アイザックと致命傷
野営地から少し離れる。
そこに現れたのは金色の鱗を持つ三つ首竜。ポキール、イスウ、ピンサノテープだった。しかし以前とはまるで違う。
その瞳はまるでガラス球、どこも見ていない。人形そのもの。つまりゴーレムのよう。
三つ首竜は俺達の乗せ、その場から飛び立つ。
そしてそこに建つのは塔である。
雲を突き破る程の高さ……など到底無い。石造りの塔は四、五階程度の比較的に小さな白い塔。しかし小さいながら複雑に形成された石が造り上げるその外観、そして細かな彫刻で飾られたその塔は、ただただ美しい。
そしてドレミドに案内されたその先、絨毯の引かれた大広間、そこにアイザックはいた。
「私がアイザックだ。初めまして」
外観と同じく白く美しい大広間、その中心で椅子に座るのがアイザック。
年齢的には三十代、男性。黒に近いような濃い茶色の髪の毛、整った顔立ちには口髭と顎髭。落ち着いたその佇まいはまるで映画俳優のようにも見えた。
そしてそのアイザックの背後に建つのはアリエリとミラベル。二人とも緊張した表情を浮かべ成り行きを見守っている。
そこでドレミドは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
アイザックは言う。
「シノブはまだ死んでいないな?」
「ああ」
ビスマルクが抱えていた俺を足元に転がす。
「ただ止血はしたつもりだが、足の方の出血が酷い。長くは持たないだろう」
「では単刀直入に聞こう。どうしてシノブを裏切った?」
「必要か?」
「ぜひ」
ビスマルクは一呼吸置き……
「……シノブを助けるか、この大陸を助けるか。それで大陸を選んだ。それだけだ」
次にアイザックはヴイーヴルに視線を向ける。
「そうね~この大陸の中には私の息子も~、ビスマルクの娘もいるのよね~、自分達の子供の為ならどんな事でもする……それが親ってものじゃなぁ~い?」
「お前は?」
「……自分の命……全ての生物はそうだと思うが。私は生き残る可能性の高い方を選んだだけだ」
そうアルタイルは答える。
俺は荒い息の中で必死に言う。
「ま、待って……何でここまでするの?」
「別に意味は無い」
俺の問い掛けに、アイザックは平然とそう言ってのける。
「だったら……何でも言う事を聞くから……た、助けて……命だけは……」
「ほう、ではお前が仲間達を裏切るという事か? 面白い。仲間だ何だと言っても最後はその仲間を裏切るか、ははっ、これだ、これが見たいんだよ、はははははっ」
そう言ってアイザックは笑う。
「……シノブはお前に引き渡す。後はどうとでもするがいい。その代わり大陸からゴーレムを退け。そして全てを元に戻す事を約束するんだ。できないのならば……」
ビスマルクの言葉に、ヴイーヴルは片手に大剣クレイモアを、もう片手に小剣を握る。
「私を殺すつもりか……その毒物を塗った武器で」
「え……あ……な、何でそれを……」
俺は残った眼を見開き、声を絞り出す。
「ビスマルク、その爪先に毒を仕込んでいるな。それとヴイーヴル、その手に持つ剣には両方とも毒が塗ってある。そうだな?」
「……」
「……」
ビスマルクとヴイーヴルは何も答えない。
アイザックは笑顔で続けた。実に楽しそうな笑顔。
「残念だな、お前達の作戦は全て筒抜けだったという事だ。どうしてだと思う?」
「……防御魔法が役に立たなかったから……」
「ああ、そうだ。私には防御魔法など無意味だったというわけだ。しかし……防御魔法で情報の遮断ができていたとしても、やはり無意味になっていただろう」
笑顔でアイザックがそう言う意味、それは……
「ま、まさか……そ、そんな……そんな事って……」
俺はビスマルク達三人に視線を向けた。ビスマルクにもヴイーヴルにも、その表情に意思は感じられない。ただただ無表情。
「……お前のいない所で、私に情報をくれていたよ。そう……この三人は本当に裏切っていたという事だ。どっちにしろ無駄な作戦だったな」
そう言ってアイザックは笑った。今までで一番大きな笑い声。まるで遊んでいる子供のように、その笑い声が大広間に響く。
「ね、ねぇ……ビスマルクさん……ヴイーヴルさん、アルタイル……ど、どうしてなの? 僕……頑張ったんだよ? 顔を斬られて、足も刺されて……ここまでして……なのに……ど、どうして……裏切るなんて……どうして……」
ヴイーヴルもアルタイルも何も答えない。
代わりにビスマルクは言う。
「……リコリスの為だ。リコリスだけは絶対に守る。その為にどちらが最善か……シノブ、分かってくれ」
「……分からないよ……そんなの……やだ……死にたくない……」
「駄目だ。シノブ、お前には死んでもらう。お前が死んだ時の、他の仲間の表情……それが見たい」
アイザックは言う。
「……助けて……やだ……やだ……やだよ……誰か……助けて……お願い……」
そう懇願する俺。その場から這って逃げ出そうとするが……
ドンッ
衝撃。
それは致命傷に近い。
ビスマルクの爪が俺の腰に突き刺さる。
そしてヴイーヴルの小剣は俺の背中から突き刺さり、肺を貫き、胸元へと貫通する。
そして引き抜いた爪先と小剣から鮮血が滴り落ちる。俺の体から流れた鮮血も絨毯を染めていく。
「……これは驚いた……」
アイザックは目を見開く。
「……まさかお前達自身がシノブを殺すとは……」
そして少し間を置き、ビスマルクは言う。
「……裏切るしかなかったが……それでも仲間だったんだ。お前が本当にシノブを殺すつもりならば、私達がシノブの命を絶つ。それが私達なりの責任だ」
「ごめんね……シーちゃん……」
「シノブを殺したのが父親と母親だと知ったら、二人の子供はどう思うかな?」
「……どうでもいい。娘が生きていれば」
静かにビスマルクは言うのだった。
「しかし……それにしても呆気ない幕切れになってしまったな。てっきり最後にはシノブを裏切れず、私に向かって来ると思ったのだが……」
「……本物のお前はここから遠く離れた所で、この光景を見て楽しんでいるのだろう?」
「さすがビスマルク。勘が良い」
「目の前のアイザックはゴーレム。逆の立場ならばゴーレムを偽者として使い、私自身は姿を現さないだろう。お前がここにいないと思ったからこそ、私はシノブを裏切ったのだから」
「……そうね……もし本当のあなたがこの塔にいるのなら……私とビスマルクは全力で暴れたわ……そうすればシーちゃんを殺す必要だって……」
「ああ……そうだな……」
「ふふっ」
アイザックは小さく笑った。
「……何がおかしい?」
「いや……この事をお前達に伝えたら、どんな顔をするかと思ったらな……私は今、この場にいるんだ。どうする? 今から暴れてみるか? もうシノブは死んでいるがな!!」
またもアイザックは大声で笑うのだった。




