直接依頼と火に油
「私達に直接ですか?」
依頼主によって冒険者パーティーを指定する事はたまにある。
ふむ。まだまだ実力を疑われる事の多い俺達。十等級の女性だけのパーティー、冷やかしとかその類である可能性も高い。
「はい。依頼の内容は護衛になります」
ただそんな依頼の可能性が高い場合はギルド側で削除する。受付嬢がこの話を出すのは依頼主に、ある程度の信用があるからだろう。
「依頼主は誰なのかしら?」
「身分の高い方です。それ以上は依頼を引き受けてからのお話になります」
「ねぇ、私は断った方が良いと思う」
リアーナだ。
「理由は?」
「身分が高い人なら、専属の護衛がいるはずだよ。私達に直接依頼が来るのは別の目的があるんだと思う」
「私も同意見、不自然だわ」
「うん。分かるんだけど……あの、依頼主はこの交易都市で身分の高い方ですか?」
俺は受付嬢に向き直る。
「……はい。その方の身分はギルド側でも把握しております」
あーはいはい、この交易都市で身分が高くて、俺達に直接依頼をしてくるなんてニーナしかいないじゃん。
「分かりました。その依頼、お引き受けします」
それが分かったからこそリアーナもロザリンドも反対しないのであった。
そして郊外の屋敷に集められた俺達だったが……
「やぁ、君達、また会ったね」
それは『光剣と銀翼』トラコス・コストラである。
「なんでコイツ等が……」
「他の冒険者も参加するとも言っていたわね」
「うん、トラコスさんのパーティーはこの辺りで一番強いみたいだから不思議じゃないけど……」
トラコスは笑顔でニッコニコである。
「やっぱり僕達はパーティーを組むべきだという運命じゃないかな?」
「あの、その話は後で。依頼人が目の前にいますから」
その部屋の主は三十代の女性だろうか。栗色の髪と緑掛かった瞳が柔らかい雰囲気の女性だった。そしてその女性の後ろには屈強な護衛が二人立つ。
「お知り合いだったのですね?」
女性はニコッと笑う。
「いえ、知り合いという程では……」
「運命です」
同じくニコッと笑うトラコス。
本気か、コイツ……
「ヒセラです。今回の依頼をお願いしたのは私です。その内容は王都までの私の護衛」
「質問をしても?」
そこでトラコスの仲間の女。
「もちろんです」
「ギルドからは身分の高い方からの依頼と聞きました。ならば専属の護衛がいるはずです。私達に依頼をした本当の目的は何でしょうか?」
まぁ、当然そこに思い至るわな。
「五等級の冒険者パーティー『光剣と銀翼』、失礼ながらあなた達の事は調べさせていただきました。五等級とはいえ、その実力は四等級に近くもあり、専属の護衛と比べても遜色はありません」
「当然ですね。僕達は一等級になるべきパーティーなのだから」
トラコスは言うが、一等級は竜を倒した者。歴史上に名はあるものの現在で一等級の冒険者は存在しない。
ヒセラは微笑んで言葉を続ける。
「私が専属の護衛を連れて動けば目立ちますから。同じ実力を求められるなら、護衛には冒険者でも構いません。私の専属の護衛達はあえて残して敵対者の目を欺きます」
「敵対者……襲われる可能性はどの程度で……」
言い掛ける仲間の言葉を遮るのはトラコスだった。
「そこまでだ。襲われる可能性、そんな事を考える必要は無い。襲い来る者がいるなら倒す、ただそれだけだ。『光剣と銀翼』に敵は無い」
トラコスはアホだったか。
「……ではもう一つ。彼女達の事です」
視線が俺達に向けられる。敵意の鋭い視線。
「十等級の彼女達は明らかな足手まといです。襲われる可能性があるなら尚更です。別のパーティーに依頼を出すべきです」
「『女神の微笑み』……侍女も置いていきますので、女性だけのパーティーにその代わりをお願いしたいのです。十等級の彼女達に護衛を期待していません」
そのヒセラの言葉にトラコスの女性パーティーの面々は勝ち誇った表情。
そしてトラコスは微笑み言うのだった。
「大丈夫だよ、シノブ、リアーナ、ロザリンド。君達もこの僕、トラコス・コストラが守ってあげるから」
「あ、ありがとう……」
……と、こんな感じで依頼を受ける事になったのだが……
「シノブさんはちょっと残っていただけますか? 侍女の代わりとしてお話したい事もありますので」
