聖なる日と性なる日
不思議だぜ。
世界は違うのに、四季もあって、こうして雪も降る。
これは、とある日のお話。
★★★
ここ数日でグッと気温が下がった。
雪が降る。
そのせいだ。朝、起きてもベッドからなかなか出られない。
ううっ、ぬくい……ぬく過ぎる……ベッドの中が温かくて、ここから一歩でも外へ出たら凍死してしまうぅぅぅっ!!
よし、二度寝だ、二度寝。
「でもそろそろ起きないと」
「……ちょっとヴォル。私の心の中を読むのやめてくんない?」
俺はベッドの中に頭まで埋まり、くぐもった声を出す。
「仕方無い」
強引に剥ぎ取られる掛け布団。
「ぎゃあーーーっ!! 寒い!! 死ぬ!!」
「大丈夫、死なない」
「毛玉みたいなヴォルにはこの辛さが分からないんだよ!!」
「毛玉……」
くっ、辛い……でも辛いけど起きるしかねぇ。なんてたって今日は聖なる日なのだから。
このエルフの村には面白い伝説がある。
美しい女性の姿を借りた精霊。精霊に恋をした一人の男。二人はやがて結ばれ、生まれたのがエルフだった。そう、今日はその精霊と人間とが結ばれたという聖なる日。
エルフ誕生の記念日、つまりお祭りの日なのである!!
そして二人が結ばれた日である事から、別名で恋人達の日とも呼ばれる。この日に結ばれた男女は幸せな一生を添い遂げるなんて伝説もある。
さてそんなお祭りの日に俺が何をするかと言うと……
お母さんはもちろん、近所の住人が部屋の中で俺を囲む。
それは純白のドレス。
よく見れば細かい刺繍やレースなど細工の施された白一色の美しいドレス。
俺はそのドレスに身を包んでいた。
「確かによく似合うけど……うちの娘じゃ少し子供っぽくないかしら?」
その俺の姿を見てお母さんは言う。
「まぁ、そう言われればそうかも知れないけど救国の小女神様だしね」
「そうそう、もう今年はシノブちゃんしかいないでしょ」
「でも胸の所はどうする? 詰め物でもしとく?」
「あははっ、みんなシノブの事を知っているんだから、急に胸が大きくなったらおかしいって」
「そうね、ちょっと胸が寂しいけどこのままでいこうか」
近所のおばちゃんとお姉さん方は口々に言う。
胸が寂しいとか余計な事を言いやがって。
これは精霊役の俺が町の中を歩き、男役の所へ向かうという、聖なる日のメインイベント。
例年なら、俺が子供っぽいので役柄的に対象外。しかし今年は大陸を救ったという事もあり、メインイベントのヒロインは俺しかいないという事になった。
まぁ、そこそこ嬉しいけどさ。
今日はその準備を朝からしているというわけ。
ちなみに過去にはお姉ちゃんもこの役を演じた事がある。
そして……
積もった雪、晴れた空から太陽の光が降り注ぎキラキラと輝く。
まさに白銀の世界。
その雪を踏むのは救国の小女神。
雪に溶け込むようなドレス。雪と同じように光を照り返す白い髪。そして白い世界の中、宝石のように輝く赤い瞳。
その姿を見て、シャーリーはただ一言だけ呟く。
「……きれい……」
ヴォルフラムも、ベルベッティアも、ミランも、ドレミドも、アリエリも、町中の人達が俺の姿に感嘆の息を漏らす。
まるで雪の精霊。
俺は町の中を歩いていく。そして向かった先にいた男役は誰かと言うと……
黒い髪に褐色の肌、衣服の上からでも分かる逞しい体付き。男らしく精悍な顔付きに、俺と同じ赤い瞳だった……って、アバンセじゃん!!
「ちょっと何でアバンセがここにいんのさ?」
「お前が精霊の女役をすると聞いてな。だったら相手役は俺しかいないだろう。そこで話を通してもらったのだ」
「全く強引なんだから」
思わず笑ってしまう。
エルフの町はもちろん、この大森林の守り神的存在のアバンセだ。そのアバンセが言い出せば、大抵の希望は通るだろう。そこまでして俺の相手役をしたいなんておかしくなってしまう。
大勢の人達が見守る中、アバンセが手を伸ばす。
その手を取る。
そしてアバンセは俺の体を引き寄せて抱き締めた。
この寒い冬の日に、アバンセの腕の中は温かい。
歓声のような声がどこか遠くに聞こえるのだった。
★★★
病は気から。
そんな言葉がある。感情が身体に影響を与える事。
その逆もあるんじゃないだろうか。身体が感情に影響を与える。
女の身体が、俺の男の感情に影響を与えている可能性が僅かながら……
「ちょっとさぁ、いくらアバンセだからって強引過ぎない?」
「こうでもしないとなかなかお前は会ってくれないだろう?」
「……そんな事は……あるかも知れないけど」
あの後すぐにアバンセは竜へと変身し、俺を乗せてその場から飛び立った。
そして今は空の上。
雪の積もった白い森を見下ろしながらアバンセと飛んでいた。不思議と寒くはない。きっとそれもアバンセの力なのだろう。
「それでアバンセは私を何処に連れていくつもり?」
「ふふっ、よくぞ聞いてくれた。実は少し前からミツバの工房に頼んでいたのだが、ついに完成したんだぞ」
「何が?」
「そろそろ見えてくるだろう」
そこはアバンセの寝床でもある竜の山。その中腹の辺り、密になっている森林の中、そこだけがポッカリと開けていた。そして見えるのは大きな洋館。
「あれ、あんな建物、前からあったっけ?」
「いや、建てたのだ」
「アバンセが?」
竜が暮らすような洋館じゃない。あれは人の為の洋館。
「……希望なんだがな……将来的にな……あくまで希望だぞ。ここでだな、そのな、お前とだな……一緒にだな……その……暮らせれば良いと思ってな……」
「将来的って……それって私と結婚でもしてって事だよね」
「あ、ああ、そ、そういう事だ」
ふむ。
よくよく考えてみれば、人型のアバンセは客観的に見てもその外見は整っている。精悍だし背は高いし。そして強い。相手が一国だろうが負ける事は無い。アバンセ程の力があれば食うに困る事も無いだろ。何よりだ、俺の言う事を逆らわずに聞く。お願いしとけば大抵の事は叶えてくれる。
……あれ、これって超優良物件じゃね?
