お金儲けの匂いとヤベェ女
夜が明ける頃には迷いの森を抜けていた。
「ちょっとヴォル。普通に抜けられたじゃん」
「俺にそんな事を言われても」
迷いの森は迷った挙句に森へと入った場所に戻ってしまう事が大半。なのに森を抜けると、入った時と景色が違う。
「でも噂の通りに幽霊が出たよね」
「うん、つまり迷って抜けられないってのも事実。迷いの森を抜けるには何か条件があるのかもね」
迷いの森を抜けた数少ない事例。きっと何か共通点があるはず。それが分かれば俺達が独占してこの旧道を使える……うひひひっ、お金儲けの匂いがするぜ……
とりあえず、すでにここは帝国領。
ショートカットは大成功、地図上では近くに都市があるはず。まずはそこを目指そうか。
★★★
高くは無いが、城壁が都市を囲う。
入口には門兵がおり、出入する人々に視線を向けていた。一人一人を細かくチェックするのではなく怪しそうな人物に声を掛けている感じか。
俺はフード付きの上着とサングラスで容姿を隠す。真っ白い髪と真紅の目は目立つからな。多分、門兵には止められるだろうけど、そこでちょこっと説明すればいけるだろ。
ちなみにヴォルフラムには小さくなってもらって飼い犬の設定にしとこう。
「ちょっとそこの君、顔を見せなさい」
やっぱり。威圧的な門兵に止められる。
「あ、はい」
そこで俺はフードを外して、サングラスを下げる。
門兵は驚いたような表情。
まぁ、王国では裏切りの邪神アリアとか言われる見た目だしな。帝国でも驚く人はいるだろう。いや、もしかして可愛過ぎて驚いているのかも知れん!! 美少女だしな!!
「お名前を教えて下さい」
門兵、急に丁寧。
やっぱり超絶美少女だから?
「エルフの町のシノブです。王国から来ました」
次の瞬間である。
都市の中から帝国兵がわらわらと、いきなり囲まれとるがな!!
「あ、あの、別に悪い事はしていないと思うんですが、何か失礼があったでしょうか!!?」
「シノブ、どうする?」
ヴォルフラムは子犬の姿のまま牙を剥く。何かあればすぐに元の姿へと戻るだろう。
「待って、た、多分、話せば分かると思うから」
「シノブ様、お話は伺っております。どうぞこちらへ」
「は?」
宿屋……じゃないよな、これ……立派なお屋敷じゃん。
都市に滞在中はここを使って欲しいと言われたが、もうそこは王族、貴族が泊まるような建物だった。
そしてそこで数日休んで、今度は周囲を帝国兵に護衛されながら、豪勢な馬車で半日。
途中で説明されたのは帝国の有力な貴族の一人が俺と会いたがっているという事。
まぁ、途中で危険を感じればヴォルフラムの足で逃げられるし、俺の能力もあるし。とりあえず従ってみるか……
そして今。
とある都市の、とある屋敷。俺達だけが招かれた、とある一室。内装はどれもこれも品が良い。それはテーブルを挟んだ目の前の彼女が、ある程度の身分である事を意味していた。
彼女は自らをハリエットと名乗る。歳は十七。キオと同い歳だな。
「あなたがシノブですね?」
「そうですけど、あなたは……」
「帝国皇帝アウグスの娘……と言っても信じられないでしょうから、ミランの妹と言えば分かりますか?」
前にミランから聞いた事がある。
アウグスは仮面で素顔を隠すと同時に、子供の存在も隠している。アウグスとミランが親子である事を知る者は極少数。
それを知っているのなら、あながちハリエットが言う事も嘘ではないだろ。
そう思って彼女を見れば、整った顔立ちに、少しクセのある赤毛の髪、そして意思の強そうな目元。父親である帝国皇帝アウグスやミランが持つ独特の雰囲気がよく似ている。
「そんな方が私にどんな御用でしょうか?」
「私はずっとあなたに会いたかったのです。あなたが商会として活動し、商品を運ぶならこの付近に立ち寄るだろうと考え、待って、待って、待って……」
「あの……ハリエット様?」
「あなたが……あなたが……」
ハリエットはハンカチを口元に。俺は次の言葉を待つ。
「……お兄様を……ミランお兄様を奪う……泥棒猫……」
鋭い視線で睨みながらハンカチをギリギリと噛む。
「ど、泥棒猫って……」
「だってそうでしょう? お兄様は私のお兄様なのに……私のお兄様なのにぃぃぃっ……」
ハンカチを噛み千切る。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ハリエット様」
「落ち着いているけど。それと気安く名前を呼ばないで」
ハリエットはハンカチを投げ捨て、お茶の注がれたカップを手に取る。そして一口……かと思ったらカップを噛み砕く。
「お父様はどうしてこんな女を……」
へへっ……こいつはヤベェ女だぜ……
ハリエットの恨み節が続く。
「私の大好きなミランお兄様。お兄様のお相手は私しか考えられないのに。帝国を救ってくれた事には感謝しますが、それとこれとは話が別です。私は産まれてからずっとお兄様を愛しているのに、急に現れたあなたに横取りされるなんて我慢なりません。お父様もお父様です、勝手にお相手を決めてしまうなんて。もちろん私は許しません、お兄様のお相手は私なんです。なのに、なのに……」
