パルと花嫁
竜の花嫁。
それは俺を意味する呼び名。
しかし今日、二人目となる竜の花嫁が誕生した。
「本当に良いのかしら?」
「構わないよね、パル」
「ああ、別に構わねぇ。ロザリンドこそ良いのか? そんなふうに呼ばれて」
「ええ。それで何か変わるものではないわ」
「ではこれでシノブは完全に俺のものだな」
「てめぇ、この野郎」
「別に私は誰かのものってわけじゃないんだけど」
「お兄ちゃんが……パルお兄ちゃんががががが……」
泡を噴きそうなバイソン。
当然だ。
ロザリンドとパルが将来的な婚姻を発表したのだから。
それによりロザリンドと島国王族は破談。島国出身のロザリンドがパルと一緒になる事は、パルが後ろ盾にもなるので島国は文句も無い。
これでロザリンドが新たな花嫁だ。
★★★
そしてこれは俺も知る由しの無い二人だけの話。
島国も落ち着いた。ロザリンドはパルの背に乗り、王立学校へと戻る。その途中。
「ありがとう。パル」
「当然だろ。バイソンの馬鹿野郎が迷惑を掛けたからな」
「シノブから聞いたわ。バイソンの暴走を抑えるために残ったのでしょう? 私が近くにいるかも知れないから」
「周囲相当が消し飛んだ。上手くいったとは言えねぇよ」
「でも嬉しかったわ」
「……そうか」
「そうよ……」
「……」
「……ねぇ、もう少し高く飛んでもらえる?」
「寒いだろ」
「大丈夫よ。パルの体は熱いくらいだもの」
「……落ちるなよ」
そうしてパルはさらに空高く飛び上がるのだった。
★★★
「皆の衆ぅ~ただいまぁ~」
「ただいま、じゃないよ!! どうなってんの!!?」
「まぁまぁ、シャーリー、落ち着きなよ。とりあえずお茶でも飲んで」
「飲んでる場合か!!」
「ちょ、そんな強く掴まないで」
「はっやっくっ、報告しろ!!」
ガクガクガクガクッ
「ゆっゆっゆっ、揺らすなぁぁぁぁぁ」
……って事で顛末を。
「つまりさ、シノブはアバンセ一本に絞るわけ?」
「いやいや、別にそういう話じゃないんだけど」
全く、シャーリーもそういう話が好きだねぇ。
しかし、男二人相手にエロエロな事をするのも倫理的にどうなのかとも思うし。最後まではしていないとはいえ。まぁでも、もうちょい先延ばしにしても問題無いだろ。
それよりもだ。
これは俺が島国に行っていた最中に起こっていた話である。
★★★
「キオちゃん、見える!!?」
「い、今、崖を飛び降りました!! け、けど速過ぎて……」
「リコリスちゃん、ユリアン君、先行して追って!! ベリー君!!」
「無理!!」
「ベリーはもっと体力を付けるべきですわ!!」
「魔法使いに体力を求めんな!!」
「リコリス、行くぞ!!」
リアーナの指揮の元で荒々しい渓谷を駆け抜けるのはタックルベリー、リコリス、ユリアン、キオ。王立学校の面々である。
そして岩が剥き出した崖を先行してリコリスとユリアンが駆け下りる。
カトブレパスの瞳でその動向を追うキオ。
「ダ、ダメです、わ、私達が追い付けません!!」
「僕は探索魔法で後から追い付くから二人は先に行け!!」
リコリスはああ言ったが、タックルベリーの身体能力が劣っているわけではない。むしろ魔法使いとしては上位。その他が圧倒的に高いのである。
「分かった。ベリー君も無理しないでね。キオちゃん」
「は、はい」
リアーナとキオがギアを上げ、崖を駆け下りた。
そしてタックルベリーは一人愚痴るのだった。
「シノブに出会ってから面倒な事ばっかりだな」
王立学校は教育の場であると同時に研究機関でもある。
校内では様々な研究や開発が行われている。そして研究対象として様々な貴重品も保管されていた。その貴重品の一部が盗まれたのである。
王国の建国前から流通していた古代銅貨。
炎の中から生まれるという幻の鳥、その赤く輝く羽。
抱いて寝ると欲望を反映した夢を見る不思議な人形。
人体標本。黒く萎びた右腕。
タックルベリーの魔力の質に関する研究論文。
等々。どういう分類の物をどういう意味で盗み出したのか全く分からない。ここで重要なのはタックルベリーの論文が盗まれた事だった。
研究の成果としてタックルベリーは論文に自分の魔力を込めていたのである。そしてタックルベリーはその魔力を追える。
さらにカトブレパスの瞳を持つキオ。すでに教師陣を上回る力を持つリアーナ、リコリス、ユリアン。しかも救国の小女神の仲間……となればこの五人のパーティーで賊を追うのは当然の流れだった。
ちなみに教師として勤めているビスマルクとヴイーヴルは別用件で不在中。
平地を抜けて、山の中に入り込み、渓谷を行く。
「リコリスちゃんとユリアン君が、あ、足止めしてくれています!!」
