習得と発病
「師匠、本当にありがとう。師匠のおかげでリアーナもロザリンドもさらに強くなるよ。ただのド変態クソ野郎だと思っていたけど見直した」
「ロリニナールの秘薬に比べれば実に安いものだ」
「やっぱりド変態クソ野郎だった」
「ガーガイガーさん。まさか魔力にこんな使い方があったなんて、勉強にもなったわ。ありがとう」
「ロザリンド、お前ならまだまだ効果を高める事ができるだろう。いつか俺と同等になったら、今度は本気で手合わせしよう」
「ええ、近い将来にね」
「あの、私……せっかく教えてもらったのに……」
「……リアーナ。知っている事が次に繋がる事もある。もし身体能力強化が上手くいかなかったとしても、その知識で新たな技術を生み出す事もあるだろう。無駄など無いのだ」
「はい……ありがとうございます……ガーガイガーさん」
結局、リアーナは習得する事ができなかった。でもそれだって体が元に戻ればきっと……
そうしてガーガイガーとは別れるのである。
それから数日、体が戻るまでゆっくりと過ごす。
考え過ぎて空回りする事もあるだろう。リアーナも気分転換しないとな。遊んで、美味しい物を食べて、ゆっくり寝る。本当に楽しかった数日間。
体も元の大きさに戻ったのだった。
★★★
「……ごめんね」
「……別に謝るような事じゃないよ……」
「……」
ロザリンドも言葉が無い。自分は順調なのにリアーナにどんな言葉を掛ければ良いのか分からない。ただ曇った表情を浮かべていた。
「それに得意不得意があるって前にも言ったでしょ? 師匠の技術がリアーナと合わない、そういう事だってあるよ」
「うん……ごめんね……」
体は元の大きさに戻った。なのにガーガイガーに教えてもらった技術が全く使えない。それどころか体内の魔力の流れさえリアーナは感じ取れないと言うのだ。
「まぁさ、私達はまだまだこれからだし、焦らず、ゆっくり行けば良いじゃん」
俺は努めて明るく言うのだった。
さてそれはそれ。これはこれ。これでも冒険者だし依頼もまた少しずつ受けていかないとな。
そこで受けたのは魔物駆除。日が暮れた闇夜に紛れて人や家畜を襲う、以前にも受けた野犬の駆除だ。作戦も前回と同じでいく。
「リアーナ。大丈夫?」
「うん。もちろん落ち込んでるけど、いつまでも気にしてても仕方ないから」
リアーナは笑う。
「二人とも。来るわ」
ロザリンドは闇夜の先に視線を向ける。
獣の複数の足音と呼吸音。
リアーナが相手の数を把握するため探索魔法を飛ばす。だが……
「ごめん、ロザリンドちゃん、先に出て!!」
一瞬だけ眉をひそめるロザリンドだったが、すぐに刀を抜き、野犬の群れへと突進した。
「シノブちゃん、もっと離れて!!」
「う、うん」
焦った表情を浮かべるリアーナ。その体の周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。撃ち出される青白い熱線が野犬へと放たれるが、そのほとんどが外れてしまう。
おかしい!! 絶対に普通じゃない!! 明らかに変、こんなの今までのリアーナじゃ考えられないだろ!!
制御されない魔法の熱線を避けながら、ロザリンドが野犬を斬り倒していく。ガーガイガーの技術を習得した今、これくらいの野犬など全く相手にしない。リアーナやコノハナサクヤヒメの手助けも必要ないだろう。
そこでリアーナは片膝を地面へと付いた。そこへ俺は駆け寄る。
「ちょっとリアーナ、大丈夫?」
「う、うん、ちょっと、体調が悪いかも……」
「鼻血が……」
「えっ……どうしたんだろ?」
鼻血を拭うリアーナ。
そこでリアーナは体を折って咳き込んだ。
「リアーナ!!? ねぇ、リアーナ!!」
その体を支える。支えた手に生温い液体の感覚。確かめてみればそれは血液だった。リアーナの顔を下から覗き込む。
鼻血はポタポタと止まらず、口からは大量に吐血していた。
野犬を片付け、ロザリンドも異常に気付く。
「リアーナに何かあったの!!?」
近付こうとするロザリンドだったが。
「ダメ!! 近付かないで!!」
「シノブ?」
「感染症の疑いがあるの。近付かないで」
もちろん怪我じゃない。病気? まさか感染症? どちらにしろ、こんな急激に体調が悪化する病気なんてあるのかよ……もし本当に感染症なら、その感染力は? 接触感染? 飛沫感染? ロザリンドは大丈夫なのか? ガーガイガーは?
