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第37話 忘れても、忘れない

「話が少し逸れてしまったな、申し訳ない。知恵人の息子が亡くなった後、儂が突き止めた世界の真実を語ろう」


 先程は息子の死、だが本題はここからである。


「儂が幹夫を知恵人だと信じるようになったのはあいつの遺書を見つけてからだ。二人が出て行って五日経ってから殺されたことを知った。隠れた信者に対する見せしめだと思った儂は、悲しむ間もなく逃げることを決意した。まだ幼い色葉には『引っ越す』とだけ言ってな」


 大和は色葉のことを頭の悪いやつだと決め付けていたが、突然の両親の死別と森の奥深くでの生活を思うと、わずかに同情した。


「まさか本当に殺されるとは思わなくての。恐怖を抱いたまま焦って荷物を整理していたところ、幹夫の部屋の机の上に封筒が置いてあった」


 それは何も書かれていない白の封筒、だがその中身は自らの死を悟ったものだった。


「遺書だ」


「おい。なんで信用した友人の元へ行くのに遺書を書いて、わざわざ机の上なんかに」


「知っていたのかもしれない」


「ならなんで妻を道連れに」


「もう誰にも分からないさ。自分が死ぬ未来が見えた幹夫は、それを身を持って証明することで“自分はおかしな人間ではなく、本当に未来が見えてたんだ”と伝えたかったのか、それとも、友達と呼んでいた彼を信じたかったのか……」


 その真意はもう誰も知り得ない。大和には妻を道連れにしたことや、幼い娘を置き去りにしたことが理解できなかった。


「まあいい。俺の知ったことじゃない……。で、遺書には何と書いてあったんだ」


「その封筒には二枚の手紙が入っていた」

 

一枚目。


——父さんへ、これ読んでいるということは私の予知が当たったということですね。一番当たってほしくないものが当たってしまった。勝手にいなくなってごめんなさい。妻と共に空から見守っています。


 別れの言葉にしては感情の表れも、長い別れの挨拶もなかった。残された三人に一人ずつメッセージがあってもいいというのに。捉え方によっては、幹夫の予知は外れることが前提にあった、もしくは外れてほしいという思いが自身の死の恐怖に優っていたと解釈できなくもない。


 二枚目。


——この紙に私が見た未来と、教会が集めた情報を書きます。そしてこれを読んだ後、天下布武祭の前に「忘却」の能力を使って忘れてください。 


 “忘却”とは老爺の能力のこと。最初に発現したのが“忘れる”という現象だった。幼少期の辛い経験を忘れるために発現したと思われ、その性質は社会の何にも役に立たないとして無能認定された。その後、忘れた後にその事柄を思い出す力も会得したが、使い道はなかった。


——もしこの紙に書いてある文字が乱雑にされ解読不可能になったら、もし紙が無くなっていたら、もし父さんが紙の存在自体を忘れたら、それは幕府の世界捏造、記憶の改竄かいざんが行なわれたってことだ。今も私の予知が信じられないとしても、それが起こったら信じてくれるはずだ。


 老爺が一言一句違わずに手紙の内容を言えたのは“忘却”の能力の思い起こす力のおかげだ。それ以降の手紙の内容は未来予知や世界の事実の箇条書きである。


——この国には最上の天守が十二ある。しかし全国統治の基盤にするにはあまりに立地が悪い。九州には無く、東北にはわずか一つのみ、だが四国には四つもある。そこまでしてあの十二天守にこだわるのは魔術的な意味があると考えられ、国全土が巨大な術式の中にあるのかもしれない。

 

 手紙通り、この国は十二の城を基盤として統治されている。幕府最高幹部である二十四天は関東を守るべく江戸城に四天王を置き、残る二十天に十二の城を管理させている。だが全国を満遍なく統治するには他の点在する城に住まわせた方が効率がいい。一番不自然なのは、その疑問を大半の者は持たないことだ。


——言語体系にも少し疑問があると教会の導士は言っていた。これも何か意味がある。年に数回ある謎の儀式にもきっと意味がある。一年以上前の事柄の日付が分からず、記録された書物も曖昧に変換され、それをおかしいとも思わないように人々は記憶を書き換えられている。記憶も記録も全て信用できない。


 それが渡せる情報の全てだった。そして最後にこう続けた。


——読んでくれてありがとう。迷惑ばかり掛けてすいませんでした。でも本当に真実だったでしょう。最後に父さんに信じてもらえてよかった。私の生涯に役目があるとするなら、父さんにこの大事な話をするためだ。


