駆け落ちと計画
ここ2年、うちへ出入りする頻度が増えた、お父さんの同僚であるデルス。お父さんの命の恩人だし、独身という事もあって、夕食をたまに一緒したりする。
そして酒が入るとお父さんからたまに珍しい話が聞ける。
「えっ? マイスさんって駆け落ちだったんですか?」
驚いた表情を浮かべるデルス。
ちょっと、俺もその話は初耳。
「お姉ちゃん知ってた?」
「……知ってたよ」
「セレスティの所が一緒になるのを許してくれなくてなー。だから二人でここまでやって来たんだ」
「お母さんの両親かぁ……どんな人だったの?」
「それはな」
「マイス」
席を外していたお母さんが戻る。
ん? 何だこの雰囲気?
「ちょっと飲み過ぎよ。ほら、ユノ、シノブ。明日も学校あるんでしょう?」
そうしてお母さんは強引に話を打ち切るのだった。
★★★
「マイスさん、セレスティさん、ごちそうさまでした。ユノちゃん、シノブちゃんもおやすみ」
夕食を取った後、デルスは俺の頭を軽く撫でながら言う。
「うん、デルスさんもおやすみなさい~」
そうして帰宅する後姿を見送る。
そして寝る前に少しだけお姉ちゃんとお喋り。
「ねぇ、お母さん怒ってなかった?」
「お母さんね、その話が大嫌いだから」
「何で?」
「何でって……」
「私だって気になるよ」
大きく溜息を付き、お姉ちゃんは話を続ける。
「お母さんはね。モア商会の一人娘なの」
大森林の外側、少し離れた場所にこの大陸でも有数の大都市がある。その都市を拠点とするのがモア商会。大陸全土に名を馳せる大商会。簡単に言えば規格外の大富豪。
「お姉ちゃん。今、お母さんがモア商会の一人娘って聞こえたんだけど気のせい?」
「気のせいじゃなくて。本当にモア商会の一人娘がお母さん」
「あのモア商会?」
「あのモア商会」
「すっごいお金持ちじゃん」
「そうだね。でもお父さんは普通の家庭だったから、モア商会のお母さんには相応しく無いって周りに凄く反対されたの。それで家を飛び出してから一切の接触は無いみたいだよ。全ての縁は切ったって」
「ええ~残念、上手くいけば私達も楽な生活が出来ると思ったのに」
「本当にそう思う? お母さん、もの凄く酷い扱いを受けたって言っていたよ。だからその話をすると機嫌が悪くなるんだよ」
「だったら私がモア商会を継いで潰してあげるよ」
「全くシノブは……どこからそういう発想が生まれてくるんだか……」
俺は笑った。
それはさて置き……あのデルスという男、顔が整っているのはもちろん性格も温和。ちょっとした冗談や、機転の利いた言い回しなどに知性を感じる。
そしてお母さんやお姉ちゃん、そして俺に対する態度を見ても、女性の扱いは上手いんだろうな思う。
欠点の見当たらない好男子!!
だからこそ……クセェな。
完璧を演じているような胡散臭さ。これが男としての嫉妬と言われたらそうかも知れない。ただ何かが心に引っ掛かる。
前々から思っていたが……よし、行動を起こすか……この名探偵シノブ様がな!!
★★★
「ヴォル、最強説」
「どうした、急に?」
「いやさぁ、ヴォルの鼻があれば大抵の問題は解決出来るよね」
鼻の良さ。意思疎通が出来る高い知能。そして俺を乗せて走れるし、攻撃力も高い。これを最強と言わず何と言おう?