退室しようとした時にヒセラに呼び止められるのだった。
★★★
そして今、ヒセラは自身の護衛も退かせた。ここは俺と二人だけ。
「ニーナは私の血の繋がった姉なの。話は聞いているよ、シノブさん」
ヒセラは微笑む。
「やっぱり。髪の色も瞳の色もニーナさんと同じでしたから」
「今回の依頼は姉さんの意見を聞いてお願いしたのだけれど……」
言い辛そうにするヒセラ。その言いたい事は分かる。
「信用できないのは仕方ないです。実際に私達を見てきたわけじゃないですから」
ヒセラは驚いた表情を浮かべる。俺は言葉を続けた。
「……専属の護衛と冒険者パーティーが同じ実力なら、慣れた専属の護衛を使った方が良いに決まっています。敵対者の目を欺く方法なんて他にもいっぱいあるし、冒険者を使う方が危ないです。つまり別の目的があるけど言えない」
「……驚いた……本当にあなたは……」
「でもこの話にニーナさんが関わっているなら、私達にも対処できると判断しての意見だったんだろうし、そこはあまり気にしていませんけど」
「そこまで分かっていても、この依頼を受けてくれるの?」
「もちろん。『女神の微笑み』は一等級パーティーですから」
俺は笑って返すのだった。
★★★
夜明け前に交易都市を出る。
二台の二頭立て馬車。
前にはトラコス達。後ろにヒセラと護衛の二人、そして俺達。
王都に向けて街道を走る。
交易都市と王都間の街道は広く、人通りも多い。ここで襲ってくるような馬鹿はいないと思うのだが……さて、どうなるかね。
その途中での休憩。
ヒセラの相手をロザリンドがしている中、リアーナが俺とベルベッティアを少しだけ連れ出す。
「視線を感じるの。誰かが付いて来てるよ」
「探索魔法で探れる?」
「相手に気付かれちゃうかも」
「ロザリンドは?」
「ロザリンドちゃんも同意見。それでね、御者の人がそっち方向を気にしてたから」
「……ソイツ等と御者が繋がってる可能性があるのか……」
「そこでベルちゃんの出番だね」
「うん、お願い。無理はしないで」
さっそく偵察に出るベルベッティア。
ヒセラに伝えるべきかどうか……なんて考えている所に……
「あんた達、どうやって依頼主に取り入ったんだよ?」
「女性だけのパーティーなんて他にもありますから。わざわざあなた達みたいな十等級が依頼を受けられるなんて」
「同じ依頼を受けているからって私達と同等だなんて思わないでよね」
それはトラコスの仲間の女性三人。
全員美人なんだけど、こうやって睨んで迫ってくると嬉しくない。
「トラコスが優しいからって、好意に甘えるんじゃないぞ。自分達の身は自分で守れよ。冒険者なんだから」
「できればトラコス様には近付かないでください。勘違いした女性も多くていつも困っているのですから」
「本当だよ、色目まで使って……トラコスもこんな女達の何処が良いんだか」
色目とか使っている様子は無かっただろうがぁ……そんな三人に向かって俺は……
「『何処が良いんだか』って、まず見た目でしょ……」
「っ!!?」「っ!!?」「っ!!?」
「シノブちゃん!!?」
「いや、だってねぇ……リアーナもロザリンドも、客観的に比べて見て……ね?」
コイツ等も美人と言えば美人なのよ。でもさぁ、リアーナやロザリンドと比べたら格は落ちるよね。
「お、お前、ふざけるなよ!!」
「……失礼な人なのですね……それが五等級冒険者に対する態度なのですか……」
「何かあっても絶対に助けないから……その場で死ぬと良いよ」
「安心して。私は何かあったら助けてあげるから、ブサイク共よ」
「っ!!?」「っ!!?」「っ!!?」
そこにトラコス登場。四人目の仲間と密着しながら。コイツは女とくっ付いてないと死ぬんか?
「どうしたんだ? 何か問題でも?」
「いえ、冒険者の先輩に色々と教えてもらっていた所なんです」
「僕達は五等級だから。勉強になると思うから何でも聞いて欲しい。っと、そろそろ休憩は終わり、みんな馬車に戻ろうか」
トラコスは不満そうな三人を連れて馬車に戻るのだった。
「シノブちゃん……火に油を注ぐのが大好きだよね?」
呆れたように言うリアーナ。
「それだけじゃなく、油をバラ撒いて火を付けるのも大好き」
「タチが悪過ぎる……」




