人質と落ち度
「中にあった魔物の死骸だけどかなり腐敗が進んでいたぞ」
タックルベリーは言う。
海底洞窟には住み着いていた魔物の死骸が残っていた。その腐敗の進み方から数十日が経過している。それがタックルベリーとリアーナの見立て。
つまり何者かが海底洞窟へ先に侵入し、アビスコの胸部を持ち出したのだ。
どうして……俺達だってララから話を聞いたのは数日前だぞ。つまり鬼の野郎共はアビスコの部位を探す方法を持って……
「みんな!! 急いで!!」
だとしたらユリアンとシャーリーが危ねぇ!!
★★★
比較的に大きな街。人口も多く、身を隠すにはうってつけ。念には念を入れて街の何処に潜伏するかはユリアンに任せ、俺達は知らない。宿屋とか片っ端から探すか……なんて最中。
「シノブ様でしょうか?」
「はい、私がシノブですが」
身なりのきちんとした中年男性に話し掛けられる。とある宿屋の従業員だという男性。手紙を預かり、俺が街に現れたら渡すように言われていたらしい。
……
…………
………………
俺は拳を握り締めた。そして。
「……俺って奴は……この糞ボンクラが!!」
思いっっっ切り自分の顔を殴り付けた。
「ちょっ、シノブちゃん!!?」
「見せなさい」
ロザリンドが手紙を取る。
そこに書かれていたのは鬼の大男、ベレントからのメッセージ。
ユリアンとシャーリーが人質として捕まった。
★★★
時間は少し遡る。
アビスコの右腕を持ち、街の中に潜伏するユリアンとシャーリー。宿屋の一室、シャーリーはベッドの上でゴロゴロと転がっていた。
時は夜。
「ねぇ、ユリアンさぁ、ちょっと質問があんだけど?」
「質問?」
「リコリスとはいつから付き合ってんの?」
「何だよ……急に?」
「恋バナよぉ、恋バナぁ」
「そういうのはリコリスとでもしてろよ」
「もちろんしてんだけど。男側から話とか聞きたいんだって」
「シャーリーはあんまりそういう事に興味がないと思ってたんだけど」
「いやさ、自分のは興味ないけど他人のは別。あたしさ、学校とか行ってないから同年代の友達とか近くにいないんだよね。だから同い年の二人から話を聞きたい」
「……」
「教えてよ」
「……リコリスも俺も編入だったから……最初は知り合いがいなくて、二人だけで一緒にいる時間が長かったんだ。いつからじゃない、気付いたらだよ」
「じゃあ、初めてえっちしたのは?」
「お前、からかうつもりだろ?」
「違うけど。あたしだっていつかは経験するかも知れないし、知っときたいじゃん。後学の為にね」
ニヤニヤとした笑顔を浮かべるシャーリー。ユリアンは呆れたような表情を浮かべた。
「いや、絶対に違うだろ。顔が笑って……」
その時である。
ユリアンの表情が一瞬にして真剣なものへと変わる。
もちろんシャーリーもユリアンの変化にすぐ気付く。そして察する。
「荷物まとめる時間ある?」
まずシャーリーはアビスコの右腕を抱える。
「無いみたいだな」
ユリアンの背中、そこに竜の翼が生える。ガララント譲りの深い紫色の光沢のある翼。
そしてシャーリーを抱えて部屋の窓から外へと飛び出した。空を自らの意思で飛べる者は少ない。闇夜に紛れて逃げるなら空。
だが窓から飛び出した瞬間を狙われた。
金棒の投擲。
闇夜に紛れたその一撃にユリアンの反応は一瞬だけ遅れる。
風を切る轟音。目の前、金棒が月明かりを反射し輝く。ユリアンは抱えたシャーリーを守るように背中を向けた。
ドゴンッ
肉を打ち、骨が軋む音。
金棒はユリアンの背中へ激突。その勢いに二人は部屋の中へと弾き戻された。
「ユリアン!!」
すぐさまシャーリーは立ち上がるが、まともに攻撃を受けたユリアンは……
「ガフッ」
吐血、すぐには起き上がれない。
内臓が傷付いてんの!!? シャーリーは残り少ないユニコーンの角の粉末を取り出す。水に溶かすような余裕は無かった。シャーリーは粉末を口に含み、ユリアンの口を指で抉じ開ける。そしてその口の中へと舌先から唾液を垂らす。
ユリアンの喉がコクンッと動いた。
「ちょっとユリアン、大丈夫!!?」
「ああ、助かったけど、今……」
まさに一瞬、さすがの回復力。時間にしてほんの数十秒の間。しかしその数十秒ですでに手遅れ。
「殺してしまったとも思ったが、子供ながら頑丈だな」
鬼の大男、ベレントが二人の目の前に立っていたのだ。
★★★
借りた宿屋の大きな一室。
俺はテーブルに頭を自ら打ち付ける。
「シノブちゃん、もう止めて!!」
「そうね。自らを傷付けても何の解決にもならないわ」
リアーナとロザリンドはそう言うが我慢できん!!
「シノブ殿、止めてくだされぇぇぇっ!!」
ポヨンッ
頭とテーブルの間に滑り込むコノハナサクヤヒメ。
「ちょっとヒメどいて!!」
ポヨンッポヨンッポヨンッ
ユリアンとシャーリーはアビスコの右手から潜伏場所を特定された。鬼達はアビスコの体を探す方法を持っているのだ。そう想定して行動するべきだった。
これは落ち度。
テーブルの上に置かれた手紙。それを指さしてタックルベリーは言う。
「しかしこれは偶然だと思うか? アビスコの体の一部、一つで一人と交換。僕には偶然と思えないんだが」
「どうしてですの? ユリアンとシャーリー、二人だからではないの?」
リコリスは言うが、俺もタックルベリーと同感。
「……別に人質交換なら二つじゃなくたって良いの。体全部とかでも。だけど二つ。つまり私達がすぐ用意できる二つだよ」
つまり王立学校の左足。
そして王都の右目。
やはり鬼はアビスコの体の場所の特定ができている。確定だ。
「どうするつもり?」
「もちろん交換する」
ロザリンドの言葉に即答。
その為には俺が直接話をせんとなぁ。




