本気ときっかけ
大盾を全面に構えて、ミランはユッテへと突進する。
ユッテは金棒を横に構え、その突進を受け止めるのだが……
『止められない……鬼である私が……』
生まれた持った鬼としての強靭さをユッテ自身も自覚している。なのにミランの突進を止められない。
本棚を弾き飛ばしながら壁際まで押され、そのまま壁へと叩き付けられた。だがそれでも止まらない。
ミランの足が一歩前へと進み出る。
ミシッ、と壁の軋む音。挟まれたユッテは動けない。
そしてまた一歩。壁にヒビが走る。
さらに一歩。ユッテの体が壁へと埋まる。
「おおおおおおおおおおっ!!」
ミランは気合と共に壁をブチ抜いた。建物の外へとユッテを叩き飛ばす。
弾かれ地面を転がるユッテ。追うミランの、剣で掬い上げるような攻撃。しかしユッテは転がりながらもタイミングを合わせ、その攻撃を金棒で受け止めた。さらに勢いを利用して態勢までも整える。そして金棒を薙ぐ。
大盾で受け止めるミランだったが、その一撃に体が浮き上がる。
お互いにとんでもない力業。
「本当に強い。見ていた通り」
感情が無いようなユッテの声。
「……強い相手とやりたいんだな?」
「もちろん」
「だったら俺を本気にさせてみたらどうだ?」
「本気? 今以上がある?」
「例えばだ。この勝負に俺が勝ったら、お前達の目的を洗いざらい話してもらう。これなら俺だって今以上に本気になれるだろう?」
「だったらそうする。だから本気を出して、ミラン」
そして二人は再び武器で打ち合う。打ち合ってみてユッテは理解する。ミランの大盾は防御の為だけではない、鈍器として武器にもなるのだ。
大盾の強烈な一撃がユッテの体勢を崩す。さらにミランの長剣が連続で繰り出された。それを辛うじて受け止めるユッテだったが、大盾の攻撃に堪らず飛び退いた。
長剣に大盾が加わり、攻撃速度が速い。これがミランの本気。だからユッテも本気で答える。
ユッテはミランとの間合いを取る。そして金棒を大きく構えて……ミランに向け、力いっぱいブン投げた。
「っ!!?」
まさか自らの武器を投げるとは……ミランの反応が一瞬だけ遅れる。避ける間が無い、長剣では受けられない、だから大盾で金棒を弾き飛ばした。
その動きにミランの体正面が開く。全ては一瞬の出来事。
キラッ
ミランの視界の中、日の光が反射し何かが光る。
『短剣!!?』
それはミランへ投擲された短剣だった。
大盾での防御は間に合わない、長剣で弾くしかないのだが……迫る短剣をギリギリまで見極める。
『ユッテのような相手なら必ずあるはず』
ミランの視線から隠すよう、短剣の陰になりもう一本。
『やはり二本目!!』
長剣の一振りで、短剣二本を同時に弾いた。さらに。
『三本目、黒塗りの短剣』
光の反射を抑える為の黒塗りされた三本目の短剣だった。しかし後から投げられた三本目には避けるだけの時間的猶予がある。
『これなら避けられる』
体を捻るミランだったが……キンッ……小さな金属音。三本目の短剣が狙ったのは、ミランが弾き飛ばした一本目の短剣。
一本目の短剣がミランへと軌道を変えた。振るった剣も、大盾の引き戻しも間に合わない。短剣はミランの眼前へと迫る。
間合いを取っていたユッテ。
その目の前でミランは崩れ落ちた。
『場所によっては致命傷にもなる……けどミランならそれだけは避けられたはず……まさか演技? でも……』
ミランが体を捻った為、短剣が突き刺さる瞬間をユッテは見ていない。ただ長剣や大盾で防いだ様子は無い。投擲された一本目の短剣は確実に刺さったはず。
うつ伏せに倒れるミラン。
ユッテは金棒を拾い上げ、ゆっくりと警戒しながらミランへと近付く。そして金棒を使い、ミランの体を仰向けにする。
……と、同時。
ミランが跳ね起きた。長剣を置いた左手が金棒を掴む。咄嗟に金棒を引くユッテだったが……
『動かない!!?』
長剣と大盾を同時に扱うミラン。片手でも各々を離さないように握力を徹底的に鍛えている。単純な握力だけならば大陸でも随一。
そのミランの口。ガッチリと歯で噛まれた一本目の短剣。
『まさか、噛んで受け止めたというの!!?』
ミランは首を思い切り振り、噛んでいた短剣を投げ返した。
近距離からの、想像もしない短剣の投擲。ユッテは反射的に避けるが、体勢を崩してしまう。そして金棒も押さえられ、まさに無防備。
ドンッ!!
