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第3話 優次郎の行方

 その後、刺客の遺体は黒い煙となって消えていった。


「……やっぱりな」


 その煙を見て大和は呟いた。  

 進には何のことか分からず、とりあえず軽く何度かうなずいてみた。

 

「分かってないなら、分かってないって言え」 


「分かりません!!」


 大和は分かったフリをする人が嫌いなタイプのようだ。


「暗殺者、忍者とかもだが、死後も素性がバレないように遺体を煙で消す妖術が組み込まれてる場合がある。……その組織によっても変わるが、煙は風に流されてた後に、組織の元へたどり着くらしい」


「それで死亡を伝えると?」


「そういうことだ」


 進は感心した後、剛健の遺体も気になり振り向くと。


「ない!」


「今更か。首をねた訳でもないしな。あいつの生命力も大したものだが」 


「気づいてたんですか」 


「……確かにあいつは俺に斬りかかった。それだけで殺す理由にはなるが、どうせいつでも殺せるからな、致命傷ぐらいにしておいた」


 剛健が仕返しに来るのでは、と冷や汗をかく進であった。


「あ、そうだ。これからは“師匠”と呼ばせていただきます!」


 進は弟子入りしたことを忘れられる前に“師匠”と呼んでみると、どこかはかなげに大和は笑う。


「好きなように呼べよ」


「はい、師匠!」


 捕らわれた優次郎のことを思えば無力感にさいなまれるだろう、だから今はまだ考えないように、進は元気に振る舞った。


「大体の察しはつくが、俺が来る前に何があったか教えてくれ」


 進は知っている全てを話す。大和は特に驚く素振りは見せず、冷静に聞いてくれた。


「今は弟を助けようなんて考えるな」


 進は大和の目をじっと見つめ、うなずく。


「……だがまさか、殺害ではなく捕縛が目的とはな。まだ何も分からないが、お前の弟はこの国の謎の中心にいるのかもな」


 言葉の内容もあまり理解はできないが、それと同時に大和が何者なのかも謎であった。


「俺はこれから野宿だ。お前も家に居るのは危険だからついて来い」


「わかりました」  


「というか、もうこの家には帰って来れないくらいの覚悟はしとけよ。幕府に目ぇ付けられちまったんだ」


 少し悲しそうな顔で家を眺める進。


「せめて優次郎だけは無事でいてくれ……」


「……行くぞ」


 二人は林へと歩き出す。凍てつく向かい風を受けながら。


(進によると、爺さんが『大殿が待ってる』って言ってたらしいが、総統治者が待つほどの弟、か……)


「今日は冷えるな」



 これは優次郎が老爺に連れていかれた時の話である。


 老爺と優次郎は荷馬車のある場所に到着した。

 馬車の後方には人が六人ほど乗れる荷台があり、荷台は中を隠すように、四角いテント状に布で包まれていた。  


 老爺は荷台の中に優次郎を乗せた後、外に待機していた刺客三人に声をかけた。


「……ではそういうことで、君たちには剛健の元へ行ってもらい、後の処理をお願いしたい。終わり次第すぐに伝達の者に知らせておくれ。……すまんぉ、剛健の戯言たわごとに付き合わせてしまって」


 そうして、刺客たちを剛健の元へ送った。


「馬車……こんなものに乗れるとは」


 こんな形ではあるが、初めて乗る馬車というものに高揚する優次郎。

 その様子を見ていた老爺は中へ入る。


「ほほぉ、肝が据わっておるな」


 老爺が入ると馬車はどこかを目指して動き出す。その速さは真夜中を配慮してか緩やかで、静かだった。


「兄は無事だと信じています。そして、今は悩んでいても仕方ありませんから」


 老爺は優次郎の冷静さに感心していた。優次郎は虫も殺さないような優しい子ではあるが、たくましさも兼ね備えている。


「抜け出そうとは思わぬのか」


「貴方が総統治者様からのめいを授けられるほどの御人ならば、非力な僕が逃げようとすぐ捕まるでしょうし。もし逃げ切れたとしても、それで兄に危害が加えられる可能性もありますし」

 

 誰にも知られていないことだが、優次郎は状況分析能力に長けていた。しかもそれは予想外の状況や、危機的状況になればなるほど発揮されるものだった。


「落ち着きといい、分析力といい、やはり聡明な子じゃったか。儂の目に狂いはなかった。お主は感情ではなく、利害計算ができる側の人間じゃな」


「過大評価ですよ。どのみち非力な僕には選択権はありませんから、選べる中の一番の可能性を選んだだけです。誰も傷つかない平和な選択はできませんでしたけど……」


(平和、か)


