吉報と凶報
吉報。
お母さんが妊娠しました。
俺の左手薬指。ガラスのような緑色の指輪。これは天空の城のカタリナと繋がっている。
天空の城は常にエルフの町付近に待機させ、何か異常があったらすぐ知らせるように言ってあった。
ふっ、お父さん、お母さん……知らない間に随分とハッスルしたようだな……ニヤリッ……
凶報。
お姉ちゃん、リアーナ、ロザリンド行方不明。
調査の為に未開の土地へ向かったお姉ちゃんを含む調査隊が、行方不明になっているという報告だった。
報告と同時に。
ピーピーピー
俺はアバンセを速攻で呼び出す。
★★★
「凄い……本当にシノブが竜の花嫁なんですね……」
「お前は?」
「ハリエット、ミランの妹です」
「ミランのか。帝国の皇女だな。俺がアバンセだ」
巨大な竜。
黒く輝く鱗に、真紅の瞳。知らなければ、死を覚悟する程の威圧感。これが不死身のアバンセ。
「しかしシノブ。もっとだな、頻繁に呼んでくれるとありがたいのだが。ヴォルが一緒とはいえ、危険はあるのだろう? 俺としては心配で心配で」
「はい、そういう話は後!! いいからすぐにエルフの町に飛んで!!」
「信じられません……あの不死身のアバンセを乗り物扱い……」
「いつもこんな感じ。アバンセの尻の敷かれ方は半端じゃない」
「おい、ヴォル。そういう事を言うな。この俺にも威厳というものがな」
「はーやーくっ!!」
「分かった分かった」
「ハリエットちゃんはどうするつもり? 場合によっては危険に巻き込まれる可能性もあるよ」
と、ベルベッティア。
「行きます。お兄様に会えるのももちろんですが、私もシノブから学ぶ事が大いにありますから」
★★★
「ただいま!! お父さん、お母さん、話は聞いてる。おめでとう!! 私も今から楽しみだよ。それとお姉ちゃんの事だけど安心して。私がちょっと行ってくるから!!」
実家に帰宅。
突然の事に唖然とするお父さんとお母さんを残して、すぐにまた家から飛び出す。
弟か妹かはまだ分からんが、それは後でいくらでもお祝いできる。今はお姉ちゃん達の事だ!!
そしてすぐさまお店へと。
「全く馬鹿じゃないの!! 急にいなくなるなんて馬鹿、馬鹿過ぎる。大を越えて超大馬鹿クソ野郎だよ!!」
「クソが足されているんだけど」
シャーリーも相変わらず元気そうだな。
「シノブ様、はっきり申しまして私も怒っています」
と、ホーリー。
その横で黙ってニコニコしているだけのフレアがさらに怖い。
「お兄様!!」
「ハ、ハリエット!!? 何でここに!!?」
「結婚して下さい、お兄様!!」
「何? この頭のおかしい女。『お兄様』ってミランの妹?」
そう言うのはシャーリー。
「お兄様を呼び捨て……あなた、ミランお兄様とどういうご関係でしょうか?」
「どういうご関係? そりゃ……肉体関係っしょ」
シャーリーはそう言ってニヤリと笑う。この顔、ハリエットをからかってやがるな。
「肉!!? ちょっとお兄様どういう事ですか!!? 私という妹がいると知りながら!!」
「……頭が痛くなりそうだ……」
ミランが眉間を押さえる。
「でもさ、本当に妹なのか怪しい。シノブ、こいつがミランの妹ってマジ?」
「マジマジ。これでも本当にミランの妹なんだよ。つまり皇女様だよ、皇女様。って、シャーリー、何その眼鏡? 目悪かったっけ?」
シャーリーが眼鏡を掛けていた。赤い、下フレームのお洒落な眼鏡じゃないか。
「ああ、これね、これミツバに作ってもらったあたしの秘密兵器」
「姐さんぁぁぁぁぁんっっ!!」
「あれ、ミツバさん?」
「自分が戻ったら姐さんが居ないんで心配していたんすよ!! それとシャーリー。『ミツバ』じゃねぇ、『ミツバさん』だろゴラッ」
修行に出ていたミツバが戻って来ているじゃないか。
そんな隣でアリエリがベルベッティアを抱き上げる。
「おかえりなさい」
「ただいまにゃん、アリエリちゃんは良い子にしてた?」
「うん、もちろんだよ」
「ヴォルも無事で何よりだ。よく戻ったな」
ドレミドがヴォルフラムの体をワシャワシャ撫でる。
「痛い。ドレミドはガサツ過ぎる」
「そんな!!?」
みんな元気そうだぜ。
「シノブ様、ヴォルフラム様、ベルベッティア様、おかえりなさいませ」
「ただいま、レオさん。さっそくだけどお店をまたお願いできますか?」
お姉ちゃん達の事はみんなも知っていた。
そこで俺はまた言う。
これから助けに向かう気満々である事。またみんなの力を借りたい事。
そんな頼みをみんな快諾してくれるのであった。
そしてさらに……
★★★
「って事でタカさん、お願い。また力を貸して欲しいの。それとできればフォリオさんにも声を掛けてもらえますか?」
