夫です」
「……その通りだとは思うけど……シノブは随分と大人っぽい事を言うのね」
「はい。精神年齢は50歳……くらいだとよく言われます」
と笑って答える。
「……分かった。今日はあまり厳しい事を言わないけど、次に魔法を使うような喧嘩をしたら……」
「はい。切腹します」
「せっぷく?」
「お腹を自ら剣で真横に切り裂きます」
「怖いっ!! シノブ、変な本を読んで影響されたらダメよ?」
ふぅ、軽い説教で済んで良かったぜぇ。
★★★
一日よく学び、よく遊び、よく食べ、よく笑う。
いつも通りの充実した一日、その夜。
帰らない父親、マイス。そしてヴォルフラムは言う。
「……濃い血のニオイがする」