裏工作とミラン
「どうしようか、リアーナ」
「うん……なかなか見付からないね」
「リアーナが一緒ならすぐに見付かると思ったんだけど……私が一緒だとこんなに見付からないなんて……ごめん」
「大丈夫だよ、きっと見付かるよ」
パーティーの仲間が全く見付からねぇ……
「二人とも」
マルカだ。
「おっと、今から私達とパーティーを組もうって言っても無駄だからね。でも、マルカがどうしてもって言うなら考えない事も無いけど、それ相当の金額を積んで貰おうか」
「ちょっとシノブ、冗談言ってる場合じゃないよ」
「……どしたの?」
「ディンだよ。ディンがクラスのみんなにシノブとリアーナとはパーティーを組むなって言っているみたい」
「……パーティーが組めないとどうなる?」
「模擬戦に参加出来ない。不参加になるよ」
「ど、どうしよう、シノブちゃん?」
模擬戦自体の参加は任意とされていた。ロザリンドのような圧倒的優勝候補がいるので、参加をしない生徒も多い。もちろん模擬戦の結果は成績に加算されるが、そもそもこの特別学部に所属しているだけで大きなアドバンテージがある。無理をする必要は無い。
「それ本当なの?」
そこに現れたのはロザリンドだ。
「私はそんな話を聞いていないけど」
「ロザリンドは組む相手がほぼ決まっているから」
「よし。あの野郎のドタマかち割ってくる」
「私も行くわ」
「シノブもロザリンドも待って!! ロイドエイク家は力のある家柄だよ。私やロザリンドはこの国の出身じゃないから影響が少ないかも知れない。でもシノブとリアーナは大丈夫? 先生に相談した方が良いんじゃない?」
「ちょっと待って。今、考える」
……
…………
………………こりゃ、おかしい。
これは先生が言っていた『脅迫』に類するもんじゃないのか?
先生は『厳しく目を光らせている』とも言っていた。ディンのこの工作に気付かない程ボンクラではないだろ。
つまり先生は知っていて、それを黙認している。
確かにディンのロイドエイク家は名家ではあるが、学校がそれを配慮する程なのか?
どちらにしても、学校側が黙認している以上、何を言っても無駄だろう。
「マルカ。周りに『シノブとリアーナは模擬戦の参加を諦めた』って噂を流せる?」
「それは……出来るけど……」
「どうするつもり?」
「まぁ、考えはあるけど、ロザリンドは余計な事をしないように。ディンに文句を言うとか絶対に止めてよね」
「え、ええ……」
邪魔がこれ以上は入らないようにしたい。参加を諦めたと思わせとくか。
「本当はリアーナと二人だけで良いのに面倒臭い」
「いくらリアーナが強くても、二人だけでどうするつもり?」
ロザリンドの言葉に俺は笑う。
「リアーナを囮に相手を引き付けて片っ端から罠にハメる」
「……私、シノブが本当はどんな子か少しずつ分かってきたわ……」
そうロザリンドは小さく呟くのだった。
★★★
さて。ディンの裏工作はクラス中に広がっていた。もちろんそんな事に従わず、全く気にもしない。そんな強者もいる。ただ強いからこそ既にパーティーが決まっていた。
その中で一人、リアーナが言うにはかなり強いはず。しかし模擬戦に参加しない男子生徒がいる。
「ミラン。私達とパーティー組んで」
「随分と急だな」
苦笑いを浮かべるミラン。
赤毛のクセのある髪、背も高く顔立ちも整っている。何よりも意思の強さを感じさせる瞳が印象的だった。
「私達と組んで模擬戦の優勝を目指そう。優勝すると成績に加算があるよ」
「ここでの成績はあまり興味が無いからな。参加するつもりはない」
「それと目立ちたくない? リアーナがミランは力を抑えているんじゃないかって」
「分かっているなら話が早い。それとこんな事を言いたくはないが、優勝は無理に近い。ロザリンドのパーティーは全員がそのロザリンドと同じような実力者だぞ」
「私がいるしね」
「悪いな」
「例えば、そのロザリンドに勝てる可能性があるなら?」
「闇討ちか?」
「違うって」
俺は笑って続ける。
「ミランと私が一対一で戦って、私が勝ったら、それがロザリンドにも勝てる可能性にもならない?」
「ディンに瞬殺されたシノブが俺に勝てると?」
「勝てないと思う相手に勝てる方法、教えてあげるよ」
そこでミランは笑う。
「面白い。もし俺に勝てたならパーティとして模擬戦に参加しよう」
校舎裏。
「こんな所まで来てもらって悪いね。あんまり見られたくないから」
「構わないけど……それ使えるのか?」
「あ、当ったり前よ!!」
俺の手には自分の背丈を越える程に巨大な木製の大弓。クッソ重い!!