 父が自分を信じた、という前提で書かれた別れの挨拶。

 老爺は悲しむこともなく、感情のままに語る素振りもせず、言葉を発する。


「そうして儂は遺書を懐に仕舞い込んで、三人で森の奥深くへと逃げた。長く険しい道のりだった。爺さんと婆さんと幼子だけなのだから、当たり前だがなあ」 


 仮にも息子の遺書を読み終わった後だというのに、何事もなかったかのように話を続けた老爺だが、そこに冷たさは感じられなかった。


「大変だったな」


「可哀想なのは色葉だ。……そうして森の奥で静かに暮らすことになった。儂は言われた通り、天下布武祭の数日前に記憶を完全に消した」


 天下布武てんかふぶさい、年に一度行われる幕府の行事のことである。


「消したってのは、手紙の内容をか?」


「ああ。記憶を消す前に遺書の入った封筒に『天下布武祭が終わった後にこれを開けろ、記憶を戻せ』と書いておいたから、記憶のなくなった儂はその手紙を訳も分からず取っておき、祭の終わった後に封筒を開けると、手紙の内容は意味の分からない文字の羅列になっていた」


 ガタッ。

 驚きのあまり大和は席を立った。大きく目を開いて独り言のように言葉を放つ。


「おい、待てよ。記録の隠蔽、しかも開けていない封筒だぞ。森の奥深くのいるかも分からない人間が持つ封筒の中身、それを触れることなく改竄かいざんできるのだとしたらそれは……」


「ああ。まさに神に等しい所業。儂は能力を使い、記憶を取り戻すことで初めて理解できた」


(今までも記憶の改竄や記録の隠蔽が繰り返されてきたのだとしたら……。あの封筒の内容で術式の検閲に引っ掛かったのなら、今まで倒幕派で記録していたものはバレているのか? 記憶まで変えられてしまえば打つ手はない)


 仮に老爺の話を信じた場合、倒幕派にとって大変な事態であることに間違いはない。老爺がここで虚言を吐く道理はない、そんなことは大和が一番分かっていた。ここで取り乱したところで現状は変わらないと知っている大和は冷静になり、尋ねる。


「全て信じる。話せること、余すことなく教えてくれ」


「ああ、その前にお節介だとは思うが一つだけ。統治者は記録、記憶の改竄と同時に元の情報を把握していると思われる。じゃが、倒幕派の情報などは覗いておらんし、気にしてすらいないと思うぞ。もし本気になるのだとしたらとっくに反乱分子は消えておる。……統治者はこの国を俯瞰ふかんしておるのだよ。反乱分子がいて当たり前、国に不満を持って当たり前、政治を批判する者がいるのが普通なのだと分かっている。むしろ倒幕思想を持つ者がいて正常であり完成」


 息子が殺されてからこの森の奥深くで出来る事といえば国についての考察だった。老爺自身が俯瞰ふかんしているからこそ、統治者のことを達観視できたのだ。


「国をひっくり返せない力の無い少数派はいた方がいいってわけか。幕府っていう最強の政府組織があれば盤石ばんじゃくだもんなあ。言ってて悲しくなるぜ」


「封筒の中身が改竄かいざんされたのはこの世界の隠された答えがあったからだ」


「オーケー。皮肉ながらも倒幕派に関しては気にしなくていいのは分かった」


 大和は椅子に深く座って話を待った。


「この国の疑問点の話じゃ。まずこの国は海に囲まれている。つまり儂らの世界はこの島で完結する」


 この国以外の他の島は発見されていないとされ、漁に出るとしても幕府に定められた海域までである。出回る噂によれば海の果てには透明な壁があると言われ、それより先には進めないという。


「ならば海の外からの影響はない。だが言語体系に明らかにおかしいものが含まれている。英語だよ」


 平仮名、カタカナ、漢字、それと同様にアルファベットをこの国も者は平然と使う。当たり前のごとく、疑問も持たずに使う。そして、大和も老爺の言っている意味が分からなかった。


「英語の発音が特殊だって言いたいのなら、なまりや方言と同じことだぞ」

 

「いやあ、なまりじゃないさ。明らかに外来語だ」


「島の外から来たっていうのか?」


「その発想がなければ“外来語”なんて言葉は作られないとは思わないか?」


 ピンと来るような、けれども確かな確信が掴めない大和は返答に詰まった。


「文明についても言及させてくれ。文化水準に比べ、蒸気機関の鉄道が通り、製鉄所もある。幕府のとある施設では石炭や鉄鋼、電気を使う。それに比べて生活水準はどうだ?」


「何が言いたい?」


「……不自然な程に化学が進み過ぎているんじゃないか」


「それを言えば、謎を一番含んでいる妖術や魔力があるだろう? その二つは未だ解明されずに誰もが使っている。通常の物理法則を超える何らかのものだとしか分かっていない。だからこそ、大体の謎は妖術や魔力で説明がつく。……行き過ぎた文明? 化学? 正直よく分からないな。能力で化学を動かす者がいたり、天才がいたりするんだからな」


 大和には理解すらできていなかった。だがそれも無理はない。自分の生きている時代にある技術を『この時代にあるのはおかしい』と思うはずがないのである。老爺はどこか俯瞰ふかんしすぎていた。常人では疑問を持たないことにまで想像を広げた結果、理解されなかった。大和にとっては、長く外の世界に触れなかった老人が都市伝説紛いのことまで想像したのだ、くらいにしか聞こえなかったのだ。

