第6幕 レストルーム
ジンがレストルームの扉を開いた瞬間、目を見開いたと思ったらパタンッと扉を閉めた。
「ジン、どうしたの?」
すぐにいつものジンに戻ったが、ローザはジンの目が泳いだ一瞬を見逃さなかった。
「先客がいらっしゃいました。邪魔しては悪いので他のレストルームまでご案内致します。」
「どなたがいらっしゃったの?」
サラリと質問するローザに、ジンは一瞬怯んだが、頭を傾げて苦笑いした。
「さぁ、存じ上げない方達でしたね。」
ジンもローザ同様、王族の親戚として全ての貴族を網羅している。そんなジンが目を泳がせたりしらばっくれなければならない人物はただ1人だ。
ローザは確信したのと同時に、扉をバンッと開いた。
その音に驚いた男女が、部屋の中のソファーに横たわったままローザを見上げて驚いる。
「ローザ・・・。どうしてここに・・・。」
男はシャツのボタン全開で、女も胸元が大きく乱れていた。
散々浮気されてきたが、ローザもこんな現場に直面するのは初めてで、一瞬にして血の気が引いていくのを感じた。
言葉を失っているローザに、女は身なりを整えながらクスクスと笑い出した。
「あら。私が黙って屋敷に帰ったとでも思ってらっしゃったの??ベートシュ様と私は、この一年深い仲ですの。たかだか王様のご命令で婚約されているだけのお飾りの王女に、私たちを邪魔する資格はなくってよ?」
そう言って、ヒメールはベートシュの背中に腕をまわした。
ローザとベートシュとの婚約は8年前の事だった。お互いまだ7歳と9歳の頃からの婚約である。
だから、確かに愛し合った思い出もなければ、甘い言葉を交わす仲でもなかった。
ただ、ローザはベートシュが子どもで優しかった頃の言葉を覚えていて、それを励みにここまできたのだ。
「僕は姫様のことが大好きです。だからずっと僕と仲良くして下さいね!」
「はい!ずっと一緒にいましょーね。」
ローザが屈託なく笑って答えると、ベートシュが花の冠を作ってくれて、ローザの頭に乗せてくれた事を、今でも鮮明に覚えている。
ローザは頭の中が真っ白になって、ただただその場から逃げたくなった。
「・・・ベートシュ様。」
絞り出したようなひっくり返った声で名前を呼んだローザだったが、踵を返してそのまま走って部屋を出て行ってしまった。
ジンもベートシュを睨みつけながら、すぐさまローザの後を追った。
「お待ちください司令官!!」
ジンはローザを追いかけながら、何故レストルームなんかに行こうとローザを誘ってしまったのか、扉を開けてしまった時、どうしてバレないように話せなかったのか、自問自答していた。
必死になって追いかけたジンは、ローザの腕を捕まえようとしたが、その瞬間全速力で逃げられてしまった。とにかくローザは足が速い。男の足でも歯が立たないのだ。
ローザは自分の部屋まで走りきって、バタンッと部屋の扉を閉め鍵をかけてしまった。
ドンドンドンッ!!
「司令官!!・・・ローザ様。出てきて下さい!」
必死に扉を叩くジンに、暫くして小さな声でローザが言葉を返した。
「ごめんなさいジン。今日は1人にして。」
「1人になどしておけません!取り敢えずこの扉をお開け下さい。」
「・・・今日はもう帰って。」
その後は、ジンが扉を叩いても必死に言葉をかけても、部屋から出てくる事はなかった。
ローザはベッドに倒れ込んだまま、一人で思いっきり泣いた。
こんなに惨めで辛い思いをするのなら、もういっそ婚約破棄をしたいと王様に頼み込んだ方が楽になれるんじゃないだろいか?
そんな気持ちも浮かんでは消えて、ただただベートシュとヒメールの2人の光景が目に焼き付いて離れなかった。
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