「それよりルールだけど、模擬戦前に大きな怪我はしたくないから狙うのは胸だけ、心臓の位置に少しでも相手の攻撃が触れたら終わり。それでどう?」
ミランは頷き、剣を構えた。それはオーソドックスな長剣。
そして俺とミランは距離を取り……
「じゃあ……始め!!」
★★★
ミランと戦う少し前。
「ねぇ、リアーナ。リアーナが初めての相手と戦う時ってどうする?」
「もちろん牽制しながら様子を見るよ。どんな戦い方をするのか分からないし」
「相手が私なら?」
「一気に間合いを詰めて攻撃かな。普段のシノブちゃんなら私の動きに対応出来ないの知っているから」
「じゃあ、その私が何か用意をしているようだったら?」
「隙を見付ける。警戒しているシノブちゃんの所に飛び込むのは怖いけど、意識が逸れたシノブちゃんなら間合いを詰める事が出来ると思うから」
★★★
俺の身体能力の弱さはクラス全員が知っている。
その俺が勝負を挑んだ事に警戒をしていた。すぐには飛び込んで来ない。
ミランが本当に強いのなら……
俺はチラッと手に持つ矢に視線を向けた。その意図された視線の動きをミランは……『隙』と取る。
ミランは一気に間合いを詰める。
合わせるように俺は巨大な弓を斜めに倒した。弓の上部を目の前のミランに向けて。この弓の上部がこのまま突っ込んで来たその胸に届けば楽なんだけど……
あと少しで届かない。
ミランは弓に対して突っ込む勢いを殺しつつ、剣で俺の胸を狙う……想定内だから俺の動きの方が速い。
弓に張られた弦を解く。
解いた瞬間、反っていた木製の弓が反動で真っ直ぐに伸び、ミランの胸を狙う。
「っ!!?」
勢いを完全に殺し切れないミランは逃げ場として俺の頭上へと飛んだ。このまま飛び越えるつもりだろう。
けど、それも想定内なんだな、これが。
俺は纏めて腰に備えていた矢を四方八方、同時に全部ブン投げる。
ミランは飛び越えつつ矢を払うのだが……
それは魔法により起こされた突風だった。
質量を持つような突風が巻き起こり、ミランを激しく地面へと叩き付ける。
ドゴッと鈍い音。
「あぐぅぅぅっ」
呼吸が出来ずに呻く。
「はい、おしまい」
その倒れたミランの胸に、俺は人差し指でチョンと触れた。
これがナイフだったなら。俺の勝ち。
「大丈夫?」
「お、お前……ま、魔法は使えないんじゃ……」
ミランは俺の手に持たれた魔道書を見て言う。
「……これは私の切り札だから。誰かに見られたくないから校舎裏にしたんだよ」
「……嘘吐きが」
「ミランもでしょ。手。貸そうか?」
「必要無い。とりあえず悔しいからこのまま一人にさせろ」
「はいはい。じゃあ、パーティーよろしくね」
そうして俺は校舎裏から離れるのだった。
そう、俺は嘘吐きである。
「シノブちゃん……私、ちょっと罪悪感が……」
「だって仕方ないじゃん。私、戦えないし」
あの突風を巻き起こした魔法。
あれ、隠れていたリアーナの魔法なのよね。
もちろん手に持っていた魔道書もただの見せ掛け。
そして弓も何もかも、全てはリアーナの魔法を気付かせないための布石。
「良い? リアーナ。ミランを仲間に入れて優勝しちゃえば許してくれるって。結果良ければ全て良し」
「それはそうかもだけど……本当にシノブちゃんはこういう時に悪知恵が働くんだね」
「それは私への褒め言葉だから!!」
結果として俺はミランを仲間に入れるのだった。




