全裸時間終了と前人未到の階層
「シャ、シャーリー……だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……無理……は、吐く……」
共にグロッギー、グッタリと項垂れる俺とシャーリー。
おっさんドリアードを粉々に叩き潰したアリエリ。
なんとか勝てたが、それにしても……
「……ミランは大丈夫?」
「大丈夫だって。回復魔法も掛けたしな」
ミランも魔法は使える。詠唱魔法として自らの手に回復魔法を掛けていた。しかしだ。俺はフラフラとしながらもミランの所へ。
「……両方の手を出して」
「……何でだよ?」
「良いから」
「……」
ミランは溜息を大きく一つ吐き、両手を差し出す。
俺はその両手を取り、言葉を失った。
左右の手の形が違っている。多分、手刀を落とした手の方が歪んでいるのだ。
回復魔法は自らの治癒能力を上げるもの。つまり骨折の骨接ぎができていないまま回復させれば、骨はズレたまま繋がってしまう。
「ごめん。あたしのせいで」
それを俺の隣から覗き込むシャーリー。その顔色の悪さは、決してドレミドに振り回されただけの原因じゃない。
「馬鹿かお前は。そこは『ありがとう』だろう」
「うん……ありがとう」
「ああ、俺に何かあったら次は助けてくれ」
ミランも良い男だ。それは見た目だけじゃない。元男の俺でさえ、こういう所は憧れちゃうぜ。
「うん……うん……」
しかしシャーリーの目から涙がポロポロと落ちる。
「ちょっと、シャーリー。泣かないの」
「でも……だって……ミランの手……これじゃ……ちゃんと剣も握れない……強くなるって……あんなに頑張ってたのに……」
シャーリーも本当に良い子なんだよね~微笑ましくなっちゃう。
「ちょっとの間だけだよ。ミランもちょっとの間だけ不自由だと思うけど我慢して」
「……どういう事?」
「もしかしてユニコーンの角か?」
「そう。フレアとホーリーが絶対に持ってきてくれるもん。その時は一番最初に、ミランに使ってあげるよ」
ユニコーンの角は死んでさえいなければ、どんな傷も瞬時に治す奇跡の薬。しかもただ治すのではなく本来の姿に戻すような効果がある。
「また……ミランはちゃんと剣が握れるようになるの?」
「絶対になる」
「そういう事だから泣き止めよ。それで体を隠せ、体を」
シャーリーは涙を拭い、そして言う。
「……さっきこれ以上見たらお金取るって言ったじゃん。後で絶対に払ってよね」
「おい、そこは俺の働きと相殺しとけよ……」
俺は笑った。
★★★
魔弾の反応を追うように先へと進む。
その途中。ミランが足を止める。
「悪い。ちょっとトイレ」
「じゃあ、私が一緒に行くよ」
「いや、一人でも大丈夫だと思うが」
「何で? 何でシノブが一緒に行くの?」
不思議そうな表情を浮かべるシャーリー。
「こういう所だと、急にどんな事態になるか分からないでしょ? だから絶対に一人で行動はしないようにするの。最低でも二人一組で行動するのが絶対。特に排泄中は無防備だからね。それに私もしたいと思ってたとこだし」
ミランは男、他の奴にトイレの付き添いをさせんのは酷だろ。ここは元男性であり、指揮官でもある俺が一緒に行ってやろう。
「いや、だから一人で」
「ほら、恥ずかしがるんじゃないよ。行くよ」
そこそこ離れて。
本来、荷物の中に簡易トイレキットがあるのだが、今は仕方無い。このままさせてもらおう。すまん、塔を造った人よ。でもお前があんな転送魔法陣を創ったから悪いんだぞ。
「ちょっと、ミラン、早くしてよ。私だってしたいんだから」
「待て、こっちだって緊張するんだよ。全裸なんだぞ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……まだ?」
「うるさいな」
ミランが小さい方を終える。
次は俺。安心しろ、俺も小さい方だ。
「見ないでよ」
「当たり前だろ」
ミランが時間を掛けたせいで俺の方も限界、漏れそうだぜ。
俺に背中を向けるミラン。俺はほんの少しだけその場から離れる。それでもミランからは目の届く範囲だ。
そこで俺はしゃがもうと……
足元の石畳が少しだけ沈み込んだ。
「……何てこった……」
思わず呟く。
「……ミラン」
「どうした?」
「……」
「おい?」
「……また踏んだみたい」
「……冗談だろ?」
「冗談じゃないんだな、これが」
「動くなよ」
再びミランが俺の足元、石畳を注意深く観察する。
「ミラン。本当にごめん」
「……気にするなよ。こういう所には罠があって当然、全部を回避するのは不可能なんだから」
「それもそうなんだけど、もう限界で」
「は?」
膀胱決壊。つまりオシッコを漏らす。
生温い液体が内股を伝い、足元に流れ落ちる。
「……悪夢だろ、これ……」
「顔を上げるな。上げたら殺す」
手で押さえるが、そんなくらいでは止まらない。
俯いたままのミラン。
そのミランの視線の先。広がる水溜り。
「お前さぁ……ここで普通、漏らすか?」
「何か問題が?」
「あるに決まっているだろ……とりあえず、みんなを呼ぶからな」
「それはちょっと……」
「諦めろ」
「ううっ……」
こうしてドリアードとの二回戦目が始まるのである。
そして勝利後、シャーリーにめちゃくちゃ笑われた。
★★★
魔弾の反応を目指すシャーリーが足を止めた。
「近い……って言うか近付いて来るよ」
なんてシャーリーが言った、そのすぐ直後だ。
「シノブ!!」
「ヴォル!!」
「無事なようで良かったにゃん」
「もちろん。ベルちゃんとヴォルは?」
「あはっ、もちろん無事だよぉ」
「俺もだ」
ヴォルフラムが俺の顔をベロンッベロンッ舐める。俺の匂いと足音に気付き駆けて来たのだ。
こうして全裸時間終了。
俺達は服と武器をゲットだぜ!!
