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第4話 師匠と弟子のゆるい日常

 朝日はまだ山々から顔を出さない。朝は凍てつく寒さだ。特に枯れ葉の簡易テントの中は。


(この野郎……俺が渡した“貼るだけ温まるん”で気持ちよさそうに寝てやがる)


 大和は寒さからなのか早く起きてしまった。横で熟睡している弟子になぜか頭がきた。別に進は寝坊しているわけでもないが、暇だったので「まだ寝てんのか!」と起こしてやろうと思う大和だが、


「ッ起き――」


「――おはようございます!」


 爆音爆速で進は目覚める。

 それもそのはず、進は誰よりも早く起きては道場へ行き、毎日一人で掃除をしていたからだ。もう体が早起きに慣れていた。


「今日も気持ちの良い朝ですね!」


「朝からうるせーよ」


 狙い通りにいかず八つ当たりしたい気持ちを抑え、「今から鍛錬だ!」と大和は声を張り上げる。


 道場は決まって朝から行かなければならないわけでもないが、習慣として体に染み付いている進にとって、朝から行かないことは少し悲しく、それ以上に新鮮だった。


 まず大和は川へ行くと、進を浅い川の中央に立たせ、足場の悪い中で真剣の素振りをさせた。


 冷たい川の水は進の眠気をさらっていく。川の水圧に流されないように、それでいて剣筋は乱れないように。


 川はとても気持ちよかった。大和は進の素振りを見ながら、刀をぎ払い川の魚を岸に放る。 


 しばらく進はくうを斬り続けた。


「まあ、まずはこんなもんでいいか」


 その言葉は進にとっては“無能のお前はこれぐらいが限界”のように聞こえ、「まだやれます!」と勢いよく答えた。

 

「起きた時から何か嫌な予感がしてるんだ」


 少し険しい表情で町の方へ目を向ける大和。


「もしかして……お腹空いてます?」


 進は何かを勘違いしていた。自分にとっての不機嫌なことは大抵ご飯で解決できたからだ。


「お前は朝食抜きだ」


 大和は呆れた様子だったが、進が本当に辛そうな顔をしだしたので、「わかったわかった」と言うと、進は二つ返事で、大和が取った魚を嬉しそうに袋に詰め始めた。


「まだまだ子どもだな。……弟ができちまった」


 大和は進の姿を見ながら小さく呟いた。


 袋に詰めようとする進に、一匹の魚が跳ねて川に飛び込む。「待て!」と右手を川に突っ込むと、体勢を崩して顔まで水に浸かってしまった。


 水中で目を開けると、魚は目の前を悠々《ゆうゆう》と泳いでいった。捕まえる気にもなれず、ただ魚の背を見つめる。川の中はこんなにも綺麗なのかと、少し羨ましかった。透き通る世界から、少し上へ出てしまえば前が見えなくて、身動きが取れない気がして……。


「ぷはっ!」


 すぐに現実に引き戻される。いきは続かなかったのだ。


 幸い、草の上に置いていた袋の中の魚は無事だった。


 そして急に物寂しさを感じる。水面みなもを見つめると、ゆらゆらと揺れる自分の顔がこちらを覗いていた。“揺れる”を“歪む”と捉えてしまわないように、水面かおを手で叩いた。


 パシャッ。

 

「おいおい、水遊びか?」


「うっ、これは……」


 修行の一環として、と言うには無理があった。


「そんなに川見つめなくても、お前は筋肉質だし、男前な顔立ちだぜ?」


 二人しゃがんで川を見つめる。


 進は割とイケメンである。割と筋肉質だし、割と背も高い。長さにして百八十センチはある。

 とは言っても、大和もそれぐらいの身長はあり、大和の方が若干筋肉質だ。そして端麗な顔立ちをしている。

 そこに優劣はなく、二人共違うベクトルの良さがあるのかもしれない。


「師匠の方がムキムキじゃないっすか」


「まーな」


「って、あれ? 割と髪長いんですね」


 大和の髪は常にセンターで分かれており、後ろ髪は紐でってある。今は水に濡れたのか、前髪は目元まで落ちいた。


「髪は邪魔じゃなきゃなんでもいいさ。目線をさまたげなきゃな」


(だからおでこが見える程分けてるんだ……)


