第28話 決めろ!神速抜刀!
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塚原優次郎兄暗殺の命から一夜が明けた。
林へ逃げていく大和と進を多くの刺客達が追ったが、徐々に離脱していった。皮肉なことに遅い者達から追いつけずに離脱し、彼らは生き残り、醜態を晒しながらも江戸に帰っていった。
明朝、老爺は“茶道”の人間国宝として、弟子の陰轍と静かな茶室の中で身を清めていた。
静穏、外の池の鯉が水面から口を出す音すら聞こえてきそうな静けさだった。
「先生、今日は何か大切な日でしょうか」
弟子の陰轍の歳は丁度進と同じくらいだが、少年とは思えない冷静さを持つ。その大半は老爺の教えによるものだ。
「乱れていたか? 儂もまだまだじゃの……」
老爺の名の一つである“虜休”とは統治者が直々に与えたものだ。出自が良いというわけではないにも関わらず、そこまで上り詰めた男である。
しかし、そんな彼が焦っている。なぜなら約束の時刻から幾ら経とうとも“塚原優次郎兄暗殺”の報せが来ないのだ。
(……まさか、失敗したわけではあるまいな。……此度は大殿直々の命、失敗は許されぬというのに)
茶室の襖は空いている。少し冷たいとも思える涼しげな風が部屋を通る。けれども老爺の両手には汗がじわりと染み出た。
その汗は風に吹かれ、文字通り冷や汗となる。
落ち着きがないのも無理はない。人脈と信頼を何よりも大事にする彼にとって、一番裏切ってはならないのは国の王、その信用を失うことは“死”を意味する。
「……もし体調が優れないようでしたら、今日はあまり外へ出られない方が――」
(早く来い。……早く来い。……まだか)
弟子の言葉も老爺の耳には届かない。これほど静かな場であるというのに、二人の距離は二歩もないというのに、声は届かないのである。
遮るものは目に見えない壁。それは風ではなく、使命感に似た焦りだ。
カタン――、
何者かが屋根の上に降りる音がする。物静かであるが故に二人は気付いた。
陰轍の頭は自然音と処理をした。
老爺の頭は“刺客が報告に来た”と悟った。
「……陰轍、儂は体調が優れない。少し遠いが田村屋で緑茶を買ってきてくれぬか? こういう時はあれが効く」
弟子は“近場ではダメなのか?”なんて文句の一つも言わず、素直に買いに行った。彼の支度の速さは老爺が感心するほどだった。
そして老爺は外へ出ては、池を眺める。
目線の先は鯉ではない。焦り歪んだ己の顔だ。
「……さ、行ったぞ。報告を頼もう」
するとそれに呼応するかのように刺客の男が老爺の後ろへ、立膝をついて姿を現す。
「結論から簡潔に申します。逃しました」
そこに躊躇はない。彼らにとっては数あるうちの仕事の一つが失敗した程度だ。
刺客の躊躇いのない態度も気に食わないが、それよりも焦りが上に来る。
……大変なことになった。
落とし前や責任をたかが伝達に来た刺客一人に問う事は無意味だと分かっている。
(過去は変えられぬ。人生に“もしも”は存在しない。……ならば今できることは、)
老爺が感情に任せて怒鳴ることはない。それが無価値であり生産性のないことだと分かっているからだ。そんなことをする暇があるのなら、現状での最善の手を考えるべきなのだ。
無駄を楽しむのが芸術家。だが老爺は大商人でもあり、戦略家だ。
「追跡の魔眼で追えるか?」
「その魔眼持ちの者が消息を絶ちました。彼女は掟により、我々の管理下にはなく、風月の一員ですらないのです」
またもや刺客は即答だった。
老爺には風月の厳格なルールなど分からない。が、おおよそ安否不明者などの取り決めなのだろうと察しがついた。
「妖術刻印はどうした。組織の印だろう? 死ねば本体の刻印の消失と連動して本拠地にある印も消えるなどして安否が分かると聞いたが? 風月なら妖術刻印の質も高いはず、死因や場所すらも分かるのではないか?」
妖術刻印は契約の証であり命だ。暗殺ではあれば特に安否は分かりづらく、刻印による安否確認は必要不可欠だ。
厳重な組織では、刺客が敵に捕まり拷問などで情報が漏れることを恐れ、数日間連絡が無ければ本拠地にある刻印を焼き切り、殺すという。
「追跡の魔眼を含め、今回の任務に当たった者は誰一人刻印を受けておりません。まだ彼らは風月ではなかったのです」
