旧都市と新都市
王都の派手な街並みを観光しつつ。
「ねぇねぇ、シノブちゃん。これからどうするつもり?」
足元を歩くベルベッティアだ。
「うん。できるだけトラコスとは離れる。本当に王様の隠し子なのかは分からないけど、襲撃の大きさからして特別な何かがあるんだろうし。危ない事には近付かないようにする」
ヒセラから聞いた話はみんなにも伝えてある。
「でも大丈夫なのかな? トラコスさんが王様を目指す理由に私達も含まれてるみたいだったし。このまま放置するのも危ないような気がするの」
そんなリアーナにロザリンドは言う。
「その辺りはヒセラさんが手綱を引くはずよ。一度関わってしまったらのだから無関係で通すのは難しいでしょう?」
「まぁ、私達に何か影響があるようならギルド経由で連絡あるでしょ」
ニーナも、ヒセラも、今回の事は無視できるような内容ではない。きっと徹底的に調べるはず。何かあればギルドのネットワークで連絡くれるだろ。
「まぁ、それはさて置き、ここ行ってみない?」
俺は地図を出して、そこを指差す。
「随分と遠いね」
覗き込むリアーナ。
「ここは……『滅びた旧都市』ね」
と、ロザリンド。
「確か、王国建国以前に存在していた都市だよね。でも高い文明を築いていたけど一夜で滅んだ都市。今では観光地になっている所だね」
ベルベッティアも知っていて当然。
前世でいえば火山で滅んだポンペイ遺跡と同じような扱いなのである。
もちろん悲劇ではあるんだけど、好奇心を刺激される浪漫でもあるんだよなぁ。だって滅んだ理由が分からないんだから。
「そうそう、私、実はこういう遺跡とか大好きなんだよね。私達で滅んだ理由を解き明かしちゃおうぜ!!」
実はこれ、王立学校からギルドへの依頼でもあり、もう何十年も達成されてないんだよね。達成は無理だと思うけど行ってみたいぜ。
★★★
……って事でやって来たぜ、滅びた旧都市!!
大陸の下の方。未開の土地を隔てる山脈に近い場所。滅びた旧都市を囲むように新都市が建設されている。観光地だけあって人も多い、露天も多い、そして……
うわー美味そう、あの肉焼いてるヤツ。いや、食べる前に宿の確保を……あれは冒険者ギルド、まずは寄っとくか……なんてキョロキョロしていると。
トンッ
人と当たる。
「あ、ごめんなさい」
「しっかり前くらいみろよ」
それは少年だった。
そんな少年の肩に手を掛けるロザリンド。
「ごめんなさいね。あなたは大丈夫だった?」
「あ、ああ、大丈夫だったけど、急いでるから」
すぐ少年は離れていく。
「ほら、シノブ」
「あ、あれ? それ私の?」
俺の巾着財布がロザリンドの手に……そう、スリも多い。
「分かりやすく当たりにくる人には気を付けないとダメだよ」
なんてリアーナは言うけど、分かるか!!?
「ちょっと、ヒメさぁ。服の中にいるんだから気付いてよぉ」
「一瞬でしたので届かなく申し訳なく。ただ届く範囲だったのでこれを。次こそはあの腕を切断してくれましょうぞ」
服の隙間からヒョコッと姿を現し、すぐ引っ込むコノハナサクヤヒメ。切断はするなよ。それとお前……これスリと同じだろ……
渡されたのはペンダントだった。
「シノブちゃん、それ……」
「うん、さっきの子のみたい」
形の歪な、玩具のような星形のペンダント。
まぁ、もし見掛けたら返してやるか……説教付きでな!!
石で積み上げた簡易な建物であるが、当時の技術でいえば進んだ都市だったのだろう。
所々は崩れているが、土台部分はほとんどが残っているし、石畳は綺麗に敷き詰められている。驚きなのは雨水対策の排水溝まで備えられている所。
残された数少ない資料で、この旧都市は短期間のうちに滅んだ事が分かっている。
山脈から流れる川には豊富な水量。そこに集まる動植物に食料の心配は無い。ポンペイと同じような火山も無い。津波に飲まれるような場所でもない。何より、周囲に存在するいくつかの都市には昔から人々は暮らし続けている。
では何故ここだけ……
そんな滅びた旧都市を見て回る。
「ベルちゃんは何か知らない?」
「昔の噂話ぐらいかな。一人の男性が関わっているって聞いた事あるけど」
「気になって調べたりしなかったの?」
「聞いたのは後。当時のベルちゃんは別世界」
「でもベルちゃん、今の話、それだけでも重要な内容だよ」
「そうね、そこをきっかけに何か新しい発見ができるかも知れないわ」
旧都市を回って見るが……そりゃ、簡単に何か分かるような事なんて無いよな。
★★★
さすが観光地。新都市の方は宿屋も立派じゃん。もう宿屋って呼ぶよりホテルだよね、これって。
ヒセラさんの護衛の報酬でそこそこ良い部屋も借りられたし。簡易なベッドではなく、フカフカのベッドが三つ並んでいる。そこへダイブ!!