「その最強のヴォルに今日はデルスを追いかけて欲しいんだけど」
「何でまた?」
「ヴォル。絶対に秘密だよ?」
「……分かった」
「デルスね……アイツね、うっさんくせぇーんだよ!!」
「シノブもそう思っていたんだ?」
「ヴォルも? 何で教えてくれなかったの?」
「家族の友達を悪く言えない」
「じゃあ、私達二人で化けの皮を剥いでやろうぜ!!」
って事で調査開始。
大きな建物、前世で言えば警察署。そこを見張っていたんだが……
はいはい、終了、終了~本人に速攻見付かって調査終了~
バレないように帽子を目深にかぶっていたけど、全部は隠れない私の白い髪と、ヴォルフラムが一緒に居たら、そりゃ目立つわ。
「シノブちゃん? マイスさんに何か用?」
「用って程じゃないけど……働いているお父さんを見てみたいなって」
「今日はここにいないよ。今は大森林の警備の方へ回っているからね」
治安維持の仕事というのは町の中だけの仕事ではない。大森林での魔物に対する警戒も必要なのだ。
「そうなんだ? まぁ、いきなり来てもお父さん困るし、今日は帰るよ」
「そうだ。今度、ちゃんと許可を取って仕事を見学してみる? きっとマイスさんも喜ぶと思うし」
「本当? ありがとう、デルスさん!!」
見学の件をお父さんに伝えると。
「危険な仕事だからな。出来れば連れて行きたくはないんだが、まぁ、お父さんの仕事を知っておくのも大事だろう」
お父さんは凄く嬉しそうなのでした。
★★★
前髪を少しだけ残して髪の毛を後ろで束ねる。そして後頭部の上の方で紐を結び、ポニーテールを作る。そのポニーテールを編んでから、元の結び目を中心にするように丸く巻いて団子を作りピンで留める。
「これで激しく動いても邪魔にならないから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「学校の方で呼び出しが無ければ私も行けたんだけどな」
「もしかしてお姉ちゃんが学校で気に入らない男子を半殺しにしたとか?」
「シノブとは違うから」
「まぁ、私だったらほぼ全殺しだもんね」
「ありそうで笑えない」
「ありそうじゃないよ!!」
いや、本当はありそうだけどさぁ!!
「でも呼び出しって何かあったの?」
「進学の話とか色々だよ」
「そうなんだ」
お姉ちゃんは俺と違って優秀だ。剣や弓、体術も一流。魔力も強く、頭も良ければ顔も良い。この町の中だけで終わらすには惜しい才能だ。
だからこそ選択肢が多岐に広がっている。
前世の俺もお姉ちゃんくらいの年齢の時には、未来がいっぱい広がっていたんかな……と昔を懐かしんでもしょうがない。今の俺にはお姉ちゃんと同じくらい未来の可能性があるはずだしな!!
大森林。
大陸の二割を占める深い森。大森林は竜の山から流れ出るアバンセの生命力で出来た森だ。そこに一番近いのがこのエルフの町。
つまり竜の山に集まる魔物が出現するなら、この町の可能性が一番高い。
「ねぇ、お父さん。デルスさんと二人だけで大丈夫なの?」
森の中をお父さんと私、デルスの三人だけで見回る。
「元々、この辺りはアデリナの縄張りなんだ。その匂いが残っているから魔物はほとんど近寄らない。まぁ、お父さんのカッコいい姿を見せられなくて残念だけどな」
お父さんは笑う。
「そもそもマイスさんはアデリナさんに匹敵するくらい強いから心配いらないよ」
「お父さんが? アデリナさんと? 嘘?」
「ははっ、嘘かどうか後でアデリナに聞いてみれば分かるぞ。お父さんは強いんだからな」
「アデリナさんは近くにいるの?」
「今はいない。大森林は広いだろ? 森の主と言われるアデリナは広い森を巡回していて、ここにいない時がある。そういう時にお父さん達が見回りをするんだよ」
