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第6話 修得せよ、無敗の戦術

 進と大和は林の前の開けた場所に着く。

 浅い川の近くで、水の音が心地よく聞こえてくる。周りの雑草は短く丁度いい柔らかさだ。


「師匠。そういえば、江戸に来た本来の目的はよろしいんですか?」


「会議は明日ある。……もう着いてる者も多いだろうが、俺は早く行っても仕方ないからな。さあ、剣を抜け。修行中は遠慮せずいつでも本気で斬りかかってこい」


 青空の下、二人は向かい合う。

 進は剣を抜き、大和は近くにあった棒状の木の枝を持つ。

 

「お前に教える戦術は型にはまった剣術ではない。敵を倒す……いや、殺すことに特化した戦い方だ」


 大和の戦い方は常に最善の一手を繰り出すもので、“型”という枠組みはなく、直感に近い。


「戦場で生きるための汎用性はんようせいの高い技を教えていく」


「万能な技ってわけですね!」


「馬鹿を言え、そんなものあるものか。だが的外れではない。数多あまたの技を習得し、集結させることができれば、それは万能の技になる」


 言葉の緊張感は、進を高揚させる。


「その場その場で最適な技を瞬時に判断し、洗練された技を繰り出せるのならば、臨機応変に新たなる技をも生み出せるのならば、それは決して負けない力になる」


 大和からは歴戦の猛者のような覇気が感じられ、進はなぜこれ程までの武人を知らなかったのだろうかと疑問に思った。


「負けない技、無敗の戦術こそが最強を可能とするんだ」


 進は“最強”という言葉を軽々と口にする者は多く見てきたが、大和の言葉には圧倒的な重みがあった。


「習得に何年もかける訳にはいかない。死ぬほど苦しいだろうが全力でついて来い」


「はい!!」


 こうして、進の戦術習得の日が始まった。


 大和からまず教わったことは“自分の場所せんじょう”を作ること。


「本来ならば、どの場所だろうと自分の戦場にすることが基本だ。だがまずはお前自身に有利に働く場所に戦いを持っていくことが重要になる。基本的な身体性能が低いのならそこで補え」


 最初に教えたことは陣地選び。それが優位な試合運びをするための基本原則である。


 そして、様々な場面を想定しての訓練が始まった。砂利の地面、草原の中、川の浅瀬、林の中、丘の上、道端、橋の上……。


 進はその全てが新鮮だった。足運び、動きやすさ、気候、広さの感覚、細かに思えることにも相性があることを知った。


「剣だけが攻撃手段だという固定概念に囚われるな! 戦場では多くの物が武器になる」


 自然さえも武器になる。土を蹴れば砂埃が舞い、川を叩けば水しぶきが起こる。木々には隠れることができ、小石や枝は投擲とうてきに使える、利用できるものは利用する。

 大和は戦うすべを全身で教えいく。


 進は道場において、正々堂々と試合をしてきた。しかしこれからは本当の命のやり取り、どんな手を使ってでも生き残らなければならない。


「全てが武器! 全てが戦場だ!」


 練習は夕方まで行われた。そのあと二人は昨日寝たフカフカな落ち葉テントに帰り、夕食を食べ終わると大和は、「疲れを癒しておけ」とだけ伝えてどこかへ歩いていった。    


 疲労感はあったものの、鍛錬たんれん自体は慣れていた進にはまだ余裕があった。座禅を組み、目を閉じて、修行を頭の中で反復する。


(今日分かったことは、自分は戦闘の大部分を視覚情報を頼りにしていたこと……)


――見えるものだけで判断するな。周りの音や感触に敏感なれ、感覚を研ぎ澄ませろ。……視覚頼りは相手も同じこと、視覚を奪うことは有効だ。五感を余すところなく活用しろ。


 大和に言われた言葉を何度も思い出す。


――足場の悪さは常に注意だ。足運びの速さはとても重要になる。自身の移動速度、勢い、状況を常に把握し、撤退が可能かを見極めることも必要だ。……速さは勢いに影響し、勢いは攻撃や衝撃、全ての動作に影響する。


――動作の速度は体重移動で補える部分もある。それも含めた上での自身の速さを熟知できれば、攻撃を仕掛ける範囲やかわせる範囲の判断がしやすくなる。


 判断力は戦場において常に問われる。判断をより正確にするには自分の限度を知る必要がある。


(その場の状況と自分自身を把握することが重要……。その時の体調や、体力、自分と相手の弱点を見極めることも必要)


 進は忘れないように何度も頭の中で稽古の復習をする。


――戦場は常に取捨選択の連続だ。落とした武器を取るか、諦めて逃げるか。その動作一つで生きるか死ぬかが決まる。即時の選択が当たり前。右か、左か、前か、後ろか。動作一つさえ、自分の限界を理解していなければ正確な判断はできない。 


 道場では立ち合いの前から相手が何者かが分かり、武器も分かり、小細工もなく、他に敵が来ることもない。余分なものが何一つ無いからこそ真の力量が分かるが、戦場へ行くのならばそれは通用しない。


――逃げることは決して負けではない。必ず勝てる勝負はないからな。……そして、時には賭けに出なきゃいけない時もある。それでもどうにもならない時は、運命に任せるんだな。


(戦略的撤退というものは……)

 

 そんなことを考えていると、静寂の中を割って入る気配を感じる。進が振り向くと、大和が帰っていた。


「どちらに行かれていたのですか?」


「衣服の動きやすさ、装備は戦況大きくを変える」


 大和はそう言うと、進に服と靴を渡した。


「これはお前のだ。利便性は保証する」


「ありがとうございます!」


 進は大和がこれを作っていたのだと思い、笑顔で礼を言った。


 衣服は体にフィットし、一切の無駄や邪魔がなく、激しい動きにも耐えられる作りで、

 靴は脱げにくく、動きやすい。草鞋わらじのように軽く、薄く、密着性もあり、動作を補助、向上させる作りになっている。


 装飾など無く、どちらも色は真っ黒である。柄す

ら無いのが少し寂しい気もするが、敵から目立つことはないだろう。


「これがあれば!」


「あとはお前次第だ。――さあ行くぞ、夜も稽古だ」


 その声に進は力強く返事をした。  

――ひと休みの後日談ズ――

『衣類』

 今回出てきた戦闘服は、現代でいう密着性の高いトレーニングシャツ、スパッツのようなもの。ストレッチ性もある優れもので、特殊な妖術加工が施されており、夏は涼しく、冬は暖かいのだとか。


 転んでも簡単には破れず、痛みも軽減されるだろう。

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