変化と大喧嘩
「でも何で? どうして急に?」
「そうだな……目立ち過ぎた」
「それって模擬戦で優勝したからだよね?」
リアーナの言葉にミランは頷いた。
「目立つと困るような重要人物なのか? お前は」
と、タックルベリー。
ミランは笑った。否定も肯定もしない。
「まぁ、また何処かで会えるでしょ。きっと」
「ああ、そうだな。その時にまた」
「うん、またね」
そして翌日。
すでに王立学校にミランの姿は無いのだった。
★★★
実はこの教室にいないのはミランだけではなかった。ディンのパーティーメンバーの姿も見えない。学部変更である。あまりにも無残な惨敗。そのせいで特別学部に居辛くなったらしい。
自業自得とは言え、やり過ぎたかも。
そしてディンは……
無言で教室の中に入って来るディン。
人って数日でここまで変化するものなのか……生気の無い瞳と陰のある表情。ただ俺を見る時にだけ、その瞳に淀んだ光を宿す。
恨み。
当然か……学校中の笑い者にされれば。
さすがに心苦しいが、掛ける言葉も、出来る事も思い浮かばないんだな、これが。
★★★
変化と言えば、こっちにも。
教室、一人キャンパスに筆を走らせるレイラ。
「よっ、スケベエルフ」
「スケベエルフ!!?」
「その魅力的な体に男が群がってるらしいじゃん」
「そ、そんなんじゃありません!!」
「違うの?」
「えっ、そ、それは……確かに何人かの男性にはお付き合いを申し込まれましたけど」
「処女卒業おめでとう」
「しませんよ!! それにまだ誰ともお付き合いをする気はありません!!」
「あらら、もったいない……」
「もうっ……シノブさんのせいでどれだけ私が酷い目に合っているか……」
やっぱり災難が降り掛かったか。
レイラも見た目は可愛い。そして模擬戦で魅力的な体を晒した。そのせいで人気急上昇。レイラの控え目な性格もあり、押せば付き合えるかもと男が殺到しているらしい。
「それに模擬戦で好成績を残せば留学という話は……」
「大丈夫、これから好成績を残し続ければ」
「無理です!!」
そんな話をしている最後。
レイラが言う。
「どうして私だったんですか?」
「どうして、って……そりゃ、見た目がリアーナに似ていたし」
「他にも似た容姿の生徒はいます。その中には私よりも戦いに適した人がいたと思うんです」
……確かに。
実はレイラの前にも声を掛けようと思った生徒はいる。
「う~ん、そだね~」
「……」
「絵、かな」
「絵?」
「レイラの描いてた絵。それを見た時に決めたの」
「絵って……模擬戦の内容と全く関係が無いんですけど」
「私ね、昔、小説を書いていた事があってね」
「シノブさんが?」
「そそ。まぁ、才能が無くて止めちゃったけど。でね、同じ創作物だからさ、親近感が湧いたんだよね」
それと同時に羨ましかった。
レイラの絵を見た瞬間、一気に好きになる。人を惹き付けるそれは才能、俺には無いものだ。
「要するに絵を好きになったから、それを描くレイラも好きになった。それだけだよ」
「えっと、ありがとうございます」
レイラははにかむように笑うのだった。
★★★
こっちの変化はどうだろ。タックルベリーの方は。
「ベリーいるー?」
ここはタックルベリーの研究室。
「やぁ、シノブ」
俺に近寄るタックルベリー。その指先が俺の顎に触れる。そして顔を上へと向けさせた。
「試合前に言ってた、良いもんをあげようと思って」
「これだろう?」
タックルベリーはキスしようと顔を近付けるのだった。
しかし……
「ていっ」
ボコッ
「うごっ」
俺の正拳突きがタックルベリーの腹にめり込んだ。
「な、何を……」
「キスしようとしたでしょ」
「そういう雰囲気じゃなかった?」
「だから無いよ。そんな雰囲気」
「……くそっ!! 失敗だ!!」
「この部屋に入ったら魅了の魔法が発動して、エロい気分になるように設定するアレ?」
「……その改良版。楽してエロエロな事をしたかった……」
「だから、あげるのはそういうのじゃないって」
「エロ無しか……何もしないなら帰れ!!」
コイツ、仕方ないエロモンスターだぜぇ……
「魔法とは何か?」
「……どうした急に?」
「知識っていう良いもんをあげようと思って」
「お前がか?」
「魔法は国が創り出し発表をする。詠唱呪文や魔法陣をね。ベリーは魔法の効果を、詠唱呪文や魔法陣の解析をして、そこから新しい魔法を創ろうとしている。そうだよね?」
「そうだな」
「だけど失敗する。理論的には成功するはずなのに」
「……」
ベリーの真剣な目。
そこには冗談を言う、エロい事を言う、馬鹿な事を言う、そんなベリーの姿は何処にも無い。ただただ強い光を放つ真剣な目。
「それは契約をしてないから」
「契約? どういう事だ?」
これはアバンセに聞いた魔法に関する話。
「シノブ……お前はどこでそんな話を……」
「ベリーなら分かると思うけど、この話はあんまり」
「分かってるって。こんな事を軽々しく話せるか」
俺の言葉を遮るようにタックルベリーは言う。
「……ねぇ、ベリー。私と来なよ」
俺はタックルベリーに手を差し出す。
好きとか、そういう事じゃない……将来の話や!!
