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第36話 色葉の父とその最後


「やはり、これは運命だったか。死ぬ前に必ず伝えねばならないと思っていたが、ようやくだ」


 地下の部屋にて、老爺と大和はいる。


「俺の思い出せない記憶の正体はなんなんだ?」


 先程の会話からすると、記憶の改竄かいざんが関係するのだろう。老爺は慌てることなく、淡々と言葉を投げる。


「結論から言えば分からん。儂は知恵人ではないからな。じゃが話せる全てを話そう」


「待て、爺さんの息子は知恵人なんだろ? だったら未来を読めたんじゃないのか? これから先、何が起こるんだ」


「儂の息子、幹夫みきおは知恵人でありながら確実な現象が見えなかった。……だから儂は幹夫の言葉を信じてやれなかった」


 急かす大和とは対照的に落ち着いた声で老爺は返した。最後の一言はどこか思い出しているかのような口調だった。


「じゃあ本当に知恵人かも分からないじゃねーか」


「ああ。儂も分からなかった。だから信じられなかった。あいつが教会の教えに取り憑かれた信者だと思っていた。舟の教会であれば家族さえも幕府の危険に晒される。だから儂はあいつを恨んですらいた。確証がなくとも、息子を信じてやることができていれば……」

 

 大和は怪訝そうな顔をした。老爺の言葉はどれも断片的で、肝心な情報が欠けていたからだ。大和の表情の意味を読み取った老爺は詫びを入れる。

 

「すまないな。話がよく分からないだろう。まずは幹夫がどうして教会に行くようになったかを語ろうか……」


「…………」

 

「幹夫は既に結婚をして、娘の色葉が六、七歳くらいのことだった。その頃は悪徳と揶揄やゆされていた教会への弾圧が激しかった。住んでいた村の近くの教会が二十四天によって焼かれた時、村の者達は幕府最上位の二十四天をひと目見ようと集まった」

 

 二十四天とは、幕府最高位の役職であり、全国で二十四人しか選ばれないエリートのことである。実力主義の幕府のトップに選ばれた彼らは、各地にある城を拠点として各自の土地の統治を任され、“統治者”とも呼ばれている。

 

「幹夫も燃える教会の下まで行ったのだ。じゃが、あいつだけはそこで留まった。二十四天など見向きもせず、燃える教会に釘付けだったと、妻の戸世さんから聞いたよ」 


…………………………


 当時、幹夫は普通の人間をよそおい、自分の価値観や能力にそぐわない使命感を隠して生活していた。しかしその燃え盛る教会を見た時、自然と涙がこぼれ、自分の居場所に帰るかのように躊躇ちゅうちょなく近づいた。

 

「だめよ。危ないわ」

 

 その声は妻の戸世。彼女は幹夫の右手を掴み、進行をはばんだ。彼女が「どうしたの?」と言わず、「だめ」と言ったのは、幹夫の普通とは異なる言動をそばで見てきたが故だ。だが今回ばかりは幹夫の様子がいつもと違っていた。普段ならば一声かければ元に戻るのだが、この時は後ろの戸世を振り返ることなく、前へ進み続けた。

 目線の先には、焦げていく舟のシンボルマーク。その後、幕府の役人に止められた幹夫は、ただ燃える火を見つめていた。 


 次の日、灰と化した教会に幹夫は踏み入った。夜に雨が降ったことで少し足場は悪く、焦げた匂いが昨日の焔を思い出させる。教会の敷地内から、焼け残った残骸ざんがいで足の踏み場のない場所へ更に一歩――

 

「ここは……」

 

 その時頭に流れてきたのは断片的な未来の記憶。教会はただのトリガーでしかない。

 

「江戸が、燃える」

 

 見たものはあまりにも悲惨な光景。国家の破滅、戦争の結末。

  

 その日から時折、未来予知の断片が見えるようになった。誰に話しても信じてもらえず、妻の戸世と母だけはただ黙って話を聞き、父は「そんな話を色葉に聞かせるんじゃないぞ。悪影響だからな」と不快そうな顔をして言った。

 

 家族以外にはおかしな奴だと思われるようになり、幹夫は何かにすがるように、まだ幕府から攻撃を受けていない舟の教会に訪れた。

 

「あ、あの。おかしな奴だと思うかもしれませんが……未来が見えるんです」

 

 幹夫がそう言うと、導士どうしはその一言と表情で全てを悟る。

 

「……そうですか。これまでさぞお辛かったことでしょう。もう大丈夫ですよ。さあ、こちらへ」

 

 教会の導士どうし導女どうじょ達は暖かく迎え入れ、彼の理解者となり、そこは彼の居場所であり心の拠り所となった。

 それから幹夫は教会に行くようになり、妻の戸世もついていき、老爺は「色葉まで連れて行くな」と色葉を預かることが多くなった。

 

