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リトライ!!─救国の小女神様、異世界でコーラを飲む─  作者: 山本桐生
流浪編

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余談と閑話休題

 これは余談。

 不思議な魔法使いの話。それは五十年以上も昔。

 農作物の大規模な不作、そこに自然災害や疫病が重なり、この小さな集落も深刻な飢饉に見舞われた。

 先に死んでいくのはやはり体力の少ない老人。そして次に子供。もう集落は終わりか、もう死ぬしか無いのか、そんな時に魔法使いは現れた。

『報酬をくれるなら、この集落を救おう』と魔法使いは持ち掛けたのだ。

 集落の人々は報酬を約束した。

 そして魔法使いは集落を救う。


「でも私達は約束を破って報酬を支払わなかったのです」

 エルフの彼女……ルイーズは言う。

 見た目は二十代後半くらいの女性だが、エルフという種族は俺から見れば全員が年齢不詳、予測が付かない。ルイーズの言い方からすれば、五十歳以上なのかも知れない。

 ルイーズは話を続ける。

「そして約束を破られ怒った魔法使いは、集落の子供達を連れ去り姿を消しました」

「それは実際にあった事ですか?」

 俺の問いにルイーズは頷き、ハリエットが言う。

「その話は帝国の資料で私も読んだ事があります。飢饉の時にいくつかの集落から子供を含め、少なくない人数が連れ去られたという報告はありましたが……」

 その先を言い淀み、ルイーズの表情を窺った。

「言いたい事は分かります。本当に連れ去られたのか……」

 養えないならどうするか……つまり口減らし。子供達を奉公や養子に出す事が考えられる。しかし、だったらそう報告すれば良い。

 それを『魔法使い』の責任にしたのは、そうする必要があったからだ。つまり口減らしの為に殺したのではないか……大人さえ生きていれば子供はまた産まれる。

「でも本当なのです。私はその時に残された子供の一人ですから」


 旅の途中で立ち寄った小さな集落。

 宿屋などは無かったが、親切な住人に泊まる場所を提供された。提供してくれたのが一人暮らしのルイーズだった。まぁ、女だけだから泊めてくれたんだろうな。これで俺が前世のオッサンの姿だったら絶対に無理だぜぇ。

 夕食まで用意してくれたその後。

 ルイーズがこの村について色々と教えてくれた。そのうちの一つが今の話。

 ヴォルフラムも、ベルベッティアも黙ってその話に耳を傾ける。

「魔法使いはどんな報酬を求めたのですか?」

 小さな集落、何より当時の状況を考えれば大金も食料も用意ができなかったはず。その中で魔法使いは何を求めたのか?

「彼女は一人の子供を求めました。エルフの子です。もちろん集落の人間は悩みましたが、このままでは全員が死んでしまう。それにその子供は孤児だったので、仕方なくそれを受け入れました。けど……」

 彼女……魔法使いは女って事か。

「集落の人がその子を守る為に約束を破ったのでしょうか?」

 ハリエットの言葉にルイーズは首を横に振る。

「いえ、その子は逃げ出したのです。仲の良かった友達と二人で。そして数日後、二人は集落に戻った後で知るのです。集落の子供が全て連れ去られた事を」

「そのエルフの子供というのは……」

「はい、私です」

 ルイーズは小さく笑うのだった。


★★★


 簡素ながらベッドで寝られるのはありがたい。まぁ、ハリエットと二人で使うには狭いが、それでも野宿に比べれば大分マシ。

「シノブ、ルイーズさんの話をどう思いますか?」

「こっちも何処まで踏み込んで聞いて良いのか分からないけど……変な所はあるよ。話が本当なら、この集落の子供が連れ去られたのはルイーズさんのせいでしょ? そのルイーズさんが普通にこの集落で暮らせる? 殺される事だって不思議じゃないと思うんだけど」

