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第26話 ぶらり大自然への感謝の旅

 追っ手が来なくとも二人の朝は早い。


「おはようございます」 

「おはよう」

 

 森の中の朝はとても寒い。妖術服のおかげで凍死することはないだろうが温度の感覚は伝わっている。


「これから、山々を越えた先にある“風と忍びの山”に行く」


 大和が指を差した方向には、高々とそびえ立つ山々があった。


「……あれの先ですか」


「あれの先だ。そこに“風の主”がいる。俺もそこで学んだことがある」


「風の主ですか」


「お前はそこで素早さを身に付けろ。忍びのようにな」


(侍じゃない!)


 進からすれば正々堂々の勝負が好ましいのだが、生き抜くためには忍びのような戦い方が理にかなっている。


「人里離れた場所であるが故に、まず山々を越えるまでが大変だ。ここは大自然の中、狩りや水の確保、場所の把握やその他諸々が必要になる。自給自足は己を強化できる。修行しながらあそこを目指すぞ」


(やる前から嫌いなんて分かんない。……よし、とりあえず――)


「全力で頑張るぞ!」


 大和は「その意気だ」と、笑った。


 そして二人の大自然での自給自足が始まった。朝ご飯など決まった食事はできない。移動中に自由に取り、自由に食べるのがこの修行だ。

 岩や木々、沼地、川。進は全ての場所に順応するように駆け抜ける。体の使い方を知り、移動速度は増していく。


 何より、それが気持ちいいのだ。


 進はまるで自分が元々自然(ここ)に居たかのような開放感と満足感を感じていた。澄み切った空気、風、鳥の鳴き声、川の音、全てが心地良い。五感を鍛えた進にとって、楽しい修行だった。   


「師匠! 自然って最高ですね!!」


「ハハっ! だろっ!」


 二人は俊敏な身のこなしで駆け回りながら笑い合う。

 腹の減ってきた二人は獲物を探す。大和は食べられる植物の見分け方も教えていく。 


 すると、体長六メートル以上あるいのししが現れた。


「デカすぎでしょ」


「魔獣かもしれねぇ」


「魔獣?」


妖怪アヤカシでなければ普通はいないんだが、魔力を持った動物ってのはまれにいるんだよ」


 要するに、とても強いということだ。

 本来の大和であれば体力も時間も無駄にするであろう魔獣は避けるのだが、修行にはもってこいの獲物を進に狩らせたかった。そして進もワクワクしていた。


「倒します。魔獣の肉なら魔力が貰えるかもしれませんからね」


 それはあながち間違いではない。有能力者、無能力者を問わず、超能力をわずかでも持つ者は生きているだけで魔力を消費している。食事や呼吸、睡眠によって体内で生成もできるが、魔獣の肉は直に魔力を食べるようなもので効率は良い。


 しかし、進は完全な無能力者である。魔獣を食おうと魔力的には何も意味はない。


「師匠の見よう見まねですが、投擲とうてきの力を見せます」


 進は物陰から魔獣(いのしし)目掛けて石を投げつける。その投げ方は野球のピッチャーのようだった。重心を保ち、腰をひねり、腕を豪快に振り、手首はスナップを効かせる。


――キレの良いストレートが魔獣(いのしし)の右目に刺さる。


 その速さは大和の想像を凌駕りょうがした。コントロールも良く、鋭い投擲。大和は投擲を幾度も見せてきたが、進に教えたことはない。真似事にしては上出来すぎた。


「やったぜ! 狙い通り!」


「え、お前……」


 腕を振る音さえも聞こえてきた。大和は訳の分からない様子だった。


「うちの剣道場は“剣”と言っても古武道でしたので、投げ方も練習してたんですよ」


 進の道場は古武道の派生であり、その名残を多く残し、投擲とうてき技術も学べた。進が江戸に来る前も古武道を習っており、そこでは主に対人術、投擲とうてき術を猛練習していた。

 そして進は練習の中で、自分に合う形を探し、極め、今の投げ方になったという。


(古武術の投げ方じゃねぇだろ……)