とりあえずキープしとくか!!
「……ちょっと中も見せてよ」
「っ!!? お、おう!!」
★★★
中もしっかりと家具が備え付けられていた。
さすがミツバの工房の仕事。置かれている家具も調度品も質が良い。
洋館の中を案内されているうちに日は落ちて、夕食はアバンセが用意した。驚いたのはアバンセが自ら料理をしているのだという事。
実は人型のアバンセは定期的にエルフの町に下り、料理教室に通っていたらしい。それも全部が俺の為だという。コイツ、ちょっと優秀過ぎない? マジで。
そしてドレスのまま寝室へと連れ込まれる。
「おい、このエロ竜。こいつぁどういうつもりだ?」
「いや、流れでいけると思って」
「流れで、って……馬鹿なの?」
俺は広いベッドの上に寝転がる。
最初に性的な対象になったのは自分自身の体だった。
それに元男だったから、性的対象は女性。例えばリアーナ。そういう事をするならやっぱり相手は女性が良いなんて思っていた。
でも最近は、たまに違う想像をする……男性に抱かれる自分の姿を。
自分よりも大きな手が体中を愛撫する。自分よりも大きな体が伸し掛かる。そんな想像。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……し、しないの?」
「っ!!?」
「……」
「い、良いのか!!?」
「……私だって……きょ、興味はあるし……」
アバンセが俺の体に覆い被さる。
「あっ……」
次の瞬間、二人の唇が重なる。
家族や同性とではない、異性との始めてのキス。
悔しいが嫌じゃない。
「まぁ、リアーナとはした事あるんだけどさ」
「男とは?」
「初めてに決まってんじゃん」
「もう一度させてくれ」
「ん……」
寝室の中、少しだけ荒い息遣い。
聖なる日がまさに性なる日へ……このままアバンセと最後までしてしまうのか……俺は……
……
…………
………………『俺』?
俺って男だったよな? 最初の相手が男ってありえなくね?
普段は着られないような綺麗なドレスを着せられ、アバンセに連れ去られて、雰囲気と、その場の流れでここまでしたけど、やっぱりありえなくね?
ねぇ、ありえなくね?
ね?
「ちょっと待て、アバンセ」
不穏な気配を感じたのか、アバンセに困惑した表情が現れる。
「ど、どうした?」
「こういうのって順序があるよね?」
「そ、そうだな」
「こういう事って恋人同士がするわけよ」
「……基本的にはそうかも知れないな」
「私達は恋人同士じゃないよね? だってアバンセは告白してくれるけど、私は答えてないんだから」
「で、では、今ここで答えてくれれば良いだろう?」
「……できない」
「な、なぜ?」
「順序を飛ばして、流れだけで持ってこうとした、そのやり方が気に食わない」
「っ!!?」
「もう完全にアバンセが悪いよね。極悪と言ってもいい」
「待て待て待て、おかしいぞ。どういう話の流れなんだ?」
「……おあずけだ」
「っ!!?」
「ここでおあずけだ!!」
「ここで!!?」
「ほら、すぐに服を着ろ!! そこを隠せ!! 切り落とすよ!!」
「理不尽過ぎる!!」
「うるさい!!」
そんなワケで俺は一線をどうにか踏み止まるのであった。
ふぅ、危なかったぜ。
★★★
翌日。
「ねぇねぇ、シノブ!! 朝帰りじゃん、やったの? アバンセとやったの?」
シャーリーだ。
興味津々、ニッコニコで聞いてくる。
「やってないよ。館は貢がせたけど」
「や、館?」
「体は許さず、大きな館をタダで手に入れる。これができる女のお仕事よ」
「えっ、鬼なの? シノブの前世って鬼なの?」
まぁ、そんなワケで俺はまだ童貞であり処女なのでした。