「ベルちゃんはルイーズがエルフである事も気になるよ」

 と、ベルベッティア。

「確かに。この集落の中でエルフってルイーズだけだもんね」

「孤児である事が関係しているのでしょうか?」

「どうだろ。まぁ、分からないよ」

 そこで丸くなっていたヴォルフラムが立ち上がる。

「……人の気配がする」

「こんな夜遅くに?」

「しかも外。複数の気配が建物を囲むように。敵意は……あまり感じない」

「……ベルちゃん。行ける?」

「もちろんにゃん」

 そう答えてベルベッティアは部屋から抜け出すのだった。


★★★


 翌日。

「ルイーズさん。ありがとうございました、助かりました」

「もう行ってしまうのですか? もう少しゆっくりしていったらどうですか?」

「じゃあ、もう少し。お話だけ」

 俺は微笑んだ。


 たわいのない話を続けた、その最後。

「昨日の話。どうして私達にしてくれたんですか?」

「どうして……誰でも良かった……なんて言うと少し感じが悪いですね」

 そう言って苦笑いを浮かべるルイーズ。俺は次の言葉を待つ。

「……あの時、私と一緒に逃げてくれた大事な友達。つい先日ね、その彼女が亡くなってしまったの。これであの時に生きていた住人で残っているのは私一人。だから私以外の人にもあの時の事を知って貰いたかったの。そこにちょうどあなた達が現れた」

「そういう事だったんですね。だったら私は絶対に忘れませんよ。もちろんルイーズさんの事も」

「私も忘れません。また近くに寄ったらお話をしましょう」

「はい。その時にはお土産をお持ちしますね」

 そうして俺とルイーズはお互いに笑顔を浮かべるのだった。


★★★


 集落を出て、再び歩き出す。

「……シノブ……本当にこれで良いのでしょうか?」

「……」

 ハリエットの言葉にすぐ答えられない。


 五十年前の真実。

 あの飢餓の時、この小さな集落に魔法使いが現れた。若い女性の姿をしたエルフの魔法使い。彼女は実の娘を連れていた。

 そこで魔法使いは言う。


『この集落を助ける代わりに、娘をここで育ててもらいたい。残された命が短い私の代わりに』


 魔法使いの母親は自ら死期が近い事を悟っていた。

 しかし……集落の人々はそれを拒絶した。

 絶望の底にいる時、人は僅かな希望に縋る。飢饉と同時にそんな人を食い物にする詐欺も横行していた。そんな詐欺師の一人として魔法使いを追い返したのだ。

 その直後、集落は口減らしとして子供達を捨てた。


 そんな捨てられた子供達を集めて、魔法使いは森の中に移り住むのである。

 それはルイーズの言う大事な友達。ルイーズと共に集落に戻った彼女が死ぬ前に残した手紙の内容。


★★★


「これからどうするの?」

 幼い、子供のルイーズは言う。

「そうね、もう少しお願いしてみようか。きっと話をすれば分かってくれると思うから」

 母親は笑顔を浮かべてルイーズの頭を撫でた。


 それから数日後だった。

「お母さん、あれ……」

 話し合いをしようと、集落の近くに留まっていた二人が見たのは大人に連れられる大勢の子供達だった。どの子も痩せ細り疲弊していた。子供らしい元気など何処にも無い。

「みんなで何処に行くの?」

 その様子を見て母親は分かった。これは口減らしだ。

「みんなで……少し遠くまで行こうか」

 母親は言うのだ。


 それから魔法使いの彼女は同じように捨てられた人間を集めて、森の中に住処を作ったのだ。短い彼女の余命の中で何ができるのか……それは分からなかったが、できるだけ多くの子供、老人、捨てられた人々を集めて回った。

