制限と鉄壁
一直線とは……何か作戦があんのか?
一度は撤退したアルテュール軍だが、今度は大軍団で未開の土地方向から北上を続ける。向かう先は王都であるが、その前に規模の大きな防衛都市が控えている。
その相手の大軍団。万を越えるんじゃないだろうか……しかもネメアにアストレアにパーンにテュポーンにと面倒臭いのが揃ってんじゃん。
圧倒的な戦力で一気に決着を狙うつもりなのか……でもさ、その向かう先、この防衛都市には俺がいる。
俺がここにいる理由。それはニーナ。
ニーナは国王に近い血縁だった。そして支援した俺がアルテュール軍を一度全面的に退けた事で、より強い権限を手に入れていたのだ。
ちょっとした権力争いに巻き込まれているような気もするが、この際それは後。
そのニーナに頼まれ、俺はこの一番重要とも言える防衛都市の守りを任されているわけ。しかもとんでもない数の兵を渡されてな……なんかもう天下の大将軍って感じだぜ。
「でもさぁ、不思議なんだけどあの女天使達って空飛べるでしょ。防衛都市なんて無視して飛んで行けば良いのに。今までもだけど、どうしてわざわざ地上からなの?」
シャーリーの言葉は最も。ただ理由はある程度の推察ができる。
「そうね、多分だけど飛べたとしても長距離は無理なんじゃないかな」
「その根拠は?」
と、ビスマルク。
「自由に空が飛べるような軍団を生み出せるのは強過ぎる」
「どういう事かしら? もうちょっと詳しく説明して」
ロザリンドは言う。
「もちろん。魔法を創ったララはどうしてもっと簡単なモノにしなかったのか……魔道書の魔法陣と詠唱が必要な事。それを省略する為にはより多くの魔力を必要とするなんて。もっと効率良く創れなかったのかな?」
「それシノブちゃんと私で初等学校の時、一緒に調べた事あったよね」
確かに昔、リアーナと一緒に魔法について色々と調べた事がある。
「魔法の効率化とか考えたけど、結論から言うと無理なんだと思う。武具に幾つもの魔法陣を書き込むのも基本的には無理。それはね、制限なんだよ」
「制限? 自分自身でか?」
タックルベリーの言葉に俺は首を横に振る。
「神々の手として生まれた者への制限だよ。例えば私の能力なら時間と回数の制限。アルテュールの言葉を覚えてる?『俺には絶対的な力がある』って。でもそれは間違い。強力ではあるけど絶対じゃない。私達の能力はこの世界の均衡を大きく崩さないように調節されているんだと思う」
女神アリア様……能力を与えると同時に制限も与える。それによって世界の均衡を大きく崩すような人物を存在させない。
つまりアルテュールが世界を支配する力を持つという事は、同時にそれを防ぐ力を持つ者がいるという事。
「その制限が女天使の飛行能力の制限か」
「だと思う。そうじゃないと、空を飛んで直接王都を狙わない理由が無い。それと絵に描かれている人物は倒したら二度と復活させられない所とかも制限の一つなんじゃないかな」
ビスマルクの言葉を俺が補足する。
「でも短距離だけでも空を飛べる軍勢は脅威だとは思うけど」
まぁ、色々と対策してやろうかね。
★★★
スゲェ。マジで普通に進軍してきやがる。
ある程度の隆起はあるが、基本的には広いだけの平原。そんな場所でアルテュール軍と対峙する。もちろんここで待ち構えていたのは俺。見通しの良い平原は相手の動きを捉えやすい。奇襲にも気付きやすいし。ただそれは相手も同じなんで基本的には単純な戦力での殴り合いになる。
向こうもそう思っているのだろう。前面にテュポーン。竜に並ぶ巨体、無数の蛇の頭を持つ怪物。シャーリーとアルタイルから聞いているが、相当の突進力を持つ。そのテュポーンを前面の盾として、こちらを押し切るつもりなのだろう。
ただアルテュールの主要部下全員ではない。非戦闘要員以外では、おひつじ座、おとめ座、うお座がいない。どこかに伏兵として隠れているのだろう。
そしてアルテュール軍の中から獅子獣人のネメアが一人進み出る。
開戦の宣戦布告的な?
「ヴォル」
「行くのか?」
「うん」
俺もヴォルフラムを連れて前へと進み出る。
そしてネメアと向かい合う。
うわーメッチャ怖い顔で睨んでくるぅー
「アンとメイをどうした?」
「どうしたかは言えない。でも私がやったのは確か」
「……」
「大陸の支配。止めてくれるようアルテュールに進言する気は無い?」
「馬鹿な事を」
「戦うしかないわけ?」
「王都を明け渡すか?」
「そっか」
戦いは回避できない。まぁ、ここまで来てんだ、当然か。
そうして俺達は元の位置に戻る。
広い戦場。
アルテュール軍はこちらから見れば、矢印が向かってくるような陣形を取り、その先頭にはテュポーンがいる。正面突破に有効なヤツね。
それに対して俺達は横並びの陣形、横陣ってヤツで迎え討つ。
「じゃあ、お願い」
俺はヴォルフラムに乗り、その背中をそっと撫でる。
そして響き渡るヴォルフラムの遠吠えと共に戦いは始まった。
全員には作戦を事細かに説明してある。その作戦の通り、テュポーンが進み出るのと同時、横陣中央のミラン隊3000人が進み出る。
ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
怒号。喉が壊れる程の雄叫び。
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!!
地震かと錯覚するように大地を揺らす足音。
空気がビリビリと振動する。
「シノブ……震えてるのか?」
「だってヴォルは怖くない? 情けないけど私は凄く怖い」
「何が怖いんだ?」
「いやさ、正直、私の事はどうでもいいんだよ。たださ、周りの誰かが死んじゃったら耐えられない」
「だからシノブは強い」
「意味が分からないんだけど。今だって緊張で漏らしそうだし」
「それは止めろ」
「だって」
「……シノブは俺達の事を信じているか? リアーナもロザリンドも、みんな」
「当然でしょ。信じてなかったらこんな事に巻き込まないよ」
「だったら、その俺達がシノブを信じているんだ。だから大丈夫」
「ヴォル……そんな気休めで安心できるかぁ!!」
俺はヴォルフラムの毛を毟る。
「……やっぱり駄目かも知れない」
ミラン隊。その先頭を駆けるのはミラン自身。目の前に迫る怪物テュポーン。
そこでミランは足を止めた。
背丈程もある右手の巨大な盾、その下部分を地面へと突き刺す。腰を落とし、盾を持つ右手を左手で押さえ、右足は盾を後ろから支える。
そして大きく息を吸い込み、全身の筋肉を硬直させる。次の瞬間。
ドンッッッ!!
鈍い衝撃音。それは戦場全体に響くような打撃音だった。
テュポーンの巨体を、盾一枚でミランは止めた。
体を支える為に引いた左足が地面へとめり込む。
「オォォォォォッ!!」
しかしそれでもミランは潰れない。まさに鉄壁。
テュポーンが止められると思っていなかったのか、その後ろに続く女天使軍は突進が止められず、前に詰まり身動きが取れなくなる。
「お兄様素敵です!! あの巨体を止めるなんて凄過ぎます!!」
ミラン隊の中に紛れるハリエット。
そのハリエットは目の前を指で弾く。それは細く見えない強靭な糸。魔力を流すその糸の先には設置された魔法陣の罠。
ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!
テュポーンの背後で幾つもの大爆発が起こる。爆炎と爆風が天使を巻き込み、その存在をただの砂へと変えていく。すでに準備万端、戦場の至る所に罠が張り巡らされていた。
「ハリエット!! 罠を発動させたら次にすぐ移動しろ!! 頼むぞ!!」
「分かりました、お兄様、お任せください!!」
そしてハリエットは即離脱である。
★★★
その光景を横陣から離れた場所、少しだけ小高い丘で観察しているのはキオとシャーリー。
キオの左目、カトブレパスの瞳が妖しい光を放つ。
「シャ、シャーリーちゃん、み、右です、右下の方!!」
「右!!? 右下ね!!?」
シャーリーは掛けた眼鏡に魔力を流して、その視力を上げる。そして遠く離れたテュポーンへと視線を向けていた。すでに指先をクルクルと回している。
「い、今、隠れて、あっ、ま、また出てきました!!」
「見えた、確認した!!」
それはテュポーンを操るパーンの姿。
と、同時。
シャーリーは魔弾を放つ。
それは目視で狙いを付けた相手を追い続ける追跡魔弾。
★★★
戦場の中。
青い軌跡が走る。知っている者なら分かる。それはシャーリーの魔弾。
魔弾はテュポーンの横をすり抜け、その背後へカーブをしながら向かって行く。そしてその魔弾を追うのはドレミドだった。
テュポーンの無数の頭。その中で隠れるようにするパーン。魔弾はパーンを撃ち抜く手前でテュポーンの首に当たってしまう。しかし。
「見付けたぞ!!」
無数の首から放たれる炎。
ドレミドの剣が弧を描くように回転した。そして炎を巻き取るように一瞬だけ掻き消す。その一瞬でドレミドは自分の間合いまで踏み込んでいた。
そして一閃。
「シノブの作戦勝ちだ」
振り抜いた一撃に、パーンは紙切れに変わってしまう。イラストの描かれた一枚に。
そこで終われば良かったのだが、主を失ったテュポーンは無差別に攻撃を始めた。敵も味方も関係無い、周囲に炎を撒き散らし、仲間である女天使であろうが噛み砕く。
「退け!! この場から退くぞ!!
ミランの合図で、ミラン隊が後退する。
「ミラン!!」
「ドレミド、無理か?」
「無理だ。大き過ぎる。継続的に攻撃を加えれば倒せると思うが、この混乱の中じゃ得策じゃない」
「テュポーンには構うな!! このまま後退するぞ!!」
それと同時。
横陣、その左右の両端。リアーナ隊とロザリンド隊が前へ進み出る。アルテュール軍に対して口を広げた『V』字型へと陣形が変化していく。
この流れで口を閉じて、中に閉じ込めたアルテュール軍を包囲、殲滅する形が理想だが、相手も馬鹿じゃない。そう簡単にはいかないだろう。
そしてこれは地上戦での戦い。
空を飛べる女天使との空中戦も、また同時に行われていたのだった。