「あっ、あと! なぜ僕のような者が総統治者様のめいで捕らわれたのか、総統治者様はどんな人なのか、純粋に気になります。とても知りたいです!」


 会話の雰囲気は、仮にも捕らえた者と捕らわれた者とは思えないほど穏やかなものであった。 


「ほっほ。捕らわれの身とは思えぬな。……捕らわれた理由か……儂ですら知らされてないものじゃ、気になるのぅ」 


 老爺は微笑を浮かべながらそう言った。


「今こうして少し話しただけでも分かる。話術や状況の認識力は相当なものだ。だが、それだけが理由になりえるだろうか……。多少強い程度の有能者ならば会うことも叶わぬお方であるしのぅ」


 この老爺ですら皆目見当がつかなかった。


「確かに。僕を雇いたいだけならば、わざわざ深夜に襲撃などする必要もない。総統治者様のめいを僕に言い渡せばいいだけですから。……僕の存在を隠したい、消したい……? だとしたら既に僕を知る者は全員死んでいる可能性も――」


「――っそんなことはなかろう」


 数々の商談を成功させてきた大商人である老爺でさえも、優次郎の推理には焦りを見せた。その焦りを優次郎は見逃さず、最悪の場合を悟った。だが、優次郎は表情を変えず、少しだけ長く息を吐いた。


(この儂が引けを取られてしまったか……恐ろしい少年よ)


「……なぜ大殿がお主を捕らえたのか、少しだけ分かったかもしれぬ」


 しばらくして優次郎らを乗せた荷馬車が城に着く。城の主は門の開く音を聞き、


「ようこそ、救世主」


 と一言。


 老爺と優次郎は城の最上部まで登る。そして、主の居る部屋の前で足を止めた。ふすまの向こうには国の王が待っている。これには流石の優次郎にも緊張が走った。


「入れ」


 襖が開く。そこは豪華絢爛ごうかけんらんたる大広間、それ以上に目をくのは中央の玉座に座っている男。


『我こそはこの国をべる者。俗に言う、統治者である』


 彼は一部の城や地域だけではなく、全てを支配、統治をしている。故に、“総統治者”と呼ばれている。

人によっては“統治者”“大殿”などと呼び方の異なる場合もある。


 この時、優次郎は一目見ただけでこの男にとてつもない違和感を覚えたが、服従する他なかった。


「塚原優次郎と申します」


 優次郎は深く頭を下げ、それを統治者は見下ろし、高笑いした。統治者の笑い声は城内では珍しく、聞いた者は驚いたことだろう。


「喜んでもらえて、とても光栄です」


 優次郎は頭を下げたまま、真下を睨みつけ、少し嫌味な口調でそう返した。


 そんな時に老爺の元に一報が入る、“刺客が返り討ちにあった”と。

 優次郎誘拐のめいの詳細は極秘であり、幕府の上層部でさえ知らない者は多い。


 誘拐の事実を広める可能性がある者は口封じのために殺害されることとなったが、優次郎は外部とはあまり交流がなく、代わりにその兄である進と深い関係性がある者たちが標的となり、真夜中の内に始末された。 



 林の奥深くまで来た二人。

 進は大和に言われて火を起こしていると、その間に大和は木の枝や枯れ葉を集め、簡易テントまで作ってしまった。


「火、つきました! ……って、そっち凄すぎません?」


「床には柔らかい落ち葉も敷き詰めたぞ」


(なんか嬉しそう……)

  

 自慢の落ち葉テントを眺める大和。

 二人はとりあえず焚き火で温まることにした。

 

「今夜の江戸は荒れてるな」


 大和は悪寒を感じ取るが、進は何も分からずに「うちが一番荒れましたよ」と、呑気に両手を火に近づけて温める。


「年の終わりが、とりあえずの山場だな……」


 大和は薄白い息と共に小さく呟いた。


「……師匠って、何者なんですか?」  


 めらめらと燃える火を見つめながら進は問う。

 

「俺は江戸の者じゃない。江戸に来た理由は、倒幕派の暴走を止めるためだ」  


「……倒幕」 


「そして、俺も倒幕派の一人だ。安心しろ、弟子だからと言ってお前を巻き込むつもりはない」  

 

