リアーナとロザリンド
その白い肌は滑らかで白磁のよう。腰まで伸びる長く白い髪は輝くような光沢を放つ。その美しい白の中にある、燃え上がるような赤い瞳。まるで美しく作られた人形のように整った顔立ち。
年齢の割に成長は足りないが、それでも美貌が確約されたような存在。
「シノブです。エルフの町から編入しました。将来の夢は立派な定職に就く事。その為に少しでもここで役に立つ知識を得たいと思い、編入させて頂きました。ちなみに好きな食べ物は肉です」
少しだけクセのある肩口までの金髪。性格を表す優しそうな目元には青い瞳。年齢の割に胸などは大きい方かも知れない。温和な雰囲気は人を惹き付ける魅力に溢れていた。
「リアーナです。同じくエルフの町から編入しました。よろしくお願いします」
俺もリアーナも真新しい制服に身を包んでいた。
さすが都会、エルフの町よりもハイセンスな制服だぜ、よく分からなんけど多分な。
ここは王立学校。
そう、俺もリアーナも無事に編入試験を合格していた。俺の合格には成績よりも、学院長の意思が反映されてやがんな。
それにしても凄い、広い、人が多い。学校の構造や、施設などエルフの町の初等学校とは比にならない程に近代的。
教室にしてもただの部屋ではなく、教卓から扇状に机や椅子が並べられ、しかも後ろにいけば段差が高くなるような造りだ。
生徒数も多いし、確かに大陸一の教育施設だという話にも頷ける。
「ではリアーナさんはあちらの空いている席に。こちらの空いている席にはシノブさん、どうぞ」
王立学校は各地から常に優秀な人材を勧誘している。だから編入自体は珍しい事ではない……けど、好奇の視線が突き刺さる……特に俺。ああっ、俺の可愛さがまた人を虜にしてしまったか……ポジティブに考えればそうなんだろうけど、まぁ、違うよな。
「シノブです。これからよろしくお願いします」
俺の隣、片方は男子生徒、もう片方は女子生徒。
「私はロザリンド・リンドバーグ。編入したばかりで色々と分からない事があると思うけど、何でも聞いて。私が答えられる事なら教えてあげるから」
俺と同じく腰まで伸びる長い髪。ただその色がまるで真逆。光さえ吸い込んでしまいそうな艶やかな黒髪だった。そして少しだけキツそうな目には黒い瞳。今となっては懐かしい日本人を思い起させる。そして美人、大和撫子という表現が似合う女子生徒。
そして反対側の隣には……
「気持悪い見た目しやがって」
小さく呟いた声が聞こえた。このクソジャリ、テトと同じ臭いがするぜ。まぁ、俺も大人だ。無視だ、無視。
エルフの町と違い、一般的な人間の反応がこれ。
俺の見た目は忌み嫌われる『裏切りの邪神アリア』なのである……アリア様、あんた一体何をしたと言うんだ!!?
さて。授業。ふむふむ。勉強に関して、簡単とは言わないがこの程度なら問題無い。サンドンの授業の方が難しかった。
しかし実技の授業では……
「さて。編入生にどの程度の実力があるのか、みんなも分からないだろうから、二人には実戦形式で試合をしてもらおう」
屋外、下は石畳の円形闘技場。
武器も魔法も有りの、いきなり実戦形式。自分の武器も持ち込み可。ただ武器の刃には金属製のカバーを付けて切れないようにする。とはいえ鈍器。当たり所が悪ければ大怪我だ。
「まずは私が」
「シノブちゃん、頑張って!!」
俺はリアーナの声援に笑顔で答える。
武器はアバンセから貰った剣。そして腰には数本の短剣。
「相手は……」
「先生、俺が相手しますよ」
「分かった。では、ディンに相手になってもらおう」
コイツは……俺の隣の席の嫌な野郎。確か、名前はディン・ロイドエイク。
「お願いします」
という俺に対して、ディンは小さい声で。
「目障りだから消えろよ」
よし、コイツ殺そ。
「では、始め!!」
教師の声で試合は始まる。
俺はまずバックステップで間合いを取り……あれ?