 それから少し時が経ち、飢餓が落ち着き始めた頃だった。


 ルイーズ達が隠れ住む森の中。

「ねぇねぇ、ルイーズちゃん、私達そろそろ戻れるかな?」

「そうだねー、お母さんの話だと外も大分落ち着いているからそろそろ帰れるかも知れないよ」

 二人は森の中で食べられる植物を探して歩き回っていた。

 そして二人が住処に戻るとそこには鎧を着込み、剣を携えた大勢の人がいた。森の外から訪れた傭兵だった。その傭兵達と対峙する魔法使い。

 ルイーズ達二人はただならぬ雰囲気に近寄る事ができなかった。少し遠くから様子を窺う。

 微かに聞こえる話し声。全てを聞き取る事はできないが想像は付いた。


 それは近隣の集落から依頼され、派遣されて来た傭兵達。

 捨てられた人達を連れ戻しに来たのだ。

 もちろんそれだけなら魔法使いは素直に人々を返しただろう。


 しかし傭兵達は剣を抜き、魔法使いを斬り付けた。さらに子供を残して、他を殺して回る。

 後で知った事だが、飢饉が収まり、今度は急速に人の手が必要になったのだ。そこで子供達の売買が頻繁に行われていた。

 傭兵達は表向きとして依頼を受けて、その裏で子供達を売り捌いていたのである。

 ルイーズ達二人の目の前で行われる虐殺。怒号と悲鳴、血飛沫が舞い、地面を赤く染めていく。泣き叫ぶ子供達は縛られ、何処かに連れていかれた。

 ルイーズの思考は停止し、足は震えて動かない。理解が追い付かない。何も考えられない、ただただ目の前の光景を眺めるだけだった。

 やがて……

「……あうっ、ううっ、うぐっ……ルイーズちゃん……」

 隣で呻くように嗚咽を漏らす友達。名前を呼ばれてルイーズは思考を取り戻す。

「お母さん……お母さん……お母さん!! お母さん!!」

 ルイーズは駆け出した。

 地面に横たわる母親。その体の下には血溜まり。ただまだ絶命はしていなかった。微かに目が開き、その唇が力無く動く。

 その様子を友達は少し離れて見ていた。

 母娘はいくつか言葉を交わして、やがてルイーズは意識を失った。

 そこで友達の方が母親に呼ばれる。

 そして。

『この子と……ルイーズとずっと友達でいてあげて……』

 そう言い残して母親は死んだ。


 やがて別の大人にルイーズと友達は助け出される。他にも同じような依頼を受けた者がいたのだろう。そっちはまともだったらしい。

 そして二人が元の集落に戻ると、ルイーズは全ての記憶を失っていた。それどころか全く別の記憶が植え付けてあったのだ。

 集落の人々は全てを聞き、魔法使いに感謝すると同時に自らの行いを恥じ、ルイーズを集落の住人として受け入れる事にしたのである。


★★★


 そのルイーズの友達が亡くなった。

 全ての事実を手紙に残して。

 過去の出来事は隠され、今いる集落の人間はその手紙で真実を知ったのである。そして思った。事実を知ったルイーズが復讐を考えているのではないか。そこにちょうど俺達が現れ不安になり、深夜に様子を探りに来ていたのだ。

 それがベルベッティアが深夜に聞き及んだ手紙の内容。

 まぁ、結果的にルイーズは真実を知らないままではあったが。


「……シノブ……本当にこれで良いのでしょうか?」

「……」

「ルイーズさんの記憶の中では自分を孤児だと思っています。本当の母親の事を知らないだなんて……」

「……お母さんの事を伝えたら、この集落であった事の全てを伝える事になる。それに記憶を書き換えたのはお母さんなんだよ。お母さんの思いを無駄にする事なんて私には伝えられないよ」

「でも……手紙では、ルイーズさんは母親に愛されていました。それすら覚えていないなんて悲し過ぎます。本当に嘘を信じる事が良い事なのでしょうか? これでは誰も救われません」


 残された手紙の最後。

 襲ってきた傭兵の中、自分の父親がいた事に気付いていた。飢餓の後で生活が苦しかったせいだろう。

 ルイーズの言う大事な友達、彼女は最後の一文にこう残す。


『隠していて、騙していて、ごめんなさい。私はあなたの本当の友達になれなかった』


 真実を話したら、ルイーズは大事な友達をも失ってしまう。

 真実が良くて、嘘が悪いなんて俺には答えられない。話して好転する事など何も無い。俺達にできる事も何も無い。だからこそ。

「私達だけは覚えておこうよ。魔法使いの母娘のお話」

 閑話休題、そうしてまた流浪の旅は続いていく。

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