陥落寸前と苛烈な二日目
俺は仮眠室から飛び出した。
「もう起きたのか? まだ寝てても大丈夫だぞ。特に戦況は変化が無」
「ミラン、すぐサンドンの所に行って」
「どういう事だ?」
俺の様子にミランは厳しい表情を浮かべる。
「カタリナに王都や王立学校の監視を頼んでいたの。両方とも陥落寸前だよ」
「黒い炎にか?」
俺は頷き、言葉を続ける。
「サンドンに助けをお願いして」
「アバンセには?」
「王都が陥落寸前なら他の所も不味い可能性がある。例えば交易都市。そして帝都。交易都市にはアバンセ、帝都方向にはお願いしてパルに行ってもらう」
「……済まないが頼む」
すぐにミランはサンドンの所へと走るのだ。
そして俺も体育教師ホイッスルですぐにアバンセとパルを呼び出す。
さすがアバンセ。ホイッスルを吹いて数分、隠れるようにチビ竜姿で登場。
「おおっ、シノブ!! ついに俺の助けが必要か!! 任せろ、この不死身のアバンセが黒い炎など」
「交易都市に行って」
「ん? 交易都市? どういう事だ?」
「陥落しそうな可能性があるの」
「交易都市は城壁で囲まれた都市だぞ。黒い炎程度で陥落する都市ではない」
「王都と王立学校が危ないの。そっちはサンドンに頼んだけど、交易都市も同じようになってる可能性がある」
「シノブ。ならばこのエルフの町がそうなる可能性もある。そうなった時に俺が助けに来られないかも知れないぞ」
「……もしこのまま交易都市が簡単に陥落したら、住人の人達は地理的に近いエルフの町にもいっぱい流れて来るよ。もしエルフの町が無事だったとしても、交易都市の人達を受け入れる程に余裕は無い。そうなったら人と人で争う事になる。交易都市を護る事はエルフの町を護る事にもなるんだよ」
歴史上、難民が生きる為に略奪行為へ走る事は少なくない。
俺は言葉を続ける。
「でも……もし私が笛を吹いたら……すぐに戻って」
それでも、もし助ける為にどちらかを選ぶような事態になったのなら、俺は故郷を選ぶ。
「……ああ。分かった」
アバンセは飛び立つ。
さらに数分後。
パルがやっぱりチビ竜姿で登場。
「おおっ、シノブ!! ついに俺の助けが必要か!! 任せろ、この轟竜パルが黒い炎など」
「帝都に行って」
「ん? 帝都? どういう事だ?」
反応がアバンセと同じで笑えるんだけど?
俺はアバンセにした説明をパルにも伝える。
「ちっ、まぁ、シノブが言うなら、やってるやるけどな。それよりお前、最近はアバンセと随分仲が良いようだな?」
「そんな事は無いけど」
「あのクソ野郎とベッドの上で何やらやったらしいじゃねぇか」
「はっ!!?」
そ、それは聖なる日の性なる夜の話か!!?
「ちょ、な、何でその事を……」
「アバンセのクソが自慢に来んだよ!! やっただの何だのとよ!!」
あのエロ竜が!! 余計な事を!!
「やってない!! 最後までやってない!!」
「じゃあ、どこまでやったんだよ!!?」
「……と、途中までだけど……」
顔を逸らす。
「殺す。アバンセは殺す」
「ね、ねぇ、パル、今はそれどころじゃ」
「……同じ事を俺にもさせろ」
「パル?」
「約束をしないなら俺は動かんぞ!! 例え殺されてもだ!!」
「殺さないよ!!」
くっ、この大変な時に……しかしパルの戦闘力はどうしても欲しい。
「……もうっ……帝国内、全てをお願い」
「お、お前、帝国がどれくらい広いか分かってんのか?」
「私とエッチな事がしたいなら、それぐらいやれやぁ!! やるのか、やらんのか、どっちだ、ああんっ!!?」
「やってやらぁ!! この轟竜パルの力を見せてやる!! 待ってろよ、シノブ、この野郎!!」
そう言い残し、パルも飛び立つ。
とんでもねぇ約束をしてしまったが、これで帝国が救われるならば……
ミランが戻る。
元々サンドンは王立学校に向かうつもりだったそうだ。と言うのも、リアーナの持つ体育教師ホイッスルが吹かれていた。
王立学校と王都はサンドンの翼ならば近い。王都もどうにか護ってくれるだろう。
そうして夜が明ける。
より苛烈な二日目が始まるのである。
★★★
すでに休める状態じゃない。
全員が出払い、ギリギリで町を護っている状態。どこか一つでも崩れれば、そのままエルフの町は攻め落とされる。
俺とシャーリーを背中に乗せたヴォルフラムが町の中を駆ける。目の前には黒い炎、それは巨躯の獣人の姿だった。猪とも豚とも言える顔をしたオーク。