将来的に安定した職に就くつもりではある。けど何かあった時の為の人脈作り。タックルベリー、この才能ある若き魔法使いなら手を付けといて損は無い!!
あっ、別に壮大な計画があるわけじゃないです。
「……何処にだよ?」
「さぁ? けど私といればもっと面白いものが見られるよ」
「……そうか……それは楽しみだ」
タックルベリーは俺の手を握り返すのだった。
クックックッ……これで俺の将来がまた一つ安泰に……
★★★
そんなある日である。
「おはよ~」
「おはよう~」
教室に入り挨拶をすると、返事も返ってくるようになった。
「……」
無言で教室に入るディン。
うわー
日に日にやつれてんじゃん。これはちょっと休養を取った方が良いんじゃないか?
幽鬼のような雰囲気に他の生徒達も引いてる。今までディンと絡んでいた連中もちょっと距離を取っている感じだし。
そのディンが俺の目の前まで来て……何?
と、思った時にはすでに遅かった。
ドゴッ
「ぎゃふっ」
目の前で火花が散ったようだった。もんどり打って倒れ込む。
クソッ、何だ!!?
感情とは無関係に目から涙がポロポロ落ちる。そして口の中に広がる鉄臭い血の味。鼻からはボタボタと血が垂れ落ちていた。
「シノブちゃん!!」
リアーナが駆け寄り、俺の鼻先にハンカチを当てる。
顔を上げれば、そこにはディンとロザリンド。
「何をしているの!!?」
ロザリンドがディンの前に立ち塞がり、その体を押さえる。
「お前が……お前がいなければ……」
ディンが呟く。
そう。俺はディンに顔面を殴り倒されたのだ。
「シノブちゃん、今すぐ回復魔法を掛けるからね」
ふ~ん、まぁ、ディンがこうなったのには俺にも原因があるかも知れないが……だがそれも自業自得だ。殴られて、このまま黙っている程このシノブ、穏やかではない。
俺は立ち上がり、椅子を手に取る。
「シノブちゃん!!?」
「ちょっとロザリンド。どいて」
「シノブ?」
振り返ったロザリンドが見たのは、椅子を両手で頭上に構える俺の姿。
ガゴンッ
俺はそのまま椅子でディンを殴り倒す。
「ちょっとシノブ!! あなたまで何をやっているの!!?」
「百倍返しじゃゴラァ!! 俺に手を上げた事を後悔させてやらぁ!!」
椅子でボッコボコにブン殴る。
リアーナとロザリンドが俺達を引き離そうとするが、それも難しい殴り殴られの大喧嘩。マルカやクラスメイト達が間に入り、やっと喧嘩は収まるのだった。
★★★
ディン・ロイドエイク……休学……表向きは。まぁ、実際は懲罰的な停学である。
先に手を出した事と、最近の状態を見て、そういう事になったのだろう。
一方、俺の方はキツく先生から説教を受けただけで済んだ。
この大喧嘩に、模擬戦での完全優勝。俺の名前が有名になっていく。そしてこの後に、さらにそれを拍車をかける出来事が……
まぁ、それはさて置き。
「お姉ちゃん、留学から帰って来るんだ?」