(……刻印も無く、死後も本拠地に伝わるわけでもないとは)
進らを殺そうとした者達は、風月として死ぬ事すらできなかった。
(……しかし、妖術刻印による追跡もできないとなれば、捜索は困難を極めるじゃろう。……完全に逃げられたと言ってもいい)
統治者に「逃げられた」とは口を裂けても言うことはできない。
「……逃したことについて、風月者達はなんと?」
「風月の失態ではない。奴らは我らの部下ではない、と」
仲間の死、部下の失態にしては、あまりに冷酷な言葉だった。
暗殺の失敗は死を意味する、死ねば組織との縁は簡単に切られる、そんな世界だ。
(儂は風月に暗殺を依頼した。……身勝手が過ぎるぞ、せめて頭を下げに来てもよかろうに)
老爺は焦る。一流だろうと風月はもう頼りにならない。焦る。焦る。
「……せめて、どこへ逃げたのかだけでも分からぬか?」
「発見できた死体を元に推定されるは――」
そうして、老爺は逃げられた大体の場所のみを紙に記し、打開策を模索するのだった。
「……儂はまだ、こんなところでは終われぬ」
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一方、進と大和は風の主の住まう山が見えるところまで来た。
「やっと見えてきました!」
「もう少しだ」
「ラストスパート!」
とは言っても、山が見てているだけである。二人の感覚は、成長する身体機能と共に人並みを超えていた。
二人はやる気を出して更に走り出す。
(ここ数日で確実に強くなってる! 速さもそう! 体の回復速度だって! 心も刀のように――)
その矢は進が絶好調の時に来た。
「――止まれッ! 進!」
――岩をも砕く鋭利な弾丸が直撃、
当たったのは片腕程の太さをした矢。
進は第六感のような何かが頭をよぎり、“死”の感覚を悟り、抜刀し、偶然にも矢を防ぐ。
軌道を変えられた矢は進の後方の地面に鋭く突き刺さる。
(もし刀を抜かなかったら、俺はッ――)
「進! 敵だ、隠れろ!」
進が冷静に考えている暇もない。大和も進が致命傷だと思ったため無事を安心したが、油断できない状況から瞬時に心を切り替える。
大和は堀のようになっている地面へ隠れ、進は木の裏に隠れた。
二人は矢の方向から敵の大体の位置を把握していた。
(矢がデカい。設置した大弓で打ってるに違いない。……急すぎてビビったが、敵は幕府じゃねーな。追っ手がわざわざデカい設置型のヤツを持ってくる訳がねぇ)
「師匠! クロスボウ!」
「ああ、矢からしても持ち運べるデカさじゃねぇ、元々ここにあったものだ。恐らく敵の本拠地だろうさ。勝手に領地に入られてお怒りなんじゃねーのか?」
設置型の大弓、使うとすれば威嚇か狩りくらいだろう。つまりこの土地に住んでいる者の可能性が高い。大和は瞬時にそれを理解した。
「あと進、そこにいると死ぬぞ」
「え、なんでですか」
――喋り終える前に矢が撃ち込まれる。
進の隠れている木にめり込んだ。ぎりぎり助かったが、木の裏側まで突き抜けた矢尻は進の目の前に来ていた。
「あの大弓なら木ぐらいなら貫通するからだよ」
その助言は少し遅かった。
(……あんな大掛かりなら破壊力は底知れないが、細かい動きにはついて来れないな)
急に走り出す大和を見て進は声を掛ける。
「ちょっ! 師匠!」
「大丈夫だ、動いてたら当たらねぇ。俺は敵に謝罪込めて武器全部ぶっ壊しとくから、お前は安全なトコにいろ!」
そう言って枝と地面を行き来しながら敵の方へ駆けていく。その桁外れの機動力では銃ですら百発あっても当たらないだろう。
進は先程の大弓で色々怖くなったので堀のある場所へと身を潜める。
「ん? 何だこれ」
進が見たものは、V字に向かい合わせなっている地面を繋ぐ一本の藁の紐だ。
どことなく罠の雰囲気を直感が感じ取るが、足を掛けると危なそうなので取ることにした。
「えいっ」
暇だったのもあるだろう。
勿論、罠だった。
――薮から尖った棒が勢いよく飛んでくる。
薮との距離は十メートルもない。そこから尋常でない速さの槍のような物が飛んできたのだ。
猪ならば確実に殺られていただろう。が、進はそれを完全に見切っていた。
(――殺気ッ!)
