要請とお願い
「このまま帝都へ向かう」
ガイサルの言葉にビスマルクは言う。
「今、ここにある戦力だけで帝都の解放は可能なのか?」
敵は反乱者とゴーレム。どちらかではない、両方だ。
「……もともと帝国はいくつもの小国の集まりだ。そして全ての小国が友好的に従っているわけではない。中には敵対的な小国もある。だがそれらを束ねる為に敵対的な者でも、優秀ならば重要な地位を与えた」
中には大陸全土を支配しようという野心的な人物もいる。その反面、身分だけを保証してくれれば全面的に従うという人物もいる。その敵対心の程度には差があるのだ。
そして敵対心の弱い者を多く帝都に、敵対心の強い者を多く帝国領第一都市へと配置していたらしい。
「……帝都には王国と敵対してまで帝都を乗っ取ろうと考える者は少ないだろう」
それはつまり王国に属する俺を担ぎ出そうって事か。
その話を聞いてビスマルクはピシャリと一言。
「都合の良い話だな」
副官が息を呑む。コイツは俺がガイサルに協力する話をした時に噛み付いてきやがったからな。ちょっと心の中で、ざまぁ、とか思っちゃうぜ。
ビスマルクは続ける。
「それはシノブが全面に立つ事で成立する話だろう。しかしシノブが王国の名前を出して行動すれば、そこにどれ程の重責が生まれるか」
そう……『王国側が協力しているかも知れない』という事と、『王国側が協力している』では全く事情が変わってくる。
俺が王国側である事をアピールするなら、それは同時に俺の行動が王国の意思という事になる。その行動一つで国と国との関係が変わる可能性だってあるし、俺に短剣を渡してくれたニーナにも多大な迷惑を掛けるだろう。
「シノブ。協力はここまでだ」
「待ってくれ」
と、副官。
「……」
俺もビスマルクも次の言葉を待つ。
「……力を借りたい」
副官は搾り出すように言う。
「王国に直接助けを頼むんだな。使者が来ていたのなら連絡を取る手段も持っているのだろう?」
「ちょっとビスマルクさん」
「黙っていてくれ」
「むぅ」
ビスマルクも分かっているはず。
帝国は王国に援助を求められない。
助けを求めれば、それは序列となり、王国と対等ではなくなる。そうなれば帝国として小国に面子を保てず、結果それは帝国崩壊に繋がるかも知れない。
「誤解はしないで欲しい。もちろん王国へは援助を要請する。ただ時間が惜しい、だからシノブ達にはこのまま協力を願いたい」
ガイサルの言葉に俺やビスマルクはもちろん、副官やロージーも驚いた。
そして言葉を続ける。
「帝国内だけの問題ならば我々だけでも解決はできただろう。しかしゴーレムが絡んできた今、我々だけでの解決は困難。問題が長引けば帝国はさらに混乱するだろう。王国の援助は不可欠だ」
「しかし……」
何かを言い掛ける副官だったが、それをガイサルは遮る。
「目の前の問題を解決できなければ、我々に未来は無い。それに勝機は十二分にある」
席を立とうとしていたビスマルクだったが、再び腰を深く掛ける。
「……帝都の造りは少し特殊なんだ」
それは皇帝に近しい者だけが知る事。本来は俺達に聞かせる事など絶対に無いだろう。副官もロージーも知らない事実だった。
「普通に外から攻めて帝都を陥落させる事は簡単ではない。ただ事前に今回のような事態も想定はされていた。そこで帝都には攻め落としやすい経路があるんだ」
城壁の脆い所、兵の配置がしづらい所等々、帝都の中心までそんな経路がいくつか存在するらしい。
そこを少数精鋭、短時間で突破する。
「具体的に、最後は何を、どうするつもりなんですか? 首謀者も分かっていて、それを倒すという事ですか?」
「ああ、その通りだ。私は首謀者を知っている。彼を捕らえる事ができれば帝都も安定するだろう」
「それともう一つ。第一都市についてどう考えているんですか? 帝都が解放されれば住人は人質にされます」
帝都も解放されれば戦力数で劣る第一都市の反乱分子は住人を人質とするだろう。
脅し、見せしめ、住人の何人かは死ぬかも知れない。
「その事については何も問題無い」
ガイサルは即答。
その姿を見て分かった。
「第一都市の住人は見捨てるつもりですね?」