「ああ、構わないさ。ユノが絡んでいるなら当然じゃないか」
そう言ってタカニャはニカッと笑う。
ビスマルク、リアーナ、ロザリンドの三人がいない今、周囲の状況を判断して指示を出せる存在が必要だ。タカニャとフォリオは絶対に必要だろ。
廃墟。
「そんなわけでアルタイル、お願い」
「……ああ。構わない」
「てか、こわっ!! これ完全に敵側じゃん」
「シャーリー、ブッ飛ばすよ、マジで。ごめん、アルタイル。こいつ馬鹿だから」
「……」
「馬鹿じゃないんですけど。むしろ意外とできる子なんですけど、眼鏡掛けてるし」
シャーリーは眼鏡をクイッと直す。
「眼鏡関係無いでしょ……まぁ、この馬鹿がシャーリーで、こっちがハリエット。ミランの妹だよ」
「よろしくお願いします。アルタイルさんとお呼びして良いでしょうか?」
「……好きにしろ」
王立学校。
捜索や索敵の事を考えたら、絶対に必要な人材がいる。
キオだ。
カトブレパスの瞳は他に比類ない能力だからな。
「シ、シノブさん」
「ほら、キオ、おいで」
「あ、は、はい」
俺は両手を広げる。
その俺の胸の中、キオが遠慮がちに抱き付いた。
「あははっ、キオも大きくなって、抱き締めるには窮屈かも」
俺より少し背が高い程度だったキオ。今ではもう頭一つ分以上は大きい。それに顔付きも子供っぽさより、大人の女性らしさの方が上回っていた。
「でも胸は相変わらず無いね」
「そ、そこは、あ、あまり変わりませんでした、はい……」
「それに対してリコリス。ちょっとさ、成長が著しいにも程があるんじゃない?」
「それはもう。わたくしも成長期ですから」
俺と同じ程度の身長だったのに、今ではすっかり俺より身長が高くなっていた。
「いや、それにしてもその胸……大き過ぎない?」
「そうかしら? でも邪魔なだけですわ。動きが制限されますもの」
身長もそうだが、その胸の膨らみ……リアーナに匹敵する程たわわに実りやがって……体付きも全体的に丸みを帯びて、より一層に女性らしさが際立つ。
「リコリスと同い年のシャーリーって子がいるんだけど、少し分けてあげたいよ、可哀想でさ」
「ちょっといるんだけど!! ここにシャーリー本人がいるんだけど!! シノブだって、あたしと変わんないじゃん!!」
「私は良いんだよ。小さいのが魅力的だって声が大対数だし」
「いやいや、聞いた事無いんだけど。大きい方が良いに決まってんじゃん、ねぇ、リコリス……だっけ?」
「そうですわね……わたくし自身は邪魔だと思いますが、ユリアンは凄く見てくるので魅力的であるのは確かだと思いますわ。えっと、シャーリー?」
「バレてるけど、ユリアン」
「……気のせいだろ」
冷静にそう返すユリアン。
「でもユリアンも久しぶり。この中では一番成長したのがユリアンなんじゃない?」
「そうか?」
「そうだよ、ベリーに身長も追い付きそうじゃん。しかも恰好良く成長しちゃって」
俺やリコリスと同じ程度だったユリアンだが、今ではタックルベリーと同じ程度にも見える。そして骨格も男のそれ、子供らしさはあまり残っていない、太い男の骨。その精悍な表情に惹かれる女性も多いだろう。
ユリアンの頭をクシャクシャと撫でる。
「小さい子供じゃないんだから、恥ずかしいだろ」
と、ユリアンは言うが、その俺の手を退けようとはしなかった。
ちょうどそこにタックルベリーが現れる。
「久しぶりだな、シノブ。相変わらずお前は変わらないな」
「ベリーは変わったよ。前より大人になった。昔より落ち着いた感じがする」
「僕は昔から落ち付いているんだよ。それより行くんだろ?」
「もちろん。その為に来たんだから」
さすがタックルベリー、話が早い。
「今、休学届を出して受理された所だ。僕とユリアン、リコリスとキオ。問題無いだろ?」
「問題無いけど本当に良いの?」
「リアーナ達が行方不明になった時点で、シノブが動くのは分かっていたからな。僕達は最初から協力するつもりで待ってたんだよ」
「当り前ですわ。パパも一緒に行方不明なんですから。ジッとしていろって方が無理ですわ」
「そういう事。まぁ、母さんも一緒だしあんまり心配はしていないけど」
リコリスの言葉にユリアンも頷く。
「あ、あの、わ、私もです」
そしてキオも。
「……」
その様子を黙って見ているシャーリー。さっきまで騒いでいたくせに。
「どうしたの?」
「……シノブって信頼されてんだね」
「なに、見直した?」
「はいはい、したした」
「みんな、この子がシャーリー。馬鹿だけど信頼できる子だから」
「馬鹿ってのが余計なんだけど」
俺は笑う。
「あとハリエットってミランの妹も後で紹介するね」
こうして仲間を集める。
そして再び、大陸は大混乱に陥るのである。




