魔法と決闘
かわいい……かわい過ぎる女の子だよ、10歳になった俺……
可愛くて可愛くて震える。
透き通るような白い肌。光沢のある白絹のような長い髪。赤い瞳は神秘的でもあり、整った顔立ちは幼ないながらもどこか艶かしい。
10歳の俺に告白してくる大人の男も何人かいた。
このロリコンどもが!! 気持ちは分かるが死ね!! その場で豆腐の角に頭をぶつけて死ね!!
でもアリア様、可愛くしてくれてありがとうね!!
この学校の制服ともよく似合う!!
クルクル回転するとスカートがフワッと捲り上がる。まるでアニメのようだぜ!!
さてこのエルフの町。思ったよりも近代的であり、俺の元居た世界にも似ていた。
その一つがこの学校という制度。
エルフの町なので基本的にはエルフが多いのだが、人間はもちろんリザードマンやオークなど実に様々な種族が通っている。
そして学校での俺は勉強、座学という部分で相当に優れていた。すでに上の年齢層で教えられる知識も習得している。まさに天才!!
……というわけでもなく、単にガリ勉。
大人なら誰でも『子供の時にもっと勉強をしていれば良かった!!』と思ったはず。その経験があり、前世で40歳を越えていた俺は人並み以上勉学に励んでいたのだ。
しかしその反面。
「今日は剣技の授業をするぞー」
と、始まる剣技の授業。模造剣を使って対戦形式の試合。
「たーおりゃっ、とりゃぁぁぁっ!!」
俺が振るう剣は全く当たらず、逆に相手の剣でタコ殴りにされる。
ポコポコポコポコっ
「うぐっ、おんどりゃ牙突を喰らえやぁぁぁぁぁっ!!
剣を突き出すのだが、その一撃はアッサリ避けられポコポコポコポコ!!
悔しい……悔し過ぎる……
「シノブ弱ぇー」
「勉強は出来ても、剣は弱いよねぇ」
「シ、シノブちゃん、頑張って」
「テト、女の子相手に本気になり過ぎ」
「男も女も関係無いだろ」
「あーあ、シノブってば誰にも勝てないよねー」
外野から様々な声が飛ぶ。
「シノブ。お前は本当に弱いなぁ」
そう言ってニヤニヤと笑う対戦相手のクソガキ。エルフの少年、テト。
典型的なガキ大将という奴で、勉強の出来る人間の俺が気に入らないらしい。事あるごとに俺に絡んで来やがる。
もちろん俺もやられるばかりではないが。
「テト……もう一度、私と勝負して」
ちなみに素で自分の事を『俺』と言ってしまう事もあるが、基本的には『私』呼び。
「何度でも相手してやるよ。結果は分かってるけどな」
再び俺は剣を構え……テトに対して剣を振り下ろす……ふりをして、そのまま剣をブン投げた。
「なっ」
もちろん剣が飛んで来るとは思わないテトにそれは避けられない。剣がテトの体に当たるのと同時に……
「隙有り!!」
ドロップキックをかます。
そして素早く剣を広い上げ、スッ転んだテトの上に馬乗りになる。
「お前ズルいぞ!!」
「うるさい!! 最後に立っていた者が勝者なんじゃい!!」
と剣を振り上げるのだが……
「こらっ!! シノブ、止めなさい!!」
先生の制止が入る。
「生き残るは一人なんじゃ!! タマァ取ったるんじゃぁぁぁっ!!」
「ワケの分からない事を言うな!! 変な本に影響されるんじゃない!!」
そんな感じの授業になり、また別の授業では……
「今日は弓の授業をするよー」
エルフと言えば弓の訓練は必須。
矢を弓につがえ、弦を引くのだが……
ぐぬぬぬぬっ
弓が……弓が引けねぇ……
弦が硬い……硬過ぎる。
「シノブの奴、ちょっと力が弱過ぎない?」
「あれ子供用の弓だよな?」
「シ、シノブちゃん、もうちょっとだよぉ」
「もうちょっと、っていつも引けてないけどね」
「早くしろよー」
「剣も弓もシノブはダメだよねー」
外野から様々な声が飛ぶ。
「見ろよ、シノブの奴、プルプルしてやがる!! 産まれたての小ズィーカかよ」
ズィーカは、元の世界で言う鹿みたいな動物の事。
くそっ、テトの野郎が笑ってやがる。
後で絶対に仕返ししてやるぅ……
ぐぬぬぬぬっ
力いっぱいに弦を引き……しかし完全には引けず、矢が全く別方向へとヘロヘロと放たれてしまう。
そして矢はテトを掠める。
「危なっ、殺す気か!!?」
「分かったなら次は笑うな」
「ちょっとシノブ、今のわざとじゃないでしょうね?」
「いや、先生、違うよ。本当はテトの頭ごと吹き飛ばしてやろうと思ったの」