指先をクルクルと回すシャーリー。放たれた魔弾がオークの胴体を貫く。
見える範囲、行く手を遮りそうな黒い炎にシャーリーが魔弾を撃ち込んでいく。魔弾が間に合わなければヴォルフラムが牙と爪とで引き裂いた。霧散する黒い炎。
「ベルちゃん、アリエリ!!」
そこはエルフの町の入口、大通りの正面。
相変わらず酷い12時方向。
大量に現れる黒い炎を、ベルベッティアが指揮するアリエリ、そして警備隊員と有志で耐えていた。
「シノブちゃん、黒い炎の勢いが止まらない」
ベルベッティアは俺の姿を見付けて肩に駆け上がる。
「アリエリ一人で押さえられる?」
酷い状況なのは分かっている。それでもだ。
「……うん、分かった。危ないと感じたらすぐ報告するから」
「お願い」
アリエリの所から引き抜いた警備隊員と有志を連れてミランとタカニャの元へ。
「ミラン、タカさん!!」
「状況は!!?」
ミランは盾で黒い炎を弾き返し間合いを取る。そして剣で一閃、黒い炎を縦に叩き斬る。
「酷くなりそうな所があるの、二人は先にそっち行って。ここは他の人達に任せて大丈夫だから」
「ははっ、大忙しだね」
そんな中でもタカニャは笑う。
「二人とも気を付けて」
「ああ。任せろ」
そんな感じで、あっちの人員をこっちへ、こっちの人員をそっちへ、そっちの人員をあっちへ、絶妙な人員調整を繰り広げる。
「シノブ!! 指が攣りそうなんだけど!!」
「足の指とかじゃ駄目なの!!?」
「やった事あるけど無理!!」
「やった事があったの!!? だったら仕方無いけど頑張って!!」
「でもキリが無いよ、マジで!!」
ああ、マジでキリが無い。
シャーリーが魔弾を何発、何十発と撃っても黒い炎は減ったように見えない。
そして目の前、黒い炎に飲み込まれそうな警備隊員と有志の人達の姿が。
「シャーリー!! 飛び降りるよ!! ヴォルはそのまま突っ込んで!!」
「えっ? うわっ!!」
俺はシャーリーを抱えて飛び降り、ヴォルフラムはそのまま黒い炎の中へと飛び込んだ。そしてその中で縦横無尽に暴れ回る。
鋭い牙を突き立て、刃のような爪が黒い炎を切り裂く。そして突進して黒い炎を弾き飛ばす。
「痛ぁっ……シノブ、無茶し過ぎ。ってか、ヴォルはホント凄いね」
「余裕が無かったんだから仕方無いじゃん。でも他の人は大丈夫でしょ」
「みたいだけど」
俺は警備隊員と有志の人達に駆け寄り声を掛ける。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「シノブか、助かったよ」
「おかげで大した怪我は無いけど……これいつまで続くんだ?」
「先にこっちが力尽きちまうぞ」
「大丈夫なのか、シノブ、これで?」
「俺達も避難した方が良いんじゃないか?」
「町を見捨てろって言うのか!!?」
「だって仕方無いだろこれじゃ!!」
仲間内で争いが始まりそう。
「待ってください!! 現状ではまだ充分に対処はできています。もし町を放棄する必要があるなら、それは私がちゃんと判断します。だから今は私の指示に従ってください。お願いします」
みんなが顔を見合す。
「シノブがそう言うなら……なんせ救国の小女神様だからな」
「今、ヴォルフラムが黒い炎を減らします。そうしたら、また対処をお願いします。すぐに応援の人員を寄越しますので、それまで耐えてください」
「分かった」
「任せてくれ」
「でもシノブちゃんもあまり無理するんじゃないぞ」
なんて声が返って来る。
そして俺はその時に気付く。
「あれ……テト?」
初等学校時代の同級生、何かと俺に突っ掛かって来たクソ野郎。テトじゃないか!! パッと見は良い感じの男前になりやがって!!
「テトだよね? テトも有志として参加していたなんて、全く気付かなかったよー」
しかしテトは俺を無視。
そんな様子を見てシャーリーは言う。
「誰? 知り合い?」
「まぁね。初等学校の時の同級生。昔っから嫌な奴でね」
「ふーん、嫌な奴ねぇ……」
シャーリーはテトの後姿を見詰めていた。
そこにヴォルフラムが戻って来る。
「シノブ、かなり数を減らしたぞ」
「ありがと、ヴォル。じゃあ、次行くよ。ほらシャーリーも!!」
「あっ、うん」
そうして俺達はまた町中を駆け回るのだった。