そのユッテに大盾を叩き付ける。
金棒を捨て、その場から逃れようとするユッテだが、ミランはそれを許さない。今度はユッテの腕を掴み逃がさない。
ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!
何度も何度も大盾を叩き込んだ。
やがてユッテはその場に崩れ落ちる。気を失っていた。
ミランの口元は血で濡れていた。短剣を受け止めた時、唇や口内を切っているのだ。
「……もし短剣に毒でも仕込まれていたら、お前の勝ちだったよ」
勝負はミランの勝ちである。
★★★
破壊した図書館や街の再建の費用に充てるようにと金貨を残し、ユッテ以外の四人の鬼は帰っていく。ユッテが全てを告白する事を条件に拘束まではしなかった。
そして破壊された図書館の中でミランとユッテは向き合って座る。他にこの場に居るのはフレア、ホーリー、ドレミド、アリエリ。
「さて約束通り全てを話してもらうぞ」
「もちろん」
ユッテは変わらない表情のまま頷く。
「目的は?」
「アビスコによる大陸の征服」
「俺達も鬼の存在についてある程度の事を知っているつもりだ。王国建国の時からずっとそれを目的に行動をしてきたという事か?」
「そんな昔の事なんて私達は知らなかったし、知った所で正直どうでも良かった」
ユッテは静かに言う。そして言葉を続ける。
「普通の人に比べて鬼の体は強い。武器の扱いにも長けて戦いにも強い」
「……」
ミランは黙って次の言葉を待つ。
「戦っているあなた達の姿を見た。もちろん全員が強い。けど私だってあれくらい戦える。でもあなた達は救国の英雄、なのに私は隠れるように生きている。昔からの決まりだけど、どうして私は自分の力を外で試す事もできないの? そんな時にたまたま見付かったのがアビスコの頭部だった」
今考えれば、それは遠い祖先が探し出したものだったのだろう。
鬼の村にはガラス瓶の中、液体に浮かぶ『アビスコ鬼王の左目』と呼ばれるものが伝わっていた。もちろん誰も信じてはいなかったが。
ただ少し前、大地震と共に大陸の地形がパズルのように入れ替わるという出来事があった。それは転生者であったアイザックが起こした事件である。
その時、村の子供たちはアビスコの左目が動き、別の方向へと向けられている事に気付いた。そして探検ごっことしてその左目が向けられた先に洞窟を発見し、さらにアビスコの頭部を発見してしまったのだ。
それが全てのきっかけ。
「アビスコを復活させて鬼の名を再び大陸中に轟かせるつもり。私は反対だけど」
「反対? どういう事だ?」
「もちろん私だって生活に不満はあったけど、こんな事をする程じゃない。戦争みたいな事を起こせば私達だって無事に済まない。だからバスティアンもラマートもキーズも、ベレントだって反対だった」
「だったらどうして俺達に攻撃を仕掛けたんだ?」
「自身の力を確かめたい……のも本当だけど、もう私達だけじゃ止められない。だからあなた達を巻き込むしかなかった。でも普通に協力を求めたら私達は排除されてしまう」
鬼の大半はアビスコ鬼王復活賛成派。ユッテ達が内部に残り情報を得つつ、さらにシノブ達を巻き込む為にはこの方法しか無かった。
そしてそんな手段に出るという事は……
「アビスコの復活は近いのか?」
ミランの言葉にユッテは頷いた。
「必要なのは、もう左目と心臓だけ」