ちなみにベルベッティアは外出中。初めての所では入念に情報収集するのがお決まりとの事。
コノハナサクヤヒメは部屋の出入口付近で待機中。護衛は自分の役割との事。
「ああ~ヤバい、一瞬で意識落ちそう。お風呂入るのめんどい」
「でもせっかく用意してくれたんだから、ほら、シノブちゃん」
湯沸し器など存在しない。従業員の人がタイミングを見て、浴槽にお湯を用意してくれているのだ。これが格式の高い宿泊施設である証し。教育されたモラルある従業員でなければ問題が起きるからである。
「ご飯も美味しかったわね。部屋も広いし落ち着くわ」
「リアーナ、服脱がしてぇ~」
「はいはい」
「ちょっと。それぐらい自分でしなさい。リアーナも甘やかさない」
「じゃあ、このまま寝る」
「ほら、いっぱい歩いてシノブちゃんも疲れてるから」
「だよね~」
「仕方ないわね。だったら私が脱がしてあげるわ」
「ロザリンドが?」
「ええ」
「ま、待って、そんな勢いよく!!? もっと優しく!!」
「充分、優しいと、思うわ!!」
「あははははっ、シノブちゃん回転してるっ」
「ちょっ、目が、目が回るから!!」
そして翌日。
その日は新都市に設立された資料館で、旧都市に関する文献を色々と調べてみる。ベルベッティアの言う『男の噂話』に関する内容は存在しない。
旧都市が滅んだ理由。現時点で有力視されているのは風土病説である。文献の記述の中で『吐血する人間が多く存在した』『狭く限られた場所にだけ発生した』という部分での判断なのだろうが、風土病にしては範囲が狭過ぎる。
そんな調べものの帰り道。
日はすっかり落ちた。
「シノブ」
ロザリンドが少年の姿に気付く。前日、ちょうど俺とぶつかった辺りだ。
少年は足元の何かを探しながら右往左往していた。まぁ、これだろ。
「ちょっと、そこの君」
「……っ!!?」
少年は顔を上げ、俺の姿に気付いた瞬間。脱兎のように駆け出した。
「星形のペンダント!!」
足を止め振り返る少年。
「これ。探してるんでしょ」
掲げたペンダント。
「お前それ!! 返せ!!」
「返すわけあるか!!」
俺はそれを隠す。
「返せ!! それは俺のだ!!」
「いや、返さん!! 説教するまではな!!」
「こ、この野郎!! 返せぇぇぇっ!!」
「んぎぎぎぎっ、返さないぃぃぃっ!!」
少年と取っ組み合う俺。
「……リアーナ。止めなくて良いの?」
「うん。ちょっと楽しんでる感じがするしね」
星型のペンダントは返してやる。その代わりに付いて来い。そんな条件を付けてホテルへと連れ込んだ。いやいや、別にいかがわしい事をするつもりは無いからな?
「まずお風呂入って。臭い」
「ふんっ」
「リアーナ、ロザリンド」
「ごめんね」
「暴れないの。悪いようにはしないわ」
「やっ、止めろ!! 離せ!!」
ボロ布のような衣服を強引に剥ぎ取ると……
「シノブちゃん……この子……女の子だよ」
★★★
黒に近い濃い緑色の髪に、俺は浴槽のお湯をブッ掛ける。
「ぶふっ」
リアーナとロザリンドも一緒にいるので抵抗するのは諦めたのだろう。
「名前は?」
「……」
「ペンダント返さないよ?」
「っ!!」
キッと睨みつける少年……ではなく少女。
「名前は?」
「……ルチエ」
年齢的には12歳前後くらいだろうか。少年と間違えるくらいに胸は無い……と、からかってやりたいが……痩せたその体に栄養は渡り切っていない。それはルチエの厳しい生活を物語っている。
そして風呂に入れて、まぁ、服は俺ので良いだろ。体格的にはあんまり変わらんし。さらに食事を用意する。
「……」
「毒なんて入ってないって」
「……どうして俺にここまでする?」
「別に。意味は無いけど」
リアーナ、ロザリンドと目が合う。
「もう、シノブちゃんは素直じゃないなぁ」
「本当ね」
そう呟いたのが分かった。リアーナは俺の生い立ちを知っている。それはロザリンドも。
ルチエのような子供がスリをしないと生きていけない。それはきっと捨てられた俺が辿ったかも知れない可能性。
「とりあえず食べなよ。話はそれから」
「……」
ルチエがフォークを手に取る。次の瞬間である。
素早い動きで俺の背後に回る。その手に持たれたフォークが喉元へと突き付けられるのだった。