 老爺は老人でありながら、どこか若者のような心を内に秘めていただけだというのに。


「ああ。そうだな。儂の疑問の域を出ない。事実にはなり得ないさ」


 言い方に切なさが混じっていた。大和はその声から察し、自分から聞いておいて申し訳ないと反省をしたが、老爺の話を信じることとは別だった。


「儂の話は忘れても構わんさ。ただ、幹夫の話だけは確固たる事実。決して忘れんでくれ」


 念にも思える眼差し、それに大和は頷いた。

 そして老爺は大和に三通の封筒を託した。その手紙の内容は幹夫が残した手紙と同じもの。用意の良さから元々“来るであろう誰か”の為に用意しておいたのだと分かり、その執念は大和からもうかがえた。

封筒を握りしめる老爺の右手は、大和が思っているよりシワが多かった。


「これなら術式の検閲も掛かるまい。……毎度の儀式で大掛かりな検閲をするとは思えん。きっと細かな修正じゃろう。少なくともそれで二年は大丈夫じゃ。それまでに幕府を倒せ。でなければ国全域を包む術式が完成し、我々の思考や記憶を管理された国、疑問すら持たない完全な世界になってしまうだろう」


「ああ、ありがてえ。……いや、ちょっと待て。封筒に入ってるとはいえ、書いた文字は天下布武祭の術式で問答無用に読み込まれて、危ない内容なら改竄かいざんされるんだろ?」


 幹夫の手紙でさえ書き換えられていた。それを暴けたのは老爺の能力あってこそだ。だが、その問い掛けは無用だった。


「儂が何年この何もない森で暮らしていると思っている。とっくに解決済みじゃ。封筒の中身は儂が作った暗号で書かれた紙と、暗号解読の紙を入れておる」


「……確かにそれなら」


「術式は記録だけでなく記憶も読める。儂の記憶から暗号を言語として把握されても困るので儂の記憶も消す。そして暗号解読の紙は二枚で一組。重ねて光に照らせば分かる。さすがにないとは思うが、もし術式に思考力があり、暗号解読ができたとしても一枚だけでは機能しない作りになっている」


 「すごいな」、大和は引くくらいに感心をした。また、老爺の能力の噛み合わせの良さにも驚いた。


「……ああ、やっと言えた。やっと役目が終わった」


 重荷が降りた。十字架にも思える何かを降ろした。ほっとする、とは違うような心境だった。


「爺さん、この為に生まれたみたいな能力だな」


「能力とは魂の叫びじゃ。ああしたい、こうしたい、現状を変えたい、力が欲しい、そんな叫びの具現なのだ」


 その言葉が本当だとするならば、“忘却”の能力を持った彼の人生には何かがあったのだろう。忘れたい、と思うほどの何かが。具体的なことは知らずとも、大和にはどこか分かる気がした。


「儂の能力は忘れることじゃない。記憶を魂の内に押し込み、再び取り戻す力じゃ。物質でも脳内の記憶でもない魂に置いてきた。だから術式にも引っ掛からなかったのだ」


「あんたがいなきゃ、息子の思いは届かなかったわけだ。忘れることが忘れないことになるとはな」


「忘れてたまるか。あの手紙の内容を忘れたら、また幹夫を疑ってしまう。忘れてしまったら、馬鹿な息子だと思い込んで、信じてやれなくなってしまう。……この世界の真実など忘れてもいい。ただ、子どもを信じてやれないことは親の恥だ。だから私は幹夫の残したものを忘れない」


 やはり若さを持っている、大和はそう感じた、



 辺りに明かりのない森の奥では夜は唐突にやってくる。自然界の夜には月以外の明かりはなく、月の光さえも届かない林の中では暗闇の世界となる。

 進と色葉は地下の家へと戻る。

——ひと休みの後日談ズ——

《幹夫の妻》

 いつもと違う幹夫の様子を戸世は見ていた。何か話したげで、話そうとしない幹夫に何かあるのかと尋ねた。


「バレバレか、そりゃそうだよな。君だけはごまかせない。……ごめんよ、いつも」

「いいのよ、気にしないで」

「これで最後にするから、ふざけた未来予知を聞いてもらっていい?」


 その予知は二種類。幹夫と戸世が出て行き、拷問の末に殺される予知と、二人が出て行かず、その一週間後に幕府の役人に家を尋ねられ、家族全員が捕まり殺される予知。

 それを話すと、戸世は、


「付いて行きますよ、どこまでも」


 妻として最後まで当たり前のように寄り添うつもりでいた。


「……いいのかい」

「だって貴方はワタシがいなきゃ駄目じゃない?」

「……ありがとう」

「大丈夫よ、ワタシその話信じてないから!  なんだかんだ嘘ついて、付いて来てほしいだけなんでしょ? 仕方ない人ね」 


 満面の作り笑顔、元気なところは色葉にそっくりだった。


 幹夫の話をずっと信じてくれた者は二人。疑いながらも信じ続けた母と、ただの一度も疑わず、信じ続けた妻だけである。 


そして戸世は出て行く前、色葉に髪飾りを渡した。

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