皇帝と皇子
帝都と第一都市を解放して数日。
俺達は帝都で休んだ。
そりゃもう休んださ。
帝国から用意された豪華な食事と部屋。食って寝て食って寝て食って寝てを繰り返す。今の俺達はただのニートさ。ふふっ、前世を思い出すぜ。
帝都も第一都市も第二都市も落ち着きを取り戻し始める。
休んで数日。そろそろ行動せなと思っていた時だった。全員が呼び出される。
呼び出されたその一室に華やかさは無い。しかし必要な物を最低限に抑え、洗練された美しさがある。
そして俺達の目の前に座る鉄仮面の人物。
「私が帝国皇帝、アウグス・アウトクラトールである」
こういう偉い人にも会った事があるのだろう、ビスマルク、フォリオ、タカニャがすぐさまその場に片膝をついた。とりあえず俺もビスマルクのマネしたろ!!
「いや、立ってくれ。お前達はこの帝国の恩人なのだから」
そう言って皇帝アウグスはその鉄仮面に手を掛けた。
その下にある素顔は……
「ガイサルさん?」
「ああ、そうだ。ガイサルだ。ただそっちが偽名だがな」
ガイサル……皇帝アウグスは笑う。
「入れ」
そしてガイサルが声を掛けると部屋の中に入って来たのはミランとロージー。
二人はガイサルの隣に立ちお辞儀をする。
「ここにいる全員、他国の人間でありながら帝国に協力頂いた事、心より感謝申し上げます」
ミランの言葉にロージーも続ける。
「同じく。シノブさん達がいなければ帝国はどうなっていたか……本当にありがとう」
そして最後にアウグスもお辞儀。
帝国の皇帝が頭を下げたのだ、それはアウグスがどんな人間であるのかを表す一面。
「あ、頭を上げてください、こっちが緊張して死んでしまいます!!」
いやいや、まさかガイサルが皇帝アウグスなんて……そんな事もあるかなと思ったけど、それが本当だとは思わないじゃん?
だがそれよりも……
「あの……アウグス様……僕、不敬罪とか大丈夫でしょうか? アウグス様の胸倉を掴み上げたような気がしますし」
「お前、皇帝にそんな事してたのかよ!!? 一族郎党、牢屋にブチ込まれるぞ!!」
と、タックルベリー。
「だって、知らなかったし、しょうがないじゃん!! ベリーも一緒に謝ってよ!!」
「巻き込むなよ!!」
「ひどっ!!」
「わ、わわ、私は一緒に謝ります、はい!!」
「あらあら~全員で謝れば許してくれるのかしら~?」
「母さん、そういう問題じゃないような気がするんだけど」
「お前達、皇帝の目の前だぞ、少し静かにしろ」
ビスマルクは呆れたように言う。
そんな様子を見てアウグスは笑った。
「心配するな。さっきも言った通りお前達は帝国の恩人だ。私が出来る事ならば何でも協力し、援助もしよう。投獄などするはずも無い」
「ありがとうございます!!」
とりあえず助かったぜ!!