「……」
「帝都と第二都市が無事なら、第一都市は結果どんな形になろうと取り戻す事ができるから」
「……両方は同時に救えない」
「王国に援助を要請するんでしょう? それを待ってからの同時攻略だってできるはずです」
「要請は巻き込むお前達に対する誠意だ。しかし私は王国の援助を信用していない。その理由は……シノブなら分かるだろう?」
「そ、それは……」
王国は要請に応えるだろう。
帝国の安定は王国にとっても必要だし、その帝国に恩を売る事もできる。
ただ問題はその規模。
王国としては『援軍を出した』という事実が必要であり、帝国を本気で助ける気があるのかどうか分からない。
王国が帝国を飲み込もうと考えるなら、わざと少ない援軍を送り、助けず、さらに帝国の疲弊を待つ。
後々に『帝国の反乱者を、同盟国である王国が討つ』と言って乗り込む。事前に援軍を出しているから名目も立つ。
そしてそのまま帝国を支配してしまう……なんて事だって考えられるのだ。
つまり俺がガイサルの立場なら王国を信用できない。
「我々には時間的猶予が無い。その中でできる事は帝都の解放だけだ」
「だからって第一都市を無視するなんて……何人もの……場合によっては何百、何千の住人が死ぬかも知れないんですよ!! きっと何かやり方があるはずです!!」
「シノブ、何か案はあるか?」
と、ビスマルク。
「無いけど!! でもこのまま見捨てるなんてできるわけないでしょ!! 絶対に何かあるはずだよ!!」
「これが現状の最善だ」
「自分に関係の無い人達ならどんな危険に晒されても構わないと? 誰かの家族、誰かの恋人、誰かの大切な人が死ぬかも知れないんですよ!!? その人達の前で同じ事を言えるんですか!!?」
「……」
ガイサルは答えない。しかし代わりに返事をするのはビスマルクだった。
「他に案が無いなら、私達が口を出す事はできない。シノブ、それはただの八つ当たりだ。落ち着け」
「八つ当たり!!? そんな事は分かってるの!!」
俺はバンバンと机を叩く。
そう、これはただの八つ当たりだ。分かっていても我慢ならんのだ!!
「それでも僕は全部を助けたい!!」
ガイサルは小さく笑った。
「何笑ってん!!?」
「いや……シノブ、お前は良い女だな」
「うぐっ、もういいです。ビスマルクさん、いくよ!!」
「協力はどうする?」
「するに決まってるでしょ!!」
そうして俺は勢い良く立ち上がり、その部屋を後にするのだった。
★★★
協力するにしろ、しないにしろ、ガイサルの行動は変わらない。だったら少しでも早く、少しでも被害が小さくなるよう協力すべきだ。
「シノブさん」
部屋を出た俺の後を追い掛けて来たのはロージーだった。
「……さっきはごめんなさい。僕も熱くなり過ぎました」
「いえ、きっと兄も嬉しかったと思います。シノブさんの言葉はガイサルが一番叫びたい言葉だったはずですから」
「……そうでしょうか?」
「……第一都市の警備隊の中にはガイサルの息子がいます」
「えっ?」
「今すぐにでも第一都市に向かい、息子を救い出したいでしょう。でもそれが簡単にできる立場ではない。ガイサルの行動は帝国内全てに影響しますから。その彼が帝都を優先した。そこにどれ程の葛藤があるのか……理解はしなくても良い、けど知っていて下さい」
関係の無い人達じゃない……第一都市にはガイサルの大切な人がいる……
「ちょっとビスマルクさん、待ってて!!」
先程の部屋に駆け戻る。
そして……
「どうした? 話は終わりだ」
「ガイサルさん……第一都市に息子さんがいるんですか?」
「……ロージーから聞いたか……ああ、その通りだ」
「……すみませんでした。さっきは何の代案も無いのに文句ばっかり言って。ガイサルさんの大切な人も第一都市にいたのに。それも知らないで僕一人だけ怒って……」
「いや、構わない。私が第一都市を見捨てる……それは事実だからな」
「でも……今、話を聞いてさらにあったまきました」
「……」
「親が子を見捨てる? 本気ですか? そんな事、あって良いわけないです!!」
ガイサルの胸倉を掴み上げる。
「では何か案があるのか?」
「今はありません。でも絶対に見付けます」
