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第7話 夜を生き残れ

 進は着替えようと服を広げてみると、着物というより、一枚の長い布だった。しかも極薄である。


(……?) 


 何かの間違いではないかと思った進は、両手で布を広げたまま大和の方を向く。


「あー、それ下に着るやつだからな」


(下? ……どう着ろと?)


 大和から貰った服は何枚か重なっていたため、どれも広げて見てみると、これもまた薄い。七分袖と七分丈のこん色の着物だった。


(寒そう……これの下にこの長い布?)


 他にももう一枚の長い布と、靴下のようなものがあった。とりあえず進は着ている着物を脱ぎ、長い布を肩にかけてみる。


 シュルシュルッ。


「え?」

 

 一枚の布は独りでに動き出す。体の形に合うように伸び、あっという間に首元から手首、腰当たりまで覆った。まさかと思った進はもう一枚を足に触れさせると、今度は腰から足先までを覆う。

 

(寒くない!)


 体への密着性は凄まじく、もう着物というより長袖のアンダーシャツとスパッツである。

 その服の上から七分袖と七分丈を羽織り、靴下と靴を履いて着替えは終了。


「ビビったろ? それは特別な布だからな」


「これすごいですね!」


 進は目を輝かせて着た服を見回す。すると先ほどの感動はどこへやら。


「これ、ほぼこん色で……首元、両腕、両足首が黒。頭巾被ったら忍者……みたいな?」     


 見た目だけで言えば、上下に着るのは七分袖と七分丈ほどのこん色の薄い着物。その下からは、首元まである長袖のアンダーシャツと、足元まである黒のスパッツが覗いている。

 侍はシャツもスパッツも着ない、みたいなことを進は言いたいのだろう。


「正々堂々の侍の姿になったら、お前死ぬよ?」


「ですよね〜」


「んー。下に着てる黒いの、見えなくすることもできるぞ」

  

 見かねた大和は進の肩に触れる。すると黒いシャツとスパッツは見えなくなった。


「え!?」


「黒い方は妖術を込めた特別なものだからな。伸縮性と強度もある。こうして肌に擬態することもできるが、これは服ではなく武装だ。破けたかを確認するためにも、戦闘時は見えた方がいいと思うぞ」 


「あの、俺も妖術でこれを操作できますか?」


「妖術使ったことないのか?」


 進は二回うなずいた。とても使いたそうな目をしている。


「そうだな。……念じろ」

「はい!」


 本当なら妖術のコツなどもあるだろうが、直感でやらせた。

 すると、また黒いシャツが浮き出てきた。


「できました!」


 物凄く喜んでいるが、これは妖術を使ったと言えるか怪しいほど単純な操作である。きっと誰でもできるだろうが、大和は言わないであげた。


「…………」 


「師匠! できました! 俺使えました!」


「……そうだな。あ、そうだ。その妖術服は大体の色に変えられるが、それだけじゃない。小刀くらいなら数十本収納できる」


「便利ですね」


(色を変えられる? つまり、レインボーにも?)


 進は派手な色に興味があったようだ。そして大和が腰に木刀を刺していることに気づく。


「あれ? それも作ったんですか?」


「これか? 修行でお前をボコボコにするために、な?」


 ニヤリと笑う大和に、進は無言で目を見開いた。


「さて、地獄の修行、夜も張り切って始めるぞー」


「……がんばろ」


 その目は死んでいた。


 そんなこんなだが、修行になると二人とも真面目な雰囲気に切り替わる。


 夜の草原に二人は立つ。進は目を閉じ、その周りを大和がゆっくりと歩く。風を受け、夜を感じる、そんな様子だった。


「夜に太陽の光はない。目で見るには月の光、火の明かりを頼りにしなければならない。しかしそれを戦闘の障壁にしてはならない。逆手に取れ、優位に立て。……この世の不利なものは考え方次第で、いくらでも武器になるということを覚えておけ」


 大和は立ち止まる。冬を残した風が吹き去ると、ほのかに春の匂いがした。


「五感を研ぎ澄ませろ。……人間が置いてきた本能を開き、“直感”の目覚めを感じるんだ」

 

 進は全身で自然を感じる。風が吹く、髪が揺れる、服がなびく、擦れる音がする。


(五感が教えてくれる。人がいるだけ分かる。師匠の息の音だけで、後ろのどの辺りにいるかが分かる。もっと感覚を鍛えることができれば、心臓の鼓動さえも感じ取れるような気がする)


「風の音も、虫の声も、全て情報だ。自然を利用するのではなく、同化するんだ。そして目に見えないものを、精神を集中させて感じろ。それが人の五感の先にある第六感(モノ)だ」