★★★
それからさらに数日、体も充分に休めた。物資も充分に補給した。
そろそろ出発するか。
その事をアウグスに伝える。
「あれ、ミラン?」
「シノブ? どうしてここに?」
「どうしてって、そろそろ帝都を出発するからその報告をアウグス様にしようと思って。ミランは?」
「いや、俺は親父に呼ばれて」
「あっ、ミラン様って呼んだ方が良い? 一応、帝国皇子でしょ?」
「一応じゃなくて間違い無く皇子なんだけど。でもミラン様は止めろ。急にそんな呼び方をされると気持ち悪い。今まで通りにしろよ」
「分かった。この馬鹿野郎」
「今まで馬鹿野郎呼ばわりされた事は無いけどな」
「あははっ」
部屋の扉が開かれる。そしてアウグスが鉄仮面を取りながら姿を現した。
「二人とも仲が良いな。外まで声が聞こえていたぞ」
「あっ、申し訳ありませんでした」
「シノブ、私の事はガイサルの時と同じように接しろ。私だって本来はもっと楽に接したいんだ。ミラン、お前もいつも通りで良いからな」
「じゃあ、アウグスさん」
「お前、凄いな。いきなり皇帝を『さん』呼ばわりする根性。ビックリするぞ」
「ははっ、やはりシノブは面白い」
アウグスは笑う。
「……シノブ」
「はい、何でしょうか?」
「お前、ミランと一緒にならないか?」
「は?」「は?」
俺とミランは同時に首を傾げる。
「シノブ、私はお前を気に入っている。ミランと婚姻し、この帝国の人間になって欲しい」
「待て待て、親父。いきなりそんな事をどうしたんだよ? 俺の意思は?」
「シノブは容姿こそ幼いが、美しい娘だぞ。その見た目に反して性格は豪胆であり勇猛果敢、その知略も素晴らしい。それは王立学校の時から知っているのだろう?」
「確かにそれは認めるけど……」
「ミラン。第一都市が占領された時、私はお前を見捨てるつもりだったんだ。だがな、シノブに怒られたよ。『親が子を見捨てるなんて、あって良いわけない』とな。その言葉を聞いて、私はシノブに惚れてしまった。ああっ、もちろん女性として惚れたって意味ではないぞ」
そう言ってアウグスは笑う。
「……だったら俺はシノブに命を救われたみたいなもんだな」
「ありがとうございます。アウグスさんにそこまで言って貰えて嬉しいですけど……」
「それに、聞いたがお前は髪が長かったそうだな? 白く長い髪に、その赤い瞳。そして一つ名。王国では肩身が狭いのではないか?」
「まぁ、地域によってはですけど、僕が育ったのはエルフの村なのでそんなに酷い事はされませんでしたよ」
「帝国には元の身分も、出自も、見た目も、種族も関係は無い。こちらの方が生きやすいのではないか?」
「いやいや、生きやすいとか生きづらいとか、そういう問題では無く、まだ結婚とかする気が無いんですよ。あんまり男性に興味がまだ沸かなくて」
俺は苦笑いを浮かべる。
そりゃそうだろ、だって元は男だぜ?
男が男と結婚する感覚があって、俺には無理。男と結婚とか無理ぃぃぃっ!!
「だったら、そうだな、ミラン。お前、シノブと一緒に行け。そしてシノブを嫁として連れ帰るんだ」
「本気か?」
「僕は手強いけど挑戦してみる?」
「だって警備隊の方はどうするつもりだ?」
「シノブの事は私の希望だがな。ただそれは別として、シノブとの行動はきっとお前の良い経験になるぞ。間近でシノブを見て得るモノがあるはずだ。仲間も皆が強い。必ずお前の、そして帝国の力になると私は信じている」
「……そこまで言われたら断れないだろ」
「嫌なら僕がミランを逆に断ろうか?」
「お前なぁ、いきなり俺の決意を折りに来るんじゃない」
「あははっ」
俺は笑い、アウグスも笑うのだった。
こうして俺達の旅にミランが加わるのである。
★★★
さて余談ではあるが、帝国が王国に向けて援助を要請した話。
実は帝都を解放した後、そこそこの王国軍勢が援助に駆け付けてくれた。
まず援助先の窓口がニーナであった事、そのニーナに俺が関わっている事が伝わったのも、きちんと援助があった理由らしい。
