空中戦とさそり座の女
繰り広げられる空中戦。
空中戦可能な人員は圧倒的にこちらが少ない。対して女天使軍は基本的に全員が空中で戦える。
中心になるのは自らの翼で空を飛べるヴイーヴルとユリアン。そして小型飛竜に乗り戦う事に特化した竜騎士が100騎程。秘密兵器としてタックルベリーとコノハナサクヤヒメのコンビ。
「何で僕が……僕は救護班なんだが」
飛竜の手綱を握りタックルベリーはぼやく。その背中のコノハナサクヤヒメ。
「しかしベリー殿!! 拙者達は秘密兵器なのですぞ!! なんと誉れ高い事か!!」
「うるさい……」
「うるさくありませんぞ!! ほら、目の前に敵が迫っておりまする!! やりますぞ!!」
空の上、目の前に迫る女天使の軍団。
タックルベリーは魔道書を開き、詠唱を始める。それは氷雪系の魔法。向けられた視線の先、集まる天使達の中心に冷気が集中する。
そして同時にコノハナサクヤヒメの透明の体から大量の水滴が前方へと放たれた。
水滴は天使の羽を濡らし、タックルベリーの生み出した冷気は水滴を氷へと変える。そして翼で固まる氷は天使達の機動力を大幅に落とす。
「あらあら、ベリーちゃんもヒメちゃんも~とっても助かるわぁ~」
ヴイーヴルにとって機動力の落ちた天使などは全く相手にならない。その大剣が草でも払うように天使達を斬り倒していく。
「ベリー殿、どんどんいきますぞ!!」
「あーはいはい」
数の面から持久戦では勝てないだろう。ただ地上で決着するまでならば……そんな戦いである。
★★★
「よぉ、愚かなのはどっちか……分かったんじゃねぇか?」
鼻で笑うミツバ。
「キサマ……」
上半身の毛が怒りで逆立つネメア。
二人は混戦の中で向き合う。
「俺はよ、偉い騎士様でもないからよ。卑怯とは言わねぇよな?」
ミツバの言葉にネメアは背後へ視線を向ける。
「パパと同等の使い手……相手にとって不足なしですわ」
「こんな子供一人増えた所で俺に勝てると思うのか?」
「甘く見てると死んじまうぜ、お前。なぁ、リコリス!!」
「当然!!」
一瞬でネメアとの間合いを詰めるリコリス。
「はぁぁぁぁっ!!」
恐ろしい程の速度で連打が叩き込まれる。しかしネメアは打たれながらも膝蹴りを強引に捻じ込んできた。
「だりゃぁっ!!」
ドズンッと肉を打つ鈍い音。その膝蹴りを交差させた両手で受け止めるリコリス。
「っ!!?」
驚きの表情を浮かべるネメア。まさか受け止められるとは思わなかったのだろう。そのネメアに戦斧を振り下ろすミツバ。辛うじてその一撃を受け止めるのだが、今度はガラ空きの胴体にリコリスの蹴りがめり込んだ。そのまま振り抜き蹴り飛ばされる。
そしてまたミツバは笑う。
「だから言ったろ。甘く見んなってな」
★★★
正面、『V』に展開した下部に突撃をしていた女天使達であったが。その進行方向が変わる。真横、左へと突撃先を変化。その動きは俺の所からでも確認できた。
包囲を完成させる前に壁を崩すつもりだな。包囲する為に陣形を伸ばしたのだ、陣形自体の厚みは薄くなっている。それで今度は外側から攻める事により、中の自軍と挟み撃ちにする気だろう。
まぁ、そんな事は当然俺だって想定済みよ。もちろん左端に展開するロザリンドもな。
左で展開するロザリンド隊。
「私が壁になるわ!!」
その女天使達の前に飛び出すロザリンド。
「フォリオ、空から敵勢の動きを教えて。抜かれそうな場所があったら兵を厚くする」
「ああ、任せろ」
「みんな、続いて!!」
「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
ロザリンドが女天使と正面から当たる。そこで進行を食い止めるが、長くは持たないだろう。これは速さの勝負。
右側で展開するのはリアーナ隊。
「急いで!!」
戦場を駆けるリアーナ。その後ろにはタカニャ。さらに1000人を超えるリアーナ隊が続く。
