バレンタインデーと因果応報
実はこちらにもバレンタインデーに似た文化がある。
その日、友人知人にお菓子を配るのだ。そして意中の相手にだけ手紙を忍ばせる。いや、俺もリアーナもエルフの町に居た時には手紙をいっぱい貰ったね。送った事は無いけども。
「ロザリンドもそうじゃないの?」
「……私はお菓子を配った事が無いわ。貰った事も無い。私の生まれた所にはそういう文化が無かったから」
確かロザリンドの生まれ故郷は島国。この大陸から少しだけ離れている。
「ふーん。じゃあ、今回はやってみたら? 一緒にお菓子作ろうよ。リアーナがお菓子作り得意だからさ。今回も作るつもりだったし」
「でも……あげる相手が……」
ああ~そうか~ロザリンドって美人なのに友達がいなかったんだよね~。でもさ。
「何言ってんの? いるじゃん。私とリアーナ。それにマルカだって。それに友達同士で一緒にお菓子作りをする事に意味があるんだよ」
俺は笑った。
「と、友達……そ、そうね、友達だし、私も一緒に作りたいわ」
寮の部屋には小さいながらキッチンも用意されていた。簡単なお菓子を作る程度なら十分。こういう所よ、時代背景と技術が合わないのは。ある程度の人数が転生しているのは間違いないな。
ちなみにガス電気の代わりに魔力が必要なんで俺には使えないんだよねぇ。
「よし、じゃあ、作るよ!!」
「その前にシノブちゃん。いつも言ってるけど、ちゃんと分量を守って手順通りに作る。分かった?」
「断る。それじゃ私の個性が出ない、っていつも言ってるでしょ。私は、私だけのお菓子を作る」
「それはちゃんと料理が出来る子が言う事なの。シノブちゃんは出来ないよね? 失敗の方が多いよね?」
「天才肌だから。私」
「天才だからって全てを無視して良いって事じゃないから。それ以前にどうして自分で天才肌って言えるの?」
ちっ、お菓子作り前からリアーナと軋轢が!!
「ふふっ、ふふふっ」
ロザリンドが笑った。
「ほら、ロザリンドちゃんに笑われた」
「笑われようが私は覇王の道を行く」
「意味が分からないよ……」
笑いながらロザリンドは言う。
「友達って、楽しいものだったね。知らなかったわ」
その嬉しそうな表情を見て、俺もリアーナも微笑むのだった。
★★★
そしてお菓子作り翌日。
作ったお菓子は大盛況、エルフの町の時と同じくクラス全員の争奪戦だぜ!!
……なんて事にはならず。俺の見た目や、途中編入の俺達が模擬戦で優勝した事に不満のあるクライメイトはそこそこいるわけで。半分近くのクラスメイトは受け取らない。残念だな、リアーナの作ったお菓子はマジで美味いのに。
ただロザリンドのお菓子は比較的に人気だった。学年最強だし、美人だからな。欲しい奴はいっぱい居たんだろ。
「おらよ、ベリー。これやるよ。お前みたいな変態野郎には縁の無い行事だと思うが一応な。食え」
「随分と上から来たな、白き痴女」
「いらんのか? パンツの中で温めたお菓子だぞ」
「そ、そんなはず……いるぅ!!」
「食べさせてやるよ。口開けろ」
「あーん」
俺はお菓子を口の中に放り込む。そしてタックルベリーがそれを噛んだ瞬間。
「ウボアァァァァァァァァァァッ」
「あははははははははははっ」
「痛い痛い痛い痛い痛い!! 喉まで痛い!! お、お前、何してんだよ、ああーーーっ!!」
「激辛お菓子を召し上がれ」
「水ぅ!! 水ぅ!!」
「水か!!? 水が欲しいのか!!?」
「はっ、はっ、た、頼むぅ、こ、これ、し、死ぬ、辛ああああああああああ!!」
「だらしねぇなぁ。ほれ、これ辛いの中和するヤツだから」
ゴクッゴクッ
「……殺す気か!!?」
「大袈裟過ぎる」
「大袈裟じゃないわ!! 馬鹿かお前は!!? 口が焼け爛れるだろ!!」
「はいはい。で、こっちがリアーナが作ったヤツで、こっちがロザリンドのヤツね」
「大丈夫だろうな?」
「あの二人が酷い事するわけないでしょ」
「お前はするのか……」
「するよ……次も、その次もな!!」
★★★
さて最後に一つ。面倒な事が残っている。
手紙をいくつか貰っていた。イベント的には返事をしない事が断りを意味し、俺も今迄は何もせずだったんだが……それは熱量の多いラブレター。俺に対する憧れが便箋に何枚にも渡り綴られていた。
男からのラブレターなんて俺にとっては意味の無いものだが、それでもここまで人に想われて悪い気はしない。せめて面と向かって断ろう。
呼び出された空き教室。
前世では全く縁の無かったシチュエーション。青春だなぁ~
「おい、来たぞ」
「本当にね。告白とか期待して来ちゃったんでしょう?」
「身の程をわきまえろ。お前はこの学校に相応しくないんだから、告白する奴なんていないんだよ」
「あの手紙よく出来てるだろー。騙されちゃったか?」
「あはは~ねぇ、ガッカリした? 残念だったよね~」
何人かの男女が待ち構えていた。
せ、青春だなぁ~
「えっと、つまり私はイタズラで呼び出されたってわけだよね?」
「そういう事」
全員がクスクスと笑っていた。
「まぁ、ある意味そっちの方で良かったな」
俺は小さく呟く。
「は? どういう事?」
「いや、告白だったら断ろうと思ってたから。断る相手がいないなら私も気が楽だよ。そんなわけで。じゃ」
だったら長居は無用だぜ。
俺は踵を返す。
「おい、こんな事をされて惨めじゃないのか?」
「惨め? 何で?」
全員が返答に困る。俺は足を止めた。
「あのさ、あなた達も好きな人とかいるでしょ? その人達に今の自分の姿を見せる事が出来る?」
「な、何よ、急に」
「将来、その好きな人と一緒になって子供が生まれて。その子供にお父さんは、お母さんは、こんなイタズラをしていたんだよ、なんて教えられる?」
「……それは……」
「遠い国の言葉だけどね、因果応報って言葉があるの。良い事をすれば良い未来へ、悪い事をすれば悪い未来へ、自分の行いが未来に反映されるって考え方。もう一度、今の自分達の姿を見つめ直してみて。あなた達は幸せな未来を迎えられる?」
「……」
そうして俺は教室を後にするのだった。
★★★
「ねぇ、シノブちゃんどうだったの?」
「ちゃんと断れたのかしら?」
寮に戻るとそこにはリアーナとロザリンド。二人には手紙を貰った事を伝えてある。
「ベリーにイタズラしたのが返って来たみたい。呼び出されたのイタズラだった」
やっぱり因果応報ってあるんだなぁ~
「……許せないわね」
「もういいよ。言いたい事は言っといたから。とりあえずリアーナ、これ持って」
「枕?」
リアーナに枕を持ってもらって。
「くっそぉぉぉぉぉっ、あの野郎共!! 殺す、殺す、ブッ殺す!! この俺様が屈辱ぅぅぅぅぅっ!!」
枕に向かってパンチキックを繰り出すのだった。
「全く言いたい事が言えなかった雰囲気なんだけど」
ロザリンドは呆れるのだった。
翌日。
一枚の手紙。
差出人は分からない。けど一言。
『ごめんなさい』
今日一日、良い日になりそうだぜ!!




