第34話 舟と知恵人
三人は地下へと繋がる木で出来た階段を降りる。物静かな地下の部屋に響く足音。わずかな土の匂いが体を包んでは抜けた。
部屋に着くと明かりが目に入る。その明かりは魔石を燃料とするランプ。部屋は十二畳ほどの広さで、中央には円卓があり、そこに背もたれのある三つ椅子が並ぶ。他にも壁や棚、装飾はあるが、どれも年季を感じさせる物ばかり。中世ヨーロッパを思わせる物もいくつかあり、進の目には新鮮に映った。
一つの椅子に座るのは八十代くらいの老爺。そして、三人に駆け寄ってきたのは同じく八十代ほどの老婆。
「色葉っ!」
「お婆ちゃん」
色葉の言葉から、進は色葉と老婆、老爺の関係をすぐに察した。老婆の背は色葉の顎の高さよりも低い、けれども怖気付くこともなく進と大和を睨みつけ、声を荒らげる。
「あんた達、この子に何かしてないでしょうねぇ!」
地下の部屋に緊張が走る。大和は体勢も態度も上から目線で「してねぇよ」と言い返す。が、思い出すように「あーー、でもこいつが体を密着させててたような? てか、抱きついてたな」と進を指差した。進は大きく目を開けて勢いよく大和を振り向く。
「師匠ぉ! 今じゃないでしょぉ!」
「……なん、だって」
声に出して驚いたのは後方で座っている老爺の方だった。目の前の老婆は黙っているだけ、なのだが、その様子から心中は容易に察せた。発覚したのは大和が“空気の読めない男”であり、“確信犯の最低男”でもあったということ。シンプルに空気が読めないだけならまだしも、分かっているのだからタチが悪い。
(師匠のアホ!! こっちは初対面なんだよ! ……あ、ほら! お婆さん怒ってるじゃん!! 第一印象最悪すぎる)
「お婆さん、違うんですよ。ほんと、違うんですよ」
焦ったところでもう遅い。
「……だから外の人間は信用できないのよ」
小声で老婆はそう言うと、進は反射的に「え?」と聞き返えしてしまった。老婆はカッと勢いよく進の顔を見上げ、
「出て行けっ!!」
耳鳴りするほどの声量で感情任せに言葉を放った。
「だから嫌だったのよ。あんたみたいな輩がいるからねぇ! あたしらが隠れて生きなきゃいけないのよ! あんなみたいなのが居なけりゃねぇ! こっちだって――」
敢えて何も言わなかった色葉だったが、さすがに進が可哀想に思えて口を挟む。
「ち、違うのよ、お婆ちゃん」
「違くない!」
「ひっ! ……いや、本当に違くて」
「あんたも外に出ようとするからこうなるんだよ! あれだけ言って育ててきたっていうのに。大体ねぇ……」
色葉の言葉にさえも聞く耳を持たない老婆を面倒くさく思った大和は、左手を思いきり壁に打ちつけ、音で場を制した。
「少し黙れ、婆さん。短い人生、少しでも長生きしたかったら話を聞け」
粘土と灰色の漆喰のような物で出来た壁が一発で凹み、ひびが入っていた。それを見た老婆は黙る他ない。そして色葉と進はこれまでの事の次第を老爺と老婆に伝える。話を聞き終わった老爺は進に謝った。
「まさか通りかかっただけの方にそんなことを……。祖父の儂からも謝らせてくれ、申し訳なかった」
「いやいや、もう済んだことなので」
「ま、抱きついてたしチャラだもんな」
「師匠!!」
一通りの流れを聞いた老婆だが、謝罪はなく、怪訝そうに黙ったままだった。それから進はここを通った経緯や自分達の目的を話せる範囲で軽く話す。
「……君達は倒幕派のお侍さん、なのか」
この家族は“幕府”というものに強い警戒心を抱いている。そのことは話を聞く時の反応から大和は無論、進も薄々気付いていた。
「千子君と塚原君。“風の主”に会いに行くと言っていたけれども、今日はもう遅い。うちに泊まっていかないか? 色葉のことの謝罪も込めて、夕飯もご馳走させてくれ」
親切心と使命感に押されるように老爺は言った。老婆はそれを聞いて明らかに嫌な顔をして、ため息を吐き、奥の部屋へと繋がる扉から出ていった。進は老婆に視線を送るのは無礼な気がして大和の方を向いたが、大和は何も気にせず老婆の方を睨んでいた。
(というか師匠も君付けか。傍から見たらまだまだ若いもんな……)
いつも尊敬している師であるが故に少し面白かった。
「サンキュー爺さん。お言葉に甘えさせてもらうよ」
大和は警戒することなくすんなりと受け入れた。その時に進は見てしまった、口角を上げ、目を大きく開いて喜ぶ色葉の様を。
「ぷっ」
「何よ!」
「いや、何でもないよ。今日はよろしく」
「よ、よろしく。……あーあーめんどくさい。二人も増えちゃったよ」
色葉はそう言いながら外へ出ていった。その背中からでも顔の表情が容易に想像できたことを進は黙っていた。
部屋に残った三人。老爺がこれまでの旅の話を聞きたいというので、話せる範囲のことを進は楽しそうに話した。老爺は聞き上手で、相槌やリアクションを相手に気を使わせない程よい程度でしてくれた。その会話だけでお互いが信用し合えるほどには仲良くなれた気がした。少なくとも進の素直さと老爺の誠実さは互いに知ることができた。
そうして、そろそろ夕暮れ時になる。
