返事と出発
竜の山、その中腹。ここはアバンセの館。
花と野菜の植えられた庭。コイツ、竜のクセにマメだな。
「ほら、シノブ。焼き上がったぞ」
「ケーキまで……」
空になったカップに気付き、お茶を注ぐアバンセ。
しかも気が利く……ゴクッ……さらに美味い。この竜、俺よりもお嫁さん力が高いじゃねぇか。将来的には結婚して良いかも知れんな。
俺はアバンセの顔をジッと見つめる。
「どうした?」
「ううん。何でもない」
重度の火傷で瀕死だったアバンセ。その生命力の強さ、そしてユニコーンの角により命を拾った。そのアバンセも椅子に腰を下ろす。
「話の続きだが……ユッテだったか?」
「うん。まぁ、あの状況でヤミが出て来たらもう終わりだからね。すぐ降参したよ」
「引っ掻き回したわりには随分とあっさり降参したものだな」
「そりゃ、アビスコがいてこその作戦だったろうし。いくら鬼が強くてもユッテ達だけじゃどうにもならないよ」
「鬼達はどうなる?」
「王国と帝国、大陸全土に対する反乱だからね。速やかに処刑されたって。ニーナさん経由で聞いた」
帝国で拘束された鬼達はすぐに処刑された。そしてその報告は被害のあった王国側にも伝えられていた。
「……まぁ、ホントのトコは分かんないけど」
驚く程に『速やか』だな……戦闘能力の高い鬼……もし俺が帝国の皇帝ならば……まぁ、俺がこれ以上考えても仕方ないか。
アバンセはお茶を飲んで一呼吸。
「それとアビスコからの伝言がある。多分、シノブにだ」
「伝言?」
「ああ。俺がマグマに飛び込む直前だったぞ。『また遊ぼうぜ』と」
「マグマの中からでも復活するつもりなんだ……まっぴらごめんなんだけど」
「結局、アビスコの目的は何だったんだ? 本当にお遊びだけのつもりでユッテに手を貸したのか?」
「どうだろうね。私には分かんないよ。でも復活するつもりみたいだから、その時に聞いてみたら良いんじゃない? まぁ、私の子供か、孫か、子孫に任せるけど」
「子供!!? シノブと俺の子か!!?」
「それは言ってない」
「しかしあの時、『一緒になってあげるから』と言っていたぞ」
「ちっ……聞こえてたの?」
「もちろんだ!! それに『好きな事に何でも付き合う』とも!!」
「私の気の向いた時にね。そんな時は永遠に来ないかも知れないけど」
「……」
「……」
……
…………
………………
さてケーキも食べたし、お茶も飲んだし。
「んじゃ、私はそろそろ帰るかな」
「……」
アバンセにお姫様抱っこされる俺。
「ちょっと」
「付き合ってくれ」
「気が向かないんだけど。離せ」
「離さん!!」
「離せぇ~!!」
「絶対に離さん!!」
「またエッチな事しようとする!!」
バタバタと暴れてみるが、アバンセの強い力には全くの無意味。そのまま寝室まで連れ込まれるのだった。
★★★
そしてこれはシノブも知らない話である。
頑丈な造りと厳重な警備。そこが帝国の何処だかは分からない。
その一室にユッテはいた。魔法封じが施された鎖に繋がれた彼女の前に立つのはミラン。
「私は本来なら処刑に相当する罪のはずだけど。生かしているなんて優しいのね」
ユッテは無表情で静かに言う。
「お前にとっては死ぬ事よりも、この監禁された状況の方が辛いだろう?」
「それはそう。でも生きていれば逃げる事もできる」
「逃げてどうする? 次は殺されるぞ」
「あなた自身が言ったんでしょう?『この監禁された状況の方が辛い』って」
「戦う場を与える」
「……」
「……」
「……分かりやすい」
関わった鬼達全てを赦免する。
ただ帝国に絶対服従を誓わせる。それができなければ一族全ての命は無い。
「王国には秘密でしょう? こんな事が知れたらどうなるか……」
「これは俺だけじゃない。皇帝の意思でもある」
「そう……だったら私は……」
そしてユッテの返事……その表情が少し笑ったように見えたのは気のせいなのか……
★★★
とにもかくにも日常が戻ってきたわけである。
