第31話 俺にとっちゃ全部が追い風だ
「逃げてるんじゃない、仕留める準備よ」
色葉は森の中を軽やかな身のこなしで移動し、進と距離をとる。
赤茶色の髪を揺らしながら、心で唱え、能力を使う。
(“転送”、“転送”、術式解放)
向かってくる進に、容赦なく攻撃を仕掛ける色葉。
動く的、それも動物ではなく不規則に動く人間ならぱ命中率は下がる。
(この男、森に慣れてる! 速い!)
彼女が驚いたのは森の中を駆け回る進があまりにも速かったことだ。単純に速いだけならばまだいいが、進は森を熟知した走り方、体の動かし方だったのだ。
色葉の攻撃は全て、進が走り去った一秒後の場所を射抜く。
全てが空振り、全てが外れ。
流れに乗った進に追いつけないのだ。
焦る。そして彼女は立て続けに唱える。
(“転送”、術式解放、“転送”、“転送”、術式解放、“転送”、“転送”、“転送”)
その気になれば予備動作をほとんど省ける。しかし、能力を使えばその回数や質に応じて体内の魔力が消費される。無闇に使い続ければ体力は減る一方だ。
「なんで当たらないの!!」
(動いてれば当たらない。これなら最初から向かってけばよかったか? ……いや、今回は運がいいだけだ。油断するな、能力を見極めるまでは待つべきなんだ)
色葉は焦り、進には痛みを上回るほどの余裕が出てきた。だが決して油断はしない、大和にしつこく言われてきたからだ。
最初から動き回れば進は無傷だったかもしれない。けれども敵の秘策、切り札を見極めずに攻撃を仕掛けるのは危険だ。今回は上手くいっただけなのだ。
進は木や大地と息を合わせるかのようにタイミングよく障害物を越え、利用しながら移動する。
むしろ障害物を障害とも思っていない。害にはなりえないのだ。
(自然と会話ってのはちょっと無理だな。でも、この間感謝したからか分からねーけど……全てが味方してくれてる。最高の気分だぜ。……今の俺にとっちゃ全部が追い風だ)
二人の距離は狭まる。
色葉本来の移動速度なら進に引けを取らないが、今は攻撃を仕掛けるために進の位置を毎度確認しなければならず、速度は次第に落ちていった。
「なんなのよ! 当たらないじゃない!」
追い付かれれば命は無い、そう思えば思うほど色葉のコントロールは乱れていく。
なぜ進がこんなにも速いのか、それは大和が暗闇の林での修行で見せた技――“走攻剣撃”と“修羅場速”の二つを真似ているからだ。
“走攻剣撃”
正確には走攻剣撃・跳躍。それにより、木々の間を目にも留まらぬ速さで飛び回ることを可能とした。
“修羅馬速”
足踏みにより段々と加速させる技。だが今回は足踏みを省き、走りながら段階的に加速をさせている。
この二つの技を練習してきたかと言われれば、まだできてないが正しい。
(ぶっつけ本番、それがどうした!)
技は成功しているようにも見えるが、その実、何度も足をくじき、何度も倒れそうになりながら痛みを無視して走り続けているだけである。
ただの見様見真似。徐々に慣れていっているだけなのだ。
それは、完璧とは程遠い。だがそれは間違いなく“技”の域に達していた。
――風のような跳躍にて、森を駆ける。
「アイツ、どんどん速くなってる!! 本当に追いつかれる! 当てなきゃ、当てなきゃ負けちゃう!」
色葉は武器の残弾や体内魔力量を気にする暇もなく、無策のままに攻撃を繰り返す。
されども当たることはない。
進はゆっくりと色葉の能力の本質を見抜き始めていた。
第一に、能力の効果は“転送”。
第二に、転送するのは武器のみ。
第三に、投擲は捻りなく直線に進み、段々と減速している。
そしてもう一つ、不確かな何かを感覚が教えた。
(転送される時、見えはしないけど微かに空間の揺らぎを感じる。感じた方角からは必ず投擲が繰り出される。……何も見えない空中で、何かが円状に開くのを何度も感じた。……つまり、色葉の能力は転送できる透明なゲートを開くこと、なのか?)