後ろに飛んだ、俺の目の前。ディンがいる。一瞬で間合いを詰められ、その剣で胴体に一撃を食らう。
「あぶっ」
俺はその場に倒れ込み……ダメだ……動けん。
「嘘だろ? 弱過ぎる」
頭上からディンの声が。
「シノブ。まだ出来るか?」
教師の言葉に俺は無言で首を横に振る。
「ええと……ディンの勝ちで」
「シノブちゃん大丈夫!!?」
駆け寄ったリアーナに体を支えられる。
「大丈夫だけど、油断したら吐く」
性格的にはテトと同じクソ野郎だが、その動きは圧倒的にディンの方が速い。無策でそのまま対峙したら絶対に勝てん。
「……おい、あのシノブって奴、本当にここの編入試験に合格したのか?」
「あの動き、普通の奴よりも遅かったぞ」
「もしかしてお金でも払って編入したんじゃないの?」
「二人ともエルフの村出身でしょう? じゃあ、向こうのリアーナって子も弱いんじゃない?」
「揃って不正編入かよ。学校側も何を考えてんだか」
外野の色んな声が聞こえる。
「ごめん、リアーナ、私のせいで悪く言われてる」
「私は大丈夫だよ。シノブちゃんが凄いのはちゃんと知ってるし」
「仇を、仇を取ってくんろ~」
「うん。シノブちゃん風に言うならボコボコにしてあげるよ」
リアーナ、なんか超強い感じになってるぅ。
「次はアナタの試合でしょう? ほら、シノブはこっちに」
ロザリンドだった。リアーナに代わり、俺の体を支える。
「ありがとう、迷惑を掛けてごめんね」
「えっと、ロザリンドさん、シノブちゃんをお願いします」
「ええ」
そしてリアーナはサンドンから貰ったハルバードを手に闘技場の真ん中に戻るのだった。その腰には魔導書も下げられている。
「では、次はリアーナ。相手は……ディン、このまま出来るか?」
「問題無いです。何もやってないのと同じですから」
ディンは笑った。
「お願いします」
と、リアーナ。
二人は対峙して……
「では、始め!!」
教師の合図と共に、ディンは一気にまた間合いを詰める。それに対してリアーナも前に飛び出す。
「速い」
隣に立つロザリンドが呟く。
ギンッと金属音。ディンの剣とリアーナのハルバードが交差してお互いに押し合う……ように見せ掛けて、リアーナは体を後ろに退いた。そしてハルバードの石突部分で、ディンの足元を払う。
バランスを崩したディンはその足払いを辛うじてジャンプで避けるのだが、空中に浮いたその体をリアーナのハルバードが横薙ぎに叩き飛ばす。
石畳の上をゴロゴロと転がるディン。リアーナはその様子をただ見ているだけではない。ハルバードに刻まれた魔法陣を使い魔法の詠唱。身体能力を強化するとそのままハルバードを全面に突進した。
その切っ先が届く直前。
「終了!!」
教師の制止。そして。
「リアーナの勝ちだ」
ほっほっほっ、圧勝である。
「何だよ、アイツ……さっきの奴と全然違うじゃないか……」
「あのディンが全く相手にならないって……」
「凄いな。名前、何だっけ?」
「確か、リアーナじゃない?」
驚きの声を上がる。
その様子を見ていたロザリンドも……
「あの子、リアーナ。強いのね」
「まぁ、自慢の親友ですから」
「魔導書も持つのだから、本来は魔法も使えるのでしょう? それを出す必要も無かった。つまり全く本気じゃないって事ね」
「あのディンって人は強い方なの?」
「この学校ではディンより強い人はいっぱいいる。けどこの学年では上位に入るわ。面白い」
「面白いって……」
「先生、次は私が相手をしたいのですが良いでしょうか?」
ロザリンドが前に進み出る。
「ロザリンド。リアーナ、続けて大丈夫?」
「大丈夫です。お願いします」
今度はリアーナとロザリンドが対峙する。
私は適当な奴を捕まえる。
「ねぇ、ロザリンドは強いの?」
「俺達の学年で一番強いのがロザリンドだよ。それも圧倒的にな」
この学校で、圧倒的な強さでの一番。それはつまり俺達の年代での大陸一番がロザリンドって事になるんじゃないか? その相手にリアーナがどれくらい戦えるのか……
ロザリンドの武器は片刃の剣……刀じゃん。この世界にも刀ってあるのか。
「では、始め!!」
試合の開始、リアーナもロザリンドも取った行動は同じものだった。二人とも後方に跳び、間合いを取る。と、同時に身体能力強化の魔法。
ロザリンドの刀にも魔法陣が刻まれているらしい。
そして今度は一気に間合いを詰めて、お互いに打ち合う。
うわっ、凄っ!! 二人とも武器の動きがハッキリ見えねぇ!! 速過ぎる!!
