お遊びと裏切り
全員を集め、アイザックの話をみんなに伝える。
「さて、どうしようか」
これは簡単に言えば、俺と大陸、どちらを助け、どちらが死ぬか。そんな話。
「本当に楽しむだけが目的なら質が悪い。途中で全てを引っくり返す事ができるからな」
ビスマルクの言う通り。明確な目的が無いなら、アイザックの気分次第で状況が変わり対処は無理。約束を反故にする可能性があっても無視できない。
「多分だけど、そのアイザックにとっては本当にお遊びなんだと思うよ」
「どうしてそう思う?」
と、ビスマルク。
「ドレミドやゴーレムを見て思ったけど、三つ首竜、あれは純粋な竜じゃなくて、アイザックが作ったゴーレムなんだと思う」
「確かに、そう考えるのが自然だな」
「僕とリアーナが最初に三つ首竜と戦ったのが4年前。つまりアイザックはその時から僕の事を知っていたんだよ。それって能力も知っていた事になるよね。でも第二都市でローロンは僕の能力を疑っていた。アイザックは教えていなかったんだよ。お遊びだから」
「……」
全員、言葉を失う。当然だ。
それはつまり最初からアイザックにコントロールされていたという事。掌で転がされ遊ばれていたのだ。ここまで自らの力で進んでいると思っていた。しかし全てが計算されていたとしたら……
その相手に対して俺達が何をできるのか。
「ねぇ、ベリーも前に言ってたよね。『どっちも助けたい、それは都合が良過ぎるんじゃないか』って」
「……お前、性格悪いな」
「ごめん」
「シノブちゃんが死ぬなんて選択肢は無いよ」
「ああ、それだけはねぇな」
それでもリアーナとミツバは言う。
「そうね。このままアイザックの思い通りに事が進むのも気に入らないわ。きっと何か良い手があるはずよ」
「は、はい、わ、私もできる事なら何でも協力します!!」
ロザリンドとキオだ。
「もちろん協力はするつもりなんだが……ロザリンド達は別として、俺はまだ全員を知らない。この中に裏切り者がいる可能性は?」
そう言って周りを見回したのはミランだ。
「そんなのいるわけありませんわ」
「お前は……ボコリス?」
「リコリス!! わたくしの名前を覚えていなさい!!」
「リコリス。例えば自分の家族を人質に取られて脅されている可能性だって、何だってある。本当に裏切り者はいないと言い切れるのか?」
実際にミランも危なかったしな。
「ああ、それはいいよ」
俺は言う。
「どういう事だよ。いい、って?」
「そうやって仲間内で疑心暗鬼になって仲違いする様子をアイザックは楽しむつもりなんだから。わざわざ楽しませてやる事は無いって」
「でも可能性として考えておくべきなんじゃないか?」
「信じる事も、信じられる事も難しいけど……僕はもうみんなを信じるって決めたの。だから裏切られて死ぬ事になっても悔いは……少しあるけど受け入れるつもり」
俺は一度死んだ。
本来だったらそこで終わるはずの運命で、生まれ変わったのはオマケのボーナスステージみたいなもん。前世では家族としか繋がりを持てなかったから、俺は今の繋がりを大事にしたい。裏切られようとも信じていたい。
「……分かったよ。この話はここで終わりにする」
言いつつミランは小さく笑うのだった。
で、とりあえずの作戦だけど……
「ねぇ、フレア、ホーリー、ベリー、アルタイル。ここの作戦会議を外部から完全に遮断する事は可能? アイザックはドレミドから情報を得るみたいな事を言っていたけど、絶対に情報収集する方法が他にあると思うんだよね。こっちの作戦を絶対に知られたくないの」
「普通の相手なら可能だと思うけどな。フレアさんとホーリーさんが使う防御魔法には魔力を完全に遮断するものもある。ただ相手はアイザック、神々の手だろ? あれはもう僕達の常識が通用しない能力。シノブと同じだな」
ベリーの言葉にフレアは頷き、ホーリーは言う。