つまりブラコン妹の品定め。
「……勘違いしていると思うんだけど、ミランと結婚するつもりはないよ」
「お兄様を呼び捨て……もうそんな仲だなんて……」
驚愕の表情を浮かべるハリエット。
「とりあえず話を聞いて。アウグスさんは」
「アウグスさん?」
ハリエットはキッと睨みを効かせる。くっ、面倒臭ぇな、この野郎。
「アウグス皇帝陛下はそう仰るけど、大事なのは本人達の気持ちでしょう? 私はミラン……様と一緒になるつもりは無いって」
「どうして? お兄様は大陸、いえ、世界で一番格好良いの。どうして一緒にならないのか理解できない。お兄様を馬鹿にするつもり?」
「いや……今、馬鹿にしている流れじゃなかったでしょ……そんなにミラン様の事が好きなの?」
「当たり前でしょう。お兄様を嫌いな女性がこの世にいるわけがありません。そんな女性がいたらお兄様の素晴らしさが理解できるまで拷問します」
とんでもねぇ事を言いやがる。
俺の後ろに控えているヴォルフラムとベルベッティアの二人。
「なかなか強烈」
「そうだね、見ているこっちは面白いけど」
二人のそんな小声が後ろから聞こえる。
「いや、まぁ、兄としてじゃなくて、男性として好きなのかって事なんだけど」
「もちろん。お兄様と一緒になって、お兄様の子供を産みたい。一生を添い遂げたい」
即答。こりゃホンマもんや。
「ミラン様にその気が無かったら?」
「子種だけ貰います」
これも即答。
そこでハリエットは一息入れる。そして言葉を続けた。
「……でも無理な事は分かっているの。この帝国はまだ若くて不安定だから」
「うん」
ハリエットは自分の立場を理解し、それが叶わない願いである事も分かっている。
帝国はいくつもの小国を束ねた国。建国の歴史は浅く、小国間でまだまだ多くの火種を残している。そこで安定を求めるなら、ハリエットの政略結婚は有効な手段となる。
「だからせめて、お兄様の相手は私が認めた人しか許さない」
「うん」
「シノブ。あなたが私よりも強いのか試させてもらう。今、この場で」
「うん?」
次の瞬間である。
ドカッという音と共にテーブルが跳ね上がり、視界を塞いだ。
そしてそのテーブルをヴォルフラムが弾き飛ばす。子犬のようだが素早く力強い。
すでに部屋の中にハリエットの姿は見えない。
「ハリエットは?」
「そこの窓から飛び出したよ」
いくつもの足音、部屋のドアが開けられた。
「シノブ様、今の物音は!!?」
それはこの屋敷まで案内してくれた帝国兵達だった。案内だけではなく客人である俺に対する護衛も兼ねている。
ヒュンッ、と風を切る音。
ドンッ、と肉を叩く鈍い音。
呻き声と共に帝国兵達が倒れる。
て、天井から木槌が落ちてきた……それが直撃したのである。
また複数の足音。慌しい声が聞こえる。他の帝国兵だろう。俺はその場で大声を上げた。
「誰も動かないで!! 部屋に入ろうとしないでその場で止まって!! ヒメ」
足音のコノハナサクヤヒメを抱き上げる。
「水を出せる?」
前転、そしてその体から生み出される水を手に取り、部屋の中にバラ撒いた。
思わず笑ってしまう。
「自分の屋敷の中に罠って」
部屋中に糸が張り巡らされていたのだ。
糸に水滴が付く事で認識できる。
そしてその糸はハリエットが飛び出した窓の足元付近にも張られていた。追っていたら糸に引っ掛かって何かしらの罠が作動していたんだろう。
「跡を追うか、このまま逃げるか」
「追うしかないでしょ、だってヴォル、見てよ。入口のドアのトコ」
ドアの、比較的に高い位置へ糸が何本か張られていた。
「罠が張られているのは分かるけど……」
「もちろん罠だから事前に用意はされていたんだよ。それで糸の位置。あの高さは普段の私達なら引っ掛からないけど、大きくなったヴォルだと引っ掛かる位置なの」
糸の高さは背の低い俺はもちろん、小型化したヴォルフラムも引っ掛からない。ただ戦闘体型に戻ったヴォルフラムは引っ掛かる。
俺は言葉を続ける。
「この罠は私達をここへ誘い込んで、嵌める事に特化して設置されたの。元の姿のヴォルまで調べてね。そこでハリエットの言葉も思い返してみて」
「『シノブ。あなたが私よりも強いのか試させてもらうから』」
ベルベッティアの言葉に俺は頷く。
「ハリエットは簡単に逃げられる状況を作ってないよ。自国の兵が巻き込まれようとも、なんて考えるくらいなんだから」
だから俺の強さを確かめると言いつつ、この場から姿を消したのだ。これはハリエットが作り出した、戦わざるを得ない状況。
「じゃあ、罠を突破しながらハリエットを追うんだな?」
「いやさ、それも癪じゃない? 完全に踊らされてるみたいで。考えてもみてよ。勝手に試させてもらうって、上から目線で随分と良い身分ですね。うひひひ」
「ちょっとシノブちゃん、今凄く悪い顔をしているんだけど」
「まぁ、見ててよ」
そして俺は……屋敷に火を付けた。