 一方進は比較的ショートな散切りヘア。こちらもあまり気にしていない。


「んなことで誤魔化さなくていいから。魚、逃したろ」


「うっ……はい」


 そうして二人はテントへ戻る。テントの横にある丸太に腰をかけた大和は風に不吉さを覚える。


「今支度しますね」


 進は火を起こすべく、木の枝を擦り始める。


「支度すると言っても台所でもないので魚を串刺しにして焼くぐらいしかできませんが」


「なら串が必要だな、さっき竹見つけたから取ってくる」


「ありがとうございます!」

 

 大和の背を見つめる進は、どこか懐かしさを感じていた。師匠とは言えども、風貌は自分より少し年上程度だったが故に、兄や優次郎と重なって見えたのかもしれない。


(最初は驚いたけど、いい人に出会えたな)


 そんなこんなで朝食の焼き魚を作り終えた。

 二人は丸太に横並びで座り、進は両手に持った串刺しの焼き魚を一本大和に渡す。


「塩を振れなくてすいません」


 魚の皮から肉汁と共に香ばしい匂いが溢れ出る。五感から二人の食欲を刺激していく。


(こういうのは素の味が一番なんだけど――)


「素の味が一番なんだよ」


 進の中では息がぴったりだった。「さすが師匠、分かってらぁ!」という目で大和を見つめる進と、何も分かってない大和。見事に噛み合っていない。


「……これ、食いたいのか?」


「なんでもないっす! あ、いやー、その、『いただきます』しようっていう」

  

 咄嗟とっさの言葉だが、確かに「いただきます」をしていなかった。

 

「そうだな。時間を取れる時なら、食べ物に感謝を込めていただきますだ」


 と言いつつも、普段の大和は「いただきます」を一人の時にしか言わない。理由は無論、恥ずかしいからだ。弟子の前だからか礼儀を多少注意しているのかもしれない。

 

「「いただきます!」」


 進は腹からかぶりつく。ホクホクに焼けた魚肉に火傷しそうになり、ハフハフと口の中の空気を入れ替える。

 大和は頭からぱくりと一口。熱さも骨も関係なしに凄まじいスピードで食べ尽くす。  


「アッツ、って師匠ハッヤ」 


「お前遅くね? 戦場じゃ呑気に食えないよ?」


(これもすでに訓練!?)


 進も負けじと食べる。ここから各自、残りの二本を味を噛みしめず速さ勝負で食べていった。ゆっくり味わわなかったが、骨も頭も全て食べたので食べ物への感謝はギリギリセーフである。 


 そして二人は江戸の町へ行く。


 早朝、大和は不吉な予感を察知していたが、進は特に警戒するわけでもなく大和に町の案内をしていた。行き先は日々鍛錬に励んでいる道場だ。


「師匠はきっと剣道場の誰よりも強いですよ! 俺も強くなって散々“無能だから”って可愛がってくれた先輩達に認めさせてやりますよ!」


 相当薄情な発言である。今まで鍛えてきた道場ではなく、大和を応援しているのだ。良く言えば切り替えが早い。

 ともあれ進は、ここまで育ててくれた道場には心から感謝をしている。親のいない進たちが生きてこれたのは紛れもなく道場のおかげだ。


 だが進は、もし優次郎のことや生活のことを考えず、単身で何をしてもいいと言うのなら、一つの道場に留まらず、様々な剣術の流派を習いたいと思っていた。


 そして、大和の弟子になるということは、現在の道場を辞めるということだ。進は道場を去る前に、最後の挨拶をしようとしていた。


「それにしても昨日の技、連撃のように見えましたけど、一太刀の技ですよね? 全てが波のように一つの流れを成してました!」


「あの一回でそれが見抜けたのなら上出来だ。でも、原理が分かったからできるようになるわけでもないがな」


 進は「おっす! 頑張ります!」と元気よく言うと、大和は微笑む。

 その数秒後、異変に気づく。

 

「おい。なんの騒ぎだ」


 進には何も聞こえなかった。辺りを見回すが、特に異変もない。


「あっちだ。行くぞ!」

元々、四話目と五話目がセットで一話でした。前半穏やか、後半シリアスにしようと思っていたのですが、分割したので四話目は穏やかなまま終了です!

――ひと休みの後日談ズ――

『階級制度』

 二話でスパッとやられた剛健。セリフにて「虎子まであと一歩」みたいなこと言っていたが、虎子とは幕府の頂上位の階級のことである。 


(本編でも説明はあると思いますが、これを読んでくれた方には一足先に軽く説明を)


 幕府がこの国の全てを統治している。

 全権を持つ総統治者は江戸にいるため、各地にはそれぞれの統治者を配置している。


(各地の統治者を総括しているから“総統治者”というのが名前の由来だったりする)

 

 続きは次の話へ。

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