円卓に座る老爺と大和、机の上には三つの湯呑み。進は座ることなく、部屋の古くて珍しい装飾を眺める。
「なあ、あの娘の両親はどうしていないんだ?」
その言葉に進は一瞬だけ動作を停止した。場の雰囲気は変わらず、老爺はためらう素振りもなく口を開く。
「幕府の役人に殺されたんじゃよ」
「俺はその理由が気になってた。……何かあるな。いや、その秘密を教えるために俺達を家に泊めたんだろ? 倒幕派の、俺達だからこそ」
大和話すことは憶測も憶測、師匠ながら無礼であると進は思った。けれども老爺は予想外に笑ってみせた。
「はは、なるほどなぁ。さすがだ。……この人里離れた場所、しかも地下に家を構えておる。こんな森の奥深くに人が通り、出会えた。しかも倒幕派の侍ときた。……天命だ。最後の役目、息子の為にも、伝えねばならん」
予測を的中させた大和だが、老爺の話を聞く前に、その話を弟子の前でしていいものかを探るべく、ある程度察せたタネを明かす。
「じゃあその息子さんがあのマークを持ってきたってわけか」
大和が目で差したのは様々な装飾が並ぶ棚。見ているのは可愛らしいコケシでもなければ赤べこでもない。五つも並んだ大小ある古い時計、その隣で直立している古い紙を見ていた。その紙は四つ折りにされていた跡や、シワも多く、色は砂や色あせで黄ばんでいる。そのマークさえ無ければただの紙くず。
「舟と虹の印。昔焼かれた教会の周りで見た印だ」
汚れた一枚の紙には、一隻の舟とそれを囲う虹が描かれていた。精巧なものではなく、簡潔な一筆書きのような印。
(教会……幕府に弾圧されたこと以外に話を聞かないな)
進はその教会のシンボルマークを見たことがなかった。そのマークを掲げる教会は漏れなく幕府によって武力弾圧されてきたのだから、見覚えがなくとも仕方がない。統治者の命による徹底的な弾圧を受け、非公認の教会には近付かない、と知らず知らずに刷り込まれている者も多い。
「……話が早そうだ」
その老爺の返答から、大和は考える内容が一致していることを悟る。その内容だと進がいると面倒になると察した大和は、
「進、俺がいいって言うまで出てけ」
「えっ、なんでですか!」
「うるせぇ。あの娘……色葉と修行してろ」
と強引に進を出て行かせた。
「いいのか? 弟子なのだろう?」
「あいつはバカなのに抱え込む奴でね。そのくせ一つのことしか集中できない不器用さだ。……必要なところだけを後で話す。他は教えるべき時に教えるさ」
一息ついて、老爺は長年溜め込んできた事実を喉で塞き止めつつ、ゆっくりと語りだす。
「話すのはこの世界、この国の秘密についてだ。……じゃがその前に、儂の息子、林野幹夫のことを話さねばなるまい」
大和の頭の中を様々な憶測が飛び交う。口を挟みたくなる気持ちを抑え、聞き手に回る。
「簡潔に言えば幹夫は教会と近しい関係にいたから殺された。……大和君、君は知恵人を知っているかな?」
「知っているさ。幕府の名目上、この世界は能力者という超人と普通の人間にしか別けられていない。でも本当は多くの種族がいる。鬼、吸血鬼、獣人、獣士族……色々いるが、どれも何かしらの理由で力が弱まり、散り散りとなり、隠れて生きている。そして、知恵人。幕府、いや、統治者が一番恐れた種族。知恵者なんて言い方は色々だ」
「その特殊な能力、特権は知っているかな」
「過去と未来を見通す力。……どんな力よりも秀でていると言える。故に知恵人は、他の種族が隠れて生きる中、全てを悟った顔をして、表立って教会を作り、人を導こうとした」
その言葉の後に、「だから幕府に潰された。他の種族は隠れて上手く生きているというのに」と言おうとしたが、家に教会の印があることを考慮し、言葉を否定から疑問に変える。
「俺は、知恵人と言われるほどの賢者達が見す見す幕府に焼き殺される理由が分からない。キジも鳴かずば撃たれまい。未来が見えるのなら危機を案じ、教会など作らず、バレないように暮らせばいいというのに」
老爺は一度視線を動かし、舟の印を遠目で見るようにぼんやりと眺めた。
「……それはな、もう確実な未来が見えないからさ。見えるのは地獄の断片、又は奇跡を起こす救世主の登場くらいだ。皆、報われる日を今か今かと待っている。……それとな、知恵人は過去と未来を見通し、その知恵と曇りなき瞳を用いて人々を導くことが使命である。その者達がどうして政府を恐れ、迷える人々を置き去りにしたまま、自分達だけ隠れることができようか」
その言葉だけで彼らの使命の重さは伝わった。
「“確実な未来が見えない”とはどういうことなんだ? 知恵人は力を失くしたのか?」
「それは知恵人だけではない。皆段々と力を奪われているだろう。だが民は気付かない。それは、統治者が記憶を改竄しているからだ」
――ひと休みの後日談ズ――
『妖術服〜いつの間に再生してやがる〜』
戦闘で傷だらけにされた妖術服だがいつの間にか治っている。生き物のように徐々に治るのだ。
大気中の魔力エネルギーを吸い取る服も多いが、進が着ている服は、常に体から放たれている微量の生命エネルギーを吸い取って治している。