「それでどうする? ミランの事もあるし、ここで撤退ってのもアリだと思うけど」
そんな俺にミランは言う。
「ここまで登ったんだ。もう少し様子を見ても良いだろ。それに俺だって全く戦えないわけじゃないからな。少し握力が落ちているだけで」
「頑張ったんだね。ミランちゃん、偉いよ」
ベルベッティアは微笑む。
「うん。それにちょっとカッコ良かった」
「シャーリー、ちょっとじゃないだろ」
「そうだな。ミランはカッコ良いぞ。な、アリエリ?」
「でもね、ミランのがね、ブラブラ、ってね。それはカッコ悪かった」
「やーめーろー」
★★★
塔700階。
前人未到の階層。ここより先は、誰かが進んだという噂さえ聞かない。六戦鬼は俺達の前か後ろか……まぁ、分からん。もしかしたら、もうリタイアしてたりして。
予測ではあと数日で天空の城と天空への塔は手が届く程に近付く。
しかし、さすがにここまで来ると敵も手強い。ドレミドはもちろん、ヴォルフラムも本気で挑む。ギリギリの危ない戦いもあったが何とかリタイアせずにここまで来た。
その途中、今再び目の前に転移の魔法陣が……問題なのはそこに武器や衣服、荷物一式が残されていた事。つまり誰かが転移した後なのだ。
おいおい、こりゃ危ねぇ……この階層で武器無しとか、相手によっては死ぬ。
ヴォルフラムは残された荷物に鼻をクンクンと鳴らす。
「これ六戦鬼だ」
ミランが武器と衣服を調べる。
「六人分だぞ」
つまり全員か。
「この階層のどこかにいるかも知れないから探すよ」
俺達は六戦鬼の荷物を回収するのだった。
そして見付けた全裸の六戦鬼。
六人全員が一人の獣人に殴り飛ばされる。全裸のドンドゥルマが石畳の上をゴロゴロと転がる。同時に股間のモノもブルンブルンと回転していた。
その姿に思わず笑ってしまうが、実はそれ所じゃない。
笑いを抑えつつ、俺は獣人に視線を向ける。
裸の上半身は筋肉を圧縮したかのように引き締まり、凹凸のある体を作り出していた。そしてその頭部はウッシー、元の世界で言えば牛のものだった。
「ヴォル、ドレミド、アリエリ、相手をお願い、シャーリーは援護、ベルちゃんは他に敵がいないか探して、ミランは私と来て!!」
俺は一番近くに転がっていたドンドゥルマの元にしゃがみ込む。
「ねぇ、生きてる!!?」
「あっ……うっ……シ、シノブ……か?」
どうやら死んではいないようだな。
「ミラン、回復魔法をお願い」
ミランは頷き、すぐさまドンドゥルマに回復魔法を掛ける。
「ねぇ、大丈夫? 立てる? 立てるなら自力で逃げて。他のみんなは私が助けるから」
「……どうして、お前が?」
「どうして、ってそういう協力でしょ!! いいから早く立て!! 根性入れろ六戦鬼!!」
俺が怒鳴った瞬間だった。
肉を叩き付けるような衝撃音。
「アリエリ!!」
ドレミドの大声が重なる。そこで俺が見たのは石畳に叩き付けられながら転がっていくアリエリだった。
その姿が見えなくなる程に遠くまで飛ばされる。
そしてそのアリエリを追うようにして走るベルベッティアの姿も見えた。
シャーリーが魔弾を放つがそれも大したダメージは与えられない。片手の使えないミランもこの相手では戦力にならないだろう。
ミランが厳しい表情で言う。
「シノブ。勝てない。どうする?」
「逃げるしかないけど無理だよね」
脱出魔法道具はある。
しかし、アリエリと六戦鬼を回収する余裕が無い。それまでヴォルフラムとドレミドがもたない。
だったらもうこれしかないでしょう!!
「ミラン、私が相手するから、ヴォルとドレミドと負傷者の回収をして」
「ああ、任せろ」
そして俺は久しぶりに能力を解放するのである。




