試合と勝機
この学校に編入してそこそこ経つが、実はお姉ちゃんに会えていない。
超優秀なお姉ちゃんとそのパーティーは修行という名の遠征に出ていたのである。
隣の席のロザリンドから話を聞く。
「ユノさんが帰ってくるらしいわね」
「ユノさん?」
「ええ。私達より五つ上のユノさん。模擬戦でも連戦連勝、剣も魔法も超一流、王立学校の歴史上でも傑出した実力を持つエルフの女生徒よ」
その話にリアーナも加わる。
「ユノちゃん戻って来るの?」
「ユノちゃん? リアーナはユノさんを知っているの?」
「うん。同じ町の出身だし、それによく一緒に遊んでたもらったから」
「シノブもユノさんの事は?」
「知ってるよ。お姉ちゃんだし」
「お姉ちゃん!!?」
「うん。私のお姉ちゃんだけど」
ロザリンドはリアーナの顔を見る。
「本当だよ」
リアーナは頷く。
「でもユノさんはエルフで、シノブは種族として人間よね?」
「私、捨て子だったし」
「……もしかして悪い事を聞いてしまったかしら?」
「いや、別に隠しているわけじゃないし、血が繋がってなくてもお姉ちゃんは私のお姉ちゃんだから。まぁ、それを茶化す野郎は漏れなくブン殴るけど」
「本当にシノブちゃん殴ってたからね」
「ふふっ、この間のディンとの喧嘩を見た後だから、その光景も目に浮かぶわ」
「当然でしょ。でもそうかぁ~。お姉ちゃん、留学から帰って来るんだ?」
★★★
それから数日後である。
寮の部屋のドアがノックされた。
開けるとそこに立っていたのはお姉ちゃん。
「シノブ。久しぶり」
「お姉ちゃん!!」
俺は反射的に抱き付いてしまう。精神的には五十台半ばのオッサンである俺だが、お姉ちゃんの目の前では妹になってしまう。
「いつ戻ったの?」
「本当にさっきだよ。シノブに会いたくてすぐ来ちゃった」
「私も会いたかったよー」
久しぶりに見たお姉ちゃん。女性的に美しいとはこういう事を言うんだろう。エルフは比較的に見目麗しい種族であると言われるが、その中でもお姉ちゃんは贔屓目無しに別格だ。
ふっ、俺を含めて美人姉妹だぜぇ~
そこにロザリンドが顔を出す。
「シノブ、誰だったの……ユノさん!!?」
「あなたは……ロザリンドさん?」
「何で私の名前を……」
「ロザリンドさんは私達の学年でも有名だから。大陸を代表するような剣士になるって」
「いえ、そんな……とりあえず上がってください」
「うん、入ってよ。あとリアーナも呼んで来るね!!」
「ありがとう」
そう言ってお姉ちゃんはニコッと笑った。
その笑顔だけで何人の男子生徒が堕ちるものやら。
★★★
「本当にユノさんがいる……あっ、私、マルカです。マルカ・ヤンペグ」
「よろしくね、マルカさん。リアーナも久しぶり、元気だった?」
「うん、元気。ユノちゃんは?」
「シノブとリアーナの顔が見られたからね、それだけで元気一杯だよ」
リアーナと一緒にマルカも連れて来た。
「でもユノさんとシノブが姉妹って……」
そのマルカが言い辛そうに俺とお姉ちゃんを交互に見る。
「私は捨て子だったから」
「そ、そうなんだ……何かゴメン」
「いやいや、ロザリンドにも言ったけど別に隠しているわけじゃないから気にしないで」
「血が繋がってなくてもシノブは私の妹だからね」
「シノブも同じ事を言ってました」
ロザリンドの言葉でお姉ちゃんは嬉しそうに笑った。
そこから色々な話をした。
「そう言えばシノブ。模擬戦で優勝したって聞いたけど。リアーナも一緒のパーティーだったんでしょ?」
「まぁね~」
「私も一回戦で対戦しましたけど完敗でしたよ」
「私もだわ」
「何とか優勝まで行けたけど、次は難しいかな。最初の一回だけしか通じない作戦だったもん」
「作戦……ね。リアーナが凄い格好をしていたって聞いたけど?」
「ユノちゃん、それは聞かないで……」
「……鉄仮面」
「シノブちゃん!!」
「……ビキニアーマー」
「本当に怒るよ!!」
「あはははっ、シノブもリアーナも変わらないね」
なんて話を少しして。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんって超強いんだって?」
「シノブ、あなた、ユノさんの妹なのに本当に知らないの?」
「だって王立学校に来てから、お姉ちゃんが本気で戦ってるの見た事無いし」
「私はユノさんの戦いを見た事あるけど別次元だったよ。ハッキリ言って私は全く勝てる気がしない。リアーナやロザリンドでも無理だと思う」
マルカは言う。
「リアーナとロザリンドで組んだらどう?」
これならいくらお姉ちゃんが凄くてもどうにかなるんじゃないか?