「シノブ……後で話がありますからね」
そう……俺は体を使う事が圧倒的に苦手。
剣もダメ、弓もダメ、格闘技もダメ、筋力は弱く、体力も無い。運動神経もセンスも皆無。普通に力比べをしたら下の年齢層の子にも勝てない。
そして致命的なのが……
「今日は魔法の授業を行います」
誰もが持つ魔力を使い、精霊や妖精、悪魔など様々なモノから力を借りる。それが魔法。
魔導書と呼ばれる書物を開き、描かれた魔法陣を意識しつつ、発動の鍵となる言葉を詠唱する。
テトは魔導書を手にし、言葉を呟く。
その瞬間、テトの目の前に炎が現れた。
宙に漂うその炎。それはテトの指先の動きで姿を変えていく。
このクソバカうんこ野郎のテト、剣や弓はもちろん、魔法にも才能を見せている。どれをとっても普通の生徒より頭一つ抜き出ていた。
クソッ、このクソバカうんこゴミ虫カス野郎が魔法を使えるのに……俺は……
俺は魔導書を開き、魔法陣を強く意識し、そして発動の言葉を呟く。
……
何も起こらない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
これには流石に外野からの声も上がらない。
個人の魔力の大小はあっても、生きる者全てに魔力はある。
そして魔法陣を使い、手順を踏んでいるのだから、絶対に魔法は発動するはずなのだ。
なのに俺は全く魔法が使えない。
これは異常事態……まぁ、俺の中にはある程度の仮説が有ると言えば有るのだが。その中……
「ははっ、魔法が使えないって、シノブ、お前、そんな事あるのかよ、あははははっ」
怒っ!!
テトカスがぁぁぁぁぁぁ……
教師は慰めるように言う。
「シノブ。魔力は誰もが持つものだから。だからきっと何かきっかけがあれば使えるようになるのよ」
「はい……」
「それとテト。人の事を笑わないの。あなたは放課後、居残って先生を手伝いなさい」
「分かりましたよっ」
不貞腐れたように言うテオに俺は囁いた。
「学校終わったら東の森で決闘だから。今笑った事を後悔させてやる」
「後悔するのはお前だからな、ブス」
「ブスじゃないんですけどぉ~むしろ可愛いんですけどぉ~」
ギリギリと二人して睨み合う。
この野郎、俺に喧嘩売った事を後悔しろや。次回『テオ、東の森に死す』をお送りしてやるぜぇ……
★★★
授業も終わり、家へと駆け帰る。
「ヴォル!! 決闘だ!!」
「……ついに来たか」
家に居たのは黒に近い灰色の狼、ヴォルフラムだった。
10年前、俺を拾ったのは森の女王アデリナ。周囲に広がる大森林の頂点。そしてその息子がヴォルフラム。ここへはホームステイで滞在中。
森の中だけではなく、外の世界も見て欲しいという母、アデリナの想いからだった。しかも俺が拾われたあの日から。つまりずっと一緒、俺にはもう家族みたいなもんだ。
「テトの野郎、ブッ殺してやる!!」
「俺は直接戦えないのが悔しい」
ヴォルフラムがここに滞在するための条件の一つが、特別な理由も無く戦わない事。遊びの延長みたいな子供同士の決闘など特別な理由にならない。
「でもヴォルも手伝ってくれたじゃん」
「シノブがテトに意地悪されているのは知っていたしな。当然」
実はヴォルフラムと共に、テトとの決闘に備え前々から準備をしていたのだ。
「でも大丈夫か? またセレスティに怒られるんじゃないか?」
「だからお母さんとお姉ちゃんが帰ってこないうちに行くんだよ!!」
俺は制服を脱ぎ捨て、動きやすい服装に着替え、外へと飛び出した。
そして連れ出したヴォルフラムに跨り乗る。
ヴォルフラムは小さくなっているとはいえ、そのサイズは大型犬を一回りも二回りも大きくしたくらいある。年齢のわりに小柄で軽い俺が乗っても全く問題が無いのだ。トコトコと歩いて行く。
「……走れよ!!」
「駄目だ。町中でシノブを乗せて走ると怒られる」
「真面目か!!?」
「シノブは目立つからすぐにマイスとセレスティに報告される」
そう目立つのだ。
何故なら……きっと美少女だから。
「あら、シノブ。どこに行くの?」
エルフのおばちゃんに声を掛けられる。ご近所の人でよくしてくれる。
「うん。ちょっと友達の家に。暗くなる前に帰るから心配はしなくて大丈夫だよ」
ニコッと笑った。
これが表向き用の営業スマイル!!