そしてニーナが間に入った事により、俺が王国の代表面した事も不問へ。それとなるべく帝国とのバランスも崩れないようにお願いしといた。
これをきっかけにして両国の諍いが起きるような事も無いだろう。
ニーナ様様、良かったぜ。
★★★
そして再び、旅が始まる。
空白の地図もあと少し。この空白部分にアイザックが居れば良いんだが。
とりあえずと……
「ミラン、誰と模擬戦する?」
今現在のミランの実力を知っとかんとね。
「ロザリンド」
「構わないわ」
ロザリンドは刀を抜く。
「よろしく頼む」
「ええ。こちらこそ」
ミランは西洋剣を、ロザリンドは刀を構える。
ミランがそこそこ強いのは分かる。しかしロザリンドは……刀を構えた瞬間、周囲の空気が変わる。鈍感な俺にも分かるくらいだ。
「ねぇ、リアーナはどっちが強いと思う?」
「分からないよ。今のミラン君が実際に戦う所は見た事ないから。でもロザリンドちゃんが同い年の子に負ける姿はあまり思い浮かばないかな」
「自分以外では……というリアーナの自慢でした」
「してないよ!!」
ミランとロザリンドが前に出るのは同時だった。お互いの鋭い踏み込み。互いの武器が交わる。一度、二度、三度。速さ、威力、共にロザリンドの方が上。
そのロザリンドの攻撃に押され、ミランは防戦一方。やがてロザリンドの刀がミランの胴体で寸止めされた。
「ミランも頑張ったみたいだけど、すぐ終わっちゃったね」
まぁ、俺には何回打ち合ったか全く見えなかったんだけどな!!
「でもミラン君も強い。誰も簡単には勝てないよ」
「自分以外では……というリアーナの自慢でした」
「だからしてないよ!!……でも凄いのは、ロザリンドちゃん。そのミラン君に余裕を残しているんだから」
「……王立学校の時からそんなに差があったっけ?」
「……無かったよ」
悔しそうな表情を浮かべるミランが言葉を絞り出す。
「まさか……ここまで差が広がっているとはな……警備隊として訓練していたつもりだったが……」
「ミラン、まだ続けて大丈夫? 今度はキオとしてみたら?」
「ふぇっ、わ、私ですか?」
「大丈夫だよ、キオちゃんだって強いんだから」
「は、はい、わ、分かりました」
「キオの剣技も見たいから、キオは最初、剣だけね」
「が、頑張ります」
今度はミランとキオ。キオは片刃の直剣二本を構える。
「リアーナ、今度はどっち?」
「剣技だけなら互角だと思うよ」
「実際に手を合わせたロザリンドは?」
「そうね、私も剣技だけなら互角だと思うわ。ただ性格的にミランかしら。キオは優しいから対人だとどうしても力が出し切れない」
響く剣戟の音。
二人の言う通り、剣技はほぼ互角……のように見えるけど、少しキオが押されているか?
そして『少し』が重なり勝敗はミランの勝利で。
「何とか勝てたけど……俺より年下だろ? しかもこんな大人しそうな顔しているのに……キオか、さすがに強いな」
「あ、ありがとうございます……」
「ほら、ミランもキオも二本目始めるよ。キオは能力解禁、本気でやってみて」
「……能力……解禁?」
そうして始まったミランとキオの二試合目。カトブレパスの瞳を解禁したキオ相手にミランは……
「参った。俺の負けだ」
地面に横たわる。惨敗である。
いやぁ~素人が見てもキオの圧勝じゃないか。あのキオがこんなに強くなっているなんて、当初の姿を知っている俺なんか涙が出ちゃいそうだね。
「最弱皇子ミラン」
「くそっ!!」
「ちょっとシノブちゃん、意地悪過ぎ。ミラン君だって充分に強いんだよ?」
「ええ、ここまでできるなら充分戦力になるわ」
ただ本人の名誉の為に言うが、本当にミランは強い。その実力は王立騎士団に入っても遜色は無い。
しかしリアーナ達が強過ぎるのだ。実戦に次ぐ実戦。ドレミドやアリエリのように異常な敵。ビスマルクやヴイーヴルの鬼のような稽古。それらによって信じられない程にみんな強くなっている。
そしてこの環境にいれば、ミランもその域に到達する事ができる。そう感じたからこそ、ミランは言うのだろう。
「絶対に俺は強くなるからな」