殺気は罠や物にもあり、殺さんとする何かならば悟れる。感覚としては、どこか視線を感じるようなものだ。
武闘者は勿論、有能力者ならば大半の者は殺気は見抜けると言われ、進も“何となく”ではあるが察せる。
(どうせなら、あの技を――)
それは大和が魔獣猪を真っ二つに斬り裂いた最上級の大技である。
「“無空断絶”!!」
見様見真似、常にそうだった。大和が技をしっかりと教えることはなく、ただ見て覚え、頭の中で何度も繰り返し、実戦で成功させてきた進である。
無能力者には厳しい世界、道場では教えてくれない技も、期待されずに軽く流された技もあった。
粘り強さ、諦めの悪さ、洞察力、観察力、実現するための力は既に、備わっている。
(俺ならできる。……俺は、俺を信じている)
刹那、集中域は自己最速で深い領域へ沈む。
――稲妻の如く飛ぶ槍が、止まって見えた。
左手は鞘を、右手は柄を。
大地を踏みしめ、体は少し前のめりになる。重心は下へ、上半身は軽く、柔らかく。左足を少し下がらせ、構えを終える。
左手の親指で鯉口を切り、
(決める――ッ)
繰り出すは、極められし抜刀術。
瞬刻の間、腰を軽く捻り鞘を後ろへ引き、身体の反動、伸縮、全てを用いて刀を引き抜く。
神速抜刀――
と、言いたいところだが一撃で空間ごと切断する神業にはなり得ない。
カコンッ。
火花が散った。
そこそこ速い抜刀で槍を弾いただけにすぎなかった。
(……あれ?)
右手には空振りのような感覚が残る。
飛んできた棒状の何かは、進の後方の地面へと突き刺さった。形状は二メートルほどの木の棒、その先端には尖った刃物が括られ、兵士の持つ“槍”とは言い難い粗さではあったが、殺傷能力は凄まじいだろう。
(体が追いつかなかった!)
進は全く破損してない槍を見ながら反省した。
進の感覚は鋭くなってはいるものの、まだそれを活かせるだけの身体能力や反射神経が身に付いていなかった。敵の攻撃は見えるのに避ける技量がない、という感じだ。
「って、やっぱり罠じゃねーか! 危なっ! 死ぬとこだった!」
半分くらいは自業自得な進だが、技が決まらなかったせいか二割増しくらいで怒る。
「嘘っ、今の避けたの!?」
その声は進の後ろから聞こえてきた。声色からは若い女性と断定できる。透き通るような声だった。
けれども進が振り向くとそこには誰もいない。
「だ、誰だ!」
何かがいる気配はするものの、草木によって姿は見えない。
「……ま、まさか。今度は森の神様!?」
「そ、そうだ!」
「やっぱりか!!」
前に出会した山の守り神――魔獣猪の怖さのせいか、進は盲目的になっていた。女性の声もなぜか答えたことにより、本当によく分からない状況になってしまった。
やーっと物語が進行!
これから始まる多くの出会い!一章開幕!
……森の神様!?
――ひと休みの後日談ズ――
『魔筋力&魔力保有量2』
※前回の続き
しかし、女は男より魔力保有量が大きい。能力を行使する際は体内の魔力を消費するため、能力が強大であればあるほど重要になる。
能力的に見れば断然女性が優位になる。
これが体の構造的男女差である。
一般人の場合は能力の精度関係なく物理的力を得る男が有利、強い有能力者である場合は能力が戦いを大きく左右し女が有利と言われる。
この差が顕著に現れるのが実力主義である幕府内階級だ。下位層は女、中間層は男、上位層は女が多い傾向がある。
《まとめ》
魔筋力は、身体能力に深く関わる。体に常設なので減ることはない。能力を使うよりは魔力消費がとても少ない。エコ。
能力は、体内魔力を消費して行使できる。能力行使と共に魔力は減るが、魔筋力は物理しか無理だが、能力は能力者に合わせて様々な操作が可能。バリエーション豊富。
魔筋力は、質や増量的に、男が優位。
能力は、魔力保有量の多い、女が優位。
一般論であり個体差はある。本当に強い者達はどっちも極めてる!!
(幕府内階層も最上位層は男女バラバラ)