「……二人とも。私と試合してみる?」
お姉ちゃんの言葉にリアーナとロザリンドは顔を見合わせた。
「ユノちゃんが良いなら……私はやりたい」
「私も……自分の力がユノさんにどれくらい届くのか知りたいわ」
「じゃあ、明日。放課後で良い?」
そんなワケで明日は練習試合。
お姉ちゃんがどれくらい強いのか……俺も気になるわぁ。
★★★
闘技場の石畳の上。
膝を着き、荒い息を吐くロザリンド。そして一言。
「参りました」
「大丈夫? 怪我とか無い?」
お姉ちゃんが伸ばした手をロザリンドが取る。
「大丈夫です。ありがとうございました」
お姉ちゃんとロザリンド。一対一ではお姉ちゃんの圧勝。ロザリンドの前にはリアーナも負けている。
剣の技術はロザリンドより上、魔法の技術はリアーナより上、そして身体能力も二人より上、お姉ちゃんは全てが高水準。それもまだ余裕があるように見える。
「マルカもやってみたら?」
俺の言葉にマルカは苦笑いを浮かべる。
「無理。私じゃ瞬殺だよ」
「そっか。ねぇ、お姉ちゃん、リアーナとロザリンドが組んでの二対一とか大丈夫?」
「私は大丈夫だけど。二人ともまだ出来る?」
「もちろんです。お願いします」
「私もまだ出来るから。ユノちゃん、お願い」
「じゃあ、リアーナもロザリンドもちょっとこっち来て」
お姉ちゃんが強いのは嬉しい。リアーナとロザリンドが組んで単純に戦ったとしても勝てるとは思えない。それぐらいの実力差を感じる。
だからと言って、同じパーティーのリアーナが、友達であるロザリンドが二人掛かりで負けるのも、それはそれで悔しいじゃないか。
出来る事は少ないが、せめてアドバイスを。
そんな所に現れたのは……
「ユノ、来たよー。もう試合は終わっちゃった?」
「で、どれがユノの妹だ?」
「ほら、あれだろう。あの白い髪の」
「うわー本当に可愛い!! お人形さんみたい!!」
「でも年齢の割に少し小さくないか?」
年齢的にはお姉ちゃんと同じぐらいの男女。中には滅多に見ない種族の人も。
「あれ、ユノさんのパーティーメンバーだよ」
マルカが言う。
あれがお姉ちゃんの……つまりあれこそがこの学校最強のパーティーって事か。
「みんな来たの?」
「もちろん。試合の相手は噂のロザリンド・リンドバーグと、模擬戦で優勝したパーティーメンバーの子でしょ? 気になるよ」
「ユノ自慢の妹ちゃんにも会いたかったからね」
「それで試合はどうなっている?」
なんて感じでギャラリーが増える。
そして二対一の試合が始まる。
試合が始まると、騒いでいたお姉ちゃんのパーティーメンバーは黙って鋭い視線を試合に向けていた。試合の中、少しの動きも見逃さないようにリアーナとロザリンドを観察する。
お姉ちゃん達から見れば明らかに格下の相手。しかしそこに油断は無い。さすが学校最強のパーティーだな。
試合はロザリンドが前衛。刀でお姉ちゃんに対する。リアーナは後衛で魔法攻撃、そして隙を見て武器攻撃で加わる。お姉ちゃんに反撃する隙を与えないよう、こっちは絶え間なく攻撃を仕掛ける。
お姉ちゃんが強引に前へ出ても、そこはリアーナとロザリンドだ。お互いのフォローで完璧には崩されない。
「シノブ……二人とも凄いね……」
「……うん……」
隣で呟いたマルカに、俺はそう返事をするだけ。
目まぐるしく変わる攻守。
一撃の強さ、一瞬の速さ、正確な魔法、お姉ちゃんが全て上だとしても、リアーナとロザリンドが組めばここまで戦える。
実戦さながらの激しい試合。
さすがのお姉ちゃんも表情に余裕が無い。
やがて優劣が現れる。
「嘘でしょ……」
それはお姉ちゃんのパーティーメンバーの一人から漏れ出した呟き。俺は拳を強く握り締める。よしっ!!
優勢なのはリアーナとロザリンド。お姉ちゃんの防御の時間が少しずつ長くなる。おいおい、これ、マジでお姉ちゃんに勝てちゃう感じなんじゃないのぉ!!?
「ユノが二人掛かりとはいえ後輩にここまで追い込まれるなんて……」
「まさか……負けるの……ユノが……」
「まさか、あのユノだぞ!!? 負けるなんて事があるわけ無い!!」
あちらさんは驚愕、そして大慌て。おんどれら内心では舐めとったんじゃろがい!! やっほう、お姉ちゃんゴメン、俺、今すっごく気分良いわぁ!!