「うん、急ぐよ!!」
リアーナはキオの言葉に頷き、さらにスピードを上げようとした時……
賊はここまで逃げていたのに、どうして今になって交戦しているの? そんな疑問がリアーナの脳裏によぎる。そして今の自分達の姿が、模擬戦時のマルカ達の姿と重なる。
「待って、キオちゃん!! ベリー君の方を見て!!」
「えっ!!? は、はい!!」
そしてキオが背後、タックルベリーのいるであろう方向に視線を向けると。
「ベ、ベリーさんが!!」
キオの表情を見れば分かる。
見通しの悪い場所に誘い込まれ、パーティーを分断され、一人のタックルベリーを狙われた。賊は他にも仲間がいるのだ。
「戻る!!」
すぐさま二人は踵を返すのだった。
★★★
追っていたのは二人の男。
一人は病的な痩躯。骨に皮が付いただけのような男。その手に握られるのは巨大な金棒。しかし体付きとは不釣合いな金棒を軽々と振り回した。
もう一人は逆に肥満の男だった。縦と横が同じような体付き。やはり巨大な金棒を持つ。そして軽やかに金棒を振り回した。
二人に共通するのはその黒髪と黒に近い褐色の肌。それと赤い二本の角。リコリスもユリアンも見た事のない種族だった。
痩躯が振るう金棒。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
ゴギンッ
その金棒をリコリスは正拳突きで打ち返す。
「凄いな、普通なら拳は腕ごと砕けるぞ。お前がリコリスだろう。有名だ」
「知っているなら大人しく捕まりなさい!!」
「自分より弱い者に捕まるか。馬鹿が」
「馬鹿はどっちだか教えてあげますわ!!」
リコリスと痩躯の激しい攻防である。
そしてこちらではユリアンと肥満との戦い。
ユリアンの鋭い長剣の一撃を、肥満はその重そうな金棒で防ぐ。受け止め、流し、躱しながら反撃を繰り出す。振り抜かれる金棒をユリアンは剣で受け流す。
ギギギギギッ
刃の上を滑る金棒の不快な金切音。
「普通なら剣が折れると思うんだけどねぇ。若いのに凄い技術だよ、ユリアン君」
肥満はニコニコとした表情で言う。その表情は余裕。ユリアンも分かっていた。相手は格上。
「まぁね。これでも色々と鍛えられたから。知ってるんだろ?」
「知っているつもりだったけど、実際に目の前にすると想像以上。うんうん」
「……」
さらに激しくなるユリアンの攻撃。そして攻撃をしながら同時に思考する。リアーナ達の援護が遅い。もう追い付いて良いはずだが、その姿が見えない。つまり援護のできない事態に窮しているのだ。それは多分、伏兵。
「リコリス!!」
ユリアンは肥満と距離を取る。その声に反応したリコリスも痩躯と距離を取った。そしてすぐに二人は並ぶ。
「しかも勘が良い」
肥満は笑った。
「どういう事ですの?」
「罠だ。誘い込まれた」
「……目的は貴重品ではなく、わたくし達という事なのかしら?」
「さぁ。両方かも」
「分かりましたわ。とっととブッ倒してリアーナ達を助けに行きましょう」
「……全く分かってない……馬鹿か」
ユリアンは小さく呟く。
ここまでは相手の想定通りなのだろう。つまり想定通りなら助けには行けない。
「聞こえているのですけど」
やはりリコリスも小さく呟き、ぐぬぬと唸る。
★★★
リアーナとキオの前に現れたのは傭兵のような大男。年齢的には三十代後半から四十代後半。分厚い筋肉を鎧が包む。そして手に握られた巨大な金棒。特徴的なのは黒い髪と黒に近い褐色の肌。そして二本の炎のような赤い角だろう。
「想定したより早いな。こちらも優秀だ」
それは感情の篭らない表情と声。
そしてその大男の足元。横たわるタックルベリーがいた。
「ベ、ベリーさん!!」
「殺してはいない。殺す事が目的ではないからな。ただ殺せないわけではない」
「……目的は?」
「ふむ。言葉を借りれば『拘束してシバいてやれば何か喋りたくなる』かもな」
そんな男の目の前、突然に爆発が起こる。そして炎が大男の上半身を包んだ。キオの左目の瞳が輝き、幾つもの色を帯びていた。
その一瞬でリアーナは間合いを詰め、タックルベリーを抱え上げ飛び退いた。
「キオちゃん!!」
「はい!!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ
先程とは比較にならない程の大火力。さらにそこへリアーナも爆炎系の魔法を叩き込んだ。そして相手を確認する事なく、その場から撤退する。
そして同じく撤退していたリコリス、ユリアンとしばらくしてから合流、その場から離れた。
盗まれた物を取り返す余裕など全く無い。
つまりは完敗である。




