地竜と誘導
日が落ち切る前。
灯りと獣除けの為に火を焚いたその時。
オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォンッ!!
野太く響く獣の鳴き声。
全員が一瞬、動きを止める。
「……暗くなってからの移動は危険だ。このままここで夜営をする。焚き火を増やせ。かなり遠いし、油断をしなければ大丈夫だろう」
ディンは言い、周りは頷く。
しかしだ。俺とリアーナは知っている。あの時はサンドンが一緒だから回避出来た。
「リアーナ。この鳴き声、地竜だ」
「鳴き声の届く範囲は全てが狩場だよね」
その狩場に餌となる人間が15人。
知能の低い下位の竜ではあるが、それでも竜に属する魔物。その強さは圧倒的、もちろん火など恐れず、焚き火などは全く役に立たない。
「今のリアーナなら?」
「まだ無理だよ。どうするシノブちゃん?」
「別に。大丈夫だと思うし」
「どうして?」
「ここには商家の子だって貴族の子だっているし、王族に関係する子だっているはずでしょ。万が一の事故なんて絶対に許されない。だから先生とか護衛が絶対近くにいるよ。下手したらビビらせる為に学校側が用意した可能性だってあるし」
現時点では地竜相手なんて負け確定。
「……とはいえ何も対策しないのもどうかと思うからね。ちょっとリアーナ、一緒に来て」
「うん、分かった」
★★★
ドッドッドッドッドッ
地面が震えるような足音。
地竜の咆哮が周囲に響く。空気が激しく震える威嚇音。
「向かって来る方向は分かるな? 前衛は守備を固めろ、少しでも足止めだ。後衛は魔物の姿が見えると同時に攻撃。止めは俺が刺す」
ディンの言葉に、みんなはすぐ戦闘態勢を取る。
「無理だよ。相手は地竜、鳴き声で分かる。今すぐにここから離れるべき」
俺は言うが……
「地竜? こんな所にいるわけがない。余計な言葉で俺達を惑わせるな」
「普通にやって勝てる相手じゃない。全滅、全員死ぬ事になるよ」
「お前もう黙れ。くだらない事を言いやがって。気分が悪くなるから目の前から消えろ」
「……」
ダメだ、先生の介入を待つしかないか。大怪我をする前に来てくれれば良いけど。
そして地竜は姿を現す。
木々の間からその鼻面が突き出す。続いてグリグリと動く目が周囲を見回す。人間一人を丸呑みにも出来る巨大な口だった。
頭部を見せただけで充分。前衛で足止めなんて出来ない。
「あっ、こ、こんなの……止められるわけないだろ……」
「ど、どうすんだよ、これ……」
「逃げた方が良いよ」
一瞬で戦意は喪失。
その中で何人かが逃げ出した。合わせるように地竜が木々を薙ぎ倒して動く。巨大な体はまるで恐竜のよう。
「動かないで!! 地竜は動く者を追う習性があるから!! リアーナ!!」
「任せて!!」
逃げる者の中、リアーナは一人だけ地竜に向かう。そして魔法の矢を放つ……が、土色をした鱗には傷一つ付けられない。
ただ地竜の気を引くには充分。
「今だ!! 一斉に攻撃しろ!!」
ディンは叫ぶ。
「違うでしょ!! 逃げるの!!」
「馬鹿な事を言うな!! 俺達が逃げるわけにはいかないだろ!!」
「じゃあ、地竜の正面には立たないようにして!! 小回りは利かないはずだから!!」
「うるさい!! 邪魔だ、どけ!!」
突き飛ばされる。
ヤバイ、このままだとマジで死人が出る!! 学校側は何してんだ!!?
遠距離からの攻撃は全く地竜にダメージを与えられない。
逆に地竜を牽制するリアーナにとっては邪魔でしかない。リアーナは地竜との距離を取る。
それと同時、地竜の大口を開けての突進。喰われる事は避けたが、何人かの生徒が巻き込まれ吹き飛ばされた。叩き付けられてそのまま失神。
きゃあぁぁぁぁぁっ!!
悲鳴、そして混乱。
「リアーナ!!」
「シノブちゃん、このままじゃ!!」
「分かってる。地竜を誘導するから指示をみんなに伝えて。私じゃ誰も言う事を聞かないけどリアーナなら」
★★★
「負傷者を集めて!! 集まったら少しずつゆっくりと避難して!! ディン君、動ける人を集めて避難方向とは反対側に、地竜は押さえられないから戦うんじゃなくて避ける事を優先して!!」
「指示を出すのは俺だ!! 黙ってろ!!」
「死にたくないならみんな従って!! ディン君も!! 文句なら後でいくらでも聞くから!!」
周囲の何人かがディンを説得する。
「……全ての責任はお前が取れよ」
リアーナは頷く。そして俺に代わって指示を伝える。
作戦は簡単。リアーナと俺が地竜の正面に立つ。これは囮。しかし逃げ切るのは難しい。
そこで地竜の左右にディン達が分かれ、距離を取り攻撃を加える事で地竜の意識を逸らす。
地竜の突進をリアーナが寸前で避ける。しかも俺を抱えて守りながら。そして左右からディン達の攻撃。リアーナは再び体勢を立て直し地竜の前へ。
そんなギリギリの繰り返し。
俺の細かい指示で地竜を誘導していく。
「次だよ」
「うん。分かってる。シノブちゃんは離れてて」
「無理しないで。もし本当にどうしようもなかったら私が能力を使うから」
「大丈夫だよ、きっと」
リアーナは笑った。そして俺はその場から離れる。
そして地竜は大口を開けたまま、そのリアーナへと突っ込む。タイミングが遅れれば一飲み。
本当にギリギリ、体を掠める程に地竜を引き付けてリアーナはその突進を避けた。
地竜は勢いのままリアーナの背後、森の中へと飛び込んだ。次の瞬間。
ドズンッ、という鈍い音。
そして静寂。
ディンは地竜が飛び込んだ先を覗き込んだ。
「おい、これ……どういう事だ?」
それは魔法。水平に作られた岩の槍。地竜の口の中から突き刺さり、胴体を貫いていた。
「鳴き声が聞こえた時に用意していたの」
リアーナは言い、そして続ける。
「地竜の鱗は硬いから外からの攻撃は無意味。突進してきた地竜の口内を直接狙うのも正確性で不安。でもこういう形なら、地竜自身と突進力もあるから成功するんじゃないかと思ったよ。ね、シノブちゃん」
「まぁね」
★★★
「おい、地竜って言ったら、王国騎士団とかが対応するような魔物だろ?」
「それを私達だけでなんて……信じられない」
「でもそれだってリアーナのおかげだな」
「そうだよね、リアーナさんがいなかったら私達全員今頃……」
「助かったぞ、リアーナ」
「ううん。みんなが協力してくれたからだよ。ディン君達が地竜の気を引いてくれなかったら。私一人だけだったら絶対に無理だったよ」
そう言ってリアーナは笑った。
「……」
ディンは何の文句も言えない。
それにしても……地竜が現れたのに、学校側からの助けが無かった。つまりこれは不慮の事故ではなく用意された物。何の為に? それはもちろんチオ・ラグラック王立学校長が俺に能力を使わせる為に。
あの野郎、後で眼鏡を指紋でベタベタにしてやるからな!!