「帝都への突入は五日後を予定している」
「それまでに僕がより良い代案を出せたら、ガイサルさん、アナタは僕に従って貰います」
「……構わない。それが今の案よりも良いものならばな」
「良い案出すから見てやがれ!!」
そうして俺はガイサルを突き飛ばして部屋から飛び出すのだった。
★★★
翌日である。
凄いぜ、俺が能力全開にしている時の回復魔法。リアーナ達はすでに回復していた。まぁ、体力全回復とは言えないだろうけど。
全員に集まってもらう。全員を前にして俺は……
「シ、シノブちゃん?」
リアーナは困って言葉を失う。
そしてロザリンドは小さく呟いた。
「……土下座ね」
「本当に申し訳ございません。このシノブの采配が甘いばかりに全員を危険に晒しました」
「確かに全滅寸前だもんな。僕なんか死因が鼻血になる所だったんだぞ」
「うっ……ごめんね、ベリー」
「『ベリーさん』だろうが!! それに『ごめんなさい』だ!!」
「……ベリーさん、ごめんなさい」
「『ベリーさん、ごめんなさい。指揮官がボンクラなばかりに大変ご迷惑をお掛けしました』!!」
「ベリーさん、ごめんなさい。指揮官がボンクラなばかりに大変ご迷惑をお掛けしました」
「『この無能な牝豚に罰を与えて下さい』!!」
「この無能な牝豚に罰を与えて下さい。ベリー殺す」
「何だぁ!! 最後に何を言った!!?」
「ちょっと、ベリー君。そろそろ本気で怒るよ」
リアーナの目がギラリと光る。
「じょ、冗談だって、ちょ、痛っ、ロザリンドもリコリスも、アダッ、拳で殴るな!!」
「あははははっ、まぁ、良いさ。結局は全員無事だったんだから」
タカニャがそんなやり取りを見て笑った。
「そ、そうです、だ、第二都市だってちゃんと解放できましたから、だ、だから、その、そ、そんなに謝らないで下さい……」
キオは相変わらず良い子だな。
しかしこの土下座はただ謝罪する為のモノではない。
「……みんなにお願いがあるの」
「どういう事?」
ベルベッティアが話を促す。
「実は……」
ガイサルの作戦の事。
第一都市は見捨てる事。
俺はその第一都市を助けたい事を説明する。
「だけど僕だけじゃ時間が圧倒的に足りない。だからみんなにも協力して欲しいの。第一都市を解放する為の作戦を一緒に考えて……お願いします!!」
そんな俺の言葉に即答したのはヴォルフラム、リアーナ、リコリス、キオ、ミツバだった。
「俺はシノブに従う。シノブの助けになるなら何でもする」
「私もだよ。助けられるかも知れない命なら私だって助けたい」
「わたくしも。第一都市の住人を見捨てるなんてできるわけないじゃない」
「わ、私もです、はい」
「うっす。姐さんが行くなら地獄の底だろうと付いていくっす」
「みんな……ありがとう」
しかし……
「私は反対だわ」
ロザリンドだ。
「ちょっとロザリンドちゃん」
「私だって気持ちはシノブやリアーナと一緒よ。でも両方を助けようとして、両方とも助けられなかったら? 物事全てが上手くいくとは限らない。だったら私達は、私達ができる事だけに全力で取り組むべきよ」
「僕もロザリンドと同意見だな。どっちも助けたい、それは都合が良過ぎるんじゃないか?」
「ちょっとベリーもロザリンドも何でそんな事を言うのよ? 両方とも救えるように知恵を出し合えば良いじゃない!!」
「悪い、リコリス。俺も二人と同じ意見だ」
「ユリアンまで!!」
「さっきもシノブ自身が言っていただろ。『時間が圧倒的に足りない』って。作戦だけ立てれば良いわけじゃない。その準備も必要なんだ。準備も含めて間に合うと俺には到底思えない。準備が不十分のまま作戦を実行すれば今度は命を落とすかも知れない。ガイサルと協力するなら、帝都を解放する為の準備に集中すべきだ」
そう、俺のは感情論だ。
ユリアンの言葉は圧倒的に正しい。
「ねぇ。みんなが従わなかったら、シノブちゃん自身はどうするつもりなの?」
ベルベッティアだ。
「分からない。でも、それでも……一人になったとしても僕は第一都市を絶対に見捨てられない」
「どうして? だって第一都市の住人とは全くの他人だよ?」