 ある日、幹夫の通っていた教会は、燃えた。

 燃やされた。

 幕府に燃やされたのだ。

 その日は信者とバレないように家を出るなと老爺に言われた幹夫は、空を見つめながら言った。

 

「また雨だ。あの日と同じだ」


 父である老爺にだけ、あることを伝えた。


「教会のように、私も燃えるかもしれない」


 老爺にとって、教会に心酔していた幹夫の気持ちを察することは容易だったが、それを言葉に出すことはしない。危険は信者だけでなく、その家族にもある。常に家族を危険にさらしている息子に慰めの言葉などくれてやる義理もない。

 だからこのような返しになる。

  

「お前が殺されるのは勝手だが、これ以上家族に迷惑をかけるな」


 幹夫は少しうつむいては、懐から四つ折りの紙を取り出す。その紙に描かれた舟の印が答えだった。


「……あなた」

 

 教会にもついて行き、少しでも幹夫の考えや思いを理解しようと努力してきた戸世は心から心配した。生活の一部となっていた教会が無くなり、自暴自棄になっているのではないかと気遣った。

 

「大丈夫」

 

 幹夫の心は完全に燃え尽きたわけではない。幹夫には一人だけ信頼できる仲間がいた。その男は幹夫と同年代で、教会の教えに興味があるようで彼の方から幹夫に声をかけてきた。彼だけは信用できた。彼は決して、馬鹿にしてこない。彼は決して、石を投げてこない。

 教会が燃やされたことで、母でさえ幹夫の話に「誰かが聞いてたらどうするんだい。あんたには戸世さんと色葉がいるんだから、いい加減自覚しなさい」と返すようになった。妻はただ黙り、怒りもしなかった。 


「私の理解者は彼しかいなくなった」


 彼だけいればよかった。それだけ彼は優しく、聞き上手だった。

 そして教会が燃えて丁度一ヶ月後、幹夫は彼と、その友人達に会うために妻を連れて彼の元へ行くことになった。そこは少し遠い場所。「三日あれば帰れる」、そう伝えると母は激怒した。

 

「いい加減にしなさい! もう危ないことはやめなさい!」

 

「彼は信用できる! それでも母さんが言うから、うちじゃなくて彼の指定した場所で話そうとしてるんだ。こっちもちゃんと考えてるんだ」


 あと数回ほど掛け合いをして、二人は出て行った。この会話を最後に、幹夫と戸世は帰らぬ人となった。結果として、幹夫が信頼していた彼は教会の調査員――幕府の手先だった。

 殺される前に厳しい拷問を受け、他の教会の場所などを聞かれるも、幹夫はただ、

 

「やっぱりそうか。……考えれば分かるさ、家族以外であんなに真剣に聞いてくれるわけがなかった。……でも信じたことはいいんだ。後悔は妻を巻き添えにしたことさ。ごめんよ。あの世でうんと謝るから、」


 そう言って、拷問を受けたとは思えない晴れやかな顔で絶命した。

 

…………………………


 これまでの話を老爺視点で分かる範囲のことを全て話した。大和は話の内容からして何と返せばいいのか分からず、「なんでこんな森の中で隠れて生きてるのかは伝わった」とだけ言った。


「そうそう。あれは教会に初めて行った時に『いつでもそばにいられるように』と紙に書いてもらったらしい」


 老爺は棚に飾ってある舟の描かれた紙を指差してそう言った。


「たかが紙切れ一枚をずっと大切に持っていた。……儂は酷いことをした。息子の、あいつにとっての大切なものを理解してやれなかったんだからな」


 今も後悔の残るような口調で言われ、大和は他人事のように、深くは受け止めないようにした。


「理解する必要なんてねーだろ。分かんねーもんは分かんねーよ。理解を強要する奴は自分の行為を悪だと疑えないやつだ。世の中こんなに人がいるんだ、理解できないことがあって当たり前。理解しなきゃいけないことはない。ただ、否定する権利も無いってことを忘れちゃいけない」


 大和が流れるような抑揚で言うと、「確かに。……否定する権利か」と老爺は呟く。老爺は幹夫を否定したこともあった。だがそれは家族の命に関わることだからだ。それ故に一概にどちらが悪いとも言えず、大和はそう言ったのだ。

――ひと休みの後日談ズ――

『舟の宗教・導士と導女』

 神父もいなければ、牧師もいない。男女で別けているわけでもない。いるのは導く者“導士”と“導女”のみ。

 導士は“ブラザー”、導女は“シスター”と呼ばれている。



『教会を燃やしたのは』

 教会を燃やした二十四天は、“ 太陽の男”と呼ばれる者。幕府へ命と忠義をかけ、それを正義と信じ、恨みを買い、裏切られ、失墜し、死んでいった男。

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