撤退と解放
帝国領第一都市はそこそこな城壁に囲まれている。
そして高い城壁の上だと良く見えるなぁ~
……帝都から向けられた敵兵とゴーレムが。
「ママトエトエの野郎はいるかな? ヴォル、見える?」
「見える。目立つからすぐ分かる」
「シノブちゃんは本当に凄いね。全部作戦通りだよ」
「ここまではね。でもどこでどう状況が変わるか分からないから気が抜けないけど」
「そうね。場合によっては先日の乱戦が遊びに思えるような大乱戦になる可能性もあるものね」
リアーナとロザリンド。
そこに現れるのはミランだった。
「リアーナもロザリンドも久しぶりだな」
王立学校からミランが帰国してから、こうやって話せるのは初。
「ミランくんは元気だった?」
「もちろんだ。自分の国がこんな状態じゃなければ、もっと元気に再会できたんだけどな」
「それなりの身分だと思っていたけれど、ガイサルさんの息子だったのね。剣の腕も確かなはずだわ」
「後で手合わせでもするか? あの時はロザリンドの方が上だったが、俺もこっちで鍛えたからな」
「楽しみだわ」
ミランとロザリンドは笑う。
しかしすぐ真剣な表情に戻る。
「シノブ。こっちは半分も回復していない。勝てないぞ」
ミランは目の前に迫る大軍を見下ろして言う。
「ちゃんとタイミングは合わせたからそろそろだと思うけど」
目の前に迫ったママトエトエ軍。
それから半日……
……
…………
………………
「お、おい……どうなってるんだ……本当に……」
ミランはそれ以上の言葉を失う。それは全く予想できない展開だったから。まぁ、逆にそれは俺が思い描いていた理想の展開なんだけどね、えへっ。
ママトエトエ軍が撤退を始めた。
「もうちょっと待っててみ。面白い報告が聞けるかもよ」
★★★
さらに翌日。
俺は城壁の上から周囲を見回す。ママトエトエ軍の姿は全く見えない。
「シノブ様、これで終わったのでしょうか?」
ホーリーの言葉に、俺は遠くを眺めながら言う。
「撤退する決断をしたんなら、もう出来る事は無いと思うけど。まぁ、油断禁物って事で」
そこへやって来るのはやっぱりミラン。
「おい、シノブ、そろそろ聞かせろ、いったいどうなって……」
「はいはい、こっちはホーリー。ホーリー、ガイサルさんの息子のミランだよ」
二人は初対面。
「ミランだ。力を貸してくれた事、帝国を代表して感謝する。ありがとう」
そう言うミランの立ち姿に気品のようなものを感じる。これが育ちの良さか。
「シノブ様のメイド、ホーリー・ファイファーと申します。初めまして、ミラン様。よろしくお願い致します」
さらにそこへ姿を現すのがガイサルとビスマルクだった。
二人から聞かされたのは帝都の解放。反乱分子が降伏していたのだ。
降伏したのだから、ママトエトエだけで俺達に対抗するリスクを犯す事はできない。結果として撤退、姿を消した。
ママトエトエとの直接戦闘を回避しつつ、帝都を解放する。それが第一都市を先に攻めた理由だ。
「待ってくれ。俺には全く分からない」
だろうね。
「……僕達にとって幸運だったのは帝都の近くに王国の領地があった事」
それに気付いたのは、事前に帝都と第一都市の情報を集めていたリアーナ達。帝都から少しだけ離れた位置に見付けた森林を背にするような小さな村、それが王国領だったのだ。
その情報を帝都の中に入り込んだベルベッティアが噂のように流す。
反乱分子側も噂を聞き付け、すぐに調査しただろう。しかし村の規模から放って置いても問題無いと判断したはず。
まずこの下地が必要だった。
「帝都を攻めるにしても、第一都市を攻めるにしても、戦力的に戦えるのは一回だけ。その一回で帝都と第一都市の両方を解放しないとならない」
「そんな事が可能なのか? まぁ、可能だから今の状況だとは思うんだが……」
「ママトエトエは強敵だからね。だから僕は第一都市を先に解放した」
「……」
ミランは次の言葉を待つ。
「それと帝国に対して敵対心の強い人は第一都市に多いって聞いていたから。住人を先に保護する意味でもね」
「でも結果としてこっちの戦力はほとんど駄目になったんだぞ?」
そこでガイサルは笑った。