どうして……どうしてだろう……分からん……分からんけど……
「俺が俺じゃいられなくなる。ここで第一都市を見捨てたら、もうどこにも行けない」
ベルベッティアは笑った。そして言う。
「ベルちゃんは協力しちゃうよ」
しかし厳しい言葉を投げ掛けるのはフォリオだ。
「くだらない。現実が何も見えていない。シノブ、お前の未熟な作戦で我々は全滅をしかけた。作戦も時間も何も無いのに、さらに無理難題を押し付ける。お前のただの自己満足に過ぎない。それでもなお同じ事を言うつもりか?」
「もう、フォリオさんの仰る通りでございます。だから無理強いはしません。でもお願いします!! 力を貸して下さい!!」
「マイスさんから聞いてるよ。シノブが自分の事を『俺』って言う時は本気の時だってね。本当に一人でも第一都市を救うつもりなんだね?」
タカニャの言葉に俺は頷く。
「……シノブの世話を見てくれってマイスさんにも頼まれてるしね。何より面白い。付き合ってやろうじゃないか」
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
タカニャはニカッを笑うのだった。
「ビスマルクさん、どうなっているんだ、このシノブって奴は?」
フォリオは吐き捨てるように言い、鋭い視線をビスマルクへと向けた。その視線を受けてビスマルクは……笑った。
「ガハハハハッ、面白い奴だろう? これこそシノブだな」
「じゃあ、ビスマルクさん……」
「第一都市を救う方法を一緒に考えよう。しかしだ、有効な作戦と準備ができない場合、第一都市は諦めろ。良いな?」
「分かりました!!」
「そうね。私も良い作戦ができるように協力するわ」
「ロザリンド……手伝ってくれるの?」
「当たり前でしょう。もちろん意見的には反対だけど、シノブがやると決めたのなら、私だってそれを全力で手助けする。それが仲間でしょう? それに助けたい気持ちは一緒なんだから」
そう言ってロザリンドはリアーナにも視線を向けるのだった。
「俺もロザリンドと全く同じ。手伝うよ」
「ユリアン……ありがとう」
「だったら最初から手伝うって言いなさいよ!!」
「はいはい」
そんなリコリスを軽くあしらってユリアンはヴイーヴルに視線を向ける。
「母さんは? どうするつもり?」
「まぁ~みんなにお任せねぇ~難しい話とか好きじゃないのよ~」
「フレアとホーリーは?」
俺の言葉にフレアはただニコニコと微笑んでいた。
「私も、姉さんも、シノブ様のメイドです。何処までもお供をします」
「二人とも本当にありがとう。嬉しいよ」
「アルタイルえもんはどうするつもりですの?」
リコリスの言葉にアルタイルは静かに言う。
「……手伝おう」
「うん、アルタイルえもんも本当にありがとうね」
「だからアルタイルえもんではない」
やっぱりアルタイルは面倒見が良く優しい。
「話にならない」
みんなの様子を見てフォリオは呟く。
確かに話にならないお願いだ。フォリオが不参加でも仕方無い。それを責める事はできないだろ。
しかしビスマルクは言う。
「フォリオ。第一都市の住人を助ける事ができるなら助けたい……お前だってそう思っているはずだ」
「……何か作戦があると?」
「それがシノブという人物だ」
睨まてる……今、めっちゃフォリオに睨まれてるぅ。
やがてフォリオは大きく溜息を一つ。そして呆れたように言う。
「シノブも大馬鹿だと思ったが……ビスマルクさん、あんたも大馬鹿だったんですね」
ビスマルクは大きくガハハハハッと笑う。
「良いだろう。俺も協力しよう」
「フォリオさん……ありがとうございます!! でもこれで……辞退はベリーさんだけと」
「うぉぉぉぉっい!! 待て!! 待て!!」
「何でしょうか、ベリーさん?」
「急に『さん』付けとか止めろ!! 僕だって手伝うぞ!!」
「そうなの? でもさっき反対だって」
「いやいや、ロザリンドやユリアンと同じに決まってんだろ!! 反対だけどお前がやるなら手伝ってやらぁ!!」
「あははっ、ベリーも本当にありがとうね。感謝しているよ」
結局、みんな手伝ってくれる事になった。
俺は本当に良い仲間に恵まれている……そう実感するのだった。




