プニプニとグッショリ
「でもどうしてスライムに回復薬をあげたんだ?」
「そうねーただの気紛れだよ」
たまにそういう時ってあるじゃん? 自分自身全ての行動に理由付けなんてできないもんよ。
「でもシノブちゃん、気付いてる?」
「まぁ、そりゃねぇ」
俺はバッと後ろを振り返る。
後ろから付いてくる無色透明なあのスライム。振り返るとススッと茂みに隠れる。そして茂みからこちらの様子を窺っている。あれで隠れているつもりなのか……可愛い。
再び歩き出す。スライムも追ってくる。
振り返る。スライムは隠れる。
それの繰り返し。
「ねぇ、あの様子。スライムってある程度の知能があるね」
隠れながら付いてくるんだから、文献に書かれている以上の知能があるはず。
俺は言葉を続けた。
「でもどうして付いて来るんだろ?」
「俺には分からない」
「シノブちゃんが回復薬を与えたからだと思うんだけど。懐かれたのかな?」
「まさか」
立ち止まり後ろを振り返る。
ススッと隠れるスライム。俺は大きく息を吐いた。
言葉が分かるとは思えないけどな。
しゃがみ込み、手をパンパンと叩く。
「ほら、おいで」
ちょこっと姿を見せるスライム。やがてゆっくりとこちらの様子を窺うように近付いてくる。
「大丈夫なのか?」
「うん、文献では」
足元のスライム。その体を触ってみる。
不思議な感触だ。弾力のあるその体は水飴のように柔らかく、表面の張りは水風船のようでもある。そして無色透明の体は日の光を通し輝いているようにも見えた。
「君はどうして付いてくるのかな?」
プニプニ
ああ~気持ち良いぜ、この感触。枕とかにしたい。
「もしかしてさっきのが欲しいの?」
プニプニ、プニプニ
こういう座れるクッションとかも欲しいな。
「でももう元気になったんでしょ? 戻りなよ」
プニプニ、プニプニ、プニプニ
まぁ、さすがに言葉までは分からんだろうけど。
なんてスライムを散々にイジッて、再び歩き出すのだが。
スライムは後を追ってくる。そして立ち止まると俺に近寄り、その柔らかい体を足に擦り付ける。目も鼻も口も耳も無いんだが、その動きが愛らしく感じられてしまう。
そんな事を繰り返しているうちに日が暮れる。
木々に覆われているからだろうか、日が傾くと周囲は一気に暗くなる。
「今日はここまでにして野宿の準備しちゃうおうか」
俺の言葉にヴォルフラムもベルベッティアも頷くのだった。
★★★
深夜。
目が覚める。その俺の動きをベッド代わりのヴォルフラムが敏感に感じ取った。
「どうした? シノブ」
「……ん……オシッコ……」
「一緒に行くか?」
「……大丈夫……すぐそこでしちゃうから……」
うー……眠い……けど尿意には勝てない。
ほんの少しだけ離れて、パンツを下げてしゃがみ込む。
さぁ、出るぞと思ったその瞬間だった。首筋に微かな風が当たる。それは生暖かく、まるで人の吐息。
咄嗟にパンツを履いて立ち上がり、周囲を見回した。
深夜の森の中。幽霊が出るという噂。ヴォルフラムとベルベッティアが近くにいるとはいえ、ハッキリ言って怖いぞ……と、とりあえず戻ろう。
足が何かに引っ掛かる。正確には足首を冷たい何かが掴んで……それは人間の手だった。
地面から人の手だけが突き出し、俺の足首を掴んでいた。その手の冷たさ、そして異常な光景に背筋が震えた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
そして悲鳴を上げて、その場に尻餅を付く。
ヴォルフラムとベルベッティアが瞬時に駆け付ける。
「シノブ!! どうした!!?」
「手!! 手!! 足!! 足!!」
「手? 足? どういう事なの?」
「手だけが私の足を掴んで……あれ?」
足首を掴んでいた冷たい手も何も無い。も、もしかして恐怖心が生み出した幻とか?
顔を上げると、そこには毛が逆立ち、牙を剥くヴォルフラムとベルベッティア。
ベルベッティアが叫ぶ。
「シノブちゃんから離れて!!」
その視線は俺の背後に向けられていた。
「えっ、な、何?」
振り返る。
するとそこには……
「ぎょあぁぁぁぁっ!!」
暗闇の中から浮かび上がる青白い女性の顔。丸く見開かれた血走った目と視線が合う。それも至近距離で。
「二人とも早く背中に乗れ!!」
迷わずの森に現れる幽霊。
対策は逃げる事。しかし……
「ヴォ、ヴォル、ごめん、ちょっと立てない!!」
こ、腰が抜けた。力が抜けて足腰が立たん!! それにちょっと漏らしてるし!!
そして次から次へと暗闇から何者かが現れる。人間であったり、獣人であったり、中には血塗れの姿をした者もいた。これが幽霊。
ヴォルフラムは地を這うような唸り声で周囲の空気を振るわせた。
幽霊の動きがそこで止まる。気圧されたのかも知れない。
「ほら、シノブちゃん、しっかりして!!」
「ううっ、が、頑張る」
這うようにしてヴォルフラムの体に手を掛けるのだが……その俺の足首を掴む、肘から先しか見えない冷たい手。それが何本も……
「うぎょうわぁぁぁぁぁっ!!」
しかしその時。
無色透明、あのスライムが跳躍するのだった。
勢い良く飛び跳ね、足首を掴む手に体当たりをかます。
スライムが俺を助けた!!?