『V』の字、右端の先端から、左方向、ロザリンド隊の方へと向かう。
作戦は簡単。女天使の軍勢が左へと進行しているなら、その横っ腹を真上から下方向へとブチ抜いてやる。もちろん相手もそれを分かっているからリアーナの進行を阻む。
リアーナ隊だけではない、自軍の女天使諸共、その攻撃に巻き込む女。その足元、平原の短い草が腐り落ちていた。そして地面まで、まるで沼のように変化していく。
「通さない、通さない、通さない、通さない、通さない」
周囲に毒を巻き散らすさそり座の女。呪詛のように同じ言葉を繰り返して立ちはだかる。
ハルバードを構えるリアーナだったが。
青い光が戦場を走る。
魔弾。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ」
それは女の腹部を貫いた。
リアーナ達は女を迂回して先へと進む。
「うっ、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさないぃぃぃっ!!」
腹部の鮮血を拭い、周囲に血液を飛ばす。
「ぐわぁぁぁっ」
「な、何だ、これは!!」
「よ、鎧が溶ける!!?」
「触れるな!! あの女の血には触れるな!!」
「拭え!! すぐに拭って捨てろ!!」
その血液はまるで強酸。リアーナ隊も被害を受けるが……
「無視して進むの!! 相手にしないで!!」
それでもリアーナは前へと進む。
離れた位置。
「絶対にリアーナは追わせないってーの!!」
シャーリーが魔弾を放つ。超遠距離からの魔弾の操作。さそり座の女をその場に釘付けにする。執拗に女を追い掛け、掻き消されればすぐに次を放つ。
「シャ、シャーリーちゃん!! い、移動しないと、居場所が特定されました、敵がこっちに来ます!!」
「動けない!! 今、動いたらリアーナが間に合わない!! キオ、お願い!!」
「……わ、分かりました」
キオは護衛の兵に伝令を頼む。
「シ、シノブさんにシャーリーちゃんの護衛を送るように伝えてください。こちらに向かってくる敵は、わ、私が抑えます。はい」
そうして敵を迎え撃つキオだった。
シャーリーの援護を受けたリアーナ隊。左から下へと進行方向を変える。そして女天使軍団の隊列に真横から突っ込んだ。ハルバードと魔法が敵を次々と倒していく。
「リアーナ、見な!! アストレアだ!!」
天使を叩き飛ばしながら、タカニャが向けた視線の先。そこに片翼の女天使、アストレアがいた。
「私が行きます!! タカさんはロザリンドちゃんとの挟み撃ちを!!」
リアーナは勢いよく飛んだ。ハルバードを棒高跳びのように使い、目の前の天使軍団を一気に飛び越える。
アストレアもそのリアーナに気付く。
ガギンッと交差するお互いの武器。
同時にリアーナの詠唱魔法。何本もの炎の柱が立ち上がる。それは旋回しながらアストレアを囲む。しかしその炎の柱ですら切断をするアストレアの剣。
やはり簡単な相手ではなかった。
ただ戦況を見詰めるだけの俺。
うおっ、凄っ!!
何だ、あれ、あの炎の柱!!
遠目でもハッキリと分かる魔法は、敵か味方かどっちのものか?
くそっ、指揮官とは言えここで見守るだけとは歯痒い!!
そこに伝令が入る。
「シノブ様!! キオ様からの要請です!! シャーリー様が動けないのでその護衛を寄越して欲しいとの事です!!」
「アルタイル、お願い」
「ああ」
護衛するアルタイルがすぐにシャーリーの元へと向かう。
報告の通り、戦況もロザリンド隊がいる左側の方が激しい。
そして空から。
「シノブ様。こちらに来ます」
ホーリーが視線を向けた先。空から女天使が向かって来る。それは俺を脅かす数ではない。それはつまり……
「後ろだ。シノブ、後方から来る。腐ったニオイだ」
ヴォルフラムが鼻を鳴らす。
「何処かに隠れていた感じ?」
「いや、突然現れた」
「向こうは奇襲が成功したと思ってるんだろうね」
俺は呆れたように呟くのだった。