ロザリンドの決着を付けるかのような鋭い一太刀。お姉ちゃんは咄嗟にその場から飛び退くが、リアーナが逃がさない。
「タァァァァァッ!!」
ハルバードを構え、お姉ちゃんを追う。突き出されたハルバードの一撃をお姉ちゃんは辛うじて受け止めるが、その際にバランスを崩す。
その光景を見て、お姉ちゃんのパーティーメンバーが叫んだ。
「ユノ!! タイミングを合わせて!!」
タイミング。
リアーナの一撃を防ぐタイミングがズレていたから、お姉ちゃんはバランスを崩した。外側からはそれが分かったのだろう。
その声の瞬間、リアーナも、ロザリンドも、俺も思った。
バレた!!と。
そう思ったからこそ、ロザリンドはお姉ちゃんの元へと飛び込んでいた。そしてリアーナも強引に攻撃を打ち込む。
「行くな!!」
俺も叫んだ。
仕掛けがバレたとしても、お姉ちゃんの体力をかなり削ったはず。こっちの優位は変わらない。強引に攻め込む必要は無かった。
それはリアーナとロザリンドの咄嗟の判断の甘さ。
俺の声はもう遅かった。
本来の速さで突かれたリアーナの一撃。お姉ちゃんは体勢を崩しつつもタイミングを合わせて受け流す。
リアーナは強引に攻めた事、そしてその攻撃を受け流された事で体勢を崩した。お姉ちゃんはそのリアーナの体を掴み、ロザリンドの方向へと突き飛ばす。
意図も無く、反射的に飛び込んだロザリンドにはそのリアーナを避ける事が出来ない。二人の体が鈍い音と共に激突、そのまま二人とも石畳の上を転がる。
その倒れた二人にお姉ちゃんが剣を突き付けて試合終了。
「……ふー」
あとちょっとだったんだけどな……負けちまった。
俺は大きく息を吐いた。
「ユノちゃん、強過ぎるよ……参りました」
「二人掛かりでもダメだったわね……参りました」
リアーナもロザリンドも上半身は起こしたが、まだ立てない。その状態を見るに、やっぱり仕掛けがあっても勝てなかったかもな。まぁ、分からん。
「二人とも凄く強かった。今の試合は私が負けていても不思議じゃなかったよ」
そう言ってお姉ちゃんは優しく笑った。そして視線を俺へと向ける。
「今回の作戦はシノブが考えたの?」
お姉ちゃんのパーティーメンバーは不思議そうにお姉ちゃんを見て、次に俺へとその視線を集中させる。あの試合の中のどこに作戦があったのか思い付かないからだろう。まぁ、作戦なんて言う大層なモノじゃないけどね。
「……最初にリアーナと一対一で試合したでしょ? お姉ちゃんは優秀だから、リアーナの攻撃するタイミングや速さをそこで覚えたんじゃないかと思った。だからこの試合はリアーナの攻撃を所々でほんの少しだけ遅くした」
「うん、シノブちゃんには、ユノちゃんに分からないように、何回かに一回は攻撃を遅くするように言われたよ」
「ロザリンドなら、分かっていればそのリアーナに合わせられると思ったし」
「遅くって言っても本当に一瞬だから大変だったわ。シノブは本当に無茶な要求をしてくるわね」
「でもやってくれたじゃん」
この辺りは流石にロザリンド様々だぜ。
「私が考えた仕掛けはね、お姉ちゃんにも分からない程度の僅かな緩急で、少しずつタイミングのズレを重ねてペースを乱す事」
それが勝機に繋がると思った。
「……でも、途中でこっちのお姉さんの声があったから」
「私の?」
「そう。お姉さんは前の試合でリアーナの動きを見ていなかったから引っ掛からなかった。単純にタイミングを合わせられないお姉ちゃんを不思議に感じて言ったと思うんだけど、その『タイミングを合わせて』の言葉でお姉ちゃんは気付いたんでしょ?」
お姉ちゃんは頷き言う。
「あの言葉が無かったらシノブの作戦に気付かないで負けていたかも」
「最初に外野からのアドバイス禁止とか特別ルールを作っとくんだよー。それならお姉ちゃんにも勝てたのに」
「妹ちゃんは最初からユノに勝つつもりだったの?」
「負ける試合をするつもりはないです」
「もしユノと……俺達のパーティーと戦う事になってもか?」
「当然です」
俺は頷いた。
その様子にお姉ちゃんパーティーは言葉を失った。
当たり前だろ。相手が学校歴代最強パーティーだろうが、最初から負けるつもりで戦いなどせんわ!!
「ね。私の妹は凄いでしょ」
そう言って、お姉ちゃんは私の頭をワシャワシャと撫でるのだった。