「いないと言えば、シノブちゃん、今日はヴォルフラムと一緒じゃないんだね」
「今日は家で留守番をしているよ」
嘘だけどな。
少し離れた位置、付かず離れずにいるで。
ただ、俺が合図するまでは絶対に何もしないと作戦で決めてあった。
獣道に近いような所を進んで行く。
「シノブ、大丈夫か? 疲れてないか? おんぶするか?」
「しないよ!! 全然、大丈夫だよ!!」
「マイスさん、この辺りに盗賊が潜んでいるなんて報告もあります。少し気を付けた方がいいかも知れません」
「そんな報告があったか?」
「そう聞いていますけど」
「ねぇ、お父さん、ちょっと」
俺はお父さんに耳打ちをする。
お父さんは頷いた。
「デルス、ちょっとここで待っててくれ」
「どうかしましたか?」
「シノブがオシッコだ」
「言わないで!!」
★★★
デルスの元に戻ると、お父さんは足を止め、腰から白銀の西洋剣を抜いた。
「シノブ、こっちにおいで」
俺は黙ってお父さんの隣に。
デルスはお父さんを見て、自分も剣を抜く。
「魔法の気配がする。これは……妨害、隠匿、攪乱、それに類するものだな」
「マイスさんは分かるんですか?」
「お前ももっと場数を踏めば分かる……っ!!」
俺には全く分からない。
お父さんが剣を振り下ろす。同時にキンッという金属音。
小さな短剣が地面に突き刺さり、始めて攻撃をされたのだと気付いた。
「来るぞ!!」
相手の姿は見えない。また木々の隙間から短剣が投げ付けられた。
短剣を剣で打ち落とすデルスだったが、その際に体のバランスを崩してしまう。そしてお父さんと体が当たり、お父さんもバランスを崩す。
そのお父さんと俺の体が離れた瞬間。
俺は森の中へと引きずり込まれる。
「シノブ!!」
お父さんの声が遠ざかる。
口元を押さえられ、大人の男の手が胴体に回されていた。そのまま森の中へ。
まぁでも、この程度は想定内。まだまだ慌てるような事態じゃない。お父さんもアデリナさんと同等なら、それほど危ない事態にはならないだろう。
取り合えず、このアホウの正体を突き止めないとな。
ガブリッ
口元を押さえていた手に思い切り噛み付いた。
「クソッ!!」
そして暴れる。
「離して!!」
「うるせぇ!! 静かにしろ!!」
その男は短剣を俺の喉元へと突き付ける。
「静かにしていれば生かして帰してやる。ただ騒げばどうなるか分かるな?」
「な、何が目的なの?」
フルフルと震える。少しでも怯えたように……見えるよな?
「お前達は俺達を探しに来たんだろ?」
また別の男が現れる。
まだ他に何人かが姿を隠しているんだろ。二人だけだったらわざわざ姿を現すワケがねぇ。
「どういう事?」
「俺達は色々な街を渡り歩く盗賊団だ。この辺りに隠れている情報を聞き付けて捕まえに来たんだろうが」
「ち、違います!! だったらお父さんは私を一緒に連れて来たりしません!!」
「どうだかな」
デルスに怪しさを感じている今、こいつ等の言動も怪しい。
そもそも盗賊団だと名乗る必要があるのか? 隠れていれば良いのに、わざわざ自分達から攻撃をする必要があるのか? 俺を生きて帰す必要があるのか?
まぁ、良い。ボコッて聞き出しゃ良いんだからな!!
「来たれヴォルフラム!!」
これはヴォルフラムと決めた合図。この台詞と同時にヴォルフラムが助けに入る手筈なのだ!!
……
来ない。
「来たれヴォルフラム!!」
これはヴォルフラムと決めた合図。この台詞と同時にヴォルフラムが助けに入る手筈なのだ!!
……
来ない。
「ちょっとぉ~ヴォルフラムさぁ~ん!!」
…………
来ないよ!!