どやっ、可愛いやろ!!?
「気を付けていってらっしゃいね」
「はいっ」
そして町を歩けば……
「おっ、シノブちゃん!! 新しい商品が入ったんだけどちょっと見てかない?」
「シノブ、シノブっ、これ試食させてやるから、こっち来いよ」
「おっ、相変わらずシノブちゃんは可愛いね~」
「本当に女神様の生まれ変わりみたいだよ」
話し、笑い、手を振り、笑顔と愛想を振りまく。
「シノブたん、シノブたん」
ロリコン、うるさい、死ね!!
女神アリア様の姿に似ているせいか基本的に人気者なのである。
「普段との差が酷いな」
「どっちも私だから」
ブチブチッ
「……毛を毟るな。毛を」
東の森。
このエルフの町は森の中に造られた町であり、郊外に少しでも離れると途端に大自然が現れる。東の森というのはその名の通り、町の東側に位置し、魔物も現れない。子供たちにとっては絶好の遊び場でもある。
そして今日、この場で決闘が始まるのだ!!
テト達と対峙する俺。
「お前!! ヴォルフラムを連れて来るなんてズルいぞ!!」
確かにヴォルフラムの攻撃力と言ったら、そりゃエルフの子供なんぞ一口でガブリッである。
「心配しないで。ヴォルは見ているだけだから……それにテトこそ後ろのロガリーとトトイッセンは何なの?」
テトの悪友であるエルフのロガリー、男子。そして同じく悪友、竜や蜥蜴にも似たリザードマンのトトイッセン、同じく男子。
男子三人で女子一人を待ち受けるなんて腐ってやがる!!
まぁ……予想はしていたがな……ニヤリッ
「こっちも見てるだけだって。お前のやられるとこをな」
「そうそう、俺たちは何もしない」
ロガリーもトトイッセンも笑いながら言う。
ふんっ、関係ねぇ……こっちはまとめてやっちまう気だしな!!
「そう……じゃあ……」
俺は落ちている木の枝を拾い上げ、少し離れた位置に落とす。
「ロガリーとトトイッセン、それとヴォルはこの枝の向こうで観戦ね。二人がこれを越えたらテトの反則負けだからね。ヴォルが越えたら私の反則負け。それと魔法はもちろん禁止だよ」
子供が魔法を使う行為……その危険性から、教師など資格がある者がいない場での使用は禁止されている。
「ヴォルフラムはシノブが負けそうになっても決闘の邪魔はするなよな!!」
「もちろん。子供でも俺たちは決闘により序列を決める。邪魔はしない」
「ヴォルもそう言っているんだから。早く二人は枝の向こうに行ってよ」
はいはい、と二人は落とした枝の向こう側に移動する。そして計画をしていた通り、ヴォルフラムは少し遠回りをするように枝の向こう側へ。
そしてロガリーとトトイッセンが枝を越えた瞬間だった。
「うわっ!!」
「ああっ!!」
ズボッと二人の姿が地面の下へと消えた。
ひゃっはぁーっ!!
