後退と退避
今、エルフの町は主に三方向から攻められている。昨日と人員配置は同じだが、攻められる方向は少しだけ違っている。
12時方向……敵多数。対処するのはアリエリとベルベッティア。
4時方向……敵大多数。対処するのはミランとタカニャ。
8時方向……敵多数。対処するのはドレミド。
警備隊員と有志のほとんどは4時方向と8時方向で戦っていた。
その中でも特に4時方向が酷い。最初はミランとタカニャ、その後に続けて人員を投入しているが……二人のどちらかが脱落したら一気に押し込まれる。なのにこれ以上の応援が難しい。
本来ならアバンセの協力が欲しい。
しかしそのアバンセが戻らないという事は、交易都市も危ない状況に置かれているという事なんだろう。
町の中へ直接に現れる黒い炎も増えてきた。
そんな中で最悪に近い報告。
ベルベッティアが合流する。
「シノブちゃん!! 正面から突破されちゃうよ!!」
わざわざアリエリから離れての報告。逼迫した状況である事が分かる。
「ちょっとヤバイじゃん!!」
シャーリーの言う通りヤバ過ぎる!! もう何処からも人員が回せねぇ!! どっかから引っ張って来れば、そっちが崩れちまう。
「どうする?」
ヴォルフラムの言葉に俺は一瞬だけ考える。いや、考えるまでも無い。できる事は限られているんだから。
4時方向のタカニャと戦力の半分を援軍として12時方向へ。そしてミランは少しずつ後退。
それと同時に8時方向、ドレミドも後退させ、ミランと合流させる。
俺の指示を伝える為に、ベルベッティアはミランとタカニャの元へと駆け出す。
その作戦を俺が直接ドレミドへと伝える。
くそっ、こっちも酷い。ドレミドの力で何とか持ち堪えているが、少しずつ押し込まれているのが分かる。
「シャーリー。シャーリーもここに残って後方からドレミドの援護。頼める?」
「りょーかい、っと」
最悪、ミランの所にはヴォルフラムを残して、俺自身が足で走るしかねぇな。
そして次は戦力の半減したミランの所へ。作戦と状況の確認。ここにはヴォルフラムを残して、後は俺自身が足で走るしかねぇな、と思ったが……
ミランは言う。
「信じている、以上。分かったら下がれ」
「はいはい」
俺は笑う。
つまりミランは『ここは大丈夫だ』、そう言っているのだ。
頼もしい!! 頼もし過ぎるぜ、ミラン!!
おかげでヴォルフラムの足で移動ができる。
そして次はアリエリとタカニャの元へ。
「アリエリ、タカさん!!」
くそっ……こっちも手一杯じゃねぇか。
俺は前歯の抜けた歯をギリリッと食いしばる。
そんな俺の肩に駆け上がるベルベッティア。
「シノブちゃん。次だよね」
圧倒的な敵勢。これはもうどうにかできる程度じゃない……普通ならば。
「うん。ベルちゃん、ヴォル……タカさん!! アリエリ!! 次の作戦いくよ!!」
それは事前に俺が用意した作戦の一つ。
「アリエリを前面に出して少しずつ大通りを後退する」
確認するベルベッティアにアリエリは頷いた。
「うん、頑張るよ」
「俺とタカさんが大通りを左右に分かれて壁になる」
と、ヴォルフラム。
「後はミランとドレミドも黒い炎を大通りに誘い込む。できるだけ逃がさないように」
タカニャの言葉に俺は続けた。
「はい、後は私が一発でブッ飛ばします」
★★★
「ひーひーひー」
俺は町中を走っていた。自分の足で。ヴォルフラムには壁役を頼んだから仕方ねぇ。
ここから自分の足だぜ。
至る所で警備隊員と有志が黒い炎と戦っていた。
そんな俺の目の前に黒い炎が!!
「しかも変態!!?」
黒い炎が素っ裸のオッサンの姿に!!
天空への塔でもそうだったが、美少女の前には素っ裸の太ったオッサンが現れる運命なのか!!?
俺は短剣を手に構える。
そして黒い炎のオッサンに突進して……
「ぎゃふっ」
躓いて転ぶ。
俺が上半身を起こして顔を上げると、そこにはジャンプした全裸のオッサンの姿。フライングボディプレス!!?