「ベリー様の仰る通りです。魔力を使うようなものでしたら遮断できますが、神々の手は全くの未知の能力……完全に防げるとは申し上げられません」
「……でも僕の能力も元は魔力に由来しているから、アイザックもきっと魔力に依存してるはず。魔力を遮断できるならかなり高い確率で防げるよ。今すぐ展開して」
「かしこまりました」
すぐにフレアとホーリーが防御魔法を展開した。
「作戦はこの中だけで話すよ」
「……シノブ。ヴォルフラムを借りたいのだが」
アルタイルだ。
「ヴォル、構わないよね?」
「ああ」
「でもどうしたの?」
「……スケルトンを使うのに骨が必要だ。少し集めたい」
そう言ってアルタイルはヴォルフラムを連れて行くのだった。
でも骨なんてその辺りで無造作に落ちているものなのだろうか……
★★★
それから数日、ああだ、こうだ、と作戦を練る。
しかしなかなか良い案が出て来ない。ただ良い案では無いが、やってみる価値のある作戦は頭の中にある。
防御魔法の中に集まってもらったのはフレア、ホーリー、ビスマルク、ヴイーヴル、アルタイル、ベルベッティア、この作戦に必要最低限の人数。
「敵を騙すにはまずは味方から。それと作戦がちょっと衝撃的だから反対されると思ってね」
「何か案があるんだな?」
ビスマルクの言葉に俺は頷く。
「ビスマルクさんとヴイーヴルさん、アルタイルえもんは裏切って、僕をアイザックに引き渡す」
「そこでシーちゃんがアイザックを倒すつもりなの~?」
「残念ですけど、まだ僕の能力はしばらく使えません。そこはビスマルクさんとヴイーヴルさんとアルタイルえもんでどうにかアイザックを倒して欲しいです」
「まずはアイザックを我々の前に引き出す事が前提となるが、シノブを引き渡す、それをアイザックが素直に信じると思うか?」
ビスマルクは言う。
当然だ。俺だったら素直にそんな話は信じない。だから……
「だから信じさせる為に、そこまでするわけがないと思わせる」
「どうやるつもりだ?」
「多分、防御魔法の外での行為はアイザックに監視されています。だから防御魔法の外で僕の顔を斬って片目ぐらい潰してください」
さすがのフレアからも微笑みが消える。
「……冗談ではなく、本気でしょうか?」
ホーリーだ。
「本気。女の子の顔を片目を失うくらい斬るんだから普通じゃないでしょ。でもそれぐらいしないとアイザックは裏切りを信じない。そこまでやれば姿を現す可能性が高いです」
ハッキリ言って、自分でも怖くて怖くて仕方ねぇ。片目を斬って潰すって、正気の沙汰とは思えねぇ。
だからこそやる価値がある。
「シノブちゃん……回復魔法は自然治癒力を強化するもの。傷痕だって残るでしょうし、失明した眼は元に戻らないんだよ? 他に何か良い作戦があるんじゃないの?」
と、ベルベッティア。
「そうよ~せっかくのかわいい顔に傷痕を残すなんて~絶対に駄目よ~」
「シノブ様、考え直して頂けないでしょうか?」
ヴイーヴルもホーリーもそう言うが……
「もう無傷でここを切り抜けるのは無理なんじゃないかな。ビスマルクさんはどう思う?」
「……確かにそれならば可能だと思うが……私とヴイーヴル、アルタイルだけでアイザックを倒せるかも疑問だ」
「アイザックに少しでも、かすり傷を負わせる事ができれば良いんです。これがあります」
俺はみんなに前に一つの小瓶を取り出す。
「それは?」
「猛毒です。水に溶かして武器に塗って下さい。ほら、僕は非力なんで自分一人でどうやって戦えば良いか、って考えた時に作ってみたんですけど……ちょっと危な過ぎて使えなかったんですよ。ちなみに間違って僕を斬る武器には塗らないように」
「シノブ様……」
「フレアも。大丈夫だって。きっと上手くいくよ。ホーリー、ベルベッティアは作戦を知らないみんなが無茶しないように統制して」
「……本当にやるつもりなの?」
ベルベッティアの言葉に俺は笑って頷いた。
★★★
そして数日後。
