勝算と降参
さて、そろそろか。
ベルベッティアがアバンセ達に報告済みだろ。
「もう終わりか?」
目の前にアビスコ鬼王が立つ。
その足元にはキオ、フレア、ホーリーが倒れていた。アビスコを倒す為の誘い込みとはいえ、勝てない相手に挑ませるのは申し訳ねぇ……でも仇は絶対に取ったるからな!!
「ちょっと質問があるんだけど」
「質問? 何だ? 言ってみろよ」
「あなたの目的は?」
「そりゃお前、鬼という種族を大陸中に知らしめる為。ユッテから聞いたんだろ? どうして今更そんな事を聞く?」
「何となくだけど……それが本当の目的じゃないような気がする。本当なら自分が率先して行動すれば良い、だって誰も止められないんだから。なのにユッテの計画に乗るような形なんて、らしくないって言うか……」
「なかなか鋭い……確かに俺は」
言い掛けるアビスコだったが、その頭部に遠距離から放たれた魔弾が撃ち込まれた。
それと同時に俺は駆け出す。
「逃げる為の時間稼ぎか……姑息。だがそれが良い」
本気で逃げて、ガーガイガーの道場へと身を隠す。
「おいおい、本当にその程度で逃げられると思っているのか?」
……まぁ、見付かるだろ。
階段を下りる足音。
「……」
「いや、誘い込まれたと見るべきか?」
……正解。
その口調から笑みを浮かべているのが分かる。
「……」
「ここだな」
ガーガイガー道場、地下。
俺はそこに立っていた。
「勝算は高いと思っていたんだよ。誘い込みがバレても、あなたの性格なら付き合ってくれると思った。私達が必死な姿を見せれば見せる程にね」
「勝算? 竜でさえ勝てないこの俺に勝つ算段があるって事か。面白い。見せて貰おうじゃないか」
次の瞬間。
一瞬だけ周囲に魔法陣がいくつも浮かび上がり、それはすぐ消えた。
周囲を見回すアビスコ。再び視線をこちらへ向ける。
その視線を遮ったのは、俺達の間に割り込んだアバンセだった。ヌイグルミのような小さな体から吐かれる灼熱の炎がアビスコを包む。
そしてアバンセは俺の後ろ襟を掴み、そのまま素早く地下室から飛び出した。
ぐわぁぁぁっ、相変わらずの速さに遠心力が加わり目が回る!!
次に熱波。
肺が焼けちまう!!?
目に入ったのは青空だった。次にガーガイガー道場を地下部分の地面を含めて背負うパルの姿。そしてさらに下のマグマ溜まり。
「パル!!」
アバンセが叫ぶ。
それと同時。体を傾けるパル、その背中の道場が滑り落ちる。
「死ね、この野郎が!!」
パルの炎が落下を加速させるように道場へと降り注いだ。
ドプンッッッ
脱出するアビスコの姿は見えなかった。道場と共にマグマの中に沈んだ……と思うんだけど。
……
…………
………………
呆気ない最後だけど……
「……これで終わったのかな?」
「これで終わりじゃなかったら、もう対抗する方法は無いぞ」
「ねぇ、アバンセ」
「ん?」
「首が締まって苦しいし、熱風が直で当たるから、できれば大きくなって」
「す、すまない」
服の後ろ襟を掴まれての宙吊り状態、さらに下のマグマから熱風が!!
その時だった。
バシャンッ、とマグマが弾け、何かが飛び出した。何かは一直線に飛び、パルの腹部に突き刺さった。
「ガアアアアアァァァァァッッッ!!」
肉を叩く鈍い音と共にパルが吹き飛ぶ。そして火口の岩壁に叩き付けられた。さらに続く打撃音。岩を砕きながらパルの体が岩壁に埋まっていく。
「パル!!? アバンセ、パルは!!? 今のアビスコ!!?」
「黒く焼け焦げてはいたが人の形をしていた……アビスコだ」
「っ!!」
くそっ、対抗する方法が無ぇ!!