 

 進には少しずつ、見えずとも、聞こえずとも感じられるものがあった。


 第六感を使いこなせれば、戦場で殺気や覇気、敵意というものを感じ取れるようになる。


「よく見て、よく聞け、全てに敏感になれ。敵意を感じ取れ。いつ何が起こるか分からないぞ!」


 大和はそう言って、背後から進を目掛けて居合斬りのいきに入る。その動作に生じる音はなく、静寂の中、木刀を抜ことうした、その瞬間――。


「寒気を感じました」


 大和はパッと手を止めた。そして安堵あんどのため息をついた。


(思った通り覚えが早い。これまでの長い鍛錬で感覚は冴えていたようだな)


「それが第六感、直感だ」


 その言葉に進は笑みを浮かべた。 


「さて、本日最後にして一番厳しい実技を始めようか。なに、俺は乗り越えられる試練しか与えん」


 と言って、林の奥深くまで連れていき、大和はいつの間にか姿をくらました。進は独り、林の中に取り残された。そこは少し肌寒く、暗い場所。進の首筋には一滴の汗が垂れる。  


(この妖術の衣服すごいな。体感は寒くないのに、感じようと思えばちゃんと分かる)


「ここ一帯全てが戦場だ。俺を満足させるか、テント帰れたら成功だ。最後の実技、さあ! この中で生き延びてみろ!」


 どこからともなく大和の声がする。進はその音の反響からどの辺りに大和がいるかを推測、――する間もなく、四方八方から一斉に木片が飛んできた。


「そういうことかよ……!」


 進は瞬時に真剣を抜き、木片を一つ弾く。しかし残りの木片の数は七つ、一度に見える範囲の外の上下左右から向かってくる。そしてその全てがつばめの如く速い。進は三つを剣でさばき、二つを避けた。だが残りの二つは右足のふくらはぎと、背中中央に当たってしまう。


(――イテッ!)

 

 背中に当たった木片はそこまで痛みはなかったものの、右足のふくらはぎには激痛が走った。進はよろめくも、何とか体勢を整え、転倒を防いだ。


(今は足が痛くても身を隠さなきゃ、恰好かっこうの的になる。敵の所在が不明で一方的にバレているのなら逃げろと師匠が言っていた! 今はとにかく走れ)


 進は痛みに耐えながら林の中を走った。


 突然の木片に刀を抜いてしまったが、あれは体勢を低くしていればもっと効率よく防げたかもしれない。そんな反省していると、帰りの道を見失ってしまった。だがその間にも木片は進を追撃してくる。


(慌てるな。大丈夫だ。今日習ったことを活かせ! 俺ならできる。全ての攻撃をさばく必要はない。避けても、木を壁にしてもいい。あるもの全てを最大限に使え!)


 進は走りながら身を隠せる場所を探していた。最初は木々に邪魔され、暗闇で視界が悪く、上手く走れなかった進だったが、林の地形に適応できてきたようだ。

 

 その姿はそよ風が通り過ぎるかのようだった。しかし、ただ逃げるだけでは大和からはのがれられない。


(このままじゃらちが明かない。反撃しないと逃げる隙ができない……) 

 

 進は反撃に適した場所を探し、木を蹴っては飛び跳ねる。不規則な動きをすればするほど、敵からの攻撃の命中率は下がる。


 かわしながら逃げていると、倒れかけの木々が支え合い、人が一人入れるほどの隙間があった。


(あそこに入れば師匠の攻撃はしのげる。その間にテントへの道の特定と、反撃手段を考えるんだ)


 進は全速力で木々の隙間に向かう。


「自分が有利な場所に持っていく!」


「――そうはさせたくないのが敵の考えだ!」


 突如と聞こえる大和の声。

 大和は最初から誘導していたかのような手際の良さで、進の目の前に二本の丸太を落とす。


 何食わぬ顔の大和だが、直撃すればただでは済まない。

 

――ひと休みの後日談ズ――

『みんなの服装』

 新しい服に着替えた進。優れもので戦闘にも役立つし、冬はポカポカ夏はスースー。


 しかし、有能者たちは利便性で選ぶ人は少ない。大体の者は見た目重視である。ぶっちゃけ有能者たちは冬でも半袖短パンでOKである。なんてったって体が強いから!


 ちなみに、有能者たちは体の強度を自分で変化できる。強靭な体だけど、普段は人並み程度の強度にしてる人も多いのだとか(魔力がエコでもある)。


 もっとちなみに! 大和は利便性の悪いピラッピラした和服が嫌い! 風でなびくのがカッコいいのに……。

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