さぁ、作戦と演技のスタートだぜ。
ドレミドの前に立つビスマルクとヴイーヴル。
「ねぇ、二人とも。これってどういう事?」
そして両手を拘束された俺。
ビスマルクは俺の顔も見ずに言う。
「恨んでくれて構わない。私はお前をアイザックに引き渡す」
「……冗談には聞こえないんだけど……本気ですか?」
「……アイザック。聞いているな?」
ドレミドの表情が変わる。
「仲間がシノブを売るか」
アイザックだ。
「しかしだ。私に分からないように、色々と作戦を立てていたんだろう? これもそのうちの一つなんじゃないか?」
「ヴイーヴル」
「……」
ビスマルクの呼び掛けに、ヴイーヴルは短剣を一本取り出した。
そして次の瞬間。
最初に感じたのは熱さ。同時に右目の視界が消える。
「ああああああああっ!!」
額から頬に激痛、同時に鮮血があごから滴り落ちる。
その場に俺は崩れた。
ヴイーヴルの短剣が俺の顔を切り裂いたのだ。右目が潰される。
「これで少しは信じられるか?」
「面白い。では私の指示に従え」
そう言ってアイザックは笑うのだった。
★★★
その光景にキオは悲鳴を上げた。
顔はもちろん、俺の服も血で濡れている。
「シノブちゃん!!? どうしたの!!?」
ビスマルクに抱えられた俺を見て、近寄るリアーナだったが、そのリアーナをヴイーヴルが殴り飛ばす。
「ヴイーヴルさん? ど、どうして」
その騒ぎを聞き付け、みんな集まる。
「ビスマルク、ヴイーヴル、これは一体どういう事だ?」
ヴォルフラムの全身の毛が逆立つ。
「シノブをアイザックに引き渡す」
「パパ!! 何を言っているの!!?」
「そのままの意味だ」
「母さん? 作戦だろ? シノブが考えた作戦なんだろ?」
「……」
ユリアンの言葉にヴイーヴルは何も答えない。その手に持つ短剣を俺の太ももに突き刺した。
「あっ、うぐぅあああああっ!!」
その激痛に気が飛びそうになる。
「シノブちゃん!! シノブちゃん!!」
「うっ、リ、リアーナ……」
「母さん!!?」
リアーナとユリアンの声が遠くに聞こえるような気がする。
「ビスマルク様。シノブ様をお放しください」
ホーリーの言葉にビスマルクは言う。
「離れろ。少しでも近付けは、今この場でシノブは殺す」
「ねぇ、ビスマルクちゃん。あなたもヴイーヴルちゃんも強い。でもここに集まる全員に勝てるの? シノブちゃんを殺したら、二人も命をここで失っちゃうよ?」
ベルベッティアは言う。
「ああ、そうだな。んな事をしやがったら、俺がその首を斬り飛ばしてやる」
ミツバは今にも飛び掛りそうな勢い。
「リコリス、ユリアン。二人は私達に従うんだ」
「ね、ねぇ、パパ、ほ、本気なの? 本気でシノブをアイザックに引き渡すつもりなの? な、何で?」
「どんな理由があっても俺は従えない……」
「あははははっ」
そんな様子を見て、ドレミドの姿をしたアイザックが笑う。
「アイザック、あなたが二人を操っているの?」
ロザリンドの鋭い視線がそのアイザックに向けられた。
「いや、この裏切りは二人の意思だ。私は何もしていない」
「フォリオ、タカさん。二人とも隊を絶対に動かすな。私達を黙って行かせるんだ」
ビスマルクは少し離れた位置で様子を伺う、フォリオとタカニャに言う。
その二人の前にフレアとホーリーが立つ。
「……」
「このまま行かせると思いますか?」
しかし……アルタイルだった。アルタイルが周りに白い骨の欠片をバラ撒いた。それはスケルトンへと姿を変え、フレアやホーリーの体を押さえ込む。
「私が相手をしよう」
「アルタイルえもん!! 本気なの!!?」
「アルタイルえもんではない」
リコリスはスケルトンを蹴り飛ばす。
「まさかいきなりこんな事になるとはな」
ミランもスケルトンを斬り倒すのだが……
突然のスケルトンの襲撃の中。
ビスマルク、ヴイーヴル、アルタイル、ドレミドが姿を消した。血塗れの俺と共に。