どこからともなく飛んでくる武器。
だがそれは物理法則を無視した遺物、違和感は形となって現れた。決して見ることはできないが、そこには入り口が有る。
五感の全てを超越した先の第六感が、それを教えた。
(落ち着けアタシ。当たらないなら敢えて距離を詰めさせればいい。近くに来れば確実に当たる。大丈夫、落ち着けば必ず当たる!)
色葉はわざと速度を落とす。その隙を見逃さんと、進は距離を詰めにいく。
(まだよ、まだ早い。……そうだ、あの技で更に念を入れよう。無事では済まされないだろうけど)
色葉の考えるあの技とは、爆発式の投擲のことである。
そして、距離はあと五、六歩。
(追い詰めたぜ!!)
(今! 食らえっ! 六線、“転送・爆破”! 術式解放)
色葉は進に向かって六つの短刀を投げる。
進は瞬時に防御の体勢を取るが、直線に進むそれは眼前で消えた。つまり転送させたのだ。
(不自然な歪み、それゲートか!)
目の前で消える瞬間、感覚は確信に変わる。
再び空に穴が開いた。
(――ッ来た!)
進は知っている、ゲートを通れば直線に進むことを。であれば、ゲートの位置さえ察知すれば、何の捻りもなく向かってくるそれを避けるのも難しくない。
ゲートが開かれてから武器が出てくるまでに少々のタイムラグがある。透明なゲートさえ見抜いてしまえば、弾き返すことすら何も不可能ではないだろう。
――心の眼は、見えない異物をも可視化させた。
案の定ゲートから現れたのは六つの鋭利な短刀。
(完全に見えた)
転送された全ての短刀が確実に進の方を向いていまのが目に入り、色葉の口角はすこし上がった、というより引きつっていた。次の瞬間には倒せる安心と、倒せてしまう恐怖がそうさせたのだ。
(この距離なら必ず命中する。たとえ武器が見えたとしても、見えてからじゃ遅い! 避けられる速さじゃないのよ!)
だが、それは過信がすぎていた。
色葉は“転送”の能力を幼き頃から持っている。当たり前にあった。だからこそ、『何の予兆もなく現れる』という変わらない概念を持ち続けていた。『空間が歪む』という予兆があるとは思ったこともないだろう。
武器が転送される前に、“見えている”とは思ったこともないだろう。
既に進の頭の中には、投擲を躱し、色葉の元へ迫る算段ができていた。
(歪みが見えたのが偶然でもいい。よく分からない感覚でもいい。……俺の勝ちだ)
――全ての武器を掠りも許さず躱してみせた。
色葉の今回の敗因は自分の力を疑わなかったことだ。人は自分の癖に気付けない、その人にとっては当たり前のことだから。
が、偶然は彼女にも起きた。
――六つの短刀は地面にぶつかると同時に爆発し、地割れを起こした。
一つの爆破の能力には少し太い枝を折る程度の破壊力しかない。ましてや避けた進の足を止める材料にはならない。けれども六つの爆破が上手いこと噛み合い、進の踏み込んだ足をすくませた。
ただすくんだ、それだけだ。
それだけで色葉が逃げる時間稼ぎには十分すぎた。
「爆発ッ!?」
「……っ、惜しかったわね」
命拾いをした色葉だが、ここは彼女にも意地がある。
色葉は懸命に後方へ逃げる、その顔は死を覚悟していた。
進は爆発の能力もあるのだと用心をしつつ、状況を把握する。その間にも距離は開いていく。
(……まだ不確かだけど、偶然かもしれないけど、見えないはずのゲートを見抜けた)
呼吸と共に頭の中で反復し、自信を胸に再び色葉を追いかける。
さすがに色葉の武器の数多すぎる!
元々彼女は多くの武器を持ち歩いていますが、実は外した弾は毎回転送で自分の懐に戻しています。
距離が遠すぎたり気付かなかったりもするので段々と残弾は少なくなります。
一度に開けれるゲートにも限りがあったり、魔力量とコントロールが大変だとか。
――ひと休みの後日談ズ――
『転送ゲート』
色葉の能力はゲートを出すのみ。
ゲート自体はワープしかできず、ゲートを通っても加速はしない。
段々失速してくので「術式解放」によって2回ほどブーストをかける。それ以降は自分の手で投げて速度を出さなきゃいけない……。
「心臓のゼロ距離のところに転送すれば確実に当たるのでは?」
狙いが物凄く良ければ可能。だが色々危険がある……。
それと、生物の体内に転送させることはできない!