武器と武器とがぶつかり合う金属音が響く。凄まじい。ただ……圧されているのはリアーナか。少しずつ後ろに下がる。
しかしリアーナはそもそも前線で戦う戦士や騎士ではない。そのまま後ろへと飛び退いた。
もちろんロザリンドは間合いを詰めるように追うのだが、リアーナが突き出すように伸ばしたハルバードに邪魔をされる。
少しだけ間合いが離れただけでリアーナには充分だった。すでに片手には魔道書が。しかも手元を確認せずにページを開き、詠唱が始まっている。
そしてリアーナによって生み出された魔法の炎がまるでカーテンのように広がっていく。ロザリンドは炎を避け、二人の距離はさらに離れる。
これがリアーナの得意とする戦いの間合い。遠距離からの攻撃を得意とし、近付いた敵をハルバードで叩くのが基本戦術なのだ。
リアーナが強いのは分かっていたつもりだけど、まさかここまでとは……相手がいつもアバンセやサンドンだから正確には知らなかった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
外野はもちろん教師ですら言葉を失っている。
リアーナの無尽蔵かとも思える程の魔法攻撃。それを凌ぎ、斬り込んでくるロザリンド。斬り込んだロザリンドをハルバードで押し返すリアーナ。激しい攻防戦。
しかしそれでも限界は来るわけで……先に限界を迎えたのはリアーナだった。
魔法を使おうと魔道書のページを開き、詠唱をしたのだが、その魔法が発動をしなかった。これは集中力が落ちたが為の単純ミス。開くページを間違えたのだ。
その一瞬を見逃さないロザリンドの一撃がリアーナの体を打った。
「終了だ!! ロザリンドの勝ちだ!! もういいな、リアーナ?」
その場にしゃがみ込んだリアーナは声も出せずに頷いた。
やべぇ、あのリアーナが……なんか見てるだけで泣きそうだぜ……
「リアーナ!!」
俺はリアーナをギュッと抱きしめた。
「リアーナ。頑張ったね。凄かったよ」
「シノブちゃん……」
「うん」
「……もうちょっとだと思ったんだけど……負けちゃった」
「うん……うん……」
パチッ……パチッ……最初は小さな拍手だったが……その拍手が段々と大きくなる。
「うおおおおっ、スゲェ試合だったな!!」
「見てるこっちも汗びっしょりになったよ!!」
「あのロザリンド相手に、こんな試合をするなんて……」
「俺にはどっちが勝っても不思議じゃないぐらいに見えたぞ!!」
「もしかしたら次はリアーナって子が勝つんじゃない?」
やがて拍手喝采。
そこにロザリンドが近付いて来る。
「リアーナ。立てる?」
「ロザリンドさん……ちょっと無理かも」
「本当は私が肩を貸してあげたいんだけど……私も立ってるのがやっとなの」
ロザリンドは小さく笑った。
「じゃあ、私が二人とも支える」
「ちょっ、シノブちゃん。無理しないで……」
こうしてリアーナとロザリンドの試合は終わった。見ている者に強烈な印象を残して。