計画通りだぜ!!
落とし穴である。
ヴォルと二人して数日掛けて掘った。かなり深い。簡単に上がれないように。ちなみに穴の中には泥水が入れてある。
そしてすかさず草薮に隠してあったカゴを取り上げ、落とし穴へと走る。カゴの中に入っているのは森の中で熟して落ちた、腐った果実。これは相当に臭いぜ!!
「当たってもそんなに痛くないから安心しな!! オラオラッ!!」
腐った果実を落ちた二人に投げ付けた。
「な、何だ!!?」
「イタッ、止めろ!!」
「臭ぇ!!」
「ふ、ふざけんなよっ!!」
投げる、叩き付けるように投げる!!
「オラッ!! オラッ!!」
「このっ!!」
すぐさまテトが駆け寄ろうとするが……
「動かないで!! 落とし穴が一つだけだと思うの?」
「えっ……」
そのテトに向けて腐った果実を投げ付けてやった。
当たらない。この距離であればテトの反射神経で避けるのは簡単。そもそも俺の投げたやつはコントロールが悪くて、どっちみち当たらないけどな!!
「シノブ!! ズルいぞ!! 正々堂々と戦え!!」
「お子様なんだから。戦いはね、最後に立っていた者が勝者。負けたら敗者の烙印を押され何も残らない。どんな手を使おうとも勝てば良いのよ。ね、ヴォル?」
「それが真実。しかし汚い、シノブ、実に汚い」
「お褒めの言葉をありがとう」
「……どんな手を使っても良いんだろ?」
それはテトだった。
テトが手に持つのは一枚の紙切れ。そして魔法の詠唱。そう、紙に書かれているのは魔法陣。つまり魔法の使用。
「下がれ!!」
ヴォルの声ももう遅い。
次の瞬間、テトが目の前にいた。
俺に見えたのはテトがジャンプをする瞬間。
予想するに、身体能力強化の魔法だったのだろう。一足飛びで俺との間合いを詰める。
そのテトの手が俺の胸倉を掴んだ。
「テト……魔法を使うなんて……」
「バレなきゃ良いんだろ?」
細工がある。公然と教えられる事でも無いので、バカは知らないのだろう。
魔法を感知する魔法というものがある。それは町を外敵から守る上で非常に重要なものとして存在していた。
その魔法の変型として、子供たちが勝手に魔法を使ったら分かるように、学校の制服に細工がされているらしいのだ。
テトは授業後に居残りをさせられていた。だからそのままここに来たのだろう。
そう……制服のままで!!
「魔法なんて使っ」
パカンッ
頭を引っ叩かれる。
「……」
「……」
パカンッパカンッ
二倍にして返す。
パシッ
頬を平手で叩かれる。
「……」
「……」
ガコッ
グーパンチで殴り返す。
「……女だからって許さないからな」
「テトこそ泣いても許してあげないんだから」
……こうなったら己の力で殴り合いじゃぁぁぁぁぁっ!!
ガコッガコッガコッビシッドゴッ
鉄拳制裁のナックルアロー、ナックルアロー、ナックルアロー、ローキックを混ぜて、ボディーブロー!!
しかし長い髪を掴まれ、引っ張り倒される。そして蹴り飛ばされた。
うぐぐぐっ、百倍返しだぁぁぁぁぁっ!!
殴り殴られ、蹴り蹴られ、取っ組み合い、噛み付きながら地面をゴロゴロ転がる!!
「シノブ!!」
「ヴォル止めんな!! 今日、この場で決着を付けてやる!!」
ワーワーギャーギャー
「お前たち、何やってんだ!!」
「二人とも止めなさい!!」
「ほら、離れろ!!」
テトが魔法を使ったせいだろう。先生達である。そして一緒にいたのは……
「シノブ……あなたって子は……」
流れるような金色の髪。深い青色の瞳。年齢は15歳。まだ子供らしさが残ると同時に大人の女性のような雰囲気も漂わせる。俺と同様、もしくはそれ以上の可愛さもある。
「お姉ちゃん!!?」
ユノ。俺の姉である。
決闘はこうして終了するのだった。