冷たい手が離れる。
そんな俺の体をヴォルフラムは咥え、放り投げるようにして背中に乗せる。ベルベッティアも背中に飛び乗り、ヴォルフラムはその場から駆け出すのであった。
★★★
その場から離れて一息付く。
「あれが迷いの森の幽霊なんだね……何か気配とか感じる?」
「分からない。それに気配も直前まで何も感じなかった」
「とりあえずは逃げられたけど。このままヴォルちゃんの足で一気に森を抜けた方が良いと思う」
「うん、そうだね。ヴォル、行ける?」
「もちろん大丈夫」
その時、俺の背後から何かが飛び出す。また幽霊か!!? ビクッとするのだが、飛び出したのはあの無色透明のスライム。しっかりと俺に飛び乗っていたらしい。
「君はさっき助けてくれたの?」
スライムを抱き上げた。
するとスライムは俺の腕の中で前転をするようにクルクル回る。
そこでベルベッティア。
「にゃ~ご、にゃ~んにゃにゃにゃ~ん? にゃぁ~にゃにゃにゃにょ~」
「ベルちゃん?」
「うん、『私の言葉が分かる? 分かったら返事して』って言ったんだけどヌコの言葉は分からないみたいだよ」
「人間の、私の言葉は分かる? 分かったら、さっきみたいに回ってみて」
俺の問いにスライムは前転回転。
マジか、このスライム。
「じゃあ、次は横回転してみて」
スライムは横回転でクルクル回る。
凄ぇ……このスライム、言葉を理解してやがる。
「一緒に行きたいの?」
スライム、前転回転。
「……ねぇ、どうしようか?」
「そうだね、さっきシノブちゃんを助けたようだし、別に良いんじゃないかな。世の中には魔物を操る技術を持つ人もいるんだから問題は無いと思うよ」
「ヴォルは?」
「今の所は害意も感じない。シノブの好きにすれば良いと思う」
「そっか……じゃあ、名前を付けてあげないとね」
スライムは前転回転。
名前ねぇ……俺が名前を付けられる時、お母さんは確かこんな名前を思い付いていたんだよな。
「……げろしゃぶ」
「酷いよ。スライムも激しく横回転してるし」
「恐ろしいまでの拒絶。まぁ、分かるけど」
うーん、水みたいな無色透明だから、それにちなんだ名前にしたいな。水……水……富士山の噴火を鎮める為に祀られた水神があったよな。確かその水神の名前は……木花咲耶姫……
「……コノハナサクヤヒメ……なんて名前はどうかな?」
「面白いね」
ベルベッティアは笑う。
いくつもの異世界を渡り歩くというベルベッティアはその存在を知っているのだろう。そういう反応。
「どういう意味だ?」
しかしこの世界のヴォルフラムには分からない。
「何かの文献で読んだような気がするんだよ。水の神様の名前。君の名前はコノハナサクヤヒメ。どう?」
スライムは前転回転。
「愛称はヒメだね」
無色透明のスライム……コノハナサクヤヒメはポンッポンッと軽く飛び跳ねるのだった。うん、動きが可愛い。
★★★
「それはさておきシノブ。まただな?」
「何が?」
「よく平然と知らないフリができる……」
「ヴォルちゃんもベルちゃんも普通の人よりは鼻が良いの。とりあえず脱いじゃおうよ」
「ま、まぁ、何の事かは分からないけど言う通りにしてやろうじゃないか」
「シノブはお漏らし属性がある」
「おらぁっ、ヴォル!! ハッキリ言うんじゃないよ!!」
ちょっと隠れまして、っと。
下着を脱ぐ。
せ、盛大に漏らしてはいないけど、そこそこパンツは濡れておりますな……スマン、嘘付いた、盛大に漏らしてグッショリだわ。
持っていたハンカチでそこを拭う。
内股を拭い、手を後ろへ回してお尻の方も。そして当然、前の方も拭う。
水でも使って洗いたいが、荷物は置いてきちゃったしな。それにあったとしても、こういう旅では水の確保が貴重だ。簡単には使えない。
なんて思っていた所にコノハナサクヤヒメ。
「ヒメ? どうしたの?」
その透き通った体の下に小さな水溜りができているのであった。
「ちょっとヴォル!! ベルちゃんも!! これ見て!!」
俺は両掌でコノハナサクヤヒメを抱える。その体からは水がボタボタと滴り落ちていた。
濁りの無い真水のように見える。
「大丈夫か? ただの水なのか?」
「うん、そんな感じだけど」
「水を生み出すスライムなんて聞いた事が無いよ。それとシノブちゃん、下半身が丸出しにゃん」
「二人しかいないから大丈夫でしょ」
「そういう問題なのか……」
ヴォルフラムは言いつつ、コノハナサクヤヒメから滴り落ちる水のにおいを嗅ぐ。
「特に変わったにおいはしない。ヒメ、これは飲んでも大丈夫なのか?」
そのヴォルフラムの質問にコノハナサクヤヒメは前転。まぁ、飲めるらしいけど……さすがにちょっと勇気はいるな。
しかしもしコノハナサクヤヒメが水を生み出せるのなら、水の確保の心配が無くなる。これは便利過ぎる程に超絶便利だぞ。
その滴る水をベルベッティアがぺロリと舐める。
「ちょっとベルちゃん」
「大丈夫だよ。ベルちゃんは死なないんだから。とりあえず即効性の毒は無いみたい。ただの水に思えるけど……少し様子を見ようね」
そんな感じでコノハナサクヤヒメの水は安全かどうか、とりあえず保留である。
ちなみにこの後、全員で荷物を取りに戻った。既に幽霊の姿は無かったが、ドキドキしながら荷物の回収をしたんだぜ。