「どうした、親父?」
「いやなに、ここからが信じられない話でな。お前も聞いたら関心して笑ってしまうぞ」
俺は説明を続ける。
「さっきミランが言った通り、こっちはもうボロボロだよ。けど、だからこそ……ママトエトエは攻めて来るしかなっかんだよ」
ミランにもガイサルにも俺の能力の事はハッキリとではないが伝えてある。
「もちろんママトエトエも僕の能力に制限なり条件がある事に気付いていたと思うよ。だから時間が掛けられなかった。時間を掛けたら、僕が能力を再び使えるように準備を整えてしまう可能性があったから」
そこでビスマルクが補足する。
「つまりだな、ママトエトエは自ら攻めたのではなく、仕方なく攻めさせられた面が強い」
そう、俺は……自分の欠点を、相手を縛る利点として考えた。
「それでママトエトエが敵兵やゴーレムを連れてこっちにやって来るよね? つまり帝都の守備は薄くなる。そこに王国領から援軍があったらどうなる?」
「待て待て、援軍って、さっき言っていた小さな村が関係するんだろう? 規模が小さいから放って置かれたのに、どこからそんな大軍が出て来るんだ?」
「もちろん村からじゃないよ。そもそも村自体は無関係。大事なのは『王国領』からって事だからね。隠れるトコはいっぱいあったし。ちなみに援軍を指揮していたのはロージーさん」
「叔父さん!!? ど、どういう事だ?」
「早い段階で、第二都市の住人を秘密裏に少しずつ移動させていたの。王国領の方にね」
リアーナ達から報告を受けて、俺はすぐに作戦を練り上げた。そして隠れるようにしながら第二都市の住人をヴォルフラムと飛竜二匹で移動させていたのだ。
特にヴォルフラム……何人もの人間を背中に乗せて、昼夜休まず、数日間ブッ続けで、何回何十回と往復し、距離にして何百何千キロも駆け続けた。
この作戦はヴォルフラムが居なければ成り立たない作戦。
第二都市の住人達が兵士に扮して、さらにアルタイルがスケルトンを使い水増しする。時間的猶予があれば相手も見抜けただろうけどな。
「ガイサルさんが王国に応援を頼んでいた事は副官を通じて相手にも伝わっていたから、急に王国領から大軍が現れたら、勘違いするよね。王国から援軍が送られた、って。その時に帝都の中には敵対心の弱い人達と、第一都市から逃れた敵対心の強い人達が一緒にいる事になるでしょ。この二つが内部で対立するよ。降伏か抵抗かで」
「第一都市の反乱分子を簡単に逃したのはこの為でもあったという事だ」
ガイサルが言う。それを聞いてミランも理解する。
王国との国力差、帝都内部での対立、第一都市に向かってしまったママトエトエの不在、それらが重なり帝都側の反乱分子は降伏し、帝都を捨てたのである。
「は、ははっ……じょ、冗談だろ……シノブ……それを全部シノブが考えたのか? 確かに王立学校の時から天才だとは思っていたが……ここまでとは……」
ミランは引き攣った笑みを浮かべる。
「でも……もし援軍が偽物だと気付かれたらどうするつもりだったんだ?」
「ロージーさん達は小さな村に避難。王国領である事は確かだから深追いはできないはずだし。まぁ、僕達は大乱戦に籠城戦に撤退戦だね~」
まぁ、他にも色々と考えてあったけどな。
「だったら最初から帝都を狙った方が良かったんじゃないか?」
「帝都を先にしてもリスクはあるんだよ。まずママトエトエに勝てるのか、解放後に第一都市から攻め込まれて耐えられるのか、第一都市の住人が人質にされたりしないのか。色々な可能性を考えて、天秤に乗せた結果、今回の作戦を選んだの」
「そうだな。どの作戦にもリスクは付く。ただその中で被害の大小と、見返りを考えた結果、シノブの立案した作戦を選んだという事だ。だから今回の指揮をシノブに任せた」
と、ガイサル。
そういう事。
色々と作戦は用意していたけど、結果として一番良い作戦が上手くハマッてくれて良かった。それと事前に俺の能力を見せていたという要因もかなり大きい。
反乱分子側は、その得体の知れない強力な能力にビビッてた部分もあるんだろ。
兎にも角にも、帝都、第一都市、第二都市、全て解放である。