「……シノブ、俺を信じて任せられるか?」
もちろん俺は即答。
「お願い」
俺が言うと同時。
アバンセが俺を空中へと放り投げた。
見えたのは元の姿に戻るアバンセだった。さらに大きな口、その鋭い牙が迫る。そして……バクンッ……食べられた。
★★★
どれくらい経ったのか。
短いのか、長いのか分からない。激しく揺さぶられた後はただ息苦しく、蒸し暑い。暗闇の中でジッと耐えるのみ。
何が……どうなったんだ?
やがて光。
「シノブちゃん!!」
「ベルちゃん? どこ?」
「生きてるの!!? 大丈夫なの!!?」
「う、うん」
俺はベルベッティアの声を頼りに光の方向へと向かう。
そして這い出した暗闇の外、日の光の下にベルベッティアはいた。
「ベルちゃん、私、どうなってたの?」
「アバンセちゃんの口の中で守られていたんだよ」
「口の中……アバンセ……」
俺は後ろを振り返る。
そこには全身が焼け爛れ横たわるアバンセ。
「アバンセ?……ちょっとアバンセ!!」
返事は無い。何の反応も無い。
「パルちゃんも重症だけど命に問題は無いよ。でもアバンセちゃんは……」
「どうして……」
離れた場所で様子を見ていたベルベッティア。
「シノブちゃんを守り、アビスコを倒す為」
パルがやられた時、俺を逃がす余裕は無かった。だからアバンセは俺を口の中へと隠した。そしてパルに続き、アビスコはアバンセへと襲い掛かった。
そこでアバンセはアビスコを道連れにマグマの中へ飛び込んだのだった。
そして最後の力を振り絞ってマグマから抜け出したアバンセだったが……
持っているユニコーンの角を使いたいが、アバンセの巨体には全く足りない……本来の大きさでは。
「アバンセ!! 聞いて、人間の姿になって!!」
「……」
「人間の姿になるの!! それなら手持ちのユニコーンの角が使えるから!!」
「……」
「アバンセ!!」
「……」
「一緒になってあげるから!!」
その後に『将来的にいつになるか分からないけど』と小声で付け加える。
「……」
「結婚もしてあげるし、アバンセの好きな事にも何でも付き合うから!!」
その後に『気が向いた時に』と小声で付け加える。
「……」
「だからお願い、頑張って人間の姿になってよ!! アバンセ!!」
「……うっ……」
アバンセの口から小さく声が漏れる。そしてその体を光が包み、竜の巨体が人間の姿へと変化した。
全身が酷く焼け爛れていた。
でもこの体のサイズならば!!
★★★
これは後から報告された帝都第十四都市での話。
ユッテの強さはベレント以上だった。
辛うじてユッテを食い止めていたミランだが既に満身創痍。はっきり言って一人で勝つ事は難しい。ただ防御に徹して時間稼ぎを目的とするならば。
「何を待っているの? アビスコがいる限り無駄だと思うけど」
「だとしても俺のやる事は一つ。お前をここから先には行かせない」
「そう」
ユッテの金棒の一撃をミランが大盾で受ける。ドゴンッという重い金属音と共に、そのまま叩き飛ばされた。連続で攻撃を繰り出すユッテに、ミランはピンボールのように左右へと弾かれる。
何度も何度も叩き潰され、それでもミランは何度も何度も立ち上がる。何度も何度も繰り返してやがて……
「……何をしたの?」
「さぁ。お前に教えてやる必要は無いな」
アビスコの力なら、既にシノブを倒すなり捕らえるなりしているはず。時間が掛かり過ぎる。
そこへ到着したのはヴォルフラムに乗るハリエットだった。
「お兄様、作戦は成功しました!!」
「……作戦?」
「そうだ。アビスコはもうここにいない」
その時である。
空に見えるのは水を纏う美しい竜の姿。控えていた麗しの水竜ヤミ。
「まだ戦うなら加勢する」
と、ヴォルフラム。
人数的には鬼の方が優勢だろう。しかしこの場にアビスコが存在しないとして、さらにそこへヤミが現れたら……鬼には勝ち目が無い。
そして確かにアビスコはいないのだろう。
ユッテはそれでも表情を変えずに言うのだった。
「分かった。降参する」