 進は、倒幕派ということに驚きはしなかった。ただじんわりと、とある記憶が頭の中に映し出される。  


「俺の親父も倒幕の志士でした」


「…………」


「過激派というわけでもなく。ただ、能力のみを人の価値とする幕府の体制、生まれた時に無能と差別される能力至上主義を変えたかった、そんな人でした」


 脳裏に浮かぶのはたくましき父の姿。剣術を極め、世の中を変えようと働きかけ、同志たちと夢を語り合う父に、進は憧れていた。

 

「ある日突然、親父は家で同志たちと話し合っていた時に殺されました。……家にいただけの母も殺されました。奉行所ぶぎょうしょは動かず。近所の人は間違いなく神選しんせん組だと言っていました」


 その日を思い出すと、悔し涙が流れそうになり、声が震えてしまう進だが、今だけは必死に堪える。


(神選組、あの犬共か)


「……辛かったな」


 大和は一瞬、「かたき討ちとして倒幕派に――」という言葉が頭をよぎったが、あまりにも不粋だと猛省した。


「いいえ、俺にはまだ兄貴がいましたから」


「ああーなんか、そんな気がしてた」


 大和は少し声のトーンを上げて、暗い話にならないように返した。


「弟って感じしますか?」 


「ああ。直感だけど、お前が兄ってのはあんまりしっくりこないんだよ」


「……やっぱりそうですよね。本当は俺、ただの弟だったんですよ。優次郎は拾い子なんです」 


 いつもの進であれば、あまり過去を話したがらないのだが、大和が聞き上手なのか、家族が全員消えた寂しさのせいか、自然と言葉が出ていった。 


「両親が殺された後、たまたま家にいなかった兄貴と俺は、悲しむ前に、憎む前に、恐怖でいっぱいでした。……その頃は反政府と見なされた者が誤認であれ、子どもであれ殺される事件は多かったんです。だから俺達は身の危険を感じて、父の形見である刀だけを持ってどこまでも逃げました。それからは、住める場所を転々としていました」 


「子どもには何も罪は無いのにな」


 進の瞳に映った焚き火の炎は、どこか悲しく揺れていた。


「……子ども二人だけで暮らすのはとても苦しかったです。どこへ行っても虐められたので。でも、それ以上に優しい人達もいて、引っ越しは次第に楽しくなっていきました。そんな時に、俺達と同じ境遇の子、優次郎と出会ったんです。まだ幼い優次郎を俺が拾って、兄弟になったんです」


「なるほどな」


「それからも色々あって、江戸まで流れてきたって感じです」


(兄とはどうして別れたのか……いや、言わないってことは、そういうことか……)  


 大和は自分から聞き出すことはせず、ただ言われることのみを受け入れる。

 燃える木はパキパキと鳴いて、火は段々と弱まっていった。


「じゃあ、お前からしたら幕府に何かをされるのは初めてじゃないってことだな」


「そうなりますね。……幕府が敵に回ろうと俺は戦いますよ」


「よし、大体わかった。とりあえずの目標は、お前は弟を取り返すことだ。そのために力を身につけろ」


「よろしくお願いします」


「鍛錬は任せろ。多分、お前はこれからも命を狙われる。実戦を何度も経験すると思うが、気合入れてけよ」


 進の生い立ちを知るにつれ、大和の心の中で同情と似たものが芽生えていった。


 そうして、とりあえず二人は寝た。簡易テントの中も思ったより寒かったので、進が凍死しないように大和は自分用に持ってきた体の温まる妖術の道具、“貼るだけ温まるん”をあげた。


「温かいっすね〜」


 と笑顔で言う進に、別に寒さには耐えられる大和だが少しイラついた。

優次郎は重要なキャラですが、当分は活躍しないと思います(涙)

優次郎と同様に統治者もあまり活躍しないかなーと思うので、後日談コーナーにて二人を活躍させようかなとも考えてます!


――ひと休みの後日談ズ――

『天守閣にお風呂!』

 本来、天守閣というのは籠城以外で住む場所ではない(お風呂も無いし)が、この統治者は天守閣に住んでいる。めっちゃ改造大好きで、お風呂も増築したとか(?)。 

 いくら異能力や魔術的なものがあったとしても、お湯を引いた業者は大変だ!

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