「誰かの助けを待ってるのか? 無駄だぞ。この辺りには魔法が掛かっているからな」
確かにお父さんは魔法の気配があると言っていた。それは妨害、隠匿、攪乱に類するものとも。つまりヴォルフラムはそれに阻まれて助けに来れないという事か。
「残念だったな。諦めて、静かにしていろ」
くそっ、最後の手段は取って置きたいが、手遅れになっても困る。
一度目を閉じ、自らの魔力を意識する。体の中で膨れ上がる力を感じた。そして力は体の外へと溢れ出し、俺の体を包むようにして淡く発光する。
俺の動きは全く見えなかったのだろう。
男の手からナイフが落ちる。
「な、何だ?」
そして男は気付く。自分の腕が折れて関節が一つ多くなっているような状態に。
「ギャッ……」
悲鳴を上げる事さえ許さない。俺の拳が男の腹に突き刺さったから。男はその衝撃に呼吸も出来ず、そのまま気を失う。
もう一人の男も何が起こったのか理解出来なかっただろう。目の前の少女が消えて次の瞬間には昏倒していたのだから。一瞬にして男の背後に移動して、その頭にハイキック一発。
そして魔法でこの場に掛けられた魔法を打ち消し、さらに魔法で周囲を索敵。これがお父さんとデルス。少し離れた位置にヴォルフラム、こっちに凄い勢いで向かってくる。
じゃあ、この二人は……敵だな。よしシバいてこ。
木々の上から急襲。
ド突いて二人とも気絶させた所でヴォルフラム登場。
「大丈夫か!!?」
「私は大丈夫だよ」
「その体……力を使っているのか」
「ヴォルが来ないから。どこで遊んでいたの?」
「うっ、ごめん」
「冗談だよ。この辺りに魔法が掛かっていたみたいだから仕方ないよ」
「シノブは意地が悪い」
「それより私が力を使えるうちにお父さんの所に行くよ!!」
「ちょっと待って、ヴォル」
木々の隙間から様子を伺う。そこにいたのはお父さんとデルス。
「どうした? 行かないのか?」
「ちょっとだけ待って」
俺は耳に意識を集中する。
「マイスさん、死んでくれますかね?」
それは間違いなくデルスの声だった。
「……どういう事だ? デルス」
「邪魔なんですよ」
「意味が分からない。俺がお前の何を邪魔しているんだ?」
「セレスティ。あの女、モア商会の一人娘なんだろ?」
「……」
「大森林の見回りの最中、たまたま盗賊団に出くわす。一緒に連れていた娘を人質にされてマイスは死ぬ。そして娘は俺が助ける。シノブは盗賊団に捕まった自分を助けたのは誰か。きっちり説明してくれるだろう。セレスティもユノも感謝と共に俺を受け入れる。そのため2年間掛けて取り入ったんだからな」
つまりこのバカの目的とは、お母さんを利用してモア商会と関わりを持つ事。ここまで喋ったんだ、お父さんを殺すつもりなんだろうな。
もちろんあの盗賊団と名乗っていた男達はデルスの仲間だ。
「お前に俺を殺せると思うのか?」
「殺せるさ。抵抗すればシノブを殺す」
「……」
「こっちはもうお前の娘を人質に取っているんだ。俺が命令を下せば、シノブはすぐ死ぬ事になるぞ」
デルスは笑った。
しかしそれを無視するように、お父さんは歩を進める。
「それ以上は近寄るな。剣を置け。こちらには仲間も居る。お前が死ねば、シノブは無事に帰してやる。シノブの証言が俺のためにもなるしな」
「……」
お父さんは無視。
「止まれ!! 本当にシノブは死ぬぞ!!」
この行動はデルスにとっては予想外だった。お父さんが家族を大事にしている姿を知っている。そのお父さんが俺の命を無視するように迫って来るのだ。
「シノブがどうなっても良いのか!!?」
お父さんの剣の一振り、それはデルスの剣を弾き飛ばす。後ずさるデルスはそのまま転んで尻餅を付く。その眼前にお父さんの剣の切っ先が。
「な、ど、どうして……シノブの命が掛かっているんだぞ……」
俺の魔法を使える時間は過ぎてしまったが、この状況を見る限り、もう大丈夫だろう。
「私の命?」
「シノブ!!? どうしてここに……」
デルスは目を見開き、驚きに言葉を失った。
「あ、お父さん、やっほー」
「マイス、無事で良かった」
「シノブ……今日こうなるっていつから分かってたんだ?」
「えっ、えっ、ど、どういう事だ……もしかして計画を知っていたのか?」
「ねぇ、お父さん。とりあえず一発ブン殴って縛り上げて置こうよ」
ブン殴って縛り上げました!!