分からない……どうする? とにかく医者に見せないと……でも回復魔法があるおかげで医療技術は低い。それで感染症を防げるのか?
それとも何か別の要因が? 本人も気付かない慢性的な病気があったとか……
「……ごめんね……シノブちゃんの服……汚しちゃった……」
「大丈夫。依頼の時は汚れたり破れても良い服だから。むしろもっと汚れても大丈夫」
「それと……なんかちょっと眠くなってきちゃった……」
心臓が止まるような言葉だった。まさかこのまま……
「安心して。ちゃんとベッドまで私が運んであげるから。少しゆっくりしなよ」
「……うん……シノブちゃん……ありがとうね」
そこでリアーナは意識を失う。
「私が運ぶわ」
「だからダメだって!!」
「シノブ。感染症なら私も手遅れよ。分かるでしょう?」
「でも……」
俺達三人の関係を考えれば当然だ。もう深く繋がっているのだから。
「それと手助けが必要だわ」
「ヒメ」
「……ここに」
服の下からコノハナサクヤヒメが姿を現す。
「聞いてたよね。人間の病気に、スライムは罹ったりしない?」
「世間一般にあるような病気ならば」
この状況での手助け。俺の中には一人の存在しか浮かばなかった。そして首から下げた体育教師ホイッスルを吹くのである。
★★★
「……色々と言いたい事はあるが……それどころではないな」
「ごめん……もしかしたらアバンセにも病気がうつるかもしれない。だけどアバンセしか思い付かなかった。いつも私は勝手ばかりしてるのに……本当にごめん……」
改めて考えると自分勝手過ぎる。冒険者について、アバンセには何も言っていない。だけど命の危険があると知りつつも頼ってしまう。情けない、ホント、もう、最悪だ……
「泣くほどの事か。そもそも俺は竜だぞ。人よりも体は強く、人の病気など罹った事は無いぞ。その点は安心しろ」
「……泣いてないし。泣いてるとしたらリアーナが心配だからだし」
「ははっ、シノブは大丈夫なようだな。ロザリンド、お前はどうだ? 問題は無いか?」
「ええ、今のところはだけれど」
「よし、では背中に乗れ」
そしてアバンセは飛び立つ。目的地は竜の山、アバンセの館だ。ここなら人との接触を避ける事ができるから。
俺、リアーナ、ロザリンドは館で隔離。窓口にはコノハナサクヤヒメになってもらう。
意識を失ったままのリアーナ。
その口元から垂れ落ちた血液を俺は拭う。少量だが絶えずどこからか出血し、総量ではかなりの量になる。
『吐血病』
症状はそう呼ばれるものだった。吐血を繰り返し死に至る風土病。滅びた旧都市の付近で多く発病し、ルチエの家族も命を落とした。
治療法が無い。
「ねぇ……何でリアーナなの?」
「……分からないわ」
「……死んじゃうのかな?」
「……」
「私のせいだ。滅びた旧都市に行こうなんて言ったから」
「それは違うわ。観光都市、多くの人が訪れる場所なのよ」
「……私だったら良かったのに」
「馬鹿な事を言わないで」
「……」
今、タックルベリーを中心に様々な文献、記録、伝記に至るまで調べ、効果のありそうな治療を施すのだが、症状は全く良くならない。
「……原因が分かれば助かる見込みもあるわ」
「分かるわけないよ!! 分かったら旧都市だって滅ぶような事は無かったでしょ!! なのに……急に……そんな……分かるわけない……」
顔を覆う。涙が落ちる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、リアーナが死ぬなんて……嫌だ……でも、どうすれば……何ができる……ああっ、アリア様、お願い、リアーナを助けて……お願いだから……リアーナを連れて行かないで……