緊急回避!! 俺は地面の上をゴロゴロと転がる。
オッサンもビターンと地面に転がる。
そのオッサンと俺が起き上がるのはほぼ同時。
短剣を突き出す。しかしオッサンはその一撃を避け、俺の手首をガッと掴んだ。その握力の強さに短剣を落としてしまう。
ま、まさか、このまま握力で骨を握り砕くつもりなんじゃ……俺の手が強く引っ張られ、やがてオッサンの股間に近付いていく。
「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
コイツ、自分の股間を俺に触らせるつもりか!!? 本当にただの変態じゃねぇか!!
背中に走る悪寒。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! はうあっ、触ってしまうぅぅぅっ!!
ザッシュッ
横薙ぎにされた剣に、オッサンの上半身と下半身が分断された。それと同時に人の姿は黒い炎へと戻り、そのまま霧散して消えてしまう。
「人の娘に何をするつもりだ」
「お父さん!!」
「シノブ、大丈夫か?」
「ありがとう、助かったよ!!」
「無事で良かった……一人か? ヴォルは?」
「うん、ヴォルには別にしてもらいたい事があったから。それとお父さんにもしてもらいたい事があるの」
そうしてお父さんにも作戦を伝えるのだった。
★★★
ドレミド、ミランが合流して壁を形成する。他の警備隊員と有志とで壁を維持しながら少しずつ後退していた。壁の隙間から魔弾を撃ち込むシャーリー。その壁が大通りに迫る。
反対側からはアリエリ達も後退しつつ近付いて来ているはず。
黒い炎の、町への侵入が防げなかった場合の作戦。
それは大通りがほぼ真っ直ぐに近いから使える作戦だった。ここならば魔法で一発、周囲の建物に被害が少なく一網打尽にできる。
こんなあからさまな罠に普通は引っ掛からないだろうが、相手が黒い炎なら余裕だろ。
ギッチギチと黒い炎が大通りに増えていく。
大通りの中に黒い炎を誘導するように、そして逃げないように、みんなが作戦を実行する。
俺は大通り延長線上の郊外で待機していた。
ミランとドレミドはもう大通りに達したか?
もうか!!? もう大通りはいっぱいか!!? もうそろそろか!!?
大通りに黒い炎を詰めるだけ詰め込んで!!
空高く真上に放たれる魔弾。それはシャーリーからの合図。
同時に俺は自分の能力を解放した。淡い光を放つ俺の体。魔力が体内で燃え上がり、体外へと溢れ出す。最初に使うのは探索魔法。
ほうっ、やっぱり黒い炎は生物とは違うな。人とは全く反応が違うからよく分かるぜ。みんなが一斉に大通りから離れる。それを確認して……
手を向けた先。遠くで揺れ動くような黒い炎。そこへ一発。
周りの景色が一瞬霞むような閃光だった。
閃光は大通りの幅いっぱいに広がり、黒い炎を飲み込んだ。そしてエルフの町の入口、さらにその向こうまで突き抜ける。
空気を震わすような激しい轟音の後、黒い炎は完全に消滅していた。隣接する建物には僅かな被害があるものの全壊するような損傷は無い。
もちろんそれだけでは終わらない。さらに探査魔法でエルフの町全体を探りつつ、町の上空へと移動。大通りに集められなかった黒い炎へ、空から光弾を降らせる。
同時にお父さん達が動き出した。
動けなかった病人や高齢者、そういった人達を警備隊員と有志とで一気に運び出す。このまま町に残す事はできない。無理にでも移動してもらう。まさかここまでの事態になるなんて……最初から避難させていれば……これは俺の想定の甘さ。
これで黒い炎の襲撃が終わるかどうか分からない。
それは大地を操る魔法。大通りを一気に掘り下げる。深く深く深く、深く掘り下げた底に鋭く削り上げたような岩の槍を設置する。
さらに大通りを掘った土砂を使い、エルフの町の至る所に土壁を形成する。
黒い炎の襲撃がいつ起こるのか正確な時期が分からなかったから、能力を使っての大掛かりな罠は作れなかった。しかし今ならば!!
誘い込み式の罠を設置して能力は尽きる。
そして俺もそのまま竜の山へと退避するのであった。