 大和は驚きと、進の可能性を感じていた。


『グオオオ!』


 その雄叫びは魔獣猪のものだ。潰された右目は火を吹き出し、燃え終わると青い目に再生し、全身の毛の色は茶色から白へと変わった。


『ニンゲン……ユルサナイ』


 大和は目を見開き、進は驚嘆きょうたんして立ち上がる。


「最高にかっこいいな! しかも喋る!」


『……ワレ、森ノ守リ神ナリ』


「猪の神様か、面白いな」


 進は未知との遭遇によって興奮していた。その様子を見ていた大和は何やら嫌な予感を察知する。


『ワレヲ愚弄ぐろうシタ。裁キ、与エン』


「やっぱりヤバい! 進! 逃げるぞ!」


 その声で進は冷静さを取り戻し、二人は一目散に逃げる。だが魔獣猪は岩のような巨体のまま、その剛力で突進する。


 木々を薙ぎ倒しながら迫る魔獣猪は、大和より遅い進との距離を詰めていく。


 大和は進を援護するように魔獣猪に本気の投擲を当てまくる。けれども強靭な肉の壁を持つ魔獣猪には効かず、進が涙目になりながら木々を飛び回る。


「仕方ねぇ、進。最上級の技を見せてやるからこっちを見ろ」


 大和は進と魔獣猪の間に飛び立ち、刀のつかに触れる。進が振り返ると、大和と魔獣猪の距離はあと一歩だった。



 地を踏みしめ、体が少し前のめりになる大和。鯉口を切り、左手はさやを、右手はつかを。



 繰り出すは、極められし抜刀術。



「“無空むくう断絶だんぜつ”」


 それは、一撃で空間ごと切断する剣技。大抵の防具や技を無効化できる、必殺の大技である。


――寸刻すんこく。音も無く、時間も無く、剣先は既にはしまで渡り、役目を終えていた。


 それすなわち、一刀両断。


 大木よりも太い魔獣猪。その強固な肉を、くうを斬るかのような一線が上下を分かつ。


 進の瞳が捉えたのは横一文字。

 けれども脳内が納得出来なかった。放たれた剣は気が付くと肉を通り終えていた。物体を斬っているというのに、減速を感じさせてはくれなかった。いや、速度という概念さえ感じ取らせてはくれなかったのだ。


 その切れ味は、まだ水を切る方が遅いとすら思わせた。


 至極の剣技、その一線は空気でさえ存在の余地を許さない。無を斬るのではなく、無の空間を作り出す。一線そこだけは、世界くうかんから切り離されていた。


 故に、一切の物理ぼうぎょに意味は無い。


「許せ、森の守り神」


 固体を切る速度が、液体を切る速度に勝ることなどあり得ない。ましてや強固で厚みのある固体を、だ。

 

 しかし、確かにあの剣技はそれを超えた。



 魔獣猪の皮膚は斬られたことを忘れたように、少し遅れて血を流す。

 上下が別れた身体であっても、ずり落ちることはなく、ただ静止していた。


「神様を殺すのは少々気が引けた。ちょっと怖いからここを離れるぞ」


「了解しました!」


 大和は少し焦っていたが、進は絶技に惚れてしまった。この後絶対に習得しようとするだろう。


 二人は魔獣猪に背を向け帰ろうとした、その時。


『神ノ地ヲ穢ス者。ユルサナイ』


 さすがは神といったところか。体の再生は済み、先程は無かった大きな蒼い牙を生やした。


「えっ……」


「なんか生えてんな……」


 二人は顔を見合う。頷くだけで言葉は要らない。一目散に逃げる!


 その背を魔獣猪は追いかける。


「「わー!!」」


「許してくれ!」


「本当にすいませんでした!!」


『ユルサナイ……!!』


 三十分程マラソンをした。いつしか魔獣猪は追ってこなくなり、全力疾走のおかげで結構先へ進めた。

――ひと休みの後日談ズ――

『無能力者』

 無能力者といっても、本当に能力が無いわけではなく、有能力者と比べて役に立ちづらいだけである。

 例えば、“見るだけで食べ物の鮮度が分かる”能力や、“肩こりしずらい”みたいな能力は無能力である。有能力者は“火を吐ける”、“怪力”みたいなもの。


 そしてこの世界での身体構造は現代と少し異なり、筋肉に魔力が含まれている――魔筋力と言う。


 そして、無能力者は有能力者に比べ、魔筋力が少なかったり、魔筋力の濃度、密度、質が悪い。


※魔筋力とは?→次回の後日談にて!

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