戦況と平野防衛都市
日々伝えられる戦況。
ベルベッティアが毎日情報を仕入れてくる。
ヤベェ……
劣勢、少しずつ押され始める。次々と拠点を占拠される。勝ち、負け、負け、負け、勝ち、負け、負け、負け、みたいな戦況。
ちなみに勝ちの所はリアーナとか仲間の誰かが絡んでたりする。偉い。
状況はヤバイが、答え合わせもできる。
例えば、敵の中の一人の女。その彼女が歩けば足元の草花は枯れ、土は腐る。触れれば鉄は錆び崩れ、木は朽ち落ちる。その吐息は毒を含み、近付けば命は無い。漫画の中でさそり座に相当するキャラと特徴が一致していた。
そして大量の狼を操る金色の羊はひつじ座だ。
やっぱりアルテュールの力があの漫画に起因している可能性は高い。高いならば最大の障害はあの二人、ふたご座のアンとメイ。
漫画の中の主人公はただの引き篭もりなんで、クソの役にも立たない意志薄弱のスケベ野郎。その中で実質的に作戦の立案、実行、全てに渡り補佐しているのがアンとメイなのだ。
つまり俺達が最優先に警戒しなければいけないのはこの二人。
そしてついに。
王都の周囲には、王都を守る為にいくつかの防衛都市がある。そのうちの一つが落ちた。
防衛線が一つでも破られれば、そこから一気に雪崩のように崩れるだろう。もうアルテュールの刃は王国の喉元まで迫ってきている。猶予は少ない。
そんな所に……
「シノブさん!!」
「ニーナさん?」
「ごめんなさい、遅くなって。すぐにここから出ましょう」
「出られるんですか?」
まだ解放されるのは先だと思ったが。
「私が許可します。そして王国に関わる者として謝罪します」
謝罪……つまり俺が軟禁されているのは、王国の命令を破った事が直接の原因ではない。ニーナが謝るなら、やっぱり権力絡みでもあるんだろ。
「ニーナさんは大丈夫なんですか?」
ニーナは一瞬だけ微笑んだ。しかしすぐ厳しい表情へと戻る。
「こんな状況に追い込んでしまっておいて勝手だと思いすが、シノブさんに王国を……この大陸を救って欲しいのです。その為に私はどんな支援でもするつもりです」
「王国にも有能な人はいっぱい居ると思います。なのに何でそこまで私に期待してくれるんですか? もしここで私が失敗したらニーナさんだってただじゃ済まないのに……」
「私はシノブさんという人を知っていますから。信用に値する人物だと思っています」
「……分かりました。任せて下さい」
★★★
「あっ、シノブ。髪切った?」
「むしろ伸びとるわ」
シャーリーは笑った。
「リコリスとユリアンは? サンドンの所?」
「そうです。ただあまり目立った成果は無いみたいです」
ハリエットは言う。
「ミラン、帝国と連絡は?」
「定期的に連絡を取り合っている。現状で被害が無い以上は動けない。ただいつでも動けるように派兵の準備はもう整っているぞ」
「ヴォル」
アリエリはヴォルフラムはワシャワシャと撫でていた。
「……それでシノブちゃん。これからどうする?」
と、ベルベッティア。
「私達だけで占領された防衛都市の奪還をする」
「無理だろ」
「お兄様……」
「その名の通り、防衛に特化した都市だぞ。それを俺達だけで取り返すなんて絶対に無理だ」
「ニーナさんから500人くらい借りられるよ」
「人数の問題じゃない、質の問題だ」
リアーナ達がいれば奪還も可能だったと思う。けど現状の戦況は劣勢でリアーナ達を動かせない。
さらにミランは空を指さして言葉を続ける。
「それと相性が悪い。フレアとホーリーがいないと難しい」
空にはいくつもの映像が映し出されていた。まるでテレビの画面が何個も空に浮かんでいるように見える。アルテュールは各地の戦況を大陸中へ配信しているのだ。
そのうちの一つ。
占領された防衛都市が映し出されていた。
その都市は平野防衛都市とも呼ばれる。その理由、城壁が囲む都市の周囲に広がるのは、遮蔽物の無い、ただただ広がるだけの平野。
前を向いても後ろを向いても右を向いても左を向いても、建物一つ無い平野がずぅーーーっと広がっている。
つまり隠れて近付くのも難しい立地であり、攻めるのは難しく、守る事は易いのがこの平野城塞都市。その都市がどうして占領されてしまったか……それはこれ。
平野防衛都市を取り返そうと王国軍が向かうのだが……都市上空で何かが光る。それは王国軍に対して放たれる光の矢。超遠距離攻撃により、王国軍は都市に近付く事さえできない。
いて座、ケンタウロスのケイローンがそこにいる。
遮蔽物の無い平野防衛都市は、超遠距離攻撃を持つケイローンにとっては逆に狙い易い場所だったのだ。それ故に占領されてしまった。
ここにフレアとホーリーがいれば、強力な防御魔法を展開しつつ、別方向からの同時攻撃という手段もあっただろう。
「確かに厳しいけど。勝機が無いわけじゃないんだよ。相手はあのケイローンって奴だけだから」
ミランは眉を顰める。
「どういう事だ?」
「アルテュールの部下を知ってるの。各地の戦況から近くに主要な部下はいない。だからケイローンだけどうにかできれば……」
「待て。どうしてそんな事を知ってるんだ?」
「アルテュールの部下は全員、本の登場人物なんだよ。でしょ、ベルちゃん」
「にゃん」
俺の事を知っているベルベッティアと事前に話は合わせてある。
「この世界には存在しない本なんだよ。ベルちゃんはそれを知ってるの」
「何それ、なぞなぞ?」
ベルベッティアの言葉にシャーリーは首を傾ける。
世界は一つだけじゃない。こことは別の世界、それは無数に存在する。様々な世界、様々な時間、不死の力と共に永遠を生きる。それがベルベッティア。
「……そんな存在がいるなんて……帝国内に留まっているだけでは知る事もできませんでした……」
ハリエットは驚きと戸惑いの混じった表情。
「ねぇねぇ、それってアルテュールも別世界の奴って事?」
そんなシャーリーの言葉。チラッとこちらを見るミランと視線が合う。
別世界から来たアルテュールは神々の手。そして神々の手であるシノブは……
「そういう事になるね。王国にも帝国にも情報を提供したいけど、こんな話を信じてくれると思えないし。みんなだってベルちゃんの存在を知らなかったら、そんな話を信じないでしょ?」
さらに俺は説明を続ける。
アルテュールは各地の映像を公開している。それによって相手の動向を知る事ができた。アルテュールは仲間の人数を知られていないと思っているからこその行動だ。
もし俺達がその能力に気付いている事が漏れたなら、アルテュールには対策をされ、倒すのは非常に難しくなる。
「……だからこそ、この事は私達だけの秘密にして欲しいの」
ミランの視線が突き刺さる。無言で攻められているように見えるのは、俺が全部を話していないのを気付かれているからなのか……それとも罪悪感に似た後ろめたさが俺にそう感じさせているのか……いや、ミランだもんな、何か察してて当然か。
それでもミランは……
「分かった。シノブがそう言うなら。ただ問題はどうやって倒すかだが……」
察しつつも何も聞かないで、話を進めてくれる。ありがたいよ、マジで。
「あのさ、平野防衛都市にいるのって、そのケイローンだけなんでしょ?」
シャーリーだ。
「そうだけど」
「あたし、倒せるかも」
お洒落な下フレームの眼鏡をクイッと上げるシャーリー。
「っ!!?」
その突然の言葉に俺達は驚き、目を見開くのだった。