俺達はお店でお仕事。帝国が落ち着いたらミランとハリエットも再びこっちに来るみたい。また店員としてコキ使ってやろう。
そして王立学校に戻ったリアーナ達……だったはずが……お店に訪れたのは、制服ではない、私服のリアーナとロザリンドだった。
「えっ? えっ? 卒業? どういう事?」
王立学校に通えるのは二十歳まで。リアーナとロザリンドの卒業はもう少しだけ先だと思ったけど。
「教わる事は全て修めたという王立学校の判断よ」
「うん。そのまま残る事もできたけど……私もロザリンドちゃんもやりたい事があったから」
「まぁ、戦闘面じゃ先生達よりも強いし、勉強面ではサンドンに教わったりしたからね。二人とも優秀だし。ベリーは?」
「もちろん卒業の許可を得たわ。でも残るそうよ」
「ベリー君は学生として残るんじゃなくて、研究員として残るんだって」
「さすが、やっぱり優秀」
俺は笑った。
ビスマルクが言うには、すでにタックルベリーの能力は王宮廷魔法使い以上のモノがあり、大陸でも有数の魔法使いであるらしい。
「で、二人はやりたい事があるから卒業したって事ね。それでやりたい事って……冒険者?」
「うん」「ええ」
リアーナとロザリンドは同時に頷いた。
冒険者……コツコツと仕事ができない、危険を楽しみつつ人生一発逆転を狙う乱暴者。ほっとくと犯罪を起こしそうなので、仕方なく『冒険者』という自尊心を与えて管理せざるを得ない厄介者。だけど……
「シノブちゃんが冒険者を嫌ってるのは知ってる。それでもお願いしたいの。シノブちゃん、冒険者として私達とパーティーを組んで」
リアーナに対しての俺の返事は……
「良いよ」
「私達はまだシノブに教わりたい事がたくさん……え?」
ロザリンドは驚いたような表情。
「だから良いよ」
「ほ、本当に?」
嬉しそうな表情を浮かべるリアーナ。
「うん。私もちょっと心境の変化があってね」
昔、アバンセに言われた事がある。
『神々の手はいつも世の中心にいる』
アイザック、アルテュール、アビスコ……これから先も様々な困難に直面するのかも知れない。だったら俺は少しでも自身を鍛えるべきじゃないのか?
そこで俺の中に冒険者という選択肢が生まれていた。まぁ、冒険者登録も一応はしたしな。
「私も冒険者になるよ」
★★★
簡単に素早く、これぞ冒険者!!
サラサラとした絹糸のような髪をガバッと手に取り、後ろで一つに纏める。首の後ろ辺り、低い位置でポニーテールを作り、革紐を巻いて、はい終わり。
ポニーテールの位置はその日の気分で変えていこうぜ。
「本当に俺は行かなくて大丈夫か?」
ヴォルフラムは言うが……
「うん。ヴォルが一緒だと歩きすらしないと思うし」
「……」
「……シノブ様、せめて私達が……」
心配そうな表情を浮かべるフレアとホーリー。
「いやいや、二人が一緒だと絶対に頼りにするからダメ。着替えすら任せそうだし」
「どれだけ過保護なの……」
お母さんも呆れる。
「そ、そんなつもりはないんだけど……」
基本的に移動はヴォルフラムの背中、細かい身の回りの事はフレアとホーリー、確かに至れり尽くせりだけども!!
「心配過ぎるんだが」
お父さんも渋い顔。
「まったくお父さんも心配性なんだから。大丈夫だって。ヒメは連れていくから」
「シノブ殿は拙者にお任せくだされぇぇぇっ!!」
うるせぇ……
自分に厳しくする必要はあるが、命を脅かす程に厳しくする事は無い。最低限の護衛、そして飲料水の確保という意味でコノハナサクヤヒメだけは一緒。
「お土産よろしく」
シャーリーだ。
「いや、旅行に行くわけじゃないから」
「店は俺達に任せて下さい」
ミツバならその辺り事は信用できる。
「はい、お願いします」
「気を付けてね」
と、アリエリ。
「うん。アリエリもお店お願いね」
「寂しくなったらいつでも帰ってきて良いぞ」
と、ドレミド。
「大丈夫、リアーナとロザリンドが一緒なんだから」
俺は笑う。
「シノブちゃん」「シノブ」
リアーナとロザリンドだ。
「じゃあ、みんな。ちょっといってくるね!!」
さぁ、